goo blog サービス終了のお知らせ 

あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

クリント・イーストウッド主演・監督の「許されざる者」をみて

2014-02-13 09:26:13 | Weblog


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.623


「あんたのナニは小さい」と言って嘲笑うような娼婦はとうていプロとはいえない。

それを怒った牧童がナイフで彼女の顔を切ったのは、てんで「許されない」ことだが、それを怨んで殺し屋をやとう女たちの気持ちに納得がいかなかったので、いくらイーストウッドがかっこいいところを見せても共感できない映画だった。


なにゆえにボブディランの曲では踊れないのか鴨下さん踊ったっていいではないか 蝶人

朝夷奈峠の歌~「これでも詩かよ」第63番

2014-02-12 11:31:01 | Weblog


ある晴れた日に 第201回



今日も太刀洗へ散歩に行きました。

朝夷奈峠の三郎の滝を目指して進んでいくと、道の真ん中に茶色いヤマカガシの子蛇がぺっしゃんこになって死んでいました。

「おい、ヤマカガシ、どうして死んじゃったんだ?」と尋ねますと、
「川の水を飲もうと思って這っていたら車に轢かれてしまったの」と恨めしそうな上目を見上げましたので、私は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、うらめしかろうが成仏しなさい」と言って、また先に進んで行きますと、
今度は大きなオニヤンマが道のはじっこで死んでいました。

そこで「おい、オニヤンマ。お前はどうして死んじゃったんだ?」と尋ねますと、「近所のいたずらっ子に網で捕まえられて、お尻から麦の穂を突っ込まれて、そのうえ目玉をもがれて、死んじゃったの」と目玉をぐるぐる回し続けているので、私は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、うらめしかろうが成仏しなさい」と言って、また先に進んで行きますと、今度は2002年に亡くなった愛犬ムクが道のど真ん中で死んでいます。

驚いた私が、「おい、ムク。お前はどうしてこんなところで死んでるんだ? お前のお墓はうちの庭だろう?」と尋ねますと、「ワンワン、まことさんお久しぶり。皆さんお元気ですか? 僕も元気です」と訳の分からないことを言ってまた死んでゆきましたので、私は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、うらめしかろうが成仏しなさい」と言って、また先に進んで行きますと、もうそこは朝比奈三郎の滝でした。

滝の周囲には15名の工芸大の若者たちがしぶきにぬれながら卒業制作の映画「暁に死す」を撮影中でしたので、私はそおーと本番中の現場を通り抜けて鬱蒼と樹木が茂った急な坂道を上ってゆきますと、谷戸の矢倉の奥に30年前の8月10日の花火大会の日から行方不明になって失踪したきりの早稲田大学文学部3年生中村梅子さんがもうミイラのようになって死んでおりました。

「梅子さん、梅子さん、こんなところにいたのですか。きっとあなたのお母さんがあなたのことを心配していますよ。早く戸塚のおうちに帰ってあげなさい」と私が言いますと、梅子さんはとても悲しそうな顔をして、「どんなにそうしたかったことでしょう。でも私それができなかったの。それにお母さんはもう死んでしまったの。ああ、私あの日まっすぐ材木座の海岸へ行けばよかったんだわ。

それを護良親王のお墓のある「首塚」に行ったばっかりにこんな恐ろしい目にあってしまって。私は「神隠し」にあってしまったの。お母さん、お母さん、たった二人だけでも楽しく暮らしていたのに…」と死んだはずの梅子さんはよよと泣き崩れるので、私は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、うらめしかろうが成仏しなさい」と言って、また先に進んで行きますと、少し進んだフラワースポットの左側の丘の草っぱらの中でまた誰かが死んでいます。

今度は若い女性ではなく年齢不明の醜い男が、まるでランボーの詩に出てくる兵隊のようにだらしない格好で死んでいるので、「おいおい、お前さんも神隠しかね」と声を掛けると、

その醜い男は私でした。



       なにゆえにちゃんと耳が聴こえ作曲しない音楽家が現代のベートーヴェンなの 蝶人



もてなし~「これでも詩かよ」第62番

2014-02-11 11:01:29 | Weblog


ある晴れた日に第200回

もてなしとは、たとえば交通事故を起こしたご主人のことで一瞬にして髪の毛と顔面が蒼白となり、夫の代わりに自分が死んで相手にお詫びしようとまで思いつめている女性の背中をさすりながら、「大丈夫、大丈夫」と力づけてあげること。

