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歴史修正主義との対決:責任逃れの詭弁「自衛発砲説」に止めを刺したNNNドキュメント「南京事件II 歴史修正を検証せよ」 2018.5.

2018-05-20 15:13:17 | 南京虐殺

  

 

責任逃れの詭弁「自衛発砲説」に止めを刺したNNNドキュメント「南京事件II 歴史修正を検証せよ」

今回のテーマ は歴史修正主義との対決
 
Brog  http://vergil.hateblo.jp/entry/2018/05/19/220701
 
2018.5.19 
 
前回の『南京事件 兵士たちの遺言』(2015年10月4日放送)に続き、南京大虐殺の実証に正面から取り組んだNNNドキュメント『南京事件II 歴史修正を検証せよ』が、5月13日に放送された。(5月20日、BS日テレにて再放送予定。)

前回の番組も、従軍兵士たちの陣中日記や現場に居合わせた元兵士たちの証言、さらには各種の公的記録を突き合わせ、南京を占領した日本軍が行った大量虐殺の事実を否定し難い形で立証した優れたドキュメンタリーだったが、今回はそこから更に踏み込んで、日本中にはびこる歴史修正主義(=史実の改ざん・捏造)の検証を行った、すばらしい番組だった。

■ 前回番組への唯一の「反論」だった自衛発砲説

前回と今回の番組で共通して扱われているのは、南京陥落(1937年12月13日)後の16・17日に揚子江岸で連続して行われた中国軍捕虜(一部一般市民も含む)の大量虐殺事件である。実行部隊は山田支隊(第13師団の一部)歩兵第103旅団歩兵第65連隊ほか、被虐殺者数は推定約1万5千から1万8千名。これは、南京大虐殺を構成する大小無数の虐殺事件の中でも、一度に行われたものとしては最大級の虐殺と言っていい。

番組でも紹介された、この虐殺に参加した日本兵の従軍日記にはこう書かれている。(文中のカタカナ書き部分はひらがなに変更。)

黒須忠信(仮名・山砲兵第19連隊第3大隊・上等兵)日記[1]:

拾二月拾六日 晴
 午后一時我が段列より二十名は残兵掃湯〔蕩〕の目的にて馬風〔幕府〕山方面 に向ふ 、二三日前捕慮〔虜〕せし支那兵の一部五千名を揚子江の沿岸に連れ出し機関銃を以て射殺す、其の后銃剣にて思う存分に突刺す、自分も此の時ばが〔か〕りと憎き支那兵を三十人も突刺した事であろう。
 山となって居る死人の上をあがって突刺す気持ちは鬼をもひヽ〔し〕がん勇気が出て力一ぱいに突刺したり、うーんうーんとうめく支那兵の声、年寄も居れば子供も居る、一人残らず殺す、刀を借りて首をも切って見た、こんな事は今まで中にない珍しい出来事であった、(略)帰りし時は午后八時となり腕は相当つかれて居た。

他にもこの事件を記録した従軍日記がいくつも残っており、それぞれ独立して書かれた日記の内容がよく一致していることから、この虐殺事件の存在と、これが軍命令による殺戮だったことを疑う余地はまったくない。

近藤栄四郎(仮名・山砲兵第19連隊第8中隊・伍長)日記[2]:

〔十二月〕十六日
(略)
 午后南京城見学の許しが出たので勇躍して行馬で行く、そして食料品店で洋酒各種を徴発して帰る、丁度見本の様だ、お陰で随分酩酊した。
 夕方二万の捕慮〔虜〕が火災を起し警戒に行った中隊の兵の交代に行く、遂に二万の内三分の一、七千人を今日揚子江畔にて銃殺と決し護衛に行く、そして全部処分を終る、生き残りを銃剣にて刺殺する
 月は十四日、山の端にかかり皎々として青き影の処、断末魔の苦しみの声は全く惨しさこの上なし、戦場ならざれば見るを得ざるところなり、九時半頃帰る、一生忘るる事の出来ざる光影〔景〕であった。

宮本省吾(仮名・歩兵第65連隊第4中隊・少尉)日記[3]:

〔十二月〕十四日
 午前五時出発、南京近くの敵の残兵を掃揚〔蕩〕すべく出発す、攻撃せざるに凡て敵は戦意なく投降して来る、次々と一兵に血ぬらずして武装を解除し何千に達す、夕方南京に捕虜を引率し来り城外の兵舎に入る無慮万以上に達す、直ちに警備につく、(略)捕虜中には空腹にて途中菜を食ふ者もあり、中には二、三日中食を採らぬ者もあり喝〔渇〕を訴へる者あり全く可愛想なるも戦争の上なればある程度迄断乎たる処置をとらねばならぬ 、(略)通訳より「日本軍は皆に対し危害を与へず唯逃ぐる事暴れる様なる事あれば直ちに射殺する」との事を通じ支那捕虜全員に対し言達せし為一般に平穏であった、唯水と食料の不足で、全く平公〔閉口〕した様である。

〔十二月〕十五日
(略)
 夕方より一部食事をやる、兵へも食糧配給出来ざる様にて捕慮〔虜〕兵の給食は勿論容易なるものでない。

〔十二月〕十六日
 警戒の厳重は益々加はりそれでも〔午〕前十時に第二中隊と衛兵を交代し一安心す、しかし其れも疎〔束〕の間で午食事中俄に火災起り非常なる騒ぎとなり三分の一程延焼す、午后三時大隊は最後の取るべき手段を決し、捕慮〔虜〕兵約三千を揚子江岸に引率し之を射殺す、戦場ならでは出来ず又見れぬ 光景である。

〔十二月〕十七日(小雪)
 本日は一部は南京入場式に参加、大部は捕慮〔虜〕兵の処分に任ず、小官は八時半出発南京に行軍、午后晴れの南京入場式に参加、壮〔荘〕厳なる史的光景を見〔目〕のあたり見ることが出来た。
 夕方漸く帰り直ちに捕虜兵の処分に加はり出発す、二万以上の事とて終に大失態に会い友軍にも多数死傷者を出してしまった。
 中隊死者一傷者二に達す。

〔十二月〕十八日 曇
 昨日来の出来事にて暁方漸く寝に付〔就〕く、起床する間もなく昼食をとる様である。
 午后敵死体の片付けをなす、暗くなるも終わらず、明日又なす事にして引上ぐ、風寒し。

遠藤高明(仮名・歩兵第65連隊第8中隊・少尉)日記[4]:

十二月十六日 晴
(略)午後零時三十分捕虜収容所火災の為出動を命ぜられ同三時帰還す、(略)捕虜総数一万七千二十五名、夕刻より軍命令により捕虜の三分の一を江岸に引出し1(第1大隊)に於て射殺す
 一日二合宛給養するに百俵を要し兵自身徴発により給養し居る今日到底不可能事にして軍より適当に処分すべしとの命令ありたるものヽ如し。

十二月十七日 晴
 幕府山頂警備の為午前七時兵九名を差し出す、南京入場式参加の為十三Dを代表Rより兵を堵列せしめらる、午前八時より小隊より兵十名と共に出発和平門より入城、中央軍官学校前国民政府道路上にて軍司令官松井閣下の閲兵を受く、(略)帰舎午後五時三十分、宿舎より式場迄三里あり疲労す、夜捕虜残余一万余処刑の為兵五名差出す、(略)風出て寒し。

十二月十八日
 午前一時処刑不完全の為生存捕虜あり整理の為出動を命ぜられ刑場に赴く、寒風吹き募り同三時頃より吹雪となり骨まで凍え夜明けの待遠しさ言語に絶す、同八時三十分完了、(略)午後二時より同七時三十分まで処刑場死体壱万有余取片付けの為兵二十五名出動せしむ。

十二月十九日 晴
 前日に引続き死体取片付けの為午前八時より兵十五名差出す、(略)

これに対し、前回番組が放送された約1年後、産経新聞が反論を試みている。その際に持ち出したのが、日本軍はこれらの捕虜を解放する目的で揚子江岸に連れ出したのに、殺されると誤認した捕虜が暴動を起こしたためやむを得ず射殺したという「自衛発砲説」だ。

