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あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

すべての言葉は通り過ぎてゆく 第8回

2014-06-15 08:48:43 | Weblog


西暦2014年如月蝶人狂言畸語輯&バガテル-そんな私のここだけの話op.180


「歌人とか俳人とかいふのは、たいていひどい俗物ですからね。何しろ歌の結社の御大が地方にゆくときには、人身御供の娘を一人、あたかじめ用意しておくなんて言ひますもの。」丸谷才一「横しぐれ」より

短歌が芸術だって? ばかな。あれはサプリ。私が毎朝飲んでるビタミン剤のようなものさ。

「クラシックの名曲は?」と聞かれた矢野顕子は、たちどころにドボルザークの新世界と答えたが、これ以上立派な回答はないだろう。でも立派過ぎるかも。

つい80年前には国家はなかった。藩があるだけだった。とすれば、国家だっていつかは亡ぶ、過渡的なものではないだろうか。丸谷才一「秘密」

国家が侮辱されたとか、国家の利益とか、本当は国家の支配者が侮辱されたり、利益をむさぼったりするだけなのに。丸谷才一「秘密」

集団的自衛権を認めると平和憲法が戦争憲法に変質する。よってこれを推進する人間は憲法擁護義務を定めた憲法99条違反で起訴・投獄しなければならない。2/26

神尾真由子のベートーヴェンは何の考えもなくただ弾いているだけ。同じ若手の庄司沙耶香とは雲泥の差だ。モザールのK301を弾き比べたら、その差は決定的になるだろう。2/25

コンサートで拍手を強要するミュジシャンは不愉快だ。お前の演奏が良ければ手を叩くし悪ければブーを叫ぶ。それが観客というものだ。2/22

東日本の植相は西日本と違って貧弱なので、昆虫の様相もつまらない。2/22

何かについて、とても許せることではないとか、けっして自分を許せないとか、わたしたちは言う。でもわたしたちは許すのだ――いつだって許すのだ。アリス・マンロー「ディア・ライフ」小竹由美子訳 2/21

アルヴァンベルク四重奏団とフィッシャー・ディースカウの演奏は完璧だが、聴くほどに肩が凝る。私はむしろアマデウス四重奏団とハンス・ホッターの豊かな緩さを称揚したい。

7世紀の隋書「倭国伝」には白い喪服を着たと記されているが、718年の養老喪葬令で「天皇は2親等以上の喪に際して墨染の衣を着用する」と定められて以来黒の喪服が用いられ、平安時代には宮中で定着した。

太陽の調べと月の調べの両方を自在に奏でるのが音楽だ。ランラン、ユジャワン、中村紘子、グリモー、辻井伸行などの弾き捲りぶっ叩くゲバピアノは音楽ではない。コルトーや三味線などをよく聴いて、弱音の幽玄、嫋々たる語りを身につけ給え。2/8

漠然と恐怖の彼方にあるものを或いは素直に未来とも言ふ。近藤芳美「埃吹く街」

時の歩みは三重である。未来はためらひつつ近づき、現在は矢のやうに早くとびさり、過去は永劫に静かに立ってゐる。シラー

結局文は無力だ。我が懐かしき匂いすら的確に表現できない。日々失われゆくわが記憶の中の匂いよ。2/4

葛西選手の銀メダルにつよく励まされ、自分も精進しようと思う。2/16

いかにも景気と雇用は大切だが、君の頭にあるのはそれだけなのか?

若し永久のものを求むならば、別に一件を創するにあり。正岡子規

あたたかな雨がふるなり枯葎 子規

人生にはかなわないもんね。アリス・マンロー「熊が山を越えてきた」小竹由美子訳

アバド指揮ルツェルン祝祭管のマーラー六番が傲然と鳴り響くとき屋外でさえずるサンコウチョウの声。もちろんほんとうに心に沁みる音楽は後者にある。

自称右翼の軍国主義者のいまや誰の目にも明らかになった目論見は、この国の自由を徹底的に抑圧し、排他的な愛国主義を宣揚し、憲法を改悪し、再び海外を侵略できる戦争とファシズム体制を確立することである。

しかし憲法改定に本当の本気で反対しているのは、似非左翼だのいわゆる護憲勢力ではなく、天皇と米国であることが、この自称右翼の軍国主義者のボンボンに分かっているのだろうか。

またそれは現在の世界秩序である米英仏ロ中の勝利者連合国体制への挑戦を意味するがゆえに、米中のみならず敗戦国仲間の独伊からも強い反発を受けるに違いない。果たしてボンボンに再び全世界を敵に回す覚悟があるのだろうか。

エグザイルとかいう男だけの亡命集団が、聴くに堪えない空疎な内容の歌をうたいつつ、全員がまことに空虚な顔をして去勢された猿のようなダンスを踊っていた。

他人が書いた本に赤線を引きまくって覚えた内容が、君の思想なのではない。君の内臓に刻んだ言葉だけが君の思想なのだ。

読売新聞は「国益大好き新聞」、産経新聞は「自民党新聞」、朝日新聞は「夕日新聞」に改名したらどうだろう。

左へ行くのは簡単だ。右へ行くのはもっとたやすい。ものをかんがえる必要すらないくらいだ。ところがそれ以外の道を進もうとすると難しくなって、いっそ元に戻ろうかと思うほど苦しむことになる。2/1

橋下トリックスターまたまた炸裂。この寂しがり屋で超だだっ子の誇大妄想餓鬼頭を中心に大阪や日本や世界が回っているのではない。いい加減にしろ。2/3


なにゆえに朝も早よからサッカーやってる烏滸の沙汰なりNHK1ch 蝶人

真っ赤な果実のビタミーナ再び~「これでも詩かよ」第87番

2014-06-14 10:20:14 | Weblog


ある晴れた日に第243回


去年の夏、突如私は詩を書くのが面白くなり、
忘れもしない7月11日に、詩一篇が生まれた。
それは熱い夏の日差しの中で、あっという間に出来てしまった。

            *

「真っ赤な果実のビタミーナ」

「真っ赤な果実のビタミーナ、ビタミンCたっぷり」
「おいしく摂れるビタミンC450mg」
 と、そのボトルの包装ラベルには書かれている。

ブドウ、グレープフルーツ、イチゴ、アセロラ、ラズベリー、ブラックカラント、トマトなどなど、いろんな果実がいっぱい入ったこの真っ赤な飲み物に、
いま私は夢中なんだ。