もてなしとは、たとえば車を停めるところがなくて困っている工事にやって来た業者を見かねて、「午後二時までなら自家で借りている駐車スペースを使ってもいいですよ」とさらりと言えること。

困っている人がしゃがみこんでいる場所まで降りて行って、その悩みに思いを致し、耳を傾け、できればその願いを叶えてあげること。
それがもてなし。

派手な化粧でびっくり眼張りした美女が、テレビカメラの前で艶然と頬笑んで、片仮名で
「オ・モ・テ・ナ・シ」
などと、タイ人さながら合掌してみせることではない。



 なにゆえに旗日に旗を出さぬかとそのうち町内会長が言ってくるだろ 蝶人

2001年~2014年のファッション・トレンドを振り返る その3

2014-02-10 09:03:58 | Weblog



ふぁっちょん幻論 第82回


05秋冬ミラノメンズは04/1開催。トム・フォードの最後のグッチ。カントリーと上質なテーラード。ジル・サンダーの復帰。

05秋冬パリ・メンズコレはジョン・ガリアーノ、日本から初のナンバーナイン。シックで大人っぽいテーラード。クラシック&カントリー台頭。

05秋冬NYコレが02/4から開始。レベッカ・テーラーなどフェミニンなカジユアルの楽しさ。クラシックを遊ぶ。

05秋冬ロンドンコレ=洗練と素朴が交錯、70年代クラシック。

05秋冬ミラノコレ=04/2開幕、可愛いいから上品な女らしさへ転換。ラグジュアリーでグラマラス。

05秋冬パリコレ=正統派の美しさ求めてコンサバ返り。微細なマスキュリン&シックなレディライク

05春夏サンパウロコレ=エスニックの香りと都会性をミックス。リオの「イザベラ・カペート」、

05春夏ミラノメンズ=アレクサンダー・マックイーンのメンズ初登場。エスニック+ミリタリーの組み合わせ。ジョン・レイ初のグッチはゴージャス&グラマラス。広がるパステル・コントラスト、ナチュラルカラーのユースフルアイテム。

05春夏パリメンズは04/7閉幕。パステル・ショック!
ディオールはストイックなライン+色。ナンバーナインはさまよう男のレイヤード。ジョン・ガリアーノは帆船舞台にスペクタクルショー。ドリス・ヴァン・ノッテンはひねりを加えた紳士スタイル。ピンクがいっぱいコムデギャルソン・オム・プリュス。

05春夏NYコレ=今回からIMGが運営。前シーズンと同様193ブランド参加。甘さや可愛らしさのイミテーション・オブ・クライスト、セバスチャン・ポンズ、ドゥー・リ、ペリーエリス。高級避暑地の憧れ。「ジ・アメリカンズこれぞアメリカ人」がテーマ。

05春夏ロンドンコレ=70ブランド。ジェシカ・オグデン。白×黒、カジュアルフェミニンな膝丈ドレス。クレメンツ・リベイロ、ポールスミス・ウイメン、ミキ・フカイ、イーリーキシモト・エレッセ。イーリー・キシモト、アッシュなど広がるアメリカン・ハッピー。

05春夏ミラノ・コレクション=洗練のロマンチック・フォークロア。繊細な色と柄が氾濫。05年春夏パリコレ=パリもミラノもナチュラルなフェミニン調。

05春夏NYメンズコレ=鮮やかな色の組み合わせ。クローク、ミゲル・アドローヴァー、ジェレミー・スコット、マイケル・コース、マーク・バイ・マークジェイコブス、トム・ブラウン、ジョン・バートレット。