産経新聞(2016/10/19)

◆暴れる捕虜にやむなく発砲

 番組は昭和12年12月16、17日に南京城外の揚子江岸で、大量の捕虜が旧日本軍によって殺害されたと伝えた。この捕虜は南京郊外の幕府山を占領した歩兵第103旅団の下に同年12月14日に投降してきた大量の中国兵を指す。東中野は前掲の著書で、おおよそ当時の状況を次のように再現した。

 16日の揚子江岸での処刑対象は宿舎への計画的な放火に関与した捕虜だった。17日は第65連隊長、両角業作(もろずみ・ぎょうさく)の指示で、揚子江南岸から対岸に舟で渡して解放しようとしたところ、北岸の中国兵が発砲。これを日本軍が自分たちを殺害するための銃声だと勘違いして混乱した約2千人の捕虜が暴れ始めたため日本側もやむなく銃を用いた

 17日には日本軍側にも犠牲者が出た。このことは捕虜殺害が計画的でなかったことを物語るが、番組はこうした具体的状況やその下での国際法の解釈には踏み込まなかった。

■ 自衛発砲説のルーツを追跡し、戦犯逃れのために言い出された詭弁であることを立証

事件の体験者によってリアルタイムに書かれた一次史料である従軍日記には、捕虜が放火したという話も、中国側からの発砲も、捕虜の暴動も一切現れないことから、この自衛発砲説が成立し得ないことは明らかだ。しかし、今回の「南京事件II」ではそのレベルにとどまることなく、この説のそもそもの始まりにまで遡って、その正否を追求している。

ナレーション「ネットを中心に広がる自衛発砲説は、そのほとんどが、近年発行された本からの引用でした。」

ナレーション「それらの情報を遡ると、1970年から80年代に発行された本からの引用なのです。」

ナレーション「さらに年代を遡っていくと、1964年に出された一冊の本にたどり着きます。郷土部隊戦記。それは、南京に派兵された、あの65連隊の地元、福島県で出版された本でした。」

番組は第65連隊の地元、福島県会津若松市を訪ねる。そして、『郷土部隊戦記』出版のさらに2年前、1962年に地元紙「福島民友新聞」に連載された記事にたどり着く。

ナレーション「12月17日に捕虜を解放しようとして、思わぬ事態が発生、たちまち大混乱が起こった。いくら制止しても聞かず、恐怖を感じた兵は発砲するほかはない。部隊でも将校一人、兵六人が捕虜の群れに引きずり込まれて死亡した、と書かれていました。」

ナレーション「取材に応じていたのは、やはり両角連隊長、つまり、部隊の責任者が、自衛のための発砲だったと主張しているのです。」

 

さらに番組は取材を進め、両角連隊長の残したメモには17日の記事として「捕虜解放」の記載があるが、前日の16日に海軍倉庫で行われた数千人の銃殺については何の記載もないこと、また17日には連隊長自身は現場に行っておらず、現場で銃殺作業を指揮した第1大隊田山大隊長からは、戦後、戦犯訴追を恐れて「あれだけはしゃべらないでくれ」と箝口令が布かれていたことが明らかになる。

現場にいた兵士たちの証言:

 

さらに番組は、この連載記事を書いた阿部輝雄氏(両角連隊長から直接この話を聞いて記事にした唯一の記者)を訪ね、両角メモは戦後になって書かれたものであり、事件当時の一次史料ではないことを確かめている。そして阿部氏自身も、今は、あの状況は「虐殺と言われても仕方がない」ものだったと述べている。

ナレーション「自衛発砲説。その根拠を遡っていけば、軍の責任者たちが、戦後に言い出した弁明でした。そして、戦犯になることを恐れた幹部たちの弁明を、一部の本やネットが引き写していたのです。」


自衛発砲説は、抵抗の意志もその手段もない人々を一方的に虐殺しておいて、「お前たちが反抗したから射たざるを得なかったのだ」と、加害者が被害者に責任を転嫁する卑劣極まりない言説である。このような言説の横行を、決して許してはならない。

