私が離婚を決めた理由

離婚するまでの経緯のつもりでしたが、考えているうちに、AC、共依存などにぶつかっています。

2006-05-20 12:42:44 | 私のこと
私の底について考えてみた。
確かに、こうして自分探しを始めたきっかけは別居だったけれど、自分にとっての底かというと、違う気がする。
まぁ、旦那との関係に対しては、底だったとは思うけれど・・・・・

もっと前、長男を出産する前・・・・・・
2回の流産を繰り返し、旦那の女遊び、単身赴任。
あの頃、どん底だった。
でも、マヒして、痛みすら感じにくくなっていたけれど。

長男を妊娠中に、今の仕事が足がかりになった。
産後も次女を卒園させる為に、自営の形を取ることを決心した。
でも、結局、仕事も舞い込み、講師の仕事も得た。
その中で、少しずつ自信を得て、変わっていったのかもしれない。

それまでは、理不尽な旦那に対しても、それなりに従っていたし、どんなに疲れていても、旦那よりも早く起き、送り出した。
化粧もせず、お洒落もせず、旦那の為に、子どものためにと身を粉にしていた。

その中で、少しずつ変わり始めた。
仕事のためではありながら、アクセサリーを身に付け、化粧もした。
アクセサリーに似合う、服も買った。
褒められることは苦手で、居心地も悪かったけれど、褒め言葉にもありがとうと言えるようになった。
それと同時に、褒められるに値する人になりたいと思った。

「仕事してくれなんて言っていない。誰が食わしてやってるんだ」
仕事を辞めたとたん、強気になった旦那に対しても、
「これだけはやらせて」と反抗した。

「子どもが小さいんだから、辞めた方がいいんじゃないの?」
そういう母に対しても、
「これがあるから、私はやっていけるの。
 これがなかったら、駄目になるかも・・・・」
そう言って、この仕事を守り続けた。

たぶん、この仕事があったから、仕事という逃げ場があったから、どんなに旦那にひどく当られても、耐えていけたのかもしれない。
心をズタズタに切り裂かれても、仕事をしている間は忘れることが出来たし、自分の感情から逃げることが出来た。
それは、ますます旦那をいらつかせた結果になったけれど・・・・

仕事をしながら、少しずつ育ってきた自尊心が、こんな目に合わせる旦那のほうがおかしいと、思わせてくれたのかもしれない。
そうでなかったら、旦那にいくら苛められても、暴言を吐かれても、暴力を振るわれても、女遊びしても、浪費しても、育児放棄されても、私が悪いのだと自分を責め続け、ますます自分を追い込んでしまっていたかもしれない。

友達と付き合うことも出来ず、家に閉じこもり、旦那と子どもの世話だけをして、ボロボロになっていたかもしれない。
でも、仕事は友達を作り、外との世界を広げてくれた。
デザインを考え、空想の世界にいることは私を助けてくれた。

今の仕事は、大切な宝物だったんだなと思う。
子どもの頃から、物を作り続けてきた。
それは、私にとっての依存行為だったかもしれないけれど、そうしていることが私に取って必要だったし、私を守ってくれていたんだなと思う。

私にそれを与えてくれたのは、母であり、父だった。
二人とも、物を作るのが大好きだった。
そして、母の嫌っていた祖父(母の父)もまた、絵を描いたり、その祖父を育てたという、そのまた祖父も、有名な石仏を彫ったと母から聞いた。

母が幼い頃、祖父(母の父)に聞いた話で、祖父は、これを彫るのを見ていたらしいが、真偽は不明。
誰が掘ったものかは明らかにされておらず「日本最古の磨崖仏」として、現在も調査中の石仏らしい。
ただ、母の話が本当であるとすれば、日本最古ではなくなってしまう。
この石仏には、昭和6年建立説があって、彫ったとされる人の名が母の旧姓と同じなので可能性は大きいと思う。

いずれにせよ、そうやって何かに打ち込むものを受け継がれ「生き甲斐」として与えられてきたのだろう。
機能不全であることも連鎖していたかもしれないが、そういう宝物も同時に受け継がれてきたのだろう。

私は、子ども達に宝物の部分だけ与えていきたいなぁ。
でも、それは逃げ場であったからこそ、一生懸命に磨かれてきたのかもしれない。
そう思うと、こうやって育ってきたことも、決して悪いことじゃないかもしれない・・・・・・・




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猫3

2006-05-20 00:09:29 | 日々つれづれ
夜、妹がやってきた。
その頃には、猫も落ち着いてゆったりとしていた。

私「しばらくここに置いておけば?
  私もね、長女を産んだ時、体調が悪くて、お乳を飲ませるだけで取り上げられて、 オムツの替え方も、どうやって面倒を見ていいかも判らないのに、いきなり明日退院だって言われてね。
  体調もままならないし、ちゃんと育てていけるのか不安で不安でたまらなくなって、一晩中泣き明かしたから、不安な気持ちわかるよ。」

妹「いやぁ、それはそっちの方が大変よ。
  猫と人間は違うよ。」

私「命を考えると責任感があればこそ、不安になるよ。
  それは、猫でも人間でも同じだと思うよ。
  だから、この子達(長女と次女)そこまで考えていないから、のほほんとしていられる。
  育てるのは同じ手間だから、もう少し大きくなるまでは置いておいてもいいよ。
  そのうち、自分で餌も食べるし、トイレも出来るから。」

昨日までは、あんなに泣いていた猫がおとなしくなっているのに妹は驚いていた。
妹の手の中で、ゴロゴロと喉を鳴らしながらウトウトしている。

私「猫も安心したんだと思うよ。
  いつ捨てられるかも判らない、いつミルクをもらえるかも判らない生活をしていて、不安でおなかもすいて、泣いていたんだと思う。
  ようやく安心できたんじゃないかなぁ…」

同じように生まれてきたはずなのに、体重はももちゃんの半分以下だ。
生きたいよ~助けてよ~おなかがすいたよ~って必死の思いで泣き続けたんだろう。
身体は細くて折れそうなのに、声だけは大きくて、声はつぶれている。
無責任さが腹ただしかった。

妹が帰った後、もう一度、長女に聞いた。
私「友達が連れて帰った猫じゃないの?」

長女「そう。」

私「あれだけ話したよね。
  無責任な飼い方をしておいて、きちんと面倒を見ず、弱らせておいて、病院にも連れて行っていない猫なのに、飼い主を探してあげることは出来ないよって…
  きちんと飼い主が見つかるまでの間、世話をしているんだったら探してあげるって…
  どうして、引き受けたりしたの?」

長女「だって…飼い主が見つかるかもしれないって前に言ったら、その気になって、『お母さんが渡しておいで』って言ったから、連れて帰ってと渡された。」

私「どうして、飼い主が見つからなかったってきちんと言わないの。
  それに、昨日、『○○ちゃんの猫?』って聞いたら違うって言ったよね。
  おかあさんも、おねえちゃん(妹のこと)も騙したことになるのよ。」

長女「うん。」

私「飼い主が見つからないかもしれないってきちんと○○ちゃんに言いなさい。
  お母さんも、話をするから…
  本当は、昨日ちゃんと話してくれたら良かったよね。
  皆を振り回したよね。
  みーちゃんの時だって、そうだったでしょ。
  皆で一緒に遊んでいて、結局、可哀想で連れて帰ってきたでしょ。
  あの時も、お母さん必死に飼い主探したよね。
  飼えなかったら、係わったら駄目なの。
  係わる方が可哀想なの。
  おねえちゃんにも、嘘をついたこと誤りなさい。」

結局、友達は家にいなかった。
その子は、この猫を拾った後に、もう少し大きい猫を2匹拾った。
そっちの方が飼いやすかったのだろう。
餌を食べないからどうしたらいいかわからないと、次女に我が家のミルクをせがんでいた。

まだ、小さい子猫を公園に連れまわしていて、ミルクも与えず、弱って死ぬのではないかと危惧していた。
だから、長女にも無責任に係わってはいけないと口をすっぱくして言っていた。
目の前で、動物が死ぬ姿を見せたくなかったから……

