水瓶

ファンタジーや日々のこと

オーリンの島・2

2014-07-19 08:00:59 | 彼方の地図(連作)
オーリンの島の岩は滑らかで、波にぬれた部分はとても滑りやすいのですが、ポランには何ともないようでした。まるで岩肌に足の裏が吸い付くように、ピタピタ小さな音をたてて走りました。ティティはポランの肩の上で、どっちの方に逃げたらいいか考えていました。

「ここには洞窟の入口がいっぱいあるわ。どこかあいつが入って来られないような、小さな洞窟はないかしら」

すると、近くにあった大きそうな洞窟の一つから、ちらちら灯が出てきました。ブレダンです。ブレダンは大きな荷物を抱えて船に入って行きます。

「反対側へまわりましょう。気づかれない内に」

ポランとティティは、灯が出て来た洞窟とは反対の方向へ走りました。一方、船の中にポランたちがいないことに気づいたブレダンは、かっと怒りがこみ上げました。むだなことを!ブレダンは毒づくようにぶつぶつつぶやきながら、もう一度島に下りました。

(ここは陸から遠く離れた、誰もいない孤島だ。根気よくしらみつぶしに調べさえすれば、逃げ切ることなどできるはずがない___)

そう考えて落ち着きを取り戻したブレダンは、島中に聞こえるように大声で叫びました。

「かくれんぼか?だがけして逃がさないぞ!」

その声には、気味がいいとでもいうように、面白がる調子がありました。罠にかかって逃げられるはずもないのに、あがき続けるネズミにいらつくような気持ちでいたのです。辺りの洞窟に反響してはね返って来るあざけり声の波に、ティティとポランは一瞬ひるみましたが、気を取り直してまたつるつるした岩の上を走り続けました。ブレダンは波の合間に、その小さな足音を聞きつけて、音のする方へ走り出しました。すべったり転んだり、とうとうランプを落として割ってしまいましたが、空は東から少しずつ明るくなってきています。その後もブレダンは何度も足を滑らせながら、大人の足で、ポランの背中がはっきり見える所まで追いついてしまいました。このままではつかまってしまう___ティティはポランに耳打ちしました。

「あたしがあいつを引きつけるから、このまま走り続けて、どこか隠れられる所を探すのよ。あたしは飛べるから大丈夫。アローとバーバリオンが、必ず助けに来てくれる。それまで逃げきるのよ。後ろを振り返っちゃだめ。約束よ。さあ、走って!」

ティティは勇気をふるい起こしてふわりとポランから離れると、ブレダンが追いつくのを待ちました。

「___やあ、やあ!これはずいぶんとかわいらしい足止めだ。降参するなら今の内だよ、女王さま。私は君をどうするつもりもない。茶色い子が欲しいだけなのだ」

ブレダンは猫なで声でやさしく話しかけました。実際ブレダンは、今の今までティティのことなどすっかり忘れていたのです。アローもバーバリオンもいない今、この小さなか弱い妖精に、何を怯える理由があるでしょう。けれどティティはブレダンが全く気に入りませんでした。近くで見るブレダンの暗い瞳の奥には、月のない真夜中にときおり沼の上に現れる、けれど近くまで行ってみると何もない、サウーラが鬼火と呼んでいたそれにそっくりな炎が、ぎらぎらと輝いていたからです。

「ポランを霧の壁まで連れて行かないと、このままみんな灰色にのまれてしまうのよ。あんたも灰色にのまれて死んじゃうわよ」

「そのとおり、この世界は灰色になって朽ちてしまうだろう。だが私は朽ちない。永遠の命を手に入れるのだから」

「___永遠?」

ティティには「永遠」の意味がわかりませんでした。ぽかんとしたティティの顔にいらだったブレダンは、吐き捨てるように言いました。

「お前のような、朝露のように生まれ、昼日中には消えているちっぽけな妖精には到底わかるまい。私は永遠の命を持って、真昼の大陸へ行くのだ。じゃまをするな!」(つづく)


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