「自衛発砲説」に止めを刺したこの番組の意義は極めて大きい。前回の番組も含め、4年もの歳月をかけて旧日本軍の歴史的犯罪行為の実証に取り組んでこられた番組スタッフの皆さんに、改めて敬意を表したい。

[1] 小野賢二・藤原彰・本多勝一 『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』 大月書店 1996年 P.350-351
[2] 同 P.325-326
[3] 同 P.133-134
[4] 同 P.219-220



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「南京事件」を調査せよ (文春文庫)

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南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち―第十三師団山田支隊兵士の陣中日記

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 【関連映像】

南京事件 兵士たちの遺言 - 動画 Dailymotion

http://www.dailymotion.com/video/x38lb8r
2015.10.4 日本テレビ NNNドキュメント15 シリーズ戦後70年

 

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vergil.hateblo.jp/entry/2017/10/08/130543
2017/10/08 - 【歴史戦】「虐殺」写真に裏付けなし 同士討ちの可能性は触れず 日テレ系番組「南京事件」検証 昨年10月、日本テレビ系で放送された「南京 ... NNNドキュメント南京事件 兵士たちの遺言」に難癖をつけた産経の「歴史敗戦」と問題の写真の件.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント

動画【南京事件II】NNNドキュメント 2018年5月13日 …渾身のレポート、歴史修正主義者・ネトウヨの様々な捏造学説をことごとく反証 / 2015.10.4「南京事件 兵士たちの遺言 - 動画」

2018-05-15 21:57:23 | 南京虐殺

日本テレビ・読売テレビ網の中で忖度に抗う唯一の良心とも言える「NNNドキュメント」。その取材制作スタッフが4年をかけた渾身のレポートは「南京事件」の史実を検証する内容でした。

歴史修正主義者・ネトウヨが依拠する様々な捏造学説をことごとく反証しています。
特に「便衣兵(民間人に偽装した中国兵)」「自衛発泡説」の根拠となる核心に遡っての真相究明は衝撃的でした。
http://www.ntv.co.jp/docume…/backnumber/archive/post-93.html

再放送はBS日テレで、5月20日(日)11:00~の予定です。 https://youtu.be/6tUdgVi5Sfg

NNNドキュメント 2018年5月13日 180513 「南京事件II」

 

 

 

【南京事件II】NNNドキュメント

とても素晴らしい取材だったのでまとめずにはいられませんでした。スタッフの皆さんありがとうございます。
 
 
 

 【関連映像】

2015.10.4 日本テレビ NNNドキュメント15 シリーズ戦後70年

こちらの映像は、現在ユーチューブでは見れません。下記をご利用ください。

http://www.dailymotion.com/video/x38lb8r

南京事件 兵士たちの遺言 - 動画 Dailymotion

 
古めかしい革張りの手帳に綴られた文字。それは78年前の中国・南京戦に参加した元日本兵の陣中日記だ。ごく普通の農民だった男性が、身重の妻を祖国に残し戦場へ向かう様子、そして戦場で目の当たりにした事が書かれていた。ある部隊に所属した元日本兵の陣中日記に焦点をあて、生前に撮影されたインタビューとともに、様々な観点から取材した。

http://www.ntv.co.jp/document/

 

 

 

 

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「人間創造以来の犯罪」南京大虐殺80周年 2017.12.13 HANKYREH

2017-12-14 03:02:44 | 南京虐殺

 

「人間創造以来の犯罪」南京大虐殺80周年

登録:2017-12-13 22:47
13日、南京大虐殺80周年を迎え、中国江蘇省南京市の大虐殺犠牲者記念館で開かれた国家追慕日行事で市民が黙祷している=南京/AP聯合ニュース

 白い上衣に濃い藍色の下衣で、胸には黒い花を付けた青少年80人が“平和宣言”を朗々と読みあげた。13日、中国江蘇省南京の大虐殺被害者記念館で開かれた国家追慕日行事には1万人が粛然と参加した。各々黒い服を着て、胸には白い花を付けた参加者の中には、習近平国家主席の姿もあった。午前10時、南京全域にサイレンが鳴り響き、市民と追慕客は全員黙祷した。