長女が、妹に断りの電話を入れている間、私の怒りは静まっていった。
そして、静かに話した。

私「ねぇ、気持ちを聞かせてくれる?
  ○ちゃんの優しい気持ちはよくわかるよ。
  命をちゃんと大切にしようという気持ちはえらいと思う。
  どうして、そんな風に引き受けちゃったりしたの?
  友達が大切だから?」

長女「断ったら、捨てるかもしれないと思った。
   それに、『早く帰らないといけないから』ってさっさと帰ってしまった。」

私「それで、お母さんに言っても飼って貰えないと思って、お姉ちゃんのところに連れて行ったの?」

長女「そう」

私「で、今日友達に、飼い主見つかったって話したの?」

長女「言っていない。話しかけてきたけど、黙っていた。」

私「その友達のこと、どう思った?」

長女「無責任で、嫌だと思った。
   あまり話したくなかった。」

私「友達を大切にする気持ちもわかる。
  でもね。無責任に引き受けたら、また次も同じことになるよ。
  もう飽きたから飼ってって、残りの猫を持ってくるかもしれない。
  でも、うちじゃ飼えないよ。
  どうする?
  本当に、友達のことを大切に思うのなら、きちんと断ることも大切だと思うよ。」

私「ちょっと怒りすぎたよね。
  お母さん、○の気持ちちゃんとわかってあげること出来ているかなぁ?
  判ってもらえてないって思う?」

長女「もっと、怒られると思っていた。」

私「嘘をついたりごまかしたりすることは嫌いだからね。
  でも、○の気持ちの優しい気持ちはわかるよ。
  可哀想で、見ていられなかったんだよね。
  でも、もう駄目だよ。
  飼えないときには、係わる方が可哀想なんだからね。」

長女「わかった。」

私「ここにいる間は、しっかり面倒見てね。」

長女「うん。」

もしかしたら、この猫も飼うことになるのかもしれない。
でも、もうその責任は私が取ろう。

「これは僕の猫なんよ。本箱から出てきたんよ。
 でも、まだおったよ。」なんて長男は恐ろしいことを言っている。

本箱から出てくるのも、また拾ってくるのも恐いよ。
頼むから、これで終わりにして欲しい。
本当は、私だって過去のトラウマがあるから、生き物を飼うことは恐いんだよ。
きちんと責任を持って、最後まで飼えなかったらどうしようって必要以上に考えてしまうよ……


人間の身勝手で捨てられた猫が、どうなってしまうか知っていますか?
ももちゃんは推定一ヶ月でした。
猫を可愛がっている人間が、意図的に捨てたのです。
自分の目の前で死を迎えないだけで、殺すのと同じ行為です。
だって、一ヶ月の猫は、まだ目も見えず、自分では餌を食べることも、排尿・排便をすることも出来ません。
そのことは死を意味にします。

その命を無駄に出来ない人に、罪の意識を植え付け、自分は自分の猫を可愛がる。
なんだかおかしいです。
自分が命あるものを殺したという意識を持たないままに、残酷な行為をしていることを知って欲しいです。

読んでいただけたら幸いです。
捨てられた子猫の末路



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猫2

2006-05-19 12:56:51 | 日々つれづれ
昨日の猫が気になって、長男が寝ている間に、妹のところへ行ってみた。
見るからに不調そうな妹。
妹は、パニック障害と鬱で3年くらい病院へ通っていた。

私「猫、大丈夫だった?」

妹「どうしたらいいかわからなくて、あれこれ考えていたら眠れなかった。
 それに、今日も仕事だし・・・・・
 ミルク飲ませるのにも、思ったより時間が掛かるし・・・・
 みんな、子どものこととか、妊娠してるとかで、仕事を押し付けて、今日も本当は休みなのに・・・・・」と泣きじゃくり始めた。

私「しんどいねぇ~。土日は、休めるの?」

妹「うん。その間に、猫のことももう一度良く考える。」

えっ。あれだけ無理しないで飼えないなら飼えないってはっきり言ってやってって言ったはずなのに・・・・・

私「今から、預かって帰るから、ゆっくり支度したら?」

私は、猫を預かった。
ももちゃんは、もう400g近くあるのに、この猫はわずか200g。
ももちゃんを拾ってきたときよりも、痩せている。
3時間置きに、しっかりミルクを飲ませてやらないと・・・・・
おまけに、びゃあびゃあと泣き続ける。

家に帰って、すぐにミルクを飲ませた。
タオルにカイロを入れて、ももちゃんと一緒に段ボール箱に入れてやった。
押し合いながら、二匹は眠りに付いた。

人間の子どもを育てることを思ったら、猫なんて簡単。
ミルクを飲ませなくちゃいけないのは、僅か生まれて2ヶ月だし、その頃には、自分で食べることも、トイレも覚える。
でも、今は、ミルクをやって、排尿・排便も自分で出来ないから世話してやらなくちゃいけない。
いつの間にか、我が家は昼間以外は子どもたちがやっている。

妹は、責任感が強すぎて、それだけで押しつぶされそうになっているみたいだ。
妹には子どもはいない。
でも、出来ないわけでもない。
色んなことがあって、産まないことを選択している。

それでも、やはり子どもがいないことに対しての罪悪感みたいなものを持っている。
友達が子どもの話をする時、職場の人が子どもの都合で休む時、妹は怒りを表す。
自分に子どもがいないのに、見せ付けられている気がするという。

妹の本心を聞いたことがない。
子どもを本当は欲しいのではないかと思う。
欲しくないという旦那に合わせているだけで・・・・・
妊娠はしにくいらしいが、私みたいに治療をすることも、検査をすることもない。
たぶん、それが決定的になるのが恐いのだろう。

喉に異物感がある。
血圧が高い。
コレステロール値が、平均値ではあるけれど高め。
時々、脈が飛ぶ・・・・・
すべてが妹を不安にさせる。
でも、何にも取り除いてやることは出来ない。

妹は、私に引き続いて仕事を辞めた後、放送大学で心理学を学び、4年間地元のカウンセリングスクールにも通っている。
頭では、自分がどういう常態であるか、判っていながらも、どうしても不安が取り除けないことは、自分でももどかしいだろう。

でも妹は、私にも母にも、自分の不安を話し、涙を流し、怒りを表す。
私と言えば、そんな妹にさえ気を使い、自分を見せることは出来ずにいる。
「おねえちゃん、笑えてるから大丈夫よ。
 辛い時は、笑うことさえ出来ないから・・・・」そんな風に私に言う。

辛くても、辛いって言えないこと。
ずっと、笑ってごまかすしか出来なかった私には、辛くてもそれが出来るよ。
妹の前では、私はずっとおねえちゃんで、そんな妹を支えていかなければと思ってしまう。
そんな風に、ずっとおねえちゃんであることを演じてきたから・・・・・
おねえちゃんであることは辛いけど、だから強くなれるのかもしれない・・・・・




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悪夢

2006-05-19 08:48:58 | 旦那への気持ち
「助けて~」自分の悲鳴で、目が覚めた。
目が覚めても、恐くて、恐くてたまらなかった。
慌てて玄関を見ると鍵が開いていた。
それを見ると、余計に恐くて震えてしまった。

夢を見た。旦那の夢。
私を脅しながら、ゆっくりと近づいてくる。
何をするのでもない。
目で、言葉で、ジェスチャーで、私を追い詰める。
時に、拳銃をちらつかせながら・・・・・

電話に駆け寄り110番しても、繋がらない。
やっとの思いで、裸足で玄関を出て、助けを求めた。

夢だったんだ。
それでも、震えが止まらなかった。
でも、いつもあんな風に、顔色を伺いながら、恐怖の中に身を置いていた。
胸の中に、あの感覚が蘇ってしまった。

夢から覚めても、恐くて、恐くて、発狂しそうだった。
誰かと話したかった。
考えすぎだよ。
大丈夫だよって言って欲しかった。
やっぱり戻りたくない・・・・・・・・


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2006-05-18 20:04:44 | 日々つれづれ
深夜、長男がうなされて目覚めた時、猫がいると本箱を指差して立ち上がった。
本箱の中を指差している。
そんなはずはない・・・・・
「あっ、こっちに逃げた」と今度は違う方に行った。
ちょっと気持ち悪かった。