私の眼を射るその独特の赤は、
「ベサメ・ムーチョ」を絶唱する藤沢嵐子の
頸動脈のように欲情に燃えあがり、

私の喉を潤すその味は、
夜な夜な千夜一夜の物語を語り続けるシェヘラザード姫のつばのように、
こってりと甘い。

西暦2003年7月8日の昼下がり。
ニイニイゼミが狂ったように鳴き始めた新宿南口の青空の下で、
私は1本150円の「真っ赤な果実のビタミーナ」を飲む。

広場の真ん中で立ったまま、
私はアラビアのロレンスのように、
何本も何本も、とっかえひっかえ次々に飲み干す。

甘露甘露、真っ赤な果実のビタミーナ!
わが愛しき真っ赤な果実のビタミーナちゃん!
もう駄目だ。もう止められない。 Oh Yeah! 私は君に夢中なんだ。

              *

それからおよそ1年が経ち、
私は今日も新宿の街をうろつきながら
「真っ赤な果実のビタミーナ」を必死に探してる。

さらに鎌倉や逗子や横須賀の駅周辺の自販機に、
「真っ赤な果実のビタミーナ」がないかと血眼で尋ね歩いているのだが、
どこに消えたか1本もない。

ああ、真っ赤な果実のビタミーナ!
喉にとろける甘露のようなビタミーナ!
何杯も何杯も飲まずにはいられぬビタミーナ!

真夏の太陽の下で霊感を与え、
私を詩人の卵にしてくれた真っ赤な果実のビタミーナちゃん!
お願いだから、そのうるわしい姿をもう一度あらわしておくれ。


なにゆえに参戦理由を探してる戦争はできないするなの掟を破って 蝶人


ジョン・ヒューストン監督の「女と男の名誉」をみて

2014-06-13 10:33:05 | Weblog


bowyow cine-archives vol.650

ジョン・ヒューストンの作品を選んで観たことはないが、あまり駄作のない監督ではないだろうか。「アフリカの女王」「キ・ラーゴ」「荒れ馬と女」「許されざる者」「火山のもとで」「黄金」「勝利への脱出」みな面白かった。

彼の処女作は「マルタの鷹」、最後は1987年の「ザ・デッド」で、どちらも良かったが、ダブリンの雪と冷雨を背景に主人公が「いずれ私もこの世から消えてゆくのだろう」と呟くシーンには心の底まで凍り付いた。

この映画および井伊大老が暗殺される「侍ニッポン」だけは、冬の夜にはみたくない。

本作ではジャック・ニコルソン、キャスリン・ターナーとアンジェリカ・ヒューストンを自由自在に駆使してギャング一家の身過ぎ世過ぎをブラックフーモアにくるんで楽しげに演出している。

3人はそれぞれにお互いを愛し、かつ憎んでいるのだが、その愛を貫く前にマフィアの掟やら誓いやらプライドやら仁義が立ちふさがり、君に忠ならんとすれば孝ならずなどという、いくつもの障害を乗り越えて、不滅の愛を成就するかと思わせておいて、邪魔者はどんどん殺されていくのであったああ。


なにゆえに神社の岩煙草を根こそぎにする公徳心なき我利我利亡者よ 蝶人


2001年~2014年のファッション・トレンドを振り返る その8

2014-06-12 10:39:25 | Weblog


ふぁっちょん幻論 第89回


10春夏パリコレ=久々の活気、アレキサンダー・マックイーンなど巨大映像で劇的演出。ウエブで実況。

パリコレは1910年代に巴里の高級衣装店が年に2度のオートクチュール新作を発表したのがはじまり。60年代からプレタポルテも開始される。
ショーの時間は15から20分、商品は40から80体、経費は数千万円から数億円。ショー終了後7万円から数百万円で即売。
売上は20世紀中葉は右肩上がり。21世紀からは不況やファスト・ファッション流行で低迷。

10年春夏=ロンドンは若々しい色遣い。低調続くミラノは組み合わせの妙みせる。
D&Gは映像駆使してネット中継。

10年春夏東京コレ=先端を追い、時代に逆らう。ビューティフルピープル、ミントデザインなど。

10春夏NY、東京メンズ=欧州勢とは違ったスポーティで軽快、ポップでカジュアルな服。

10年春夏ミラノ・メンズ=時代に鍛えられ際立つ創意。

10秋冬ミラノ・メンズ=伝統heritageの再定義への挑戦。トレンド発信より自分たちらしさの探求。アレキサンダー・マッククイーン最後のコレクションは無数の骸骨と骨で描かれたセピア色のプルント柄が服、会場の床や柱を覆う。

10秋冬パリメンズ=服の概念、形や機能性を問い直す。ドリス・バン・ノッテン。ラフ・シモンズ、コムデギャルソンン。

10秋冬ニューヨーク=派手さはなくとも天然素材、カッティング、仕立てで上質感。マーク・ジェイコブスなど愛らしさを追及。次回から会場がリンカーンセンター。

10秋冬ミラノ=90年代の職人芸・華やかさ再び。D&Gはイタリアの仕立屋宣言。
デザインはクラシックだが現代的なフェミニンさと同時に温もりを感じさせる。
3割のブランドがネットで世界中継。米ヴォーグのアナ・ウインター編集長のために七日間を4日間に集中させ混乱。

10秋冬パリコレ=優美と抑制2極化。華やかなクラシックスタイルの復活と装飾を抑えたミニマリズム。高級ブランドの伝統や浮揚感、革新性の強調、ネット配信、中国インド等新興国市場への強い働きかけ。
40歳で突如死去したアレキサンダー・マックイーンの遺作16点は、ボッシュやメムリンク、ボティチエリ思わせる宗教画や細密画の世界。

