KIMISTEVA@DEEP

新たな「現実」を構成するサブカルチャー研究者kimistevaのブログ

道端で倒れたように眠る人がいるよ

2007-12-21 15:10:31 | わたし自身のこと
♪道端で 倒れたように 眠る人が いるよ♪(尾崎豊『愛の消えた街』)

・・・というわけで、
先日、道端で倒れてしまいました。
正確には、あまりに激しい腹痛に襲われて立てなくなり、道端に横になりました。

この街の人は、やさしい。
ほぼ学生だけしか通らないような道で倒れたせいでしょうか、
そんなに人が通ったわけでもないのに、たくさんの人が声をかけてくれました。
学生同士だということで互助精神が働くのでしょうか。
ともかく、ほんとうに助けられました。


ところではじめに、大学生と見られる二人の女の子に、

「大丈夫ですか!?誰かお知り合いの方に連絡しましょうか?」
・・・と、声をかけていただいたんですが、
1分くらい「声をかけるべき相手が果たしているか」と考えてみて、まったくいないことに自分で愕然としました。
(彼女たちも困惑しただろうなぁ…)


友 達 少 な す ぎ !!


研究室の飲み会後だったため、研究室のメンバーに頼れなかった、というのもあるのですが、
別に飲み会がなかったとしても、わたしは頼れなかったと思います。


おそらくリスク管理をするときに、
「あとで「迷惑かけられた」と言われるのは死んでもいや!」という項目が最優先事項として考慮されるので、「迷惑かけられた」と言わない人を探すことになるのですが、
そういう人が、今、わたしの近くにいないことがわかりました。

自戒をこめていいますが、「親切」を、「迷惑かけた」-「迷惑かけられた」というパラダイムで捉えるほど不毛なことはありません。
「親切」は「親切」として受け取るからこそ、すがすがしい関係でいられるのに、「迷惑」という言葉が入ったとたんに、それは「悪いこと」になり、ドロドロとした謝罪の応酬へと変質してしまいます。


「親切」って関係を良いものへと作り上げるものなのに、
「迷惑」という言葉を持ち込んだとたんに、関係を悪くし、わたしの神経性胃腸炎を悪化させるものになってしまうんですね。不思議。


・・・というわけで、「迷惑かけた」「迷惑かけられた」という言葉にめげないようにしています。
「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」を。
「親切」を謝罪でかえすのではなく、感謝でかえすこと。
それこそが、大切なことだとあらためて思ったのでした。


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