「どんな猫?」
「白い、ももちゃん(先日やってきた猫)みたいな猫・・・・・」
ももちゃんには、兄弟がいる。
5匹一緒に捨てられていたそうだ。
それぞれに貰われていったらしい。

昨日、長女から友だちが、餌も食べないし、面倒みきれないから誰か貰って欲しいなんてことを話していると聞いた。
拾って1週間も経つのに、きちんと餌もやっていないとはどういうことなんだろうと思った。
「生き物なんだから、いい加減なことをしては可哀想。
 飼えないなら飼えないで、餌もやらずにそのままにしていたら死んでしまうよ。
 飼うなら、きちんと責任持たなければ・・・
 中途半端に飼っておいて、弱って死にそうなのに、誰にも飼って貰えないよ。」と話した。

もしかしたら、その猫が死んで、出てきた??
ちょっと気味悪く思ってしまった。
でも、学校から帰った長女に確認して一安心。

でも遊びに出掛けたまま、夕方になっても長女は帰ってこなかった。
私の妹のところにいると電話が掛かってきた。
猫を一匹持って来ていると妹は言った。

「どういうこと?○○ちゃんの猫?
 何故、了解も得ずに連れて行ったりするの?」
私は、てっきり昨日話をしていた猫を、無責任に預かって妹のところへ持っていったのかと思っていた。
「違う。他の猫。また公園に捨ててあった。」

結局、妹が飼うと言って、長女と一緒にうちに連れて来た。
ももちゃんによく似た、白に少しトラ模様のぶちが入った猫だった。
たぶん、拾ったものの飼えなくて捨てたのだろう。
でも、本当に何も食べていないのだろう。
声はダミ声で、必死の思いで泣いている。

妹は、すぐに病院に連れて行って、診察を受け、必要なものを買って来ると言った。
ごめんね。ありがとうと見送った後、長女は突然に泣き出した。

「ごめんね。友達を疑うようなことをして。」私は謝った。
「違う、そうじゃないよ。安心した。」
小さい猫が鳴き続けているのをみて、胸が張り裂けそうな思いだったのだろう。
それを妹が引き取ってくれるのを安心して、思わず泣き出したのだ。

泣くことを恥ずかしいことだと言って、あまり涙を見せることのない長女。
声を上げて泣いていた。
長女の優しさが嬉しかった。
彼女なりに、命を真剣に受け止めていたのだろう。
思わず、一緒に泣いてしまった。

長男が見た猫は、この猫だったのか?
なんだか不思議な気がする。
結局、妹が仕事に行っている間は、我が家で面倒をみることに・・・・・
やせっぽちのガリガリ猫。
また、3時間おきに飲ませてやらないと・・・・・・



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変化

2006-05-18 08:50:37 | 日々つれづれ
今日は、買い付けに出掛ける予定だった。
昨日は、私のおなかの調子が良くなくて、薬を飲んで体調を整えていた。
なのに、午前3時・・・・長男の手がいつもより熱いのに気が付いた。
咳も出ていて、嫌な予感がしていたんだよね。
熱を測ると、38.6℃。

毎年、この時期、大きな販売会が行われていて、材料の仕入れや流行を知るために出掛け、今年は二人の講師仲間を案内する予定だった。

いつもなら、こういうことがあると罪悪感に苛まれていた。
勤めていた時も、子どもが熱を出すと、辛かった。
でも、仕方ないか・・・・とお詫びのメールを出した。
心の中に、モヤモヤや苦しい気持ちが生まれることもなかった。
今までは、子どものことを一番に考えたいのに、周りのことを優先してしまう自分が、今までは嫌だった。

行けないことは残念だし、他の方にも申し訳ないけれど、どうすることもできない。
仕方ないよねって、自分で思える。
子どもを恨む気持ちも、運を恨む気持ちもない。
こういうこともあるよねって、素直に思える。

何が私の中で、変わっていったんだろう。
人に迷惑を掛けることが嫌だった。
そうすることでどう思われるか不安になった。
そして、旦那に対しても、何故自分だけがこんな思いをしなければならないの、同じ親なら、時々は責任持ちなさいよと思った。

胸の中に込み上げていたあのいたたまれない感情は、どこに行ったんだろう・・・・
実は、今回の買い付けはちょっと気が重かった。
依存的な買い物で、部屋の中にはもう材料は充分あった。
でも、頼まれた手前、後に引けなくなっていた。

明日のカウンセリングもキャンセルになっていて良かった。
結局、長男は季節外れのインフルエンザA型。
今週はずっと休みだろう。
しかも、私も昨日に引き続きおなかの調子も悪い。
きっとこうして色んな偶然が重なっていても、今までの私だったら、きっと嫌な気持ちになっていただろう。
なんでこんな時に、熱なんか出すのよ・・・って。

まだまだ、自分の感情に振り回されているけれど、こんな風に、少し変わった自分を見つけることはとても嬉しい。
目には見えないけれど、回復っていうのは、少しずつ進むのかな。

今までも起こっていた感情の起伏。
ふと込み上げた感情を、怒りに変えたり、棚上げしたりしてきただけなのだろう。
そう思う自分を半ば諦めていたのだろう。
それが自分なんだって、ポジティブに受け止めようとしていたのだろう。

そうやって過ごしてきたのは、決して悪くないと思うけれど、こうやってその感情が生まれないのが、こんなに楽だなんて思いもしなかった。
今まで、なんていらない感情に振り回されていたんだろう。

子どもが寝ている間に、隣で読みかけの小説を読んだ。
燃えつきるまで」唯川恵
この小説に出てくる主人公は、かつての私だと思った。
あんな風に思って生きてきたんだと改めて知った。
主人公の思いの一つ一つが、過去の自分に繋がった。

「私ね、やっぱり少し思い上がっていたんだと思う。頑張れば、すべてのことは報われると思ってた。でも、そうじゃなかった。頑張っても仕事は失敗するし、失恋して我を忘れることもあるのね。自分が特別でも何でもない人間だってことを痛感したわ。でもね、だからこそ、やっぱり頑張るしかないんだっていう気もしているの。」

決して間違えたのではない。出会うべき人にちゃんと出会い、恋すべき人にちゃんと恋した。
たとえ別れてしまっても、出会わなかったことより確かな意味がある。あんなに耕一郎が好きだったことを覚えていよう。それだけは忘れずにいよう。


最後の主人公の言葉と想い。
私も、こんな風に思えるようになりたいと思う。
たぶんずっと、こんな風に思える自分になれることを夢見ていたのではないかと思う。


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2006-05-17 10:49:57 | 日々つれづれ
雨が降ってばかりで、憂鬱な気持ち。
仕事も欲張りすぎて、てんこ盛り。
おまけにPTAの役員の仕事まであって・・・・・・
気持ちは、焦るのに何も出来ない。
ゼンマイが切れたみたい。

なのに、他人の前では張り切ってしまう。
何でも出来る自分を演じてしまう。
もう一人の自分が、冷ややかな目をしているのに・・・・・・
一人になって自己嫌悪。
なんであんなにテンション挙げちゃうんだろうって。

パソコンの前から動けない。
あちこちのブログ彷徨ってる。
何がしたいんだろう。
どうして離れられないんだろう。
仕事しなきゃ、掃除もしなきゃと思うのに・・・・・・

焦りばかりが私を苦しめる。
あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ・・・・・
思うばかりで動けない。
平常心保てないくらい焦っているのに、動けない。
ここにいる暇があったら、片付けの一つでもすればと思うんだけど。