なにゆえに瞬きしかできない身の上でなお悪事を働こうとするのか 蝶人


岡井隆著「ヘイ龍カム・ヒアといふ声がする」を読みて詠える

2014-02-09 10:27:14 | Weblog


照る日曇る日第653回 &ある晴れた日に第199回



八十を超えたスーパー老人が性の睦みのあとさき嘯く

愛恋の別れは遠く去りにけり八十翁の恐るべき欲情

子規を超え杢太郎鷗外と並び立ちギョエテディドロオに迫らむとす君が気宇こそ壮大

子規の絵を俳句短歌と並べ見る岡井隆の眼の鋭さよ

小人はやはり巨人には敵わぬがその巨人も恵里子さんには敵わぬ

神々は今宵静かにたそがれて巨人族の末裔星空に消ゆ

老人は突如少年に様変わり青鷺を故郷の川で追っている

大歌人をさんざん叩きし吉本の「連作詩篇」の下手くそなこと

文芸の進歩はありやなしや個体発生は系統発生を繰り返せども

なにゆえに原発はむしろ被害者と弁護する原発あらばこそ数多の人死あるものを

狭き国に糞づまりたる原発を海に捨てるや山に捨てるや

なにゆえにこの国の核武装を支持するや核あるがゆえに敵増ゆるものを

なにゆえに王に額づき帽を脱ぐあらゆる帽は捨つべきものを

五七五より出でて漸く近づきぬ前人未到テエベス百門の大都 


なにゆえに君は歌をうたうのか聖なる女神に捧げるため 蝶人



夢は第2の人生である 第5回

2014-02-08 10:53:29 | Weblog


西暦2013年皐月蝶人蝶人酔生夢死幾百夜


147)集英社の編集者に採用された私は辣腕のヴェテランスタッフたちから軽侮されながら仕事を続けていたが、とうとう編集をクビになって書籍の荷造り係りに降格されてしまったが、なにくそ啄木だって朝日新聞の校正係で妻子を養っていたんだと流星群が降り注ぐ九段坂の夜空を見上げたのだった。5/1

148)破壊され尽くしたビルの中にはさまざまな機械部品のジャンクがいたるところに転がっていたので、私はそれらをひとつずつ廃墟の中から拾いあげ、時間をかけて超精巧な最新型の機械式時計に再生していると、真っ赤な夕焼けの空で烏がカアカアと鳴いた。

149)会社の社員旅行でほとんどの連中が昨日から出払っていたが、私はA子と一緒に朝から2人切りでやり残した仕事を片付けていると、夕方になってフジテレビのB子がやって来て私たちを意味ありげに見るのでそういう関係ではないよと力説しているところへ社員たちが帰って来た。

150)居間のテレビを見ていたら突然市川中車がやってきて「おお、おおお」とみずからの演技に酔いしれている。うるさくてかなわないのでいい加減にしてくれと注意しようとしたら、横合いから耕君がガツンと一発お見舞いしたので、中車はのびてしまった。13/5/4

151)小川町で都電を降りて坂道を登り、スタインウエイのショールームの前までやってくるともう息が切れた。見るとアポロンだかダビデだかの像を真似た素っ裸の男が、そこいらの会社の人間広告塔になって突っ立っている。13/5/5

152)人体が全体として突っ立っているだけではなくて男性の性器もひどく突っ立っているので、君きみ、そんなものを公衆の面前で見せものにすると猥褻物陳列罪でおまわりに捕まってしまうぞ、早く仕舞っておけと注意すると、

153)アポロン男はなぜかおねえ言葉になって、「いえねえあなた、あたしだってこんな恥ずかしいことやりたかあないんですよ。だけど社長からこんな恰好で朝から晩までずっと立ってろと命令されたものだから、仕方なくここに棒立ちになってるんですよ」と泣き言をいう。

154)「それにね、いちばん重いのがこの体の真ん中のやつ。こいつが勝手に立ち上がるもんだから、重くって重くって仕方がないの。ねえ、お客さん、あたしはこんなもんもう要らないからあなた持ってってくださらない。まだまだお役に立ちますよ」

155)そう言いながらアポロン男は「あそこ」を根元からポッキリともぎとって、いきなり私のカバンの中に放り込んだので、父の遺品のカバンはずっしりと重くなった。

156)それから私は大きなビルが立ち並ぶ学生街の中を歩いて行くと、見覚えのある大学の講堂でコンサートをやっていたが、バンドが演奏している音楽が詰まらなかったので、私はすぐに会場のホールを出た。