10秋冬東コレ=森や旅テーマに見つめ直す美、楽しみの原点へ。まとふ、アグリ・アサギリなど。

10秋冬東コレ=華やぐフェミニン。強い意志、官能的に描く。ユキ・トリイ、ユキコ・ナナイ。

10年秋冬パリ・オートクチュール=公式参加ブランドは24。中国、インドなど新興国の客増える。のびやかに軽やかに。ディオール、シャネル、ヴァレンティノ。
花やライオンなど伝統のモチーフ使いながら詩的で軽快。色遣いは華やかでエネルギー感じる。


なにゆえに部厚い顔と醜い声が幅をきかせる彼奴等が公共放送を手に入れたから 蝶人

夢は第2の人生である 第14回

2014-06-11 10:18:28 | Weblog


西暦2014年如月蝶人酔生夢死幾百夜


はげ山の頂上に「トリスタントイゾルデ」の愛の死が鳴り響く。劇伴はカラヤン指揮のウイーンフィル。歌っているのは私の隣にすっくと佇立するジェシーノーマン。私はその巨大な体躯から流れ出る太い歌に震撼させられた。2/27

荒野の真ん中でさながらさすらいのガンマンのようにたたずんでいるのは、マガジンハウスの「ターザン」でレジェンドと称された辣腕ライターだったが、私がいくら覗き込んでも、テンガロンハットに隠されたその蒼ざめた相貌を伺い知ることはできなかった。2/27

中国を訪問していた私は、なぜか某国の第一将軍に擬せられ、両国の歓迎祝祭儀式の先頭に立って双方の国歌斉唱を聴かされる羽目になったのだった。2/26

新しいスタジオが完成したというのに、私たちはそこをライヴや録音に使うことも許されず、管理者は夜な夜な催すパーティだけに使用しているのだった。2/25

警官隊の突入を前にして、私は彼女と一緒に居るべきだと考えているのだが、もしも彼女がそう思っていないとすれば、それを強要すべきではないとも思い、さてどうしたものかと、心は千千に思い乱れるのだった。2/25

「今日は村上春樹さんにお引き合わせしますから楽しみにしていて下さいね」、という広報の前田さん他1名と一緒に真っ白に塗られたエレベーターに乗っていたのだが、なぜか私はだんだん呼吸困難に陥り、扉が開くや否やその場にしゃがみこんでしまった。2/24

最新型のウエラブル眼鏡型端末を装着しながら試験問題を解いていたら、その答えが全部目に映ってくるので、私は驚いて周囲を見回した。2/24

試験が終わってくつろいでいると、突然資生堂の販促会議の情景が映し出され、新製品の命名を議論していたので、私が何気なく「コンソート・オフ・ふぁっちょんはどう?」と呟くと、みながそれに同意したので驚いた。2/24

牧師の私が留守の間に、教会で殺人事件が起こったらしい。急報ですぐに引き返した私は、どうやって事態を収拾したらいいのか迷ったが、まずは会衆一同を落ち着かせなくてはその場に跪いて祈りをはじめた。2/23

私はどういうわけで浅田姉妹が抱き合ってシクシク泣いているのかてんで分からなかったが、どちらかといえば姉の方が美しいなあ、と思いながら見詰めていた。2/22

私が担当していたテレビドラマは視聴率も取れずさんざんな出来で終わってしまったのだが、終了後のスタッフの絶望と不安に閉ざされた暗い日々を淡々と記録したドキュメンタリー番組が好評で、それが私の今後の唯一の希望なのだった。2/22

なぜか南アルプスの山々の地図に私の名前が記されていたときいたので、豪雪がうずたかく降り積もっているにもかかわらず、その原因をつきとめようと、私は単身現地へ向かった。2/21

わが愛する尼将軍は、今度の戦争の最前線で軍勢を指揮していたのだが、突然の病で忽然と世を去った。2/20

今井さんからの手紙の「君の短歌は扼然なり」と書いてあった。扼然などという日本語はないはずだが、造語にしてもいったいどういう意味だろう。なんだか不吉な文字だなあ、と考えているうちに朝になった。2/19

峠を下りたところで、尨毛の大きな野犬と友達になった。渠は容貌は怪異だが心根はおだやかなようで、街を追放された私の傷心を慰めるために、ときどきピアノでシューマンの小曲を弾いてくれるのだった。2/19

その男は、米国のさる国家的重大事件について偽証した謎の人物なのだが、そんな世間から降りかかる灰色の疑惑などものともせずに、じゃんじゃん仕事をこなしていた。2/18

カルチェラタンの大学でバリケードが張られていたのだが、中の教室で授業があるからどうしても入りたいとがんばる女子の後について荒涼たる空間をうろうろしていると、ロシアのCMが流れていた。2/17

私は前世ではナマケモノだったので、ずっと朝まで1匹のナマケモノとしてうろうろしていた。2/16

マイナーな芝居を見に行ったら、突然妙な顔をした男が、私に舞台に立ってくれというので断ったのだが、彼はこの芝居の演出家でトイレの中まで付いてきて執拗に出演して呉れと懇願するのだった。2/15

映画評論家でもないのに私の名前が新聞にでかでかと出ていた試写会に行くと、会場の後ろには巨人族の2人が立っていたので、私がそれを撮影すると、フィルムをスタッフに取り上げられたので、頭にきた私はその顛末を詩に書いた。2/14

いままで平和そのものだったこの町も、最近はとても物騒になったので、私は切りだしナイフを常に携行するようになった。2/14

当藩の内部抗争はますます激烈なものになり、女性剣士の永原玲子嬢は長刀で斬って斬って斬りまくったために、饅頭屋は饅頭でいっぱいになったのでした。2/12

集英社に行ったらいろいろな雑誌の編集者がどんどん出てきて、名刺も持っていない私に神保町商店街を活性化して焼肉ランチを売れるようにするプロジェクトなどに参加するように要請されたが、もはや商店街にも焼肉にも興味がないので早々に退出した。2/12

この大学では就活指導と婚活を案内を同じ部屋でやっているので、ときどき混乱が起こる。ついさっきも面接指導を受けていた2人を結び付けようとした指導員が、大反発を受けていた。2/11