なんなんだろうね~。
嫌だなぁ・・・・・・

でも、切ない気持ちも、抱きしめられたい気持ちも、すがりつきたい気持ちも消えたまま。
それが、ちょっと嬉しい。



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睡眠

2006-05-16 11:14:01 | 私のこと
若い時は、眠れないことが多かった。
薬局で購入できるような薬を試したこともある。
でも変わらなかった。
足がむずむずしてきて発狂したくなった。
その症状がなくなった頃、むずむず病(レストレスレッグ症候群)というのを知り、どうやら私はこれだったのだと思った。

自然に身に付けたのが、腹式呼吸をしながら、呼吸にだけ意識をしていくという方法。
それを始めてからは、夜眠れるようになった。
いつ頃からか、自律神経訓練法を知り、試すようになった。

でも、寝た後、途中で目を覚まし、覚醒するようなことがあると、それからは眠れなかった。
夜中に突然掛かってくる電話。
それは、旦那の職場からだとわかっているのに、旦那は起きない。
旦那を起こしているうちに、すっかり自分も目が覚めてしまって、それから朝まで眠れない。
身体は睡眠を欲しているのに、頭だけが働き始める。
朝まで眠りに付けないまま、仕事に出掛けることが多かった。

そして帰ってきた旦那は、当たり前のように横たわり、いびきをかき始める。
子どものことも、知らん顔。
「眠れなかったのは一緒じゃん・・・・」そう言った。
「寝ないお前が悪い。」そう言われた。

幸い子ども達は、3人とも母乳だけだったから、起き上がってミルクを造ることもなく、ウトウトしながら授乳出来た。
でも、夜中に「トイレ~」なんて言われて、トイレに連れて行くと、やっぱり寝られなくなる。

旦那はと言えば、やっぱり知らん顔して寝ていた。
ある日、夜中に旦那に電話が掛かり、旦那は電話で話し、そのまま寝た。
翌朝、誰からの電話だったのかと尋ねてみた。
旦那は、電話のことを覚えていなかった。
電話が掛かってきたことも、誰と話したかも、全く・・・・・
唖然とした。
あまりにも私と違った。

でも、離婚後、私は熟睡して朝まで起きない方法を見つけた。
夜、遅くに寝ること。
夢もあまり見ないし、夜中に誰かがトイレに行こうと寝言を言おうと目が覚めない。
旦那みたいに図太くなってしまったかも・・・・・

そんな私の姿を見て母は、
「子どもが小さい時に、熟睡してどうするの!!」なんて言う。
そうそう、私はそうやって取り込まれていたんだなと思う。
でも、母が正しいと思っていたときには、旦那にも同じこと思っていたし、言っていたんだよね・・・・・。
私の心の中には、ぐっすり眠ること=悪って形式が出来ていたんだなぁ。

私が何歳になっても、夜遊びしていると起きて待っている母親。
「寝て待っていてよ!」って思いながらも、悪いことした気持ちになっていたな。
翌日は、翌日で、
「あんたのせいで、眠れなかった。」なんて言われて・・・・・
「ごめんね。」なんて言ってたよ。

私がやってきたことは、母親そっくりじゃん。
自分は嫌だったのに、どうして忘れてしまって、母が正しいなんて思って、同じことしていたんだろう。
これが、「毒リンゴ」なのか?



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ワークショップ3 忘却

2006-05-15 13:44:54 | カウンセリング
私は、自分の記憶力に問題があるのではないかとずっと思ってきました。
暗記する能力がとても低いし、人の名前や顔を覚えられなかったり、人との会話の内容をすっかり忘れてしまっていたり、人に言われたことをそのままではなく、自分なりの解釈で覚えていたり・・・・・

人の名前は覚えられなくても、花を見れば、その花の育て方、特徴などを知らず知らずのうちに詳しく覚えていたり、そうかと思えば、歴史上に出てくる人の名前や地理名は、まったく覚えることが出来なかったり・・・・・

小学校の時も、国語の教科書の話を丸々暗記できても、日本地図は覚えられなかったり、高校受験のときは、英語や社会などの暗記科目がまったく出来ず、塾の先生からもその教科は諦めなさいと言われていました。
必要性に駆られても覚えられない、何故なんだろうと思っていました。

8年前に、自律神経失調症になった時、それはますますひどくなりました。
日常のこと、大切な仕事さえも忘れるようになりました。
今も、必要なことはカレンダーにぎっしりと書き込むようにしています。

忘れるというのは2種類あるそうです。
忘却 ある理由があって忘れる。これは必要性があって忘れているそうです。
健忘 こちらは、脳の萎縮などによって、理由がなくても忘れる。病理ということです。

私にとっての忘却は、妹のことかもしれません。
欲しくて欲しくてたまらなかった妹のはずなのに、私の心の中には、2歳くらいからの妹の記憶しかありません。
生まれた時のことも、何にも思い出せないのです。
どんなに考えてみても、何ひとつとして思い出せないのです。

20年位前から、私はそれを思い出せないのは何故なんだろうと思ってきました。
でも、そこには私の色んな葛藤があって、ずっと棚上げされてきたんだろうなと思います。
忘れることが、私を助けていた・・・・そう思うことにしようかなと思いました。
もう少し先、もっと自分がその問題を受け止められる自信が出来た時に、その棚卸しをして、本来入るべき引き出しの戻してやりたいなと思います。

普通は、記憶の引き出しに収められるべきものが、収められずにいる。
その別な回路を作ったことで、時々、必要な記憶までもが、別なところへ保管されてしまっているのかなと思いました。



フラッシュバックというのは、過去の問題を現在の問題にしたい時にフラッシュバックが起こるのだと言われました。

私が、小学生の時手首を切って死のうと思ったときのこと(自傷)も、過去に何度も思い出して平気だったのにも係わらず、カウンセリング中(カウンセリング21)に、突然、激しい苦しみが襲ってきたのは、あの時、私の準備が出来ていたからかもしれないなと思いました。

自殺未遂には、リセット効果があるそうです。
あの時、母の哀しみに満ち溢れた顔は、私に生きる希望を与えたのかもしれません。
まだ、数年前飛び降りようとした時の、子ども達の対応も、今も私が生きている理由なのかもしれません。
すべての行動には意味がある・・・・・
私が生きていくために必要だった行動なのだと、それをしてしまったことを責めてはいけないのだとそう思いました。

ずっと抑うつ感を抱いていることは、私にとって不必要なものと捉え、どうすればなくなるのだろうと考えていました。
鬱にも意味があって、その中にいて、宙吊りになって混乱していることもまた、何か意味を持っているのだと捉えていこうと思いました。
他の方の話を聞いていく中で、共感したり、私の姿を見たりして、泣いてしまうことが多かったです。


ワークショップの中で、色んなことが意味づけられていきました。
ただ、私の記憶は自分の解釈によって残っているので、もしかしたら違う意味合いだったこともあるかもしれません。
また自分勝手な受け止め方をしているかもしれません。
その辺りは、ご了承くださいませ。

でも、自分ひとりが色んな問題を抱えてしまっているように感じていたけれど、どの方の話も自分に通ずるものがあり、形は違っていても同じ問題なんだなと思いました。
このワークショップを受けたことをきっかけに、コマが一つ、いやいくつも進めたのではないかと思っています。
今までは、自分がおかしいのかも・・・・・
そう思っていたことも、みんな同じように悩んでいるんだと思えたこと、とても楽な気持ちになれました。

宙吊り状態になって帰るのがワークショップなんだと言われていましたが、私にとってはとても楽な気持ちになれました。
今、私の抱いていた抑うつ感が晴れ、爽やかな気持ちです。

それとはまた、心理学の楽しさをも教えていただきました。
結構、毒舌ではっきりとしたことを言われましたが、とても気さくで、昼休憩にも係わらず話を聞いてくださったり、素敵な先生でした。
これからも、色んなところでワークショップや講演会をされるそうなので、機会があったら出席したいなと思うのでした。



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ワークショップ2 罪悪感-母との関係-

2006-05-14 23:11:46 | カウンセリング
お母さんが不幸っぽい顔をしている。
お母さんが可哀想な人だから・・・・・・
というのが、「可哀想母の神話」だと言われました。