 80年前、中国国民党政府の首都であった南京は、おぞましい虐殺を体験した。1937年7月、中日戦争を起こした日本は、11月に上海を占領したのに続き、12月13日には南京を陥落させた。日本軍は6週間にかけて大量集団虐殺、性暴行、放火を犯し、この時に殺害された中国人が30万人に達すると中国政府は推算する。

 日本軍は、捕虜だけでなく民間人を相手に無差別射撃をして、銃剣術訓練、首切り試合、生き埋めまでした。口に出すことすら躊躇われる水準の惨状の各種記録は、この日の行事が開かれた記念館に展示されている。この時代を生きた中国の文豪、林語堂は小説『嵐の中の木の葉』で「神が人間を創造して以来、今まで…笑う兵士たちが赤ん坊を空中に投げて銃剣で落ちてくる子供を刺し貫き、それをスポーツと呼ぶのを初めて見た」と書いた。

 日本では、虐殺事件を公式に「南京事件」とだけ呼ぶ。1946年に開かれた裁判で、当時南京に駐留し虐殺に直接関与した日本軍指揮官が死刑に処された。全般的右傾化傾向の中で南京大虐殺の存在自体を否定する人々もいる。

 中国は終戦後、戦勝国であることを主張して、日本の賠償を拒否したこととは別に、日本の戦争責任と被害者問題に対する糾弾は終えていない。北京大の梁雲祥教授はAFP通信とのインタビューで「中国は、領海紛争など今日の紛争で日本に対するテコとして活用するために、このような歴史的問題も生かしたい」と話した。

 一方、日本の戦犯を裁いた極東国際軍事裁判(東京戦犯裁判)を記念する施設を中国当局が上海に建設中だと中国官営のチャイナデイリーが13日報道した。記念館には、東京裁判関連資料などが展示される予定で、南京大虐殺記念館と共に「日本侵略歴史」の大規模記念施設として位置づけられる見込みだ。上海交通大学東京裁判研究センター主任の程兆奇教授は「上海市当局が適当な敷地を選定している段階」と話した。

北京/キム・ウェヒョン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/international/china/823401.html
韓国語原文入力:2017-12-13 21:14
訳J.S
 
 
 
【関連記事】
2017-12-13 14:30
 - 今年は南京大虐殺80周年だ。80年前のあの寒い冬、中国侵略日本軍は南京を攻略すると、放火・殺人・強姦など悪事の限りを尽くし、中国の軍人・非戦闘員30万人を殺害した。筆舌に尽くしがたいほどの凄惨さで、世界に衝撃を与えた。 歴史は日本軍国主義によるこの暴行を恥辱の柱に打ち付けている。しかし日本国内では、南京大虐殺を否定しようと試みる勢力が常に存在する。特に近年、日本の政界と社会の右傾化が強まり、南京大虐殺を否定する言行が勢いに乗り、手段も多様化している。
 
 
 「人民網日本語版」2017年12月13日
 『世界記憶遺産――南京大虐殺文書』が11日、オンラインとオフラインで世界で発行された。計7集20冊で、他に総目録が1冊ある。各文書に中国語の解説があり、英語と日本語の訳文も添えられている。
 「南京大虐殺文書」は2015年10月に「世界記憶遺産」に登録された。貴重な文書を効果的に保護し、合理的に利用するため、中央公文書館、中国第二歴史公文書館、遼寧省公文書館、吉林省公文書館、上海市公文書館、南京市公文書館、中国侵略日本軍南京大虐殺遭難同胞記念館は各館所蔵の南京大虐殺文書を整理し、デジタル化したうえ、データベースを構築した。紙の文書、写真、フィルム、物品などの形式があり、歴史的筋道が明確で、記録が整い、相互に裏づけ、補足しており、信憑性に疑問の余地はない。(編集NA)

 

 

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正しい理解を、「南京事件・初歩の初歩」 / 1/21 アパホテルに本の撤去打診 冬のアジア大会組織~撤去する考えはございません。