わが国初の国産宇宙船に乗り込んでいた私たちは、いよいよ着陸という際のトラブル発生でパニクって、窓の外に急接近する海にいつ飛び込もうかとハラハラドキドキしているのだった。

包装紙を次々に破ってゆくおじさんを、僕たち子供は呆然と眺めていた。2/10

永代橋にあるそのショップはとても居心地がよく、私は仕事もさることながらほとんど遊びの感覚でそこでの生活を楽しみ、家に帰るのが惜しいと思えるほどだったので、店の一角で寝泊まりするようになると、奇麗な女の子が毎晩訪ねてくるのだった。2/10

静子さんがとうとう5時ごろに亡くなったのに、私は会議があるというのでそのまま死の床から立ち去ってしまい、夜になってから戻ってきたら彼女の頬は冷たくなっていた。2/9

ヨハネ受難曲に続いてマーラーの交響曲第9番を延々と演奏しているので耳がタコかイカになり、「いい加減にやめなさい」といおうと思ったが、それほど酷い演奏ではないし、指揮者が女性なので、私はそのまま彼らがしたいようにさせてあげた。2/10

モンドリアンの絵画の中を漂流していた小さな♪の私は、吹いてきた風にあおられて、もんどりうって真っ逆さまに転落してしまった。2/8

高当丸に乗り組んだ私は、他の2隻を率いて戦争のまっただなかであるにもかかわらず、敵の機雷だらけの海を無事に本土まで輸送することに成功したのだった。2/7

コンサート会場で第2バイオリンが若い未熟な指揮者に反発してボコボコにしたという話を聞いた私は、演奏会の前半で帰宅しようとしていたのだが、思い直してまた自分の席に戻った。2/6

マガジンハウスの久米ちゃんから試写会の招きを受けた私は、久しぶりに東京に出かけたのだが、巨大な会場のあちこちにライオンが駆けずり回っては咆哮しているので、くわばらくわばら命あってのものだね、としっぽを巻いて退散した。2/6

健君と2人で長い時間をかけて歩きまわり、この島のもっとも美しい眺望ポイントを探し出すことができた。2/5

「いまから2時間以内にここから逃げ出せば自動殺戮装置は起動しないからすぐに出来るだけ遠くへ逃げなさい」と助言したにもかかわらず、そのジョルディーナという若い娘は逃げ出さずにむざむざ死なせてしまった。2/4

大勢の優婆塞たちが集まり、諸肌を脱いで人の上に人が登って、見る見るうちに巨大な人体ピラミッドが出来上がり、それが大空高く聳え立つのを私は呆然と眺めていた。2/3

毎朝英国のある町を発って仏国のある町まで通っている私は、自分がいったい何者であり、なぜそんなことをしているのか、またいったいそこでどういう仕事をしているのかも分からないまま、毎日そんな行き帰りを続けているのだった。2/1


なにゆえに今年の夏はまだ来ない我が家の紫陽花がまだ咲かぬから 蝶人


ジャック・ドゥミ監督の「ローラ」をみて

2014-06-10 09:50:29 | Weblog


bowyow cine-archives vol.649


1960年製作された白黒の仏蘭西映画であるが、ヒロインの踊子ローラに扮したアヌーク・エーメがとても美しくチャーミングなり。同じ彼女を起用した「男と女」のアホ莫迦監督ルルーシュとの違いが名人ジャック・ドゥミによるこの映画を見ると歴然としてくるだろう。

好きな相手には愛されず、どうでもよい相手には愛される不条理が世の常であるが、この映画も淡々とその不条理を描いてゆく。

登場人物とそれを囲繞する世界がいくぶんアナーキーであることも好ましく、物語が進むうちに少女を含めた一人一人の生きることの悲しみが浮かびあがり、さてこの映画が終わった後で、いったい彼らはどうなるのだろう、という思いが胸に突き上げてくるのである。

撮影監督はゴダールの相棒ラウル・クタールで、その「実存的な」キャメラが全編に亘って冴えまくる。

ミシェル・ルグランが担当する劇伴は、なんとベートーヴェンの交響曲第7番の第2楽章だが、これも不思議なことに映像と違和感が無いのは演出の魔術としか思えない。


なにゆえにこのジャムの蓋は固いのか年寄りばかりの世の中なのに 蝶人



鎌倉市長と鎌倉市は、「神奈川県立美術館鎌倉館」を美術館として保存する運動の先頭に立つべし!

2014-06-09 08:05:40 | Weblog



「これでも詩かよ」第88番「駆込み訴えその2」&ある晴れた日に第243回


鎌倉の鶴岡八幡宮が所有する土地に立つ世界の名建築、神奈川県立美術館鎌倉館が危急存亡の淵にあることは、テレビ、新聞、ネットで報道されているとおりであります。

 八幡宮と県との借地契約が2年後に切れる同館を、財政難の神奈川県は閉館、解体し、地主に更地で返還しようとしているのですから、肝心要の鎌倉市がこれに反対せずにいったいどこの誰がするのでしょうか?

 私はこの美術館が、ル・コルビュジエに師事した坂倉準三が1951年に建てた「現代建築の源流」であるうえに、建物を含めたこの景観、この環境が、その後背の平家池と見事に調和したこころなごむ静謐な空間であるからこそ、このかけがえのない場が地上から永久に失われることに反対しているのです。

 げんざい鎌倉市はユネスコの世界遺産登録をめざして狂奔しているようですが、たとえ成就したとしても受け入れ不可能な観光客の増加につながるそんな愚にもつかない運動よりも、まず「足元にある世にも貴重な世界遺産の喪失」を阻止するべきではないでしょうか?

