異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

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利用される?天皇『沖縄訪問、真の意図は!』・・・天皇来沖と米軍・自衛隊基地の強化 2018.3.31 ブログ「海鳴りの島から」

2018-04-02 17:08:24 | 昭和天皇 平成天皇 天皇制

海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

https://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/4c0c4960e482b2b57a993185b1bda88a

天皇来沖と米軍・自衛隊基地の強化

2018-03-31 12:10:24 | 米軍・自衛隊・基地問題

 3月28日に天皇アキヒトは与那国島を訪問した。翌29日付琉球新報朝刊は、その様子を次のように報じている。

 〈 …前略… 町内のあちこちに、自衛隊協力会による「奉迎」「ご来県ありがとうございます」と記した横断幕があった。ちょうど2年前の2016年3月28日、町に陸上自衛隊沿岸監視部隊が発足した。沿道では天皇、皇后を制服姿の自衛隊員が歓迎していた〉

 先に天皇来沖初日の3月27日が琉球処分の日だと指摘した。3月28日は与那国島に配備された陸上自衛隊沿岸監視部隊の発足2年の記念日だったという。

 28日はまた、渡嘉敷島で強制集団死が発生した日でもある。沖縄戦のことが思い起こされる時期に摩文仁の国立沖縄戦没者墓苑を訪れて「慰霊の旅」を印象づけ、その上で陸自部隊の発足記念日に与那国島に行き、日本最西端の碑を訪ねて領土の境界を確認する。そして、29日には東京オリンピックの正式種目となった空手の演武を見学して帰京する。今回の天皇アキヒト来沖が、日程と内容を練りに練って行ったことがよく分かる。

 天皇としては最後の来沖となる今回、アキヒト夫妻は領土の最西端である与那国島まで足を運んだ。それが中国と対抗して先島地域への自衛隊の配備・強化を進める安倍政権の意図と連動していることは、陸自沿岸監視部隊の発足記念日に日程を合わせたことが自ずから示している。

 

 天皇アキヒトは2004年1月に国立劇場沖縄の開場記念公演を鑑賞するため来沖した際、宮古島と石垣島を訪問した。その後、日本政府・防衛省は「南西方面重視」、「島嶼防衛強化」を打ち出して、宮古、八重山、与那国など先島地域への自衛隊配備計画を進めていく。

 2012年4月には、当時の石原慎太郎東京都知事が、米国のヘリテージ財団で尖閣諸島の購入を打ち上げた。同年9月には日本政府が同諸島を購入して国有化する。それに反発した中国は尖閣諸島周辺の行動をより活発化させ、同諸島をめぐる領土問題が焦点化した。

 民主党政権崩壊後に誕生した安倍政権は、それを最大限に利用した。中国の脅威を煽りながら先島地域への自衛隊配備と辺野古新基地建設を推進していった。天皇アキヒトが宮古島、石垣島を訪問した2004年から与那国島訪問が行われた今年まで、この14年間に日本政府・防衛省は「南西方面重視」、「島嶼防衛強化」「中国の脅威」を前面に出して、沖縄の米軍・自衛隊基地の強化を進めたのだ。

 

 天皇アキヒトが摩文仁の国立戦没者墓苑やひめゆり平和祈念資料館、対馬丸記念館などを訪れ、「慰霊の旅」「沖縄への思い」を印象付ける一方で、武力による威嚇で琉球国を滅ぼし、日本に併合していった歴史は正当化され、先島地域への自衛隊配備と辺野古新基地建設が強行された。沖縄人から抵抗の牙を抜き取り、日本人としての自覚を植えつけ、国土防衛の担い手へと絡めとっていくのが、アキヒト夫妻の役割だった。

 天皇アキヒトが個人としてどのような意思を持っているかはともかく、その来沖は「慰霊」や「沖縄への思い」というきれい事だけですまされるものではない。そこには天皇を利用して沖縄の軍事要塞化を進める者たちの政治的意図が透けて見える。時の権力者と持ちつ持たれつの関係で生き延びてきたのが天皇家であり、アキヒトも自らの役割をしっかりと果してきたのだ。

 

 

【関連】

天皇ご夫妻が沖縄訪問…「対馬丸」の生存者が思うこと 20178.3.26  琉球朝日放送 / 初めて!自衛隊が那覇の国際通りをパレード

 ~天皇ご夫妻、沖縄訪問を祝し、自衛隊が国際通りをパレード!初めてのこと!!