157)ふと右手を見ると、東京駅にあるような煉瓦でできた巨大な水の無い100mプールがあったが、もうずいぶん長く使われた形跡はなかった。左手にはやはり重厚な煉瓦で組まれた便所があったので、それを使おうとしたが高さ1mくらいの煉瓦の上に乗らないと用を足せないので、諦めて外に出た。

158)すでにとっぷりと暮れた黄昏の街を歩きだすと、狭い通路の左側のはるか谷底のような位置に大学の広い体育館があり、それに続いてぼんやりとしたあかりで照らしだされた教室があり、白髪の老教授の講義を聴いている数名の学生の姿があった。

159)さらに進んで行くとまた大きなホールがあり、そこでは韓国か北朝鮮かは分からないが朝鮮の人たちがなにかの記念式典を開催しているようだった。いつのまにやら会場に引っ張り込まれた私が演壇に目をやると、司会者の男性が朝鮮語、日本語、英語の順でなに説明していたが、なんのことやらさっぱり分からない。

160)しばらくしてから席を立って帰ろうとすると、出口にいたおばさんが、「はいお土産。お米2つと大根2本」と言いながら大きな荷物を私に押しつけたので一生懸命に断ったのだが、でっぷりと肥ったその女性はどうしても許してくれない。

161)仕方なく私は5キロの米袋2つとぶっとい練馬大根2本を左右にぶらさげて駅まで歩き始めたのだが、予期せぬ荷物は歩くほどにだんだん身に重くなっていった。

162)私はニコンのカメラを首からぶら下げていたが、季節はちょうど冬のはじめだったので、ウールの重いコートを一着に及んでいた。歩くうちに二組の米と大根セットはどんどん重みを増し、私のか弱い心臓は早鐘のように動悸を打った。

163)そのとき私は隣家の堤さんから頼まれた重い荷物をかかえながら駅まで急行した父が心筋梗塞に襲われ担ぎ込まれた病院で七〇歳で身罷ったことをはしなくも思い出し、土産より命が大事ということにようやく気付いた。

164)まずは荷物の半分を路上に残し、私は帰路を急いだが、面妖なことに歩けども歩けどもめざす駅に着かない。今にも倒れるのではないかと我が身を案じつつ全身汗まみれで私はようやく駅前に辿りついた。

165)そのとき私は、自分が、米も、大根も、カメラも、父の遺品のカバンさえどこかへ投げ捨て、ただ一本の長い棒だけをしっかりと握りしめていることにはじめて気付いた。良く見るとそれは「八重の桜」で黒木メイサが振りまわしていた長刀だった。13/5/5

166)ある日のこと、大工事が行われて奥深い地下になってしまったお茶の水駅の近くで昼飯を食おうとレストランを探したが、丸顔のイタリア人シェフが「ステーキランチは8500円」というので、他を探したがもうどこも営業をやっていない。

167)仕方がないので電車に乗ろうとしたが、ポケットの中には初乗り130円のチケットと50円玉しかない。しかもそのチケットはだいぶ以前のものなので、いま使えるものだか分からないし、50円ではどこにも行けないので私は途方に暮れた。

168)ライターの女性と私は京都のあるお寺へ向かった。取材は彼女にまかせて内部をぶらぶら歩いていると広く薄暗く猛烈に暑い部屋のあちこちで男女が立ったまま抱擁して呆然としている。私は一瞬歓喜仏ではないかと疑ったが、まぎれもなく生きた男と女のからみあいなのだ。

169)しかしよく見ると男あるいは女が一人で棒立ちになってその姿かたちが熱で溶解している姿もあった。いったいここはどういう部屋なのか。もしかすると彼らは即神仏の途上にあるのかもしれない。

170)おそるおそる広間から後退した私は、ライターと合流して寺男の案内で別の小さな寺院に向かった。ここは門が高いのでよじ登って入るしかない。寺には中年の艶めかしい女性とその娘がしゃがんで遊んでいる。

171)尿意に駆られたライターが慌てて便所を探したが、間に合わなかったとみえて少し離れたところでしゃがんで用を足すと、それが近くを流れている小川の流れに乗ってここまで流れてきた。

172)街が一斉に茶色になりキナ臭くなり、いよいよ蜂起の時がやって来たかに見受けられたが、わが統領は出口なおを気どってか屑拾いに身をやつし、みすぼらしい小屋に吊るしたハンモックに身を横たえながら、「まだだ、まだだ」と待機の姿勢を崩そうとはしなかった。

