希望列車で行こう!

勇気は幸福の乗車券、希望列車に、飛び乗ろう。

希望列車123

2010-04-29 17:59:57 | 日記
雑誌やテレビで活躍する脳科学者の茂木健一郎氏は、自(みずか)ら望んで、2年間にわたり、創価学会インターナショナル会長の池田先生と、往復書簡により、対談を、したそうです。

その中で、茂木氏は、
『人間には、「ミラーニューロン」と呼ばれる神経細胞が存在し、相手と対話を通して心を通(かよ)わせ、共通の目的を実現する潜在能力(せんざいのうりょく)が、備(そな)わっている。』
と、仏法(ぶっぽう)への共感を示(しめ)しています。

共通の目的を実現している潜在(せんざい)能力・・。

対話を通して心を、かよわせ、同じ目的を、実現していく・・・。

それが、創価学会なのかもしれない!と思った・・。

だれでも共通する目的・・・、それは幸せであり、平和であると思う。

その幸せと平和を、対話によって、結(むす)んでいく・・。

号令(ごうれい)や、命令ではなく、あくまで、一人が一人と、話していく『対話』

その対話によって結(むす)ばれた連帯が、世界192カ国に広がる『創価学会』なんだと思う。

また、創価学会の対話の強みは、南無妙法蓮華経の仏法という、究極(きゅうきょく)にして、最高の法則であり力(ちから)によって、その南無妙法蓮華経の仏法を実践した一人一人が、現実に、悩みや苦難を解決し、夢や希望を、かなえて幸せになってきたという、真実の体験の上で、成り立っている『対話』だと、いうことです。

それは、自分の生命にみなぎる歓喜(かんき)となり、感動となり、晴れ晴れとした勝利感と確信となって、あらわれる。

その生命にみなぎる歓喜(かんき)と感動と勝利感は、対話によって、電流のように、人々に伝わり、その対話を聞いた人が、また、南無妙法蓮華経の仏法を、実践し、歓喜し、感動している。

その幸せと勝利という電流は、対話によって、人から人へと伝(つた)わり、次から次へと伝わっていく。

なぜなら、幸せを望まない人は、いないからです。

平和や勝利を、望まない人など、いないからです。

茂木氏が言うように、脳(のう)には、『ミラーニューロン』と呼ばれる神経細胞が存在し、相手と対話を通して心を通(かよ)わせ、共通の目的を実現する潜在(せんざい)能力が、備(そな)わっている。

その潜在(せんざい)能力を、自(みずか)らの生命に強く感じながら、現実の中での、幸せと勝利と歓喜の対話によって、人から人へと伝え、幸せと平和の潜在能力を、世界中で、開花させているのが、創価学会であり、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんだと、思う・・・。


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希望列車122

2010-04-26 15:47:27 | 日記
よく、表面的に見れば、楽しそうで幸せそうに見えるけれど、実は、ものすごい悩みや苦しみを、かかえている場合が、ある・・。

表面的には、楽しそうに振(ふ)る舞(ま)っているけれど、ほんとうは、そうではなく、自分の持っている苦しみを、忘れようとしているだけの場合も、あるかもしれない。
もちろん、楽しく振る舞うほうが、いいし、楽しく振る舞ったほうが、自分にもプラスになる。

けれど、表面的に幸せそうに見えても、本当は自分がもっている悩みや苦しみの解決には、まったく至(いた)っていないという場合も、多いと思う。

ようするに、自分が持っている根本的な悩みや苦しみに対しては、どうすることも、できない・・・!解決しようがない!ただ、それを忘れるか・・、なおざりにするか・・、遊びなどで、ごまかすしかない場合が、多いかもしれない。

それは、結局(けっきょく)、幸せ芝居(しばい)を、している!ということです。

悩みや苦しみを、根本から解決する方途(ほうと)を持たないかぎり、どうしても、幸せ芝居(しばい)にならざるをえない・・。

生命の根源(こんげん)から、自分を変革し、幸せにしていってくれる哲学(てつがく)と、それを可能にする力(ちから)を、自分で持たないかぎりは、どうしても、本当の意味での幸せを、つかめない!!ということです。

その自分の生命を根源(こんげん)から変革し、幸せにしていける哲学(てつがく)であり、大きな力(ちから)、悩みや苦しみや困難を、根本から解決していける、本当の意味で幸せを勝ち取っていける無限の力(ちから)が、実は、創価学会が、実践している、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。

この創価学会の南無妙法蓮華経の仏法は、幸せ芝居(しばい)ではなく、本当の意味での幸せを、つかめるんです。

心の底からの歓喜(かんき)であり、心の底からの満足(まんぞく)を持った幸せ・・・!

その心の底からの満足を持った幸せを、つかめる、究極(きゅうきょく)にして、唯一(ゆいいつ)の方法と言っていいのが、創価学会が実践する、南無妙法蓮華経を、となえる、仏法の信仰なんです。

だから、実際、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法の信仰を始め、南無妙法蓮華経を、となえていくと、言い知れぬような清々(すがすが)しさと、感動を、味わうことが、できる。

そして、現実に、さまざまな悩みや苦しみ、困難を解決でき、その結果、夢や希望を、かなえていけるようになっていけるんです。


だから、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰は、「幸せ芝居(しばい)」には、ならないんです。
表面的なことではなく、現実に心の底からの幸せを、勝ち取っていけるんです!!