美術館保全の責務も情熱も投げ捨てて顧みない県当局を説得して、半世紀以上も市民のみならず観光客にも大いなる感動を与え続けてきた、この貴重な歴史的、文化的、精神的遺産の解体を防ぐことこそ、市長と市当局に課せられた最大の責務ではないでしょうか。

さいわいにも本年2月、内外の有識者からの抗議の声に押されて、神奈川県と鶴岡八幡宮は、その保存に向けた調査を(費用を折半しながら)4月から開始しているようですが、市長と市当局は洞ヶ峠を決め込むことなく、積極的に両者のイニシアティブを取って、なんとか同館の地下に眠る中世鎌倉の遺構を破壊せずに、耐震工事が可能な道を見いだして、この名建築の生き残りを図ってもらいたいものであります。

右、強く要望します。


  なにゆえに本邦屈指の美術館を取り壊す八幡宮に祟りがあるぞよ 蝶人


「丸谷才一全集第2巻」を読んで

2014-06-08 10:53:26 | Weblog


照る日曇る日第712回

さきの大戦に徴兵拒否をして全国を逃亡していた主人公の半生を描いた「笹まくら」はこの作家の代表作のひとつだろう。

頼まれもしないのに大日本国帝国が亜細亜諸国に武装侵略をして、無辜の民の生命や財産や自由を毀損し、簒奪し尽くした大義なき戦争であったから、これに最初から加担しなかった主人公は先見の明を持ち、或る意味では生命を賭して英雄的行為を敢行した人物として称揚されてしかるべきだろう。

ところが戦後20年を閲するうちに、なぜか時代と人心の風向きが変わり、主人公が三界に身の置きどころをなくしていく日本社会の奇妙奇天烈な窯変を、この小説は鮮やかに浮き彫りにしてゆく。

いかに誤った不徳義な戦争にせよ、国家がそれを遂行すると決めた以上、それに逆らう人間は体制に順応できない異端分子であり、敗戦後もその隠微な村八分が続いていくのである。
 
「国家に対し、体制に対し、いちど反抗した者は最後までその反抗をつづけるしかない。いつまでも、いつまでも危険な旅の旅人であるしかない」と主人公が呟いてこの恐ろしい「近未来小説」は幕を閉じるのであるが、いままた凶暴さをむき出しにして私たちを戦場に向かわせようとしている国家権力に対峙できるのは、この孤立無縁の主人公がそれでもなお個人の自由を求めて立ち上がろうとする「悲しい心の高揚」だけなのかもしれない。

なお本巻にはそのほか「彼方へ」「年の残り」「初旅」「だらだら坂」の各短編小説が収録されている。


なにゆえに自販機から姿を消した私の大好きな真っ赤な果実のファミリーナ 蝶人


蛍の歌~「これでも詩かよ」第86番

2014-06-07 09:53:00 | Weblog


ある晴れた日に第242回


ホータル来い ホータル恋 
光光光光光光光光
ホータル来い ホータル恋 
ピカピカピカピカ

点滅点滅点滅点滅
雄雌雄雌雄雌雄雌
電光影裏斬夏風
点滅点滅点滅点滅

闇の奥より現れて
強く弱く強く弱く 
かわるがわる愛を囁く
17歳の恋のごとく

ホータル来い ホータル恋 
光光光光光光光光
ホータル来い ホータル恋 
ピカピカピカピカ

点滅点滅点滅点滅
雄雌雄雌雄雌雄雌
電光影裏斬夏風
点滅点滅点滅点滅


なにゆえに集団自衛権をごり押しするこの国をいつでも戦争できる国に作り変えるため 蝶人


小島信夫著「ラヴ・レター」を読んで

2014-06-06 11:21:07 | Weblog


照る日曇る日第711回


小島選手の最晩年のはちゃめちゃ短編集を読みました。

この小説家ほど自由奔放に小説の可能性を徹底的に追究した人はいないのではないでしょうか。
物語の中に物語が挿入されたり、主語が切り替わったり、講演が小説に変容したり、結末でもない箇所でいきなり読者を放り出したり、もうやりたい放題。

さりながら、身内の不幸に見舞われ、みずからも忍びよる老いの衰えと直面しつつも、文学に寄せる熱烈な愛と創造への情熱には、いささかの衰えもない。

さてその内容はといえば、「虚実皮膜のあわいを飛翔する」と書けば聞こえがいいけれど、当の本人が健忘症だかアルツハイマーだかの気味があるから、その表現の振幅はそうとう深いものがあり、時々めまいやライティング・ハイの状態に陥りますが、それでも独特の文学的香気とユーモアは失われません。

いうなれば名人の迷文。でも武者小路実篤のような迷人の迷文とは違いますよ。

さあもうどこへでも連れて行ってくれえ、鬼が出るか蛇が出るかあんたに任せた、
とでも言いたくなるような奇妙な浮遊感覚がかえって心地よいのは、うそかまことか、現実だか非現実だかもはや訳の分からない時空に、まぎれもない小説の本当の姿があるからかもしれません。

小説とはなにをどう書いてもいいのだ。そこにひとかけらの詩と真実が漂っていさえすれば。
そんな気持ちになって来るような、かろやかさ、希薄さ、アナーキーさ、融通無碍の世界がここにはありました。


なにゆえにわが子のシリトリは続かないの頭の中が尻切れトンボだから 蝶人



内田吐夢監督の「飢餓海峡」をみて

2014-06-05 14:34:10 | Weblog

bowyow cine-archives vol.648


はじめにお断りです。この映画をまだご覧になっていない方は、ここでこの駄文を読むのをやめてくださいね。はい、さよなら、さよなら、さようなら。

水上勉の原作を読んだことはないが、三国連太郎扮する殺人犯の主人公の故郷が、私の実家とそれほど遠くない貧しい田舎だったので共感を持った。(しかし実際にはあれほど地獄のような寒村ではない)。前科を隠して有名人になりおおせた舞鶴の町も汽車に乗ればすぐのところだ。

極貧の男が成り上がるためには犯罪でも犯して大金をせしめなければどうしようもないと原作と映画は語りかけてくるが、さてどんなものだろう。ソフトバンクの孫正義なんかもっと酷い谷底から這い上がってきたじゃないかと言いたくなる。内田監督の夢を吐くごとき映像の迫力は物凄いが、どうにも話のキメが粗すぎるのである。

加えてこれをサスペンス映画として見ても、殺し方が唐突過ぎるしプロットが酷い。だいたい洞爺丸を沈没させた台風のさなかに漁船に乗った犯人が、たったひとりで函館沖から下北半島まで漕いできくなんて人間業ではない。絶対に不可能である。