173)いよいよ戦争が始まるというのでパリから帰国した橋本画伯を尋ねようと私は小田急の新宿駅に向かったのだが、改札口に至る階段は国防軍の武器、弾薬、軍事物資の一時的な物置場と化しており、乗客たちはそれらの上を必死でよじ登りながら行き来しているのだった。

174)空襲警報が鳴りB29の大編隊が押し寄せてきた。ゼロ戦に乗った海軍上等兵の私は霞ヶ浦霞から飛び立ったが、エンジントラブルで離脱した。が、友軍機は体当たりを敢行し、敵2機を道ずれに自爆して海上に散華した。

175)私は彼女の夢を記したレポートを読みながら、どこが私の夢で、どこからが彼女の夢なのかをお互いに論じあっていたのだが、だんだん訳が分からなくなって、私はまた夢の世界へと戻っていったのだった。

176)その方形の躯体の内部では黒いマレー人の男性と白い中国人の女性の数多くの顔が光り輝きながらゆっくりと移動していて、その顔の中の眼が時折私をチラチラと見るのであった。

177)久しぶりに白水社のフランス語教科書を開いてみると、最初の頁にはダで終わる単語がたくさん並んでいたので、私は少しく奇異に感じたが、ナンダ、オランダ、ミランダなどとおずおず発音していった。

178)課の全員が、部屋のあちらこちらにある封筒に貼られた未使用の切手を探して回ったが、なかなか見つからない。この切手がないと故障した課のパソコンを修理に出すことができないので、私たちは朝から晩まで夢中になって探し回った。

179)私が作った講義テキストを見ながら2人の学生が、「こんな内容なら簡単に単位が取れちゃうわね」とほざいていたので、私が「いやいや君たちが思っているほど甘くはないよ、チチチ」と呟いたら、彼らは怪訝そうに私を見た。

180)私はヤナイ氏というライターのいる小さな雑誌社にあこがれていたのだが、なんとか見習いとしてそこに潜り込むことができた。その夜はチャーリー・パーカーの公演があり、舞台に向かって左側の座席は満員だったが、右側はかなりの空席があった。ヤナイ氏が右に移動してもいいぞというので私たちはそうした。

181)開演の時間が迫ってくると、私たちのすぐ傍をチャーリー・パーカーとその仲間たちがぞろぞろと通り過ぎ、そのまま舞台に登って演奏が始まった。

182)「そうですか。ここは私に任せてください」、というと、イチロー選手は見えない標的に狙い定め、鋭いスイングでバットを一撃すると、爆弾の入った大きなボールは見事敵陣のど真ん中に命中したのだった。13/5/20

183)私の家は水屋で、お向かいの店も同業だったが、私の家と違って向かいの店主は店員たちに絶対に水を飲ませない。「これは大事な商品やさかい、おまえたちにガブガブ呑まれたらわやや」とか言って夏の盛りにも呑ませないので大勢の店員がどんどん倒れていた。5/22

184)いよいよ4人乗りのF1レースが始まった。私の車には水屋の娘をはじめシビル・シェパードなど細身の美女たちが乗ったが、ライヴァルの車には石ちゃんやデブで醜い伊集院なんとかたちがどかどか乗り組んでいたので、レースは私たちの圧勝だった。

185)海を渡ってライヴァル会社との交渉に臨もうとした私たちは、その夜ライヴァル社が枕元に送り込んで来た2人の特別慰安婦の魅力に負けてしまったために、翌朝から始まった熾烈な遣り取りに太刀打ちできず一敗地に塗れてしまった。5/23

186)上司のところに派遣されたのは正真正銘の女性だったそうだが、私の部屋に忍んできたのは女を装った美貌の男性だった。けれどもそいつが男であることは私にはなかなか分からず、あっ、こいつは男じゃない女だ、と思ったときにはもうなにもかもが遅すぎたのだった。

187)水野社長がなぜか裸踊りをはじめると、部下たちは最初はあっけにとられて呆然と見詰めていたが、やがて自分たちもワイシャツを脱ぎ、ネクタイを取り去ってやけくそのようにラアラア歌いながら「えんやとっと踊り」をはじめた。5/24