 

 

 

 

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憲法改正・天皇退位で揺れる神社界 宮司たちが明かす胸の内 AERA 2018年1月15日号

2018-01-19 10:34:27 | 昭和天皇 平成天皇 天皇制

憲法改正・天皇退位で揺れる神社界 宮司たちが明かす胸の内

AERA https://dot.asahi.com/aera/2018011200021.html?page=1

作田裕史  2018.1.15 07:00

 

憲法改正・天皇退位で揺れる神社界(※写真はイメージ)

 

 この数年は、神社界の「節目」となる。2018年には憲法改正の発議が取り沙汰され、19年4月には現天皇が退位する。神社界の「一大事」が続く。

 全国約8万社の神社が加盟する神社本庁は、「自主憲法制定」と「皇室の尊厳護持」を強く求めてきた。神社本庁が組織した政治団体「神道政治連盟」は、それに加え、靖国神社の国家儀礼確立、道徳・宗教教育の推進、夫婦別姓反対、祝日の国旗掲揚などを国会議員に働きかけてきた。2016年末から17年1月には、一部神社で改憲への賛同署名を集め、物議を醸した。


 神社界が政治との距離を縮めている現状を、現役の宮司はどう感じているのか。愛知県清須市にある日吉(ひよし)神社の三輪隆裕宮司(69)はこう語る。

「神社本庁、神政連の中枢幹部は、憲法改正の好機を逃すなと、より熱心に活動するでしょう。最近は神政連も日本会議にノウハウを学んで、氏子さんへの手紙や電話、声掛けなど政治運動が上手になった。ただ、個々の神社の宮司は、改憲でどの条文を変えるかなど細かいことには関心がない。神社本庁が『美しい憲法を』と主張するので、とりあえず賛同しておこう、と消極的に支持しているだけです」

 三輪宮司は、安倍政権での憲法改正には反対という立場を取る。特定秘密保護法、安全保障関連法などを強行採決してきた安倍政権で改憲が実現すれば、民主主義、立憲主義がつぶされかねないと危惧しているからだ。

「最も危険なのは、緊急事態条項の創設です。首相の一声でいつでも戒厳令のような緊急事態を作り出し、従わなかった国民は共謀罪で取り締まる。その情報は、特定秘密保護法で隠蔽(いんぺい)される。日本が全体主義に突き進むための『3点セット』がそろってしまう。改憲の議論終盤で9条改正を断念する代わりに、緊急事態条項を押し通すというのが一番怖いシナリオです」


 安倍政権に批判的ではない立場でも、政治との近さに危惧を抱く宮司はいる。埼玉県秩父市の秩父神社の薗田稔宮司(82)はこう話す。

 

「神職が一人の人間として政治的立場を明確にして発信することは、市民として問題はない。ただ、超政治的な空間であるべき『お宮』を使って改憲署名を集めたり、特定の議員だけに境内を使わせたりすることは、地域の公共性に反する」

 昨年10月、秩父神社でも同様のことが起こってしまった、と薗田宮司は後悔する。先の衆院選で、地元選挙区の自民党系候補者の出陣式を神社境内で行ってしまった。前例はなかったが、同神社幹部が議員と懇意だったこと、議員が「神道政治連盟国会議員懇談会」に所属していたことなどから、薗田宮司も知らぬ間に場所を貸した。

「お宮を使ってある政治家に肩入れすれば、その後、神社が政治的紛争に巻き込まれる可能性がある。神さまを政治に利用することだけは、厳に慎まなければなりません」(薗田宮司)

 憲法改正は、自衛隊明記には賛成だが「9条1項(戦争放棄)は残すべきだ」という立場。神社本庁が主張する「天皇の元首化」についてはこう話す。

「絶対君主制の響きを残す『元首』ではなく、今の『象徴』のままでいい。天皇は権威ではあるが、権力ではない。戦後70年以上かけて、象徴天皇制とは何であるかが国民にも浸透して、受け入れられていると思います」

『神社と政治』の著書がある千葉大学の小林正弥教授(政治哲学)は、「神社の署名活動などは政教分離には違反しない」と前置きした上で、こう語る。

「神社界が政治的主張をするのなら、それが宗教的にどう正しいのかという理由も明示されるべきです。しかし、戦前に宗教行為と切り離された神社界は、戦後も習俗的な側面が強く、宗教的な意味をあいまいにしてきた。ゆえに、教義や生き方について具体的な『正しさ』が一般的にはあまり示されていない。神道的な正当性が示されずに、改憲や政権支持と言うなら、それは単なる政治的ナショナリズム運動であり、宗教的行為ではありません」