世間的な表面的な幸せを求める生き方とは、違うんです!

もっとも、表面的な幸せも、必要ですが、それも含(ふく)め、本当の意味での、心の底からの幸せを、勝ち取っていけるのが、創価学会が実践する、南無妙法蓮華経を、となえる、仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!


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希望列車121

2010-04-23 14:13:36 | 日記
19世紀アメリカの思想家・エマソンが、言っています。

『幸運の鍵(かぎ)は、わが手中(しゅちゅう)に歓喜(かんき)のあることである』


『幸運の鍵(かぎ)』は、自分の中に、歓喜があるか、どうか・・・。

歓喜(かんき)・・・・。
何とも言えない喜(よろこ)びと感動と高揚感(こうようかん)・・・。
それらの素晴らしい感情が重(かさ)なりあったような喜びの感情。

それが、『歓喜』なんだと思う。

エマソンは、幸せになる鍵(かぎ)は、その『歓喜』だと言う。

けれど、世間一般的に、人々は、この『歓喜』という言葉を、あまり、使わない。

なぜだろう?
『歓喜(かんき)』は、幸せを、もたらす鍵(かぎ)なのに!!

それは、おそらく、『歓喜』と呼べるような感情を、あまり、自分の中に、抱(いだ)いていないからだと思う!

けれど、『歓喜』は、幸せを、もたらす鍵!!

ということは、歓喜という感情を、自分の中に、あまり抱(いだ)いていないということは、本当には、その人は、幸せではない!!ということだと、思う。

すなわち、歓喜という感情を、あまり抱(いだ)かないということは、エマソンが言うように、『幸せの鍵(かぎ)を、持たない!』ということだと、思う。


『幸せの鍵』を持たないということは、本当には幸せではない!ことを、意味しています。

だから、歓喜を持たないということは、本当の幸せを、持たないのと、同じだと思う。

だから、本当は、『歓喜』は大切!!

『歓喜』は幸せの鍵なんだから!

いかにして、心に『歓喜』を、抱(いだ)くか・・・。

文字通(もじどお)り、歓喜を持つことが、幸せを、もたらす鍵となる!!

その自分の生命に、歓喜(かんき)を、もたらす、最高にして最大の方法が、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経を、となえる、仏法の信仰なんです!!

日蓮大聖人が、言っています。
『南無妙法蓮華経は、歓喜の中の大歓喜なり!』

南無妙法蓮華経は、歓喜の中の大歓喜なんです!!

ということは、歓喜は、幸せをもたらす鍵なんだから、『南無妙法蓮華経』は、最高最大の幸せを、もたらす『鍵(かぎ)』だということになります。

それが、南無妙法蓮華経なんです。

だから、南無妙法蓮華経を、となえる時、自分の生命が、歓喜してくる!なぜだか幸せで、清々(すがすが)しく、高揚(こうよう)した素晴らしい気持ちになる。

その歓喜が、幸せをもたらす鍵なんだから、南無妙法蓮華経を、となえることによって、自分の生命が歓喜してくれば、それは、当然、その人に幸せを、もたらします。

その結果として、悩みや問題を、解決できたり、夢や希望を、かなえていけるように、なっていきます。

だから、創価学会の人たちは、幸せになっていけるんです!

それが、歓喜の中の大歓喜である、どんな悩みも乗り越(こ)えて、幸せになっていける、創価学会の、南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰なんです・・・!


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希望列車120

2010-04-19 14:15:12 | 日記
日蓮大聖人が、

『南無妙法蓮華経を唱(とな)うるより外の遊楽(ゆうらく)なきなり』

と言っています。

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。
『私たち(創価学会の人たち)は、南無妙法蓮華経の題目(だいもく)を、思う存分(ぞんぶん)に唱(とな)えることができる。実はこのこと自体(じたい)が、世界一、富(と)める者であることを、意味しているのだ。

今、題目(南無妙法蓮華経)を唱(とな)えられるという現実そのものが、最高に幸福な境涯(きょうがい)なのである。

さまざまな悩みがあり、経済的に大変であっても、真剣に祈り、信心に徹(てっ)すれば、いかなる宿命(しゅくめい)も転換(てんかん)していける。』


南無妙法蓮華経を、となえられること自体(じたい)が、実は、世界一、富(と)めるもの。

なぜだろう・・・?