取り調べの末に犯人の希望通りに舞鶴から北海道へ連行してゆくのも奇妙だし、青函連絡船の上で伴淳三郎の元警部が死者を悼んで花を投げろと主人公に勧め、それを許す高倉健の刑事もおかしい。

そしてあろうことか、ラストで三国連太郎は海に身を投げて、突如映画は幕を閉じるのだからもうメチャメチャな話である。

しかし一夜の愛を信じた薄幸の娼婦を演じた左幸子は素晴らしい。香港にいるはずの娘の羽仁未央さんに会いたくなった。


なにゆえに江戸時代のきざはしをコンクリに改築したのか一遍ゆかりのその古刹 蝶人

夢の中で~「これでも詩かよ」第85番

2014-06-04 13:53:35 | Weblog

ある晴れた日に第241回


自転車に乗ってどんどん進んでいく。
どこまで行っても道路に車はない。
道路も周囲も行けども行けども無人である。

午前10時の太陽は、17歳の少年の欲望のようにぎらついている。
走りに走り続けて正午になった。
はらっぱの向こうに一軒屋がみえてきた。

やれやれあそこで一休みと思って近ずくと、ここにも人気はなかった。
小さな膀胱がはち切れそうに膨れ上がっている。
やむえず平屋の1間に入ると真ん中に囲炉裏の灰穴があったので、そこで用を足した。

水道の水で乾き切った喉を潤し、なにか食べるものはないかと探したが、なにもなかった。
もう何十年も前に見捨てられた廃屋なのに、
水道が使えるというのは不思議だった。

ようやく元気を取り戻したので、再び元の道を南に向かって進む。
行けども行けども、何もない。
行けども行けども、誰にも会わない。

やがて陽が沈み、空がゆっくりと黄昏れると
道はふっつりと消え去り、
深い暗闇の底に私は取り残された。


なにゆえに日記に符牒をつけたるや知る人ぞ知る荷風の房事 蝶人

サム・ペキンパー監督の「砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード」をみて

2014-06-03 12:10:02 | Weblog

 
bowyow cine-archives vol.647


原題は「ケーブル・ホーグのバラード」で砂漠の流れ者ケーブル・ホーグをジェイソン・ロバーズがしたたかに演じている。

ルンペンプロレタリアートのケーブル・ホーグは、悪者に水を奪われ砂漠に置き去りにされるが九死に一生を得て、どん底から這い上がろうとするのだが、水の出る土地の保証書1枚しかない彼に、無償で一〇〇ドルを貸し与えた銀行家は偉い。

だからこの映画は、腐敗堕落の極に達した現代のバンカーたちにペキンパーがその理想の姿を指し示した映画であるともいえるだろう。

それ以上に興味深いのは、復讐だけが支えとなるはずであったはずの彼の人世に、思いがけず舞いこんで来た娼婦との純愛の暮らしであって、これによって大いなる生命の泉を汲んだケーブル・ホーグは、1人の仇敵を許しただけではなく、不慮の事故によって世を去る間際に人間の生の真実を知り、諸行無常、則天去私の境地にまで到達するのである。

波乱に満ちた生涯を閉じたケーブル・ホーグの霊に寄せるペキンパーの視線は限りなくあたたかく、あたかも彼自身の生とそれとを二重写しにしているようですらあって、稀代の名監督がこの1作をもっとも愛したのはまことむべなるかな、と思わせる不思議に人懐かしき映画である。


なにゆえに自分の意見をいわないのか安藤優子慎太郎に「君はどう思う」と聞かれて 蝶人

2001年~2014年のファッション・トレンドを振り返る その7

2014-06-02 08:15:33 | Weblog


ふぁっちょん幻論 第88回

09春夏ミラノ・コレ=08/9/27シンプル主流、現実からの逃避。金融危機による世界経済の深刻さ反映。
あえてファッションの享楽性見せたドルチエ&ガバーナのぞいてグッチ、プラダ、ボッテガ・ヴェネタ、ジルサンダーなど控え目。
重い現実から浮遊しようとするデザイナーたちの浮遊感。

09春夏パリコレ=自然派スタイル。環境問題などで終わりの始まりの時代を反映。
アレクサンダー・マックイーンのノアの箱舟。ヨウジヤマモトのお葬式。アンダーカバーの高橋盾は今回で撤退。拡大路線に幕引き。

09年秋冬NYコレ=不景気癒す美の競演、嵐が過ぎるのを待つ。全体的に美しくまとまった落ち着いた印象。
ロダルテ、マークジェイコブズ、アレキサンダーワン、タクーン、ミシェル・オバマ御用達のジェイソン・ウー。メンズは冬生き延びる蛹のよう。カルバンクライン、トム・ブラウン、ブルックリンの老舗テーラーマーチン・グリーンフィールド。

09年春夏パリ・オートクチュール=4つ減って23ブランド。
正式メンバーは50年代初めの60から15へ。43年の顧客2万人がいまは200人。
ネットにデザイン画。規模縮小の中高度な手わざ活かす。
華美すぎないシンプルナデザインシャネル、ディオール、ヴァレンチノ、ゴルティエ、アルマーニ・プリヴェ。

09年秋冬ミラノコレ=2月26日から1週間。
ジャンフランコ・フェレは親会社が民事再生法。プラダ、グッチ、アルマーニなど伝統回帰、細部に新しさ。 D&Gはオートクチュールさながらの職人芸で新方向。
同メンズコレ=黒やグレーのフォーマル調。

09秋冬パリコレ¬=不況下の底力。伝統回帰したシンプルなスタイルの中にもオートクチュール的な凝った手仕事やメッセージ性の強い表現。
ジバンシー、タオ・コムデギャルソン、ヨウジヤマモト、15年ぶり復帰のヒロココシノ。同メンズコレもダークトーンのフォーマル中心。売れる黒、汎用性あるジャージースーツ。

09秋冬パリメンズ=スーツを上品にひとひねり。

09秋冬東コレ=09/3/23から6日間で37ブランド、前後して4月中旬までに30ブランド。
強さ、楽しさ、ストレート。闘士を思わせるダークなミリタリー調、少し過剰な色や量感で表現した着る妙味。
アグリ・サギモリ、ミキオ・サカベなど。ショウをやめて永澤陽一が現代アートへ。
アンダーカバーの高橋盾はパリコレ中止して写真展、青山の人気クラブでぬいぐるみ造りの即興ライブ。