188)ヨーロッパの田舎町で、齢老いたピアニストが亡くなった。彼は世界中に名が売れた実力のある演奏家であったが、自分の生家で死を迎えようと戻った翌日にベートーヴェンの協奏曲第4番の出だしを弾きながら静かに息絶えた。5/25

189)ロンドンのトラファルガー広場のような広場で、親子が見せものを見物しているが、実際は彼ら自身が見せものになっていて、そこではシャツ1枚で冬の極寒にどこまで耐えられるかの実験が行われているのだった。5/26

190)夢の中で夢の記憶装置箱が2個転がっていたので再生してみると、だいたいは私の記憶通りなのだが、ところどころ食い違っていたり抜け落ちていたりしているので、夢の記憶そのものと2つの記憶箱の内容のどれが正しいのか、夢の中で私は迷っているのだった。5/27

191)私は宝くじの1等賞を引き当てたらしい。金額は正章が1億円で副賞の2500万円がおまけにつくのだという。しかし宝くじなんか最近は買ったこともなかったのに、いったいどうして当選したのだろうと私は怪しんだ。13/5/29

192)最近どうも人気がいまいちだということで、東洋人の私がなぜだかジバンシーのクリエイティブ・ディレクターに選ばれてしまった。自分ながらに考えて昨シーズンとは色柄デザインを変えつつブランド独自のテーストはいじらなかったのだが、スタッフはどうも不満のようだ。5/30


なにゆえに障がい者と偽るのか悪知恵の働く健常者のくせに 蝶人



エイドリアン・ライン監督の「フラッシュダンス」をみて

2014-02-07 17:30:25 | Weblog


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.622


ジョルジオ・モロダーの音楽に合わせてジェニファー・ビールスが踊る、いかにも懐かしき80年代な映画なり。

「ナインハーフ」もそうだったが、このエイドリアン・ラインという監督は、CM演出上がりの監督なので、いかにもオシャレな、そのくせ無内容な映画を得意としている。

音楽もジェニファー・ビールスのダンスも、今は昔の遠い陽炎の揺らめきとなってしまったが、当時はアメリカも世界も、人々も、まだまだ夢も希望も楽天もあったのだ。

ということが30年経ってけざやかに逆照射されるという意味では、貴重な存在価値を持っている。



なにゆえに君は君のすべてを詩歌に投げ入れないのかとても不思議だ 蝶人

アダム・シャンクマン監督の「ヘアスプレー」をみて

2014-02-06 10:38:58 | Weblog


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.621


ジョン・ウオーター監督の同名作を元にしたブロードウエイのミュージカルをまたもや映画化したという2007年製作の作品です。

黒人や異民族、それにブタブタ人間などへの差別撤廃がテーマとなっていますが、めずらしく曲が優れている(あの下らないバーンスタインのスコアーよりも音楽性が高い)のと、歌って踊りまくるノリのよさに圧倒されました。

黒人と白人が一体となってスタジオから町に飛びだす迫力のある踊りは、じつに無内容な歌をバックにけったくその悪い男だけの群舞を繰り広げる本邦で人気のエグザイルとかいうアホ莫迦集団の虚無的で、内部生命が死滅している退嬰的ダンスの対極にあるもので、やはり踊りはこうでなければあきまへん。

60年代のボルチモアの田舎町でスターを夢見るブタブタ娘がひじょうに可愛らしく、しかも彼女のブタブタお母さんをなんとあのトラボルタが演じているのですが、彼の見事なブタブタダンスが最後に炸裂するという痛快無比なエンディングに拍手喝采しないひとはいないでしょう。

久々に復活したミシェル・ファイファーがエロくていい。



なにゆえに岩波文庫に誤植あるやその衝撃はJR北海道より甚だし 蝶人



ジョー・ライト監督の「プライドと偏見」をみて

2014-02-05 10:35:51 | Weblog


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.620


高慢と偏見は、ふたつながらに私たちが陥りがちな悪徳で、それは知性と教養が高い人間ほど陥りやすい幣害かもしれない。

ジェーン・オースティンはいにしえのとつくにの女流作家で、世間ではつまらない家庭小説をいくつか遺した人物くらいにしか評価されていないのだろうが、「人は見かけによらぬもの」という平凡にして重大な人世の奥深い真実をぞろりと披露してくれるので、読むたびそのつど目をむいてしまう。