 キリスト教や仏教系の団体が安保法制反対運動などを展開した流れとは、宗教的理念の有無という点で大きく異なる。

「安倍首相の改憲私案に、神社界が切望する『天皇の元首化』や道徳的な『家族条項』が入っていないことへの意見表明もない。天皇の退位でも政府の姿勢を追認して、独自の見解を出せなかった。これでは『神道界も賛成している』という印象操作のために政治家に利用されかねません」(小林教授)

 神道政治連盟は本誌の取材に、改憲について「改憲4項目は自民党が緊急性がある条項として示したものと考える。本連盟はこれまで主張してきた内容を含め、国民的議論を活発化していきたい」とコメントした。(編集部・作田裕史)

AERA 2018年1月15日号より抜粋

 

 

 

 

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元号:明治維新がつくった「空間だけでなく時間も支配する古代王政」の残滓。 世界でただ一つの国 〔思索の日記 武田康弘 2017.6.12〕

2017-06-12 22:21:26 | 昭和天皇 平成天皇 天皇制

shirakabatakesen思索の日記 武田康弘

http://blog.goo.ne.jp/shirakabatakesen/e/b14a31e5a9f5760020e4c9f4baf3f0da

元号:明治維新がつくった「空間だけでなく時間も支配する古代王政」の残滓。 世界でただ一つの国。 拡散をよろしく。

2017-06-12 

 一人の人間の死により「時代名」が変えられ、全員がそれに従わさせられるのは、目まいがするほどのこと。

 天皇の死のみにより、時代名を変えるのは、明治政府のつくった「天皇現人神」(皇族は神の家系であり天皇は生きている神である)の思想に基づいています。明治維新の前は、祭りごと=政の変化に応じて時代名を変えました。

 一人の人間の死により、その国の時代名を変えるのは、古代王政の話であり、王が空間と時間の双方を支配する象徴でした。まさに王が神だったのです。それを復活させ、最大級の名称(皇帝の上に天がつく)の王=「生きてる神」が全国民を統一するというのが、伊藤博文らの思想でした。

 宗教=政府神道のである明治天皇は、主権者であり、陸軍、海軍の統帥権をもつのが、明治憲法(大日本帝国憲法)ですが、それにより神話と歴史と政治を直結させ、全国民を国家=政府に拝跪させることに成功したのです(伊藤は、「日本では将来にわたり主権が国民に変わることはない」と教説)。その思想=国体主義=靖国主義の復活のためにいま活発に活動しているのが、神社本庁と日本会議と安倍自民なのです。天皇を元首に、と言います。

 天皇の死のみが時代名の変更をもたらすという明治維新の思想(天皇絶対のカルト宗教)の復活の流れに抵抗しているのが、現天皇の明仁さんです。象徴としての務めを皇太子が代わりにやるのではなく、生前に退位することで元号の意味付け=重さを変える、伊藤らの明治維新政府による思想を認めないという意思が、生前退位を選ばせた隠れた真実といえます。

 ふりかえってみましょう。
中国侵略、満州事変にはじまり、14年間の戦争を続けたのは、現人神であり主権者であり軍隊の統帥権をもった「明治憲法」下の天皇裕仁(ヒロヒト)でしたが、その思想を支えにして戦い、「ポツダム宣言」受諾で無条件降伏となり、国の主権を天皇から国民へと180度転回しましたが(GHQの天皇主権は認めないとの断固とした意思で変えさせられたわけですが、それは、支配階級以外の大多数の日本人にはよろこびでした)その後もなお、同じ「昭和時代」と言われます。
 
 これほどの無茶苦茶は、世界の歴史上どこにもないのですが、それは誇るべきこと!? あまりのデタラメに理性は麻痺してしまいます。

 21世紀の現代、生年の表記にはじまる年号を世界歴にすべきなのは、理の当然です。オリンピックは2020年なのであり、平成でもなければ、新元号でもありません。1945年の敗戦までは昭和時代で、それ以降も昭和時代。昭和3年生まれの人も、昭和40年生まれの人も、同じ昭和の時代を生きた!?なんのこっちゃ(笑)です。これではカルトもいいところ。

 元号ではなく、世界歴を使いましょう。日本の中に世界があるのではなく、世界の中に日本があるのですし、日本人が人類に先立つのではなく、人類の一員としての日本人です。天動説から地動説への転回が必要のようです。元号は、名残だけにしてほしいもの。わたしは1952年生まれです。あなたは何年生まれですか。


明治天皇が所持していた伊藤博文の写真。
一般に流布されている写真とは全く異な
り、策士のような顔。

16歳の時に京都御所から江戸城に連れ
て来られ、明治天皇に仕立てられた少年
の目に映った伊藤はこのような存在だっ
たのでしょう。

宮内庁が公開

 
2017年 6月 12日  武田康弘

 