なにゆえに別々の部屋で眠るのかかつてねんごろに睦み合いしその二人 蝶人


夢は第2の人生である 第13回

2014-06-01 08:12:02 | Weblog


西暦2014年睦月蝶人酔生夢死幾百夜


ヴェネチアのサンマルコ広場にマーラーの交響曲の楽譜が落ちていたので、リアカーに乗せて自分の家まで持ち帰った作曲家は、それっきり部屋から出てこようとはしなかった。1/31

サーカス団の6人の子供たちが、観客席で見物していた私に「早くここまで登っておいでよ」と誘うので、するするとマシラのように支柱を登りつめた私は、彼らに混じってマーラーの交響曲第6番にあわせて空中連続宙返りを敢行したのだった。1/31

やっと電車が来たのでみな一斉に乗り込もうとしていると、1人の若者が停まっている電車のレールの下の穴に潜り込んでしまったので、心配になった私は彼の後に続いた。1/30

スキー場にやってきたアルバイトの女子大生が、いきなりハモンドオルガンでバッハを弾いたので、同じ大学のアメラグの3名のクオーターバックの選手が、滑降中に激しく転倒した。1/29

「あとは僕に任せて下さい、色々打つ手はありますから」と言い置いて、敵に向かって駆けだした途端、上司の龍宝部長がいきなり私の背中にしがみついた。どうやら敵のリーが、部長になり済ましていたらしい。1/28

夢の中で夢記憶装置が2個置いてあるので、それをオンにしてみたら、私が実際に見た夢とだいいたいは一致していたが、部分的には違っていたり、途中でちょん切れていたりするのだった。

超苦手な部下の逆パワハラに猛烈に悩まされていた私だったが、ようやく彼女が他の部署へ出て行ったので、ホッと一息ついて猛烈に仕事がしたくなったのだった。

韓国のどこかで日本あるいは日本以前の日本列島の影響を受けた文化遺産が発掘されたというので、私だけでなく友人や専門家の人たちも驚いた。後進地帯から先進国への逆輸出もあるのだろうか。1/27

わが社でたった一人の鴨下カメラマンは、あれやこれやの撮影で引っ張りだこだったが、彼を担当する廣瀬マネージャーの手違いでダブルブッキングが発生したために、あちこちからクレームが殺到していた。1/26

見知らぬ人と名刺を交換したのだが、和服を着たその老人の名刺はお弁当箱くらいの大きさの透明な箱になっていて、その中には金魚が1尾泳いでいるのだった。1/25

いよいよ敵軍との大決戦が迫って来たとき、余が軍服を脱ぎ捨てて郷里の普段着に兵児帯を巻き付けて陣頭に立ったので、幕僚と兵たちは呆然自失の態だったが、これによって余は平常心を取り戻すことが出来たのだった。1/23

国家暗殺局に逮捕された我々3名の前に、3つのコップが出された。2つはただの水だが、1つだけトリカブトの毒が入っているという。「好きなのを選んで呑め」というので躊躇っていると、最初に呑んだ奴が口から泡を吹きながらのたうち回っている。1/22

「なにゆえに」ではじまる短歌を来る日も来る日もセッセと作り続けていたら、某出版社から電話がかかって来て、これが1万首になったら本にしてあげます。但し金200万円也と引き換えです、というので驚いて断った。1/21

リーマン時代の最後の日に伊勢丹の営業部長のところへ挨拶に行ったら、鳥取特産の「20世紀」を御馳走して呉れた。私はその水も滴る大きな梨を頬張りながら、もう2度とこんな美味しい梨を口にする機会はないだろう、と思っていた。1/20

サッカーの試合であらかじめ談合して、彼女がしかるべきときにゴールを決めるように打ち合わせしていたにもかかわらず、どういう風の吹きまわしか、私は自分の持ったボールを敵陣に蹴り込んでしまったのだった。1/19

ブラジルのオジサンが亡くなって突然私に証券の遺産が転がり込んで来たので、これで借金が払えると大喜びしていたら、新日本証券が証券を売り渡すまさにその日に世界恐慌が起こってすべてがパアになってしまい、私は元のルンペン生活に戻ってしまった。1/18

裏山を登っていくと頂上でキース・ジャレットが富士山を眺めていた。キースは白人だと思っていたが、なぜか黒人の顔をしていた。2人並んで御来迎を待っていたがなかなか太陽は昇らなかった。1/17

久しぶりに新潮社の別館にエンジンの編集部を訪ねたら、6畳間くらいのスペースに8人が座ってぎゅうぎゅう詰めで仕事をしていた。壁には映画「プラトーン」のポスターが貼ってあるので、時が今ではないと知れた。編集長のスズキさんはと訊ねたら行方不明だという。1/17

ワーナーの試写室へ行くと早川さんが出てきて、「さあこれからホットドッグの原田さんとターザンの澤田さんと一緒にご飯を食べに行きましょう」と誘われたので、トコトコついていくと美味しいチャンコ料理を御馳走になってしまった。1/17

白い貫頭衣の古代の娘たちが、奴隷たちを次々に殺戮してゆく。大沢氏が演出した3D映像は圧倒的な速度と美しさだった。しかもそれらを銀幕越しに炭素年代法で測定すると、それらすべてが紀元前1世紀の素材であることが明らかになった。1/16

森繁久弥と田中角栄が、「そのお、あたしゃあとうとうたたなくなってしまったよ。死んだ方がましだ」と泣いているので、「歳をとればみなそうなるんですよ。あの渡辺なんとかいう三流性小説の作家もインポテンツになったそうですよ」と励ましたが、泣きやまなかった。1/15

近所で起こった女子高校生殺人事件の犯人とおぼしきオートバイに乗った男の撮影に成功した私だったが、それを警察に届けたものかどうかと悩んでいるのだった。

私は一晩中夢を見ていたが、それはまったく同じ内容の夢だったので、すっかり退屈してしまってなにか別の夢をみたいと思い、できればそいつを短縮版に切り替えようと思うのだが、うまくいかないので疲れ果ててしまった。1/14