まさしくこれは私の思っていた母のイメージです。
「私はいらない子だった・・・・」
「私はいい子だった。」
私は、心のどこかでいつも母を助けなければいけないと思っていました。

そういう母の元で、娘が持ってしまうのが「根拠のない罪悪感」だと言われました。
この罪悪感は、まったく持つ必要のないもので、何もないのに、先に罪悪感を持ち、それに見合っただけの行動を引き起こしてしまうのだと言われました。
罪を犯したから罪悪感を持つのではなく、恥が先にあるのだと言われました。

母が不幸に見える
   ↓
罪悪感を持つ
   ↓
それに似合う問題を起こす

そして恥は性的なものであることが多いと言われました。

13歳くらいを境に、性的欲望というものを持つようになるのだと言われました。
初潮などを赤飯を炊くという伝統的なもので、その秘密を明らかにしてしまうのだと言われました。

私は、自分の生理が始まったことを母親に言えずにいました。
自分の想像と違っていて、何か病気になったのかもしれないと思い込んで、悩んでいました。
母親がそれに気付き、生理だと判ったのは、数ヵ月後のことでした。

欲望というものをどういう風に処理するかというと、年上の女性に憧れたりという対象愛に変えるのだと言われました。
まさに、私は中学1年生の時に、二つ年上の女性を好きになりました。
それまでは、同じクラスの男の子のことをなんとなく好きだったのに、女性に強く憧れ、自分はおかしいのかなと感じていました。

その後、私は性体験に対して興味を持ちました。
そういう体験を書かれた本を女の子同士で見ることが多くなりました。
その本を目にした母の感想は「気持ち悪い」でした。
母によると、そういう本を読むと気持ちが悪くなると言うことでした。

でも私は、その後、それと同じ経験をしてしまいました。
私の中で、罪悪感はますます大きくなりました。
それでも、抱きしめられること、セックスしている時は、相手が自分を大切にしてくれること、そこから離れられなくなりました。

私が、14歳でセックスを体験してしまったことは、色んな面で理にかなっていたのだなと思います。
一つ目は、性的欲望、興味を満たすため
二つ目は、自分の中にある罪悪感と均衡を保つため
三つ目は、自分の中にあった寂しさを埋めるため

何故、ひどい罪悪感を持ちながらも辞められないのか悩んでいたこともありました。
きちんとしたからくりがあったんだなぁと思いました。


悲しい顔をして娘を操作してしまうのが「毒リンゴ母」だと言われました。
かつて美人だということが条件なんだと言われ、笑ってしまいました。
私の母も、結構美人の部類に入ると思います。
「もっと太りなさい、拒食症児みたいだ。」
「眼鏡を掛けているくらいでちょうどいい。」
「胸が大きい女はバカに見える。」
母は、何の意味があって私にそんな言葉を掛けたのか判りません。

私は、もっと太りたいと思っていたし、自分を美しく見えるように化粧なんて出来なかったし、胸の目立たないメンズのDCブランドの服を着たり古着を着て、少年のような服装をしていました。

その母親から離れ、7人の小人と出会いその中から白馬の王子様が現れると言われました。
お母さんによって、満たされない愛は男の人によって与えられるのだと言われました。
間違っても、お母さんを失望させる道具として男の人を選ぶのではないと言われました。

私が選んだ男性は、いつも私だけを見てくれる人ではありませんでした。
最初から彼女がいたり、不倫だったり・・・・・・
その中で、私の罪悪感は、ますますひどくなりました。

私を大切にしてくれようとする男性を選び、自分をハッピーにしてくれる相手を選ぶのが大切なんだと言われました。
欲求と欲望は違うのだと言われました。
欲望は記憶なのだと、いつも傍にいなくても、その欲望で相手のことを大事に出来るのが成熟した女性なのだと言われました。

そういう意味では、傍にいないといつも寂しくて堪らない状態だったと思います。
欲望という記憶を発達させることが大事なんだと言われました。
一緒に過ごした時間を思い出して、温かい気持ちになるということ、それを楽しむことが出来ること、それを育てていきたいなと思っています。

母親は胎盤みたいなもので、いつまでも引きずって歩く必要はないのだと言われました。
私の中では、少しずつ距離を置くことが出来てるかなと思っています。
母への気持ちが、恨みに変わって、そしてまた今は、大切に思えるようになっています。
私の中で、かなり母に対して妄想なり、幻想を抱いていたのかなと思います。

今は、いい所も、悪い所も少しずつ切り離して考えられるかなと思います。
恨みの部分を、いい年になってぶつけてしまったところもあるけれど、それに対して母も少しずつ変わってきてくれています。

いい母・理想の母が、そうではない母に変わり、その中で、やっぱりいいお母さんだったと思えることが嬉しく思います。
母のことを恨んでしまった時は、罪悪感を抱いてしまったけれど、私の中で母をもう一度認めることが出来た時から、私の中の罪悪感は少しずつ無くなってきたように思います。

私も、二人の娘を持つ身。
考えさせられました。
「いい母親でなければいけない」と考えた時点で、囚われているのだと言われました。
そういうことは考えなくてもいいのだと・・・・・
うーん、やっぱり難しいです。



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ワークショップ1 オープンカウンセリング

2006-05-14 20:25:56 | カウンセリング
二日間、斎藤学先生のワークショップに参加してきました。
その中で、自分なりに整理した感情を何度かに分けて書いていきたいと思います。

自己紹介の中で、私は、8年前に仕事をしながら家に帰られなくなったこと、6年前に起きられなくなって仕事を休んだこと、昨年の8月から問題行動のある旦那と別居したことなどを話しました。
抑うつ感が強くなって来て少しでも楽になれたらと思って参加しましたと話しました。

それに対して、「楽にならないと思うよ・・・・。」と先生。
混乱し悩みが深まるのがセラピーであり、宙吊りであることを確認するのがセラピーだと言われました。

なるほどなと思ってしまいました。
私は、カウンセリングを受ければ受けるほど、自分の問題が掘り出されていくし、今まで無意識に色々と行動していたことが、浮き彫りにされてきました。
楽になれると思っていたことが間違いだったのかもしれません・・・・・

みんなの前で、自分の問題点を話していくオープンカウンセリングを、今回は是非受けてみようと思っていました。
他の方の、カウンセリングを聞きながら、実にそれは自分の問題点が浮き彫りにされているような気がしました。
話を聞きながら、自分の話をされているのかと思うこともありました。

でも、いざ自分の番が回ってくると、緊張のあまりトイレに行きたくなりました。
この行きたいというのも、どちらかというと脅迫的です。
行かないとここで漏らしてしまうかもしれないという思いが、押し寄せてきて、行かなければならない気持ちにさせます。
この気持ちは、時々私を襲ってきます。
普段は、朝と寝る前にしかトイレに行かないくらい、トイレが遠いのに、行ったばかりであっても、その思いに囚われてしまいます。

結局、トイレに行く機会もなく、そのままカウンセリングを受けました。
何が問題なのかよくわからないけれど、抑うつ感が訪れてしまうこと。
抱きしめられたいという気持ちが常に心の中にあること。
14歳の時に、性交渉をしてからずっとそういう環境に身を置いて来たこと。
この人なら私を幸せにしてくれると思って、結婚したことを話しました。

先生「結婚してからは、不倫はしていないの?」

私「テレクラとか、チャットはしたことがあるけれど、実際にはありません。」

先生「そういう欲求は実際に体験しなくてもいいよ。」

私「抱きしめられたいという欲求はあるけれど、セックスしたいわけではないし、逆に好きな人ではないとセックスは出来ないことがわかっているから、誰かとセックスしたいとは思わない。」