 

 

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私たちは主権者だ。天皇に関する制度をどう設計するか、その議論に遠慮があってはならない。〔澤藤統一郎の憲法日記 2017.6.10〕

2017-06-11 21:10:54 | 昭和天皇 平成天皇 天皇制

澤藤統一郎の憲法日記

http://article9.jp/wordpress/?m=201706

私たちは主権者だ。天皇に関する制度をどう設計するか、その議論に遠慮があってはならない。

昨日(6月9日)、天皇の生前退位を認める「皇室典範特例法」が成立した。侃々諤々の議論はなく、「静謐な環境の中で速やかに」、天皇(明仁)の退位希望が認められることとなった。

この特例法成立に際しての首相談話が以下のとおりである。
「天皇の退位等に関する皇室典範特例法が成立しました。本法の重要性に鑑み、衆参両院の議長、副議長にご尽力を頂き、また各会派の皆様のご協力を頂き、静謐な環境の中で速やかに成立させていただいたことに対しまして感謝を申し上げ、改めて敬意を表したいと思います」「光格天皇以来、実に200年ぶりに退位を実現するもので、この問題が国家の基本、そして長い歴史、未来に関わる重要な課題であることを改めて実感した…」

私には、「本法の重要性」は理解し難い。「この問題が国家の基本」であることも、「長い歴史、未来に関わる重要な課題である」ことも。ましてや、活発な議論を意識的に避けて、「静謐な(=ものを言えない)環境」をつくり出したことに「感謝」「敬意」とは、なんたることだ。

天皇の生前退位の可否よりも、共謀罪法案の成否こそが国家的重大事ではないか。また、加計学園問題等に表れた権力者による政治の私物化も、未来に関わる重要な課題である。そして、法案審議に関わって危惧せざるを得ないことは、天皇や皇族にまつわることになると、奥歯にものがはさまったような、明確にものを言えない雰囲気が醸成されていることである。

共謀罪法案の審議の過程では、国体(=天皇制)擁護を掲げた治安維持法を想起せざるを得ない。もちろん、今はなき不敬罪や大逆罪の猛威も。現天皇(明仁)の先代(裕仁)の就位時には、天皇は主権者であった。天皇は統治権の総覧者であり、天皇の名で裁判は行われ、天皇が大元帥として軍事を統帥し、天皇が教育をつかさどった。そして、天皇の名による侵略戦争と植民地支配が行われ、皇軍による無数の殺戮と凌辱が行われた。内外にこの上ない規模の不幸を生み出したことに天皇の責任は限りなく大きい。現行日本国憲法は、その忌むべき戦前と天皇主権を根底から否定して制定されたものではないか。

今、当然のこととして主権は国民にある。天皇に関わる制度をどう設計するかは、主権者である国民の意思次第である。天皇の退位を自由にしてもよし、空位にしてもよい。女性天皇を認めてもよし、さっぱりと廃止してもよい。大切なことは、誰もが闊達に自分の意見を表明することのできる「静謐ならざる環境」を整えることである。国民全体への奉仕者と位置づけられている公務員職の一つである天皇のあり方について、ことさらに議論を押さえた静謐な環境が強調されることは不気味でならず、議会内勢力の大部分がこれを認めていることも不気味でならない。

本日の各紙社説の論調も不気味と言わねばならない。産経に至っては、「立憲君主である天皇の御代替わりという日本の重要事である」とした上で、社説の末尾を「皇位継承の伝統、原則の大切さを十分理解して、皇室の弥栄を考えたい。」と結んでいる。いったい、いつの時代の紙面か。いつの時代の頭と感覚なのか。

とりわけ見過ごせないのは、「陛下を敬愛する国民が、譲位をかなえてさしあげたいと願い、それが政府や国会を後押しした。このような天皇と国民の絆こそ、昔から続く日本の国柄の表れだ。」という一文。天皇を敬愛せぬ者は非国民と言わんばかりの決めつけ。この産経社説風の雰囲気蔓延を危惧せざるを得ない。