お金や権力や才能があったほうが、富(と)めるものでは、ないのだろうか・・・。

それよりも、はるかに富(と)める人が、南無妙法蓮華経を、となえることのできる人。

たとえば、お金持ちになったとしても、見栄(みえ)を張(は)り、遊ぶのに夢中になってしまえば、かえって不幸になってしまう場合もある。

どんなに権力や才能があっても、堕落(だらく)して、不幸になってしまうことも、数限(かずかぎ)りなくある・・・。

南無妙法蓮華経を、となえられること自体が、世界一、富(と)めるもの。

『南無妙法蓮華経を、となえられる』ということは、必ず希望がある!ということだ。
どんな宿命(しゅくめい)も転換(てんかん)して、幸せになっていける。それが、『南無妙法蓮華経を、となえる』ということ。

だから、『南無妙法蓮華経を、となえられる』ということは、必ず、最高の幸福を、つかめる!ということです!

南無妙法蓮華経を、となえられること自体が、無限の希望そのもの!!!

だから、南無妙法蓮華経を、となえることと、最高の幸せは、直結(ちょっけつ)している!

南無妙法蓮華経を、となえること、 イコール、 無限の希望だからです。

だとすると、確かに、これ以上の幸せはない。

幸せとは、希望だからです。

たとえば、どんなお金持ちよりも、若い青年の方が、幸せだという。
若いということ自体が希望であり、幸せだからです。

幸せは、希望と直結(ちょっけつ)している。

その希望を生み出す究極(きゅうきょく)にして最大の行動が、創価学会が実践する『南無妙法蓮華経を、となえる』ということです。

だとしたら、確かに、『南無妙法蓮華経を、となえられる人』ほど、幸せの人は、いない。

なぜならば、南無妙法蓮華経を、となえられる人は、世界一、希望を持ち、世界一、希望をつかむことのできる人だからです。

その、あらゆる悩みや困難を、解決でき、乗り越(こ)えていける、無限の希望と言えるものが、創価学会が実践する、世界一、幸せな、南無妙法蓮華経を、となえる、仏法の信仰なんです・・・!


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希望列車119

2010-04-16 14:30:25 | 日記
前にも話しましたが、創価学会には、『座談会(ざだんかい)』というのが、あります。

座談会は、月に一度、行(おこな)われ、地域の創価学会の皆さんなどが、集まって、近況を語ったり、仏法(ぶっぽう)を学んだり、自分が人生の上で、悩みや困難を乗り越え、夢や希望を、かなえていくために、励(はげ)まし合い、学び合い、自分の生命を歓喜させ、向上していくための、毎月のリズムになるような創価学会の原点と言える会合です。

その創価学会の『座談会』について、ある学者が、
『創価学会の座談会の良いところは、皆(みな)が、「ガンなどの大変な病気に、かかってしまった。」とか、「借金を、かかえてしまった」とか、家庭内の悩みだとか、普通だったら、人に隠(かく)したがるような、さまざまな悩みを、平気で、話すところだ・・。』

と、言っています。

たしかに、それらのさまざまな悩みは、世間的に考えれば、マイナスの出来事であり、人には話さず、隠(かく)しておきたいと思うのが、普通かもしれません。

そして、自分の中で、それらの、さまざまな悩みを、かかえ、もんもんとして、暗く沈(しず)んでしまう場合も、多いかもしれません。

また、表面的には、幸せそうに見えても、実は、ものすごい苦しみを、抱(かか)えていて、どうしようもできないでいる・・ということも、あるかもしれません。

また、それが、一般的な世間なのかもしれません。

けれど、創価学会の人たちは、違う。

たとえば、大げさな譬(たと)えを、話せば、座談会で、「ガンに、なっちゃいました・・!」とか、笑いながら、話したりする。

なぜ、そんなに明るく、自分のマイナスの部分を、話せるかというと、それは・・・、この創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰によって、必ず、乗り越(こ)えられる!という確信があるからです。

また、実際、創価学会の、みんなの多くが、南無妙法蓮華経の仏法の信仰によって、そのさまざまな悩みや困難を、乗り越えてきている姿を、見てきているし、その喜びの体験を、みんなが話し、わかちあっているからです。

だから、どんな悩みがあっても、創価学会の座談会は、明るいんです。そこには、希望が、満(み)ち満ちているからです。

だから、病気や借金などの、さまざまな悩みも、座談会で、話すことができる。そして、話すことによって、必ず解決してみせる!!と決意し、実際、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法の信仰によって、それらの悩みを、解決していけるし、あらゆる人々の悩みを、解決してきたから、創価学会は、世界192カ国に、広がってきているわけです。

創価学会の座談会には、この南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰によって、どんな悩みや困難も、解決していける!という確信があります。そして、実際に創価学会の人々が、悩みや困難を解決してきた体験があり、その困難を乗り越(こ)えてきた、喜びと歓喜(かんき)の姿(すがた)があります。

だから、明るく、さまざまな悩みを話し、そこから、希望と確信をもって、自分の人生に挑戦していける。

その、希望と勝利と幸せのリズムが、創価学会の座談会には、あるんです。

だから、明るい。明るいから負けない!負けないから、どんな困難も乗り越え、勝っていける。

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、『創価学会は、幸せの安全地帯だよ・・!』
と、言っていましたが、創価学会の座談会には、幸せに向かって、みんなが、蘇生(そせい)し、歓喜して、挑戦していくリズムがある。

その人生の安全地帯のような会合が、創価学会の座談会なんだと、思う・・・。


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