先生「そういう関係の人を17歳から57歳くらいまで5・6人、傍において置けばいいんじゃないの?」

私「時々、自分がとても嫌で、消えてしまいたくなるんです。」

先生「消えればいいじゃない・・・・」

私「時々、出張で家を離れることがあって、そうしたら家に帰らずに、今までの自分を捨てて違う自分を生きてみたくなります。」

先生「出張とかじゃなくて、他の目的で消えてみればいいんじゃないの?」

私「自営なんで、そういう意味では、仕事以外にカウンセリングを受ける目的で東京に行っているかもしれません。」

先生「誰にカウンセリング受けてるの?」

私「○○先生。」

先生「○○はいい男でしょ。○○に貼り付いちゃえばいいんだよ。」

私「実は、かなり依存しているみたいで、これでいいのかななんて思っているところもあるのですが・・・・」

先生「夢には出てこないの?」

私「出てきません。二度しか会っていないし、そこまで顔を覚えていないし・・・・」

先生「写真貰えば?で、時々、今月の写真とか映像を送ってもらえばいいんだよ。」

なんだか、結局、今自分の色々と感じている問題点に辿り着かされてしまいました・・・・・。
抱きしめられたいという思いや、依存したい気持ちは、アナログである必要はないと、デジタルでもいいのだと・・・・・。

その場では、なんとなく納得したのですが、私の中では、駄目な自分を見せることが恥ずかしかったり、カウンセリングに依存することで重いと感じられたくないこと、今までの恋愛において、自分が好きになったら相手から嫌われてしまうと思っていたこと、どこまで張り付いてしまったもいいものか考えてしまいました。
相手が遊んでいる人なら、自分も遊んでいるふりを、一生懸命仕事に取り組んでいるのなら、一生懸命頑張る様を見せていくことしか出来ずにいました。

斎藤先生の言われる、貼り付くというのは、貼り付いて適当な距離感を保つことを学ぶことなのか尋ねてみました。
結局、そうしたところでどうしようもないんだって気が付くことが大事なんだと言われました。
そうしているうちに、他でもそういう関係が築けていけるからと言われました。
「17歳くらいの若い男の子を見つけて関係を持ってみるのもいいよ・・・・」
先生の仰る極論。
本気で受け取っていいものか・・・・・?

でもカウンセラーとの関係は、そういうものなんだと、そうやって自分を育てていくものなんだなと思いました。
今まで、カウンセラーにしがみつきたい気持ちが強かったのですが、前回のカウンセリングで気持ちを汲んでいただいてからは、そのしがみつきが薄れていったように思います。
それと同時に抱きしめられたいという気持ちも消えていました。

カウンセラーからも、
「男性でも身体の関係だけを求めずに、関係を保てる人がいる人がいるから、そういう人と付き合っていけばいいんじゃないの?」と言われました。
そういう意味では、今、時々メールを交わしているKさんとの関係がそうなのかもしれないなと思いました。

カウンセリングを受けて、特に新しいことを指摘されたわけではありません。
でも、今、本当にこれでいいのかなと思っていたことを踏みしめていただいたのかなと思います。
斎藤先生の、必要な情報を求め、不必要な情報を切っていく様は、見事でした。
服装や、声のトーン、その人の手の動き、それらすべてが情報なのだと仰っておられたのですが、最初の問題定義とそれらの情報で、すべてを読み取られしまった気がします。

私は、座った時すぐに、10歳くらい若く見えることを指摘されました。
後で思ったのですが、8年前の私は今よりもずっと老けて見えていたかもしれないなと思います。
化粧もせず、お洒落を楽しむことも出来ず、罪悪感で自分を縛り付けることしか出来ずにいました。

それからの8年間は私にとって変革時期だったかもしれません。
鬱になり、仕事を辞め、今の仕事に辿り着きました。
もしかしたら、あの頃が底で、もう一度その時から生き直しをしたいと思っているのかなと思いました。
まだまだ、この部分は、もっと後になって明確になってくるのかなと思いました。




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2006-05-12 14:59:15 | 日々つれづれ
昨夜は、摂生して早く寝たせいもあって、夢を見た。
何故か、SMAPのメンバーと一緒に暮らしている夢。
で、私は、甲斐甲斐しくキムタクの世話をしていた。
でも、キムタクも嬉しそうにしてくれて、何かにつけて、ありがとうを言ってくれて、褒めてくれる。
私も嬉しくて、ますます尽くす夢。

その夢の中で、もう一人の私が、今までもこうやって付き合っている男性に対して、甲斐甲斐しく世話をしてたよねと思い出していた。
不倫相手とホテルに行ったときも、スーツの上着は必ず脱がせてあげて、ハンガーに掛けていたし・・・・・・

旦那に対しては、そこまで尽くした覚えはない。
でも、私が仕事に出掛けて旦那が家にいる時には、ちゃんと昼食の用意もしていたし、旦那の仕事の時は、昼食と夕食の弁当も持たせていたよなぁ。
私も、フルタイムだったけれど、よくやってはいたと思う。
ありがとうとか、褒め言葉とか全然ない人だったし、なんだか鏡みたいになってしまって、だんだん尽くすこともバカらしくなっちゃったなぁ。

山本五十六さんの言葉「やってみせて 言って聞かせて やらせて見て ほめてやらねば 人は動かず」そのものだなぁと我が身を振り返ってそう思う。
旦那も褒めてくれなかったけれど、私も褒めなかったかもしれないな。


私って家の顔と、外での顔が違うかもしれない。
色んな出来事があって、経験上、外では自分が何か行動する時には、気持ちよく動こう、見返りは期待しないでおこうという思いがある。
ここしばらくはそれを実践してきたし、自然に身に付いてきたと思う。

逆に、見返りを気にしたり、自分がしていることを相手がしていないということで、陰口を叩く人たちを見て、めんどくさいなと感じていた。
嫌ならやらなきゃいいじゃん。やった以上は気持ちよくやろうよって・・・・

なのに、家ではやっぱりそれを求めてしまう。
旦那に対しても、これだけのことを私がやっているのに、何故あなたはやってくれないのって思ってた。
結局は、旦那に依存していたんだなぁと思う。

それに、私は陰口を言わない代わりに、人のいいところは、必ず褒めようと思っていた。
子どもの友だちのことでも、いつもそのお母さんにいいことだけを伝えるようにしていた。

でも、自分の子ども達にはそれが出来ない。
母が私に言ってきたことを、同じように子ども達にも言ってきたし、あなた達のためにって・・・・・・・
悪いところを見つけては責めていた。

家でも外でも、同じにならなくちゃいけないなと思う。
外でも、介入しすぎていっぱい失敗して、今の私が出来てきたんだと思う。
こうするとこうなるからって自然に身に付けてきた。
今からは、家でもそんな風になれるようにしていきたいな。

依存して、取り付くことはもう辞めよう。
自分の力も相手の力も奪ってしまうから・・・・・・・



猫の話

昨夜、先住猫のみーちゃんがプチ家出をした。
昨日は、居場所がないって感じで、押入れの中に引きこもっていていた。
夜、窓が開いているのを見つけ、ベランダの塀越しに、隣のベランダへ行ってしまった・・・・

呼んでも、紐で誘っても、来ない。
長女には、しばらくは子猫のモモと係わらないように言っておいたのに、家から帰ってずっと傍にいた。

で、長女に言ってしまった。
「どうして、出て行ったかわかる?」
長女は泣き出した。
でも、泣いている長女にも腹が立った。

私はみーちゃんを見ながら苦しかった。
猫でさえこんな風になってしまうのに、私は妹が生まれて、嫉妬の感情を出すことも出来ず、押さえつけていたんだなって。

次女が生まれて、長女が嫉妬する姿に、私はやっぱり同じように苦しんで、保健所で相談した。
それが当たり前の感情で、長女だけに愛情を注げばいいんだと教えてもらった。

たぶん、私は長女にそうやってあげたんだから、あなたもみーちゃんに対してそうしなさいよって思ったんだろうな、心の中で私は・・・・・

小さくて可愛いから抱きたくなるよね、触りたくなるよねって、長女の気持ちを汲んでやることなんて出来なかった。
私は、子どもだなって思う。

みーちゃんが戻りたくなったら戻るからと、長女を寝室に行かせた。
もう10時半を回っていたし、早く寝かさないとという思いもあって、これ以上一緒にいると、もっとひどい言葉を言ってしまいそうだった。

