ブログ「かわやん」

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日曜新聞読書欄簡単レビュー

2010年04月11日 09時49分44秒 | Weblog
 玄田有史『人間に格はない 石川経夫と2000年代の労働市場(ミネルヴァ書房、3675円)ー朝日ーは、20世紀最後の10年代から21世紀の現在にかけての非正規労働市場、無業者に関する分析を書いたものだ。しかしこの分野での労働分析は基本データーがどれだけ信頼できるものかが最大のポイント。玄田の書は就業構造基本調査をベースにしている。そこで浮かび上がるのが、非正規労働者の動向である。非正規労働であっても就業経験が正規職化、年収増大のためにプラスになることや、境遇が改善せず無業者化してしまう人がいることを指摘していることだ。書評で紹介されているのは無業化の過去のケースは高所得世帯に多かったのだが、最近の経済低迷の中で低所得者が無業のままで改善できないままになるというケース。玄田は企業間移動の促進よりも一定期間同一企業への定着の支援を提言する。玄田の恩師石川経夫の9つのコラムが収録されており、ここに社会的弱者に対する共感と冷徹な分析をしている(評者植田和男)。

 山折哲雄『愛欲の精神史』全3巻(角川ソフィア文庫、740円~900円)ー毎日ーは、愛欲から存在を読み解く、あるいは文明を解読することにある。内容は浅くはない。人間の行動を支える分析では、深層心理に性を発見したのがフロイトであり、経済がマルクスだとか分類されたりするが、評者が述べているように「欲望の表徴、変奏を決定する精神性は何か」がテーマなのだ。行動の原理に性を見るのではない。性を支える精神性の求道なのだ。過剰なる性愛がいつのまにか、極限としての「男であることの無意味」「女であることの無意味」という宗教的世界にたどり着く。禁欲という世界の精神性は一方でガンディーの非暴力、『とはずがたり』の発見に至る。その最大のキーワードはインドなのだ。紹介されているマックス・ウェーバーのインドとの関係が興味をひく。評者は「インドに向ける眼差しは、他者批評を生み出すと同時に西洋世界の内面的な心象をさらけ出す」と解説している。著者のインドに寄せる思いはヒンズー教の理解の深さにあると見るのだが。さてどうか。逆説的な迫り方は、まさしく宗教学者山折の宗教的世界なのだ(評者張競)。

 現代思想に連載されてきた立岩真也、齋藤拓の「ベーシックインカム」論議が本になった、『ベーシックインカム 分配する最小国家の可能性』(青土社、2310円)ー毎日ーだ。リバタリアンを自ら認ずるヴァン・バリース『ベーシックインカムの哲学』を素材に論じたものだ。ネオリベラリズムの思想の源から、現代の個人が競争原理を内面化した事態まで視野に収めたのが佐藤嘉幸『新自由主義と権力』(人文書院、2520円)ー毎日ーだ。新自由主義の議論の源をミシェル・フーコーの講義録『安全・領土・人口』としながら展開する。ドゥールズ=ガタリの理論までも対象となる。理論書としては比較的読み安いと評者は紹介している。

 ミシェル・フーコーが出たところでさらに進めると、彼の思想を批判的に継承したイタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンの最新の研究書、邦訳を日経新聞が簡単に紹介している。金森修『〈生政治〉の哲学』(ミネルヴァ書房)ではアガンベンの問題構制を構築するのが時代的課題と解く。用語の系譜を丹念に整理している。小松美彦ら編『メタバイオシックスの構築へ』(NTT出版)は、生政治の思想から生命倫理学を根底から問い直す。出生前診断や安楽死などの問題に挑む。アガンベンの主著「ホモ・サケル」シリーズの一冊『王国と栄光』(青土社)が原著刊行から3年で翻訳された。入門書ではエファ・ゴイレン『アガンベン入門』(岩波書店)がある。
   文中敬称略
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