2017-01-21 01:18:01 | 南京虐殺

アパホテルに本の撤去打診 冬のアジア大会組織
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170119/k10010845791000.html
 
 

1月19日 21時46分
・・NHKの取材に対し、「組織委員会から正式に申し入れは受けておりませんので、書籍の撤去についてはお答えできかねます。依頼があったとしても、撤去する考えはございません」としています。

APA HOTEL「南京大虐殺否定本は撤去しません。文句がある奴は本のどこが間違ってるか具体的に指摘して。
参考にするだけだけど。」

客室設置の書籍について 

・・・本書籍の中の近現代史にかかわる部分については、いわゆる定説と言われるものに囚われず、著者が数多くの資料等を解析し、理論的に導き出した見解に基づいて書かれたものです。

国によって歴史認識や歴史教育が異なることは認識していますが、本書籍は特定の国や国民を批判することを目的としたものではなく、あくまで事実に基づいて本当の歴史を知ることを目的としたものです。

したがって、異なる立場の方から批判されたことを以って、本書籍を客室から撤去することは考えておりません。日本には言論の自由が保証されており、一方的な圧力によって主張を撤回するようなことは許されてはならないと考えます。

なお、末尾に本書籍P6に記載しています、南京大虐殺に関する見解を掲載いたしますので、事実に基づいて本書籍の記載内容の誤りをご指摘いただけるのであれば、参考にさせていただきたいと考えています。

https://www.apa.co.jp/newsrelease/8325
 

*******************************


※APA HOTEL「南京大虐殺否定本は撤去しない」報道に関連して

 南京事件は「あったのかなかったのか」という議論と、人数の問題、「30万人なのか実際はもっと少なかったのか」を、ます区別して考えよう!
下記を参照してください。


南京事件FAQ project http://seesaawiki.jp/w/nankingfaq/ より引用

  南京事件 初歩の初歩

一体、「南京」で何があったのか。
 
 本来は笠原氏なり秦氏なりの新書を一冊読めば大体のところはわかるのですが、ネットではその手間すらかけずに、ネット情報のみでいい加減な発言をしている方を見かけることが珍しくありません。

 例えば、よく見かける「南京大虐殺はなかった」という表現にしても、発言者はどこまで意味をわかって発言しているのか。「中国側のいう30万人規模の大虐殺はなかった」ということでしたら、この点は日本側研究者のほぼ合意ですので、理解できないことはありません。しかし「南京における(少なくとも数万の)大規模な虐殺」の存在まで否定してしまうというのは、ちょっと無理な議論でしょう。

・・・・

まずよく誤解されるのですが、「南京事件」というのは、例えば数万人なり数十万人なりを一箇所に集めて、まとめて機関銃なり銃剣なりで殺した、という事件ではありません。基本的には、数多くの中小規模の「事件」の集積です。

 

よく「南京大虐殺の存在を証明しろ」という大上段に振りかぶった議論をする方を見かけるのですが、その点さえ承知していれば、ネット掲示板の小さなスペースでそんなことが不可能であることぐらい、すぐにわかるはずです。「証明」のためには、数多い事件群についてそれぞれ資料を並べ、検証を行うという膨大な作業が必要になってきます。(ついでですが、そのような「証明」を求める方は、まず確実に、「基本的な入門書」すら読んでいません)・・・・
 


◆日本の外務省「公式見解」 (外務省のホームページより)

歴史問題Q&A

問6 「南京大虐殺」に対して、日本政府はどのように考えていますか。

1日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。

2先の大戦における行いに対する、痛切な反省と共に、心からのお詫びの気持ちは、戦後の歴代内閣が、一貫して持ち続けてきたものです。そうした気持ちが、戦後50年に当たり、村山談話で表明され、さらに、戦後60年を機に出された小泉談話においても、そのお詫びの気持ちは、引き継がれてきました。

3こうした歴代内閣が表明した気持ちを、揺るぎないものとして、引き継いでいきます。そのことを、2015年8月14日の内閣総理大臣談話の中で明確にしました。

 