比較的真っ当な社説として、沖縄タイムスのものに出会った。
[退位特例法成立]「『象徴』像さらに議論を」というタイトル。
「天皇は戦後憲法の下で『国民統合の象徴』と位置づけられ、その地位は主権者である『国民の総意に基づく』とうたわれている。
『総意』とは何か。『象徴』とは何か。『逝去によらない代替わり』をどのような方法で実現するのか。議論すべき論点は多かった。象徴天皇制について主権者が議論を深めるまたとない機会でもあった。
だが、国会審議は衆参両院で各1日。事前に衆参両院の正副議長が調整に乗りだし、与野党が歩み寄ったこともあって法案審議はとんとん拍子に進み、あっという間に特例法が成立した。」
「昨年8月8日、国民向けに流れたビデオメッセージで天皇陛下が最も強調していたのは『象徴としての行為』だった。憲法は天皇の権能について、『国事行為のみ』を行い、国政に関与することはできない、と定めている。憲法学者の中には、天皇の行為を国事行為に限定すべき、だとの意見もある。」
「『象徴としての行為』とは何か。政治家も国民もそのような議論をしてこなかった。政治の動きは特に鈍かった。…このような議論を避けて通るべきではない。…国会審議で置き去りにされた皇族の減少対策などについて、女性・女系天皇の可能性も含め、真剣な議論を始めるときがきている。」

言論の自由にタブーの領域を作ってはならない。権力批判に遠慮があってはならないことと並んで、天皇という権威に対する批判をタブーとしてはならない。それは、国民主権を形骸化する第一歩だ。
(2017年6月10日)

 

 

 

 

 

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<天皇制度という魔物> 昨日のNHKー象徴天皇を考える討論番組を見て、心底気分が悪くなりました。(武田康弘 2017.4.30)

2017-04-30 23:52:33 | 昭和天皇 平成天皇 天皇制

http://blog.goo.ne.jp/shirakabatakesen/e/978787ae7f66b3a8dcbf069630f1c450より転載

思索の日記 武田康弘

昨日のNHKー象徴天皇を考える討論番組を見て、心底気分が悪くなりました。

2017-04-30 | 社会批評

  天皇制度という魔物は、人間を人間味あふれる豊かな人間にしないと思いました。

 人間の中に他の人間とは異なる特別な存在を置く。古代国家から遠く離れても、いつまでも天皇、皇族、皇室が大切というのが昨晩のNHKの番組で、批判的検討者は元から排除、存在さえ認めない、という番組の構成でした。

 天皇という存在を真面目に考える作業をすると、皇族としてその中にいる人も、外にいるほぼ全員も、矛盾の中で七転八倒する羽目に陥ります。国民ではないので、パスポートも発行されない存在が、国民統合の象徴。一人が、全国民を統合する象徴とはどういうことなのか。それは果たして人間なのか、はなから訳が分からなくなり、だから生きている神=現人神なのだ、と言われもします。

 裸の一人の人間、哺乳類であり、生命体であるこの私が、人間性の魅力を追求する人生、内容としての精神世界の豊かさを広げる人生をこの国の中で生きようとすると、どうも具合が悪いのです。疎外され、形式としての人間に陥ってしまいがち。日本人は他国人とは異なり、天皇という存在を未来永劫、肯定し、特別なものと見なければいけない、という観念を強制させられ、自由な想念もつことが許されません。それが日本という国!!??

 「天皇制度」という根源的タブーを当然のこととして受け入れなければ、非国民であり、まともな人間とみなされないという国は、個々人の心の宇宙、精神世界の自由を大元から奪います。

 なるほど、自民党憲法改正案で、「個人」という文言を消したのは、正解です。日本人は、個人としては生きてはいけないのです。永遠に「天皇制 内 日本人」であり、個人の内面宇宙に究極の価値を置くアテネ出自のフィロソフィー(恋知)は、日本人には似つかわしくないものであり、邪魔ものです。

 すべての人は、等しく、唯我独尊である、というブッダの根本思想も、そのままは受容できず、骨抜きにされます。なるほどなるほど、それが天皇絶対のニッポンなのですね。

 うん、わたしは、たとえ一人でも、そういう人間差別の大元の制度を少しも認めることなく、すべての人は、みな対等という人間観=溢れる人間愛をもって、生き続けよう。明仁さんや美智子さん、皇太子夫妻もほんとうに気の毒だ。京都御所に戻り、人間としての自由を認められ、楽しく生活できるようにしてあげたい、と思いました。


 

<コメント> I・YさんFBより

 この番組で、女性天皇についての議論ありましたが、結局のところ女性の皇室となられる方は、お世継ぎ男子を生まなければ存在の意味がないことが良く見えました。
 個人の尊厳や自由が一切ない 皇室は日本国民が受けられる基本的人権の保障がない、人間個人として認めれない、たとえ戦後象徴天皇制となっても、日本国民の統合の象徴として常に神聖な血統の家柄を維持しなくてはならないことがよくわかりました。

 番組のなかでも皇室一人一人の個人として問題は取り上げられることなく、歴史的な天皇の在り方だけが取り上げられていました。

 

 

 

 

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