私もしばらく家に入って気持ちを落ち着かせた。
そして、もう一度ベランダに行くと、隣のベランダから不安そうな顔をしてこっちを見ている。

「おいで」声を掛けると、ぴょんと塀の上に上がってきて、それを捕まえた。
寝室に行くと、3人とも起きていた。
「もう大丈夫よ、これからは気をつけてね。
 窓を開けっぱなしにしないこと。
 しばらくはみーちゃんを中心にかわいがること。
 そのうちみーちゃんも慣れてくると思うから。」そう話した。

今日は、みーちゃんがももちゃんに50cmくらいまで近づいた。
とても気になる様子。
でも、みーちゃんは、おそれなので、逃げ出してしまう。

今日は、今までと同じようにリビングでくつろいでいる。
受け入れていくにも過程があるんだな、そう思う。
私は、その過程を持たずに、受け入れなければならないと思っていたから、苦しかったんだなと思う。

自分の妹に対する嫉妬心を、持ってはいけない感情として押さえつけてしまって、親の愛情を求めたまま大人になってしまった。
受け入れられずにきた感情は、今も宙ぶらりん。
私も、受け入れていこう、色んなことを・・・・・・


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検査結果

2006-05-12 12:20:55 | 日々つれづれ
長男を送り出した後、検査結果を聞きに、病院へ出掛けました。

先生「痛みはどう?」

私「すっかり治まりました。」

先生「何が原因なの?考えてよ。」
・・・・それはこっちのセリフなんですけど・・・・

私「私が知りたいですよ(苦笑)
  別に、心配はないんですけど、また痛くなるかと思うと嫌だし・・・・
  半分、母子家庭なんで、急に痛くなっても困るし・・・」

先生「完全に母子家庭になれば、医療費ただなのに(笑)」

私「まぁ、そうなんですけどね・・・・・」

でも、この先生の、ボケ具合、結構好きです。

血液検査の結果は、
白血球 10680/m㎥(正常値 3500-9000)
好中球 82.4%(正常値 40.0-71.0)
リンパ球 13.0%(正常値 26.6-46.6)
CRP値 1.89mg/dL(正常値 0.3以下)

私の思い違いでも、勘違いの痛みでもなく、炎症反応が出ていました。
痛みが訪れた時、私の思い込み?勘違い?気にし過ぎっていつも考えてしまいます。
こうやって数値が出ると何だかホッとしてしまいます。
今まで、散々仮病だと言われ続けてきた、私の症状。
都合が悪くなるとどこかが悪くなるふりをすると言われ、痛みでうずくまっていても、無視されたり、またがれたりしてたけど・・・・

私「CT撮ってもらってもいいですか?
  原因不明だと、気になるし・・・・・
  対処の方法もないし・・・」

先生「撮っておいても悪くはないね。」

CTの結果

先生「そう言えば、一年前にも撮っておいたのがあったわ。
   (比較しながら)ここに影があるんよね。
   ずっとここに菌が住んでいて、何かの拍子に炎症を起こすってことだね。
   場所が少し動いてるから、活動してるし・・・・
   この部分に、影のある女性は結構いるんだけど、あまり症状を起こすことがないから・・・」

私「治す方法ってないんですか?」

先生「抗生物質を長く飲んで菌を完全に殺してしまうか、手術で切り取ってしまうかだね。」

私「前回、肺炎の時に、1ヶ月近く抗生物質飲み続けて、レントゲンで経過も観察してもらったんですが・・・・」

先生「じゃあ、付き合っていくしかないね。
   まぁ、点滴ですぐ治まるんだし、薬を常に持っておきなさい。
   そしたら、対処できるから・・・・・」

そして、点滴をして、帰ってきました。
精神的に追い込まれたら出てしまう、腸炎
のぼせるとでてしまう、偏頭痛
依存的な私の性格、キューンとする胸の痛み
そして、胸部の炎症
全部、上手く付き合っていくしかないんだ・・・・・・
また、一つ背中のお荷物が増えてしまったのでした。


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ノーブラ

2006-05-11 21:07:03 | 日々つれづれ
仕事をちゃっちゃと終わらせることが出来なくなって、うだうだとした毎日をすごしている。
でも、必要に迫られてると動けるようになるので、まぁいいかと思いたい。

昨日のカウンセリングで、猫が来たことが嬉しかったけれど、子ども達の手前、違う態度を取ってしまった話をした時に、カウンセラーに
「一緒に、喜んじゃえばいいのに・・・・」って言われてしまった。

結局、自分では飼いたいのに、飼うことすらも子ども達に責任を押し付けたいのかもしれないなと思った。
だから、自分から飼うことを提案した。
拾ってきた次女が世話係となることを任命したけど・・・・・

でも、とっても可愛い。

子ども達がいない間は、独占できる♪
ふわふわで触っているだけで幸せな気持ちになる。
ミーミーと甘えてとっても可愛い。

遊んでるのか仕事をしているのか、わからないと思いながら、気を取り直して仕事の発注をしてると、左胸が痛い。
太って、ブラがきつい??
食い込んでる??

そう思っていると、痛みがだんだんひどくなる。
この痛みは、もしや・・・・・・
一昨年の秋と、その数ヵ月後、今年の3月にも同じ痛みを経験している。

これはやばいかも・・・・
そう思って、時計を見ると2時50分。
ちょうど、午後からの診察がもう少しで始まる。

保険証を持って、病院に出掛けた。
自転車に乗っているのがやっとの状態。
途中で降りて、タクシーにでも乗りたい気分だった。
最初の時は、救急車を呼んだくらいの傷みだもの。

自転車を止めて這うように病院に辿り着いた。
診察は3番目。
息をするのも痛い。

やっと呼ばれて診察室に入る。
先生「どうしたの~。また痛い?変だね~。」
私「どうしたのか、私が知りたいですよ~。調べてください。」
先生「いつも調べてるんだけどね~。おかしいねぇ。」
私「今回は血液も調べてください。」

前回も、3回目だったから気になって、
「”胸膜炎”って腫瘍とかからも起こるんじゃないですか?」って聞いてみたんだけど、
「腫瘍って、アスベストとかが原因なのよ。
もしそうだったら、ずっと治らないから。
治らずに痛みが続くようだったら、またおいで~」と返されてしまった。

何度も痛くなる=不安ではなくて、単にたびたび痛くなるのが嫌なんだよね。
だって、めちゃくちゃ痛いんだもの。
まぁ陣痛と比較したら、耐えられるかもしれないけれど、あの痛みは、その後の喜びを伴っているから、耐えようと思うんだよね。
この痛みを耐えたところで、何にもご褒美がないからね。

先生は気さくだけど、必要以上の検査も治療も薬も出さない。
これまで通っていた先生は、すぐに検査して、たくさんの薬が出る。
子どものインフルエンザの時に、投薬の指示の仕方が誤っていて、ぶり返して大変な思いをしてから、病院を変えた。

レントゲン室に入って、服も脱げない。
看護士さんに、ブラをはずしてもらって、脱ぐのまで手伝ってもらった。
レントゲン後、ブラをしようと思ったら
「はずしたままの方がいいよ。締めるとしんどいから・・・」
そう言われて、自分で出来なかったこともあって、素直に従った。

痛み止めの点滴を打つために寝るのもやっとで左胸を上にして、右手を差し出すけど、内肘の血管が出ない・・・・
で、仕方なく手首に刺すことになった。
「ちょっと痛いけれど、そっちが痛いから、わからないでしょ。」と看護士さん。
いや、充分痛いよ・・・・・

でも、3時30分の時計の音を聞いてから、眠りに付いたようで、
「終わってたね。」と看護士さんの声に目が覚めた。
痛みは軽減。

病院でお金を支払って、薬局へ。
でも、ノーブラが気になって、やっぱりちゃんと歩けない。
「いつもありがとうございます」薬剤師Aさん。
いつもありがとうございますってort・・・・・・・
「痛そうですね~」と薬剤師Bさん。
「は・・・はいっ。」
本当は、痛いんじゃなくて、ノーブラが気になって猫背なんですけどね。