◆「日中歴史共同研究」の座長、北岡伸一氏の見解

北岡伸一『「日中歴史共同研究」を振り返る』より


南京事件をめぐって

 南京事件について、日本軍の虐殺を認めたのはけしからんという批判がある。

 先述した通り、共同研究では南京事件にとくに時間をさいて議論してはいない。よく報告書を読んでもらえればわかるが、日本側は、日本側には犠牲音数について諸説あるということを紹介しているだけである。

 ただ、虐殺がなかったという説は受け入れられない

 日本の近代史の研究者の中で、南京で相当数の不法な殺人・暴行があったということを認めない人はほとんどいない。それは、戦前から日本の内部でも不祥事として割合知られていた。中国国民党が宣伝に利用したことは確かだが、だから虐殺がなかったということにはならない。

 実際、多くの部隊の記録に、捕虜の「処分」に関する記述がある。「処分」のすべてではないにせよ、相当部分は処刑である。捕虜に対しては人道的な対応をするのが国際法の義務であって、軽微な不服従程度で殺してよいなどということはありえない

 便衣隊についても、本来は兵士は軍服を着たまま降伏すべきであるが、軍服を脱いで民衆に紛れようとしたから殺してもよいというのは、とんでもない論理の飛躍である

 どの国でも最も愛国主義的な団体は、在郷軍人会など元軍人の組織である。日本陸軍では偕行社がそれであるが、偕行社は南京で調査を行ない、周囲からの強烈な批判にもかかわらず、虐殺があったと認定している(『南京戦史』)。(P235-P236)

 こうした不快な事実を直視する知的勇気こそが、日本の誇りなのであって、過去の非行を認めないのは、恥ずかしいことだと思う。

 また、われわれは報告書において、南京事件は主として日本に責任はあるが、中国側の対応にも問題があったことを指摘している。

 蒋介石は勝てるはずがないと知りながら南京防衛を決意し、かつ、南京戦の前に南京を脱出している。唐生智という南京防衛を担当した将軍も直前に脱出している。

 ふつう軍隊は勝てなくなったら降伏する。そうすると指揮官は軍法会議で死刑になるかもしれないが、兵士は助かる。それが戦闘のマナーなのであって、そういうことをしないで指揮官が脱出するという無責任な行動をとったことが大きな虐殺を引き起こした一因であることを明記した。中国側がよく受け入れたと思う。

 全体として中国側の出席者にはあまり柔軟な姿勢はみられなかったが、それでもこの点などは変化の兆しなのかもしれない。歴史家の秦郁彦氏が新聞紙上で同様に中国側の柔軟化について言及しているが(「産経新聞」二〇一〇年二月一日)、さすがは昭和史研究の第一人者だと感じた次第である。(P236)

(『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』所収)


 
<関連>

南京事件に関するFB記事へのコメントに対して

吉原 庸郎

・・・・

ついでに...失礼ながら...
南京事件について、ご本人は調べられたことがあるんでしょうかね?
・・・
南京事件について、証拠写真や書類や証言は幾多もありますが、反論される方々は「それはねつ造だ」とか、「~~されるはずがない」という主観の思い込みが殆どのように思えます。
南京事件について、ご本人は調べられたことがあるんでしょうかね?

張り付けた資料は、
日中歴史共同研究の日本語論文(2010年1月31日発表)。
http://t.co/8TxA9ZVfEi

2006年10月に安倍晋三氏が訪中した際に胡錦濤国家主席に提案し、翌月、麻生外相と李肇星外交部長との会談で決定された「日中両国政府の共同歴史研究(2006年―2009年)」でまとめられたものです。
国際協力の共同研究で、”安倍晋三氏から提案し出来上がった”ものです

南京攻略と南京虐殺事件については全305ページの271ページから・・
旧来の歴史家も、安倍晋三氏が自ら選んだ歴史家も、南京虐殺事件の存在を認めています。
265ページ/305ページ 
・第 2 章 日中戦争―日本軍の侵略と中国の抗戦  
 波多野澄雄  庄司潤一郎
第 1 節 盧溝橋事件の発生と全面戦争への拡大 
1)盧溝橋事件の勃発と拡大要因
2)関東軍の積極介入と北支那方面軍の南下
3)上海派兵
270ページ/305ページ
4)南京攻略と南京虐殺事件

 当然のことながら、安倍晋三氏と歴史認識の違う真っ当な学者や政治家は、もっと詳細な資料を根拠に、もっと残虐な事実として解明しています。
少なくとも、反論は、先ずこの資料を編纂した安倍晋三氏の息のかかった学者さんにするべきではないですか?