ハワイで敗戦を迎えた私は、田中さんに頼まれ、そんな技能も実績もないままに邦人たちのスタイリストを務めることになったが、彼らは私に向かって口々になにか仕事はないか、仕事を寄越せと喚くのだった。1/13

学校の校舎のエレベーターの前に山口君がいた。久しぶりなのでいろいろ話をしようと近ずいたがなにも言わないので、よく見たら山口君そっくりの菊人形だった。1/12

りびえらさんは枚方の菊人形の会場に幽閉されてしまいました。りびえらさんに同情した女の子が面会にやってきましたが許してもらえないので、仕方なく門の外でりびえらさんのお母さんとたちつくしておりました。

「お母さん、りびえらさんはどうしてりびえらさんというの」
「リびえらさんはリビエラからお嫁にやって来たのよ」
「りびえらさんはなにか悪いことをしたの」
「いいえ、悪い大臣が勝手に牢屋に入れたのよ」

りびえらさんはリビエラ国のお姫様だったのですが、悪い大臣が黒い戦争を企んだ時にただ独り反対したために、ここに連れてこられたのです。

それから2人は可哀想なお姫様のために「冬のリビエラ」を歌い、1本の薔薇を置いて立ち去りますと、りびえら姫もこんな歌を歌いました。

 ふるさとはきっと薔薇の花盛り でも枚方には菊のお花しかない
み園生の泉の底に沈んでいたまがたまの光の懐かしや

するとその歌を聞き付けた名犬ムクが、りびえら姫の絹のハンカチーフをくわえて走ってきましたので、りびえら姫が急いでそれを開いてみるといくつかの木の実が入っていたのでした。

里に初雪が降った夜には、山に棲むキツネが下りてきて村の若者の寝床に忍びこむのだが、若く奇麗な女に変身したキツネは、朝まで男の体の上に乗り、けっして男の自由にさせないのだった。1/11

百貨店に勤める井出君が、売り場の主任にアフリカの土着アートを飾るように進言し、女子販売員も賛成しているのだが、主任はイメージが合わないなどと旧弊な言辞を弄して、あくまでそれを退けるのだった。1/11

まことに陰険な顔をした若者が我が家の長男をいじめている現場に出くわしたので、私はナイフを彼奴の首元につきつけ、「今度このような行為をしたら殺してやる」と激しく威嚇すると、私の決意が本物であると知った男はガタガタ震えてちびった。1/12

三菱鉛筆ユニの改造計画に従事する私は、「I+S+Y」のプロセスで失敗したので、Sを止めてみたら旨く行った。すると今度は悪評高いサントリーホールの音響改造を依頼されたので、音響板を全部撤去して丸裸にしたら妙な浮遊音が解消されて感謝された。1/10

ソープオペラを英国でスタジオ録音することになったのだが、練習練習で疲労困憊していた私たち歌手は、いつのまにかぐっすりと寝込んでしまった。妙な臭いがするので起き出した私がキッチンを見ると、ガスレンジの火がごうごうと燃え、煮物が噴きこぼれているのだった。1/9

女子校の寄宿舎に住みこんで番人をしている私の寝床には、毎晩のように女の子が忍び込んでくる。ある夜などいっぺんに3人も押しかけて来たので対応に苦慮したのだが、最近は毎晩1人ずつになった。きっとみんなで相談してローテーションを組んだのだろう。1/8

「滑川をゴムボートに乗って海まで下りませんか」と町内会長が誘うので、由比ヶ浜まで下ったら、何百人もの市民が集まっていたので驚いた。もっと驚いたのは、会長が「今日の経費は目隠しをした少女が触れた人に全額負担してもらいます」と宣言したことだ。1/8

目隠しをした仏蘭西人形のような少女がいきなり私の腕をつかんだので、私は頭にきて海岸を飛び出してどんどん走っていると、突然漱石の南画に出てくるような巨大な岩山に突き当たったので仕方なく登り続けると、ほぼ垂直の傾斜になってしまった。1/8

空中都市に住んでいた私たちは、猛烈な親の反対を押し切って結婚することに決めた。道の向こうに彼女の姿を認めた私が、エイとばかりに飛んだ途端、向こうから飛び込んで来た彼女と道の真ん中で衝突し、私たちは抱き合ったまま落下していった。1/7

知的障がいがある息子と香港のホテルの近くの駅前で待ち合わせをしたのだが、いつまで経ってもやってこない。顔面蒼白になった私は、その界隈を駆けずり回ってその行方を追ったが、駅員が息子はマフィアに誘拐されたと証言したので私は本部へ急行した。1/6

地震洪水津波警報令が施行された結果、コンサートや各種イベントなどは、高度86m以上の場所でないと開催できないことになったので、私たち音楽業界関係者はいつもライヴ開始前のひとときを特別指定会場付近のカフェで過ごすことが多くなった。1/5

ブログにアップする原稿をああでもないこうでもないと考えあぐねていると、だんだん胃の具合が悪くなってきたので、あわててトイレに駆けこんで吐こうとするのだが、ゲエゲエいうのみでいっこうに何も出てはこないのだった。1/4

景気がいっこうに良くならないので、倒産した会社の差し押さえをするGメンの私は、毎日忙しい思いをしていた。私の相棒はGメン仲間の紅一点の鈴木ナオミだったが、長い間コンビを組んでいるにもかかわらず私たちの関係はある一線をけっして越えようとはしなかった。1/3

実に久しぶりに映画の主演女優へのインタビューの仕事でパリに来ているのだが、なぜか街は60年代のようで、タチの映画に出てきた団体の観光客といたるところで鉢合わせする。そのうちに突然昔の恋人までが登場して、私の通訳をかってでてくれたのでとても嬉しかった。1/2

紅白の司会を失敗したタレントが所属する事務所がそのために仕事が激減したので、従業員を指名解雇しようとしたので、私は彼らを糾合して同盟罷業を行い、誰ひとり犠牲者を出すまいとした。14/1/1


なにゆえに朝から気色が悪いのか着衣に僅かな乱れがあるゆえ 蝶人