家に帰ってのんびり、ブログを書いた。
寝ろっていう突っ込みは不要です・・・・・
だって、寝ると痛いんですよ。
じっとしてると痛みがはっきり。
何かに集中していないと痛かったんです。

でも、保育園をいつもよりも早く迎えに行って、リュックサックを買いに行く約束をしているのを思い出して、慌てて保育園へ・・・・・
そこで、ハッ・・・・ノーブラだった。

引き返すのも面倒で、そのまま直行。
銀行でお金を下ろして、リュックサックを買って、花屋にまで行った。
やっぱり猫背だ。

家に帰って、玄関先の鏡に姿を映してみた。
全然わからないじゃん。
今日は、タンクトップの上に、ガーゼ地のチュニックを着ていたから、全然目立たない。
猫背で歩く方が変だったじゃん。
そう思ったのでした。

血液の検査結果は明日。
痛みが引いたら、どうでもいいんだけどね。
こんな時、不安にならない私。
悪い病気かなんて、あまり想像しない。
それよりも、二度と痛くならないようにしたいと思う。
こんなところ、変に楽観主義者。



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カウンセリング28

2006-05-10 14:41:21 | カウンセリング
カウンセラーに対して、色んな気持ちが噴出してしまった後だったので、なんとなく恥ずかしい気持ちでした。
自分の気持ちを素直に話そうと思うと同時に、そんなことを話したら嫌われてしまうのではないか、重いと思われてしまうのではないか・・・・・
そんな気持ちになってしまいました。

それって、今までの恋愛していた時と同じじゃん。
あの頃も、好きって甘えたら嫌われるとか、前向きな自分しか見せようとしなかった・・・・・
そう思うとまた、泣けてきました。

でも、そんな気持ちでドキドキしながら電話をして、一番最初に、カウンセラーが謝ってくださって、それを聞いていると素直に話そうと思えてきました。

カウンセリングの日が、キャンセルになって堕ちてしまったこと。
見捨てられ感や孤独感に襲われてしまったこと。
12月と変わっていないと思うと辛くなったこと。
もし、これが歯医者の予約とかだったら何にも感じないこと。
必要以上に、カウンセラーに依存してしまっているのではないかということ。
他の日を指定した時、予約が入っていると言われて、悲しかったこと。
自分だけを診て欲しいという思いがあるのではないかと思ったこと。

それと同時に、今までは、こうやって話すと嫌われると思っていたこと。
今回もそういう思いが湧きあがってきて、これまでの恋愛と同じだと思ったこと。
それが辛くて、そんなことを感じさせない旦那と結婚したこと。

今までは、自分から噴出す悲しい感情がどうしてなのかわからなかったけれど、色んな感情が見えてきてそれが辛いこと。
そんな思いに囚われていることが嫌なこと。

それに対して、
「そう感じても当たり前だよ。僕の方こそ配慮が足りなくてごめんね。」
そう仰ってくださいました。
それがとても嬉しかったです。

なんで、そう思っちゃうの???って自分で自分が嫌だったのに、それでもいいんだって、むしろ謝っていただいて、逆に申し訳なかったなと思ってしまいました。
そして、カウンセリングという形式上、いつもは自分のことをあまり話されないのに、自分の体験を話してくださいました。
「カウンセラーが男であっても女であっても、そういう気持ちになってしまうのは、同じだからね。」
たぶん、ブログ見てくださってたのでしょう。
私が言えなかったこと、それに対しても話してくださいました。
そのカウンセラーの心遣いに、今までのモヤモヤした気持ちが晴れていきました。

不思議なのですが、モヤモヤした気持ちが晴れると、依存したい気持ちは消えていきます。
すがりつきたい気持ちではなくて、いつもの自分に戻っていきます。

この堕ちた状況で、仕事があったことが良かったこと。
そして昨日の出来事を話しました。


久しぶりの講習会で疲れてしまったこと。
その後、PTAの総会&役員会に参加したこと。
疲れて帰って、食事の支度をしていたら、子どもが泣きながら帰ってきたこと。

「今度の誕生日プレゼントいらないから」と長女。
「おかあさん、お願いだから、これ飼って・・・・・」
次女が、差し出したのは

この猫です。

可愛くて、思わず笑みがこぼれそうになり、慌てて反対を向いてしまいました。
うちには、もう一匹の猫がいます。
この猫も、1年半前に、長女が拾ってきたのでした。
その時に、約束したんです。
次は駄目だからねって。

私は、小学生の時、少しの間、猫を飼っていました。(トラとミーちゃん
でも、最後まで飼い続けることが出来ませんでした。
それ以降、あまり動物と係わりあうことが出来ませんでした。
情を移して辛くなるのが嫌なのだなぁと、最近になって気が付いたところです。

私は、猫が大好きです。
だから余計に、15年後までしっかり考えて飼いたいと思っています。
自分の家で猫を飼いながら、こんな小さくて自分では生きていけない猫を捨てる気がしれません。
同じ命なのに・・・・・・

でも、私には2匹の猫が戻ってきてくれたかのようで嬉しかったのです。
生き物は死んでも、魂は永遠に在って、縁があれば戻ってくるとそんな風に感じています。
だから2回流産した時も、その子を育てたい気持ちでいっぱいでした。

子ども達には、
「命があるものだから、責任を持たないといけない。
可哀相だからといって簡単に拾ってきてどうなるの?
餌代は?病院代はどうするの?
これから先、誰が面倒を見るの?
今は、可愛いからいいよ。15年間のことを考えた?」
と話しました。

今の猫も、拾ってきた長女に世話をさせています。
大変なのはわかるし、子どもに押し付けるのも親としてどうかなと思っています。
それでも、命を扱うことの大変さをわかって欲しいと思っています。

今朝、早速、犬猫病院に連れて行って診てもらいました。
240g、メス、生後1ヶ月満たないくらいだということ。
昨夜からの雨に、拾われなかったら死んでいたと言われました。
縁あってうちに来たんだなって感じています。

でも、先住猫の機嫌が悪い。
みんなが可愛がる様子を、じーっと見ています。
とても寂しそうです。
「猫の方が私よりも、ずっと素直かもしれない」そう話しました。


それと資格の話。
今持っている資格やそれにまつわる話をしました。
カ「いっぱい持ってるね。」
私「自分に自信がなかったから、色んなことをしてきたんだと思う。」
カ「それだけあったら自信持ってもいいよね。
  何故持てないのかな?」
私「それは私が知りたい(笑)」

でも、今の仕事では、少しずつ自信を持っていること。
ただ、それをお金に結びつけるのが嫌なこと。
最終的には、今していることを他で生かして仕事がしたいと思っていること。
例えば、施設などで作業療法や授産の一環として教えるとか・・・

今は、まだ必要としてくださる方がおられるので、今の形を保っていこうと思うのですが、少しずつ形態を変えたり、以前のようにボランティアに通ったりしたいなと思っています。

「雑談みたいになっちゃったね。」そう言われた、今日のカウンセリング。
でも、これから先の生育歴を話すのに、この見捨てられ感というのは、私にとってキーワードなので、下準備が出来たかなと思っています。

今までは、週1回のペースで受けていたカウンセリング。
色んな都合で、しばらく2週間に一度になりそうです。
その中で、自分の気持ちを整理していけたらなと思っています。

久しぶりに、抱きしめられたい気持ちが、消えていきました。
こんなことの繰り返しなのかなって思いました。
まだまだ、先は長いけれど、今日は光が見えました。
この曇りの空に、太陽が見える一瞬みたいなところも、またいいかなと思えています。

こんなこと何度繰り返せば、楽になれるんだろう。
でも、きっと笑って話せるときがくるよねって、今は感じています。
支えてくださった方、ありがとうございます。
堕ちるたびに支えられて頂いて、同じだよって仰っていただいて、私は、皆さんに何も出来ないけれど、一緒に歩んでいけたらいいなって思っています。
どうぞ、これからもよろしくお願いします。




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