 

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安倍首相が否定したい南京大虐殺を日本テレビの番組が精緻な取材で 「事実」と証明!ところが番組告知は...

2015.10.08

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『NNNドキュメント'15』HPより


「南京大虐殺や慰安婦の存在自体を、我が国はいまや否定しようとしている時にもかかわらず、(中国が)申請しようとするのは承服できない」

 こんな驚愕の発言をしたのは、自民党の原田義昭・元文部科学副大臣だ。原田氏は、中国がいま、世界記憶遺産に「南京大虐殺」と「慰安婦」関連の資料を登録しようとしていることへの対策を検討する自民党「国際情報検討委員会」の委員長。今月2日の会議後、記者団に対しこのように語ったという。

「存在自体を」「否定」というのは、つまるところ“慰安婦も南京大虐殺も全くなかった”という主張だ。これは政府の公式見解とも異なる問題発言だが、しかし、ほとんどのマスコミは深く追及するそぶりを見せないでいる。

 そんななか、奇しくもその2日後に初放映されたひとつのテレビドキュメンタリーが話題を呼んでいる。4日深夜放送の『NNNドキュメント』(日本テレビ系)が、自民党が「否定」する「南京事件」を検証したのだ。その内容は、元日本軍兵士の証言や当時の日記といった“一次資料”を取りあげ、さらに矛盾や不自然な点がないか、番組取材班が徹底的に裏取りを試みるというものだった。

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「ハワイ真珠湾を訪問する安倍首相は、南京にも行きますか?」・・・記者からの質問に、稲田防衛相は 2016.12.7

2016-12-08 18:10:13 | 南京虐殺

安倍首相は南京も訪問を=社民党首

 社民党吉田忠智党首は8日の記者会見で、安倍晋三首相が米ハワイの真珠湾を訪問することを歓迎した上で、「中国、朝鮮半島に耐え難い苦痛を与えたのも事実だ。象徴的な南京に行くべきだ」と首相に求めた。 

 

http://www.recordchina.co.jp/a156892.htmlより転載

「安倍首相は南京にも行きますか?」=記者からの質問に稲田防衛相は…―中国メディア

配信日時:2016年12月7日(水) 10時50分
「安倍首相は南京にも行きますか?」=記者の質問に稲田防衛相は…
 
6日、看看新聞網によると、安倍晋三首相が米ハワイの真珠湾を訪問することについて説明した稲田朋美防衛相に対し、記者から南京に関する質問が飛んだ。写真は真珠湾。
 
 
2016年12月6日、看看新聞網によると、安倍晋三首相が米ハワイの真珠湾を訪問することについて説明した稲田朋美防衛相に対し、記者から南京に関する質問が飛んだ。 

稲田防衛相は同日午前の記者会見で、安倍首相がオバマ米大統領とともに現地を訪問し、戦没者慰霊式典に出席することを説明した。この際、記者から「真珠湾に慰霊に行くということですが、今後、南京に慰霊に行く必要性について考えますか?」と問われると、「真珠湾に慰霊に行くのは日米同盟を強固にし、アジア太平洋地域の平和と安定を図り、価値観を共有するため」と明言を避けたという。 

安倍首相が真珠湾攻撃から75周年を迎える日の2日前に訪問を発表した狙いについて、専門家は「米国で新政権が発足する前に日米同盟を強固なものにすること」とし、「オバマ大統領の広島訪問にならい、追悼の念を表すとみられるが、謝罪をすることは絶対にない」と分析している。(翻訳・編集/北田)
 
 
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