 そんな原作をこの映画は見事な映像美の世界に置き換えており、ああこの美しい光景をもうちょっと見せておくれよ、といいたくなるシーンもいくつかあった。贅沢に丁寧に作られた逸品である。



    なにゆえにシャツも手袋も奇麗に畳めるのか君は魔術師 蝶人



丸山健二著「白鯨物語」を読んで

2014-02-04 10:15:54 | Weblog


照る日曇る日第652回


ハーマン・メルヴィルの大著を、著者が自由自在に超訳リライトしたもの。太平洋狭しと暴れ回るかのモビー・デイックとエイハブ船長の骨肉の戦いに要点を絞ってクイクイと読み終えたいなら、文庫本で3冊にも及ぶあの鯨という主題による巨大幻想物語についていけない普通の読者にとっては、こちらのほうがよほど要を得て簡だろう。

もはや商売も船員の生命もうっちゃって天敵憎しとの白鯨退治に邁進するエイハブ船長の狂気には、ハナからついていけない私だが、彼の目に映る「白い悪魔」はむしろ大自然の背後にいます大いなる神であり、その神意にさからうエイハブこそ悪魔と見えてくる。

人間の中に巣くった悪魔が神に対して最後の戦いを挑むが、やはり一敗地に、いな海にまみれてしまうというような。

丸山氏も、「この惑星の生き物は2種類である。気高くして神々しい、偉大な存在としての「鯨」と、それ以外である。そして人間は、それら以下である」とかっこよく断定されており、私もあえて異を唱えるつもりはない。

しかし、しかし、本書を読み終えてつらつら物想いにふけっていると、無手勝流の絶望的な戦いに挑む人類代表のエイハブ船長による9回裏の逆転サヨナラ満塁ホームランというシナリオによる新超訳ヴァージョンもあるのではないか、という気がちょっとしてきたのであった。



     なにゆえに「イイネ」だけを作ったのか早く「ヨクナイネ」を作れ 蝶人


2001年~2014年のファッション・トレンドを振り返る その2

2014-02-03 10:15:53 | Weblog


ふぁっちょん幻論 第81回


04春夏パリ・メンズコレ=こんな時代だから楽しく幸せな気分を、とイヴ・サンローラン・リブゴーシュのトム・フォード。黒を捨て多彩な色。
マーク・ジェイコブズのルイ・ヴィトンは80年代ヒット曲「ボーイズオブサマー」がテーマ。

04年春夏ミラノ・メンズコレ=より明るく、より軽く。従来のテーマやアイテムを器用に再構成。マリン、ウエスタン、ホームウエアがトレンドだが盛り上がりに欠ける。トレンドより体温のある服への回帰。

04春夏パリ&ミラノ・メンズコレ総括=ウエスタンとルーズなシルエット。可愛く壊れたちょっと怖い服。ヴィトンやルシアン・ペラフィネにキャラクターを提供する村上隆。

04春夏NYコレクション=フェミニン&ドレッシー&スポーツとニュープレッピー。

04春夏ロンドンコレ(03/9)=可愛いレトロ、フエミニン・ロマンチック。

04春夏ミラノコレ(03/10)=甘くナイーブなロマンティックスタイル、クールなパステルカラー、色と柄で見せるガーリールック、毒のないスイート・フュージョン、プリント復活。

04春夏パリコレ=ナチュラル、フェミニンで優しい日常着 

03/10英百貨店ハウス・オブ・フレーザーが30年ぶりに金融街シティに出店。

最近のグッチ不振とPPRとの対立で04/4まででドメニコ・デ・ソーレ社長とトム・
フォードが退任。

04春夏パリ・オートクチュール=衰退の一途。シンプルで繊細。エジプトとアフリカがトレンド。


なにゆえに尖閣竹島を領土と教えるのかまだ確定したわけでもないのに 蝶人

すべての言葉は通り過ぎてゆく 第3回

2014-02-02 09:45:13 | Weblog


西暦2013年長月蝶人狂言畸語輯


男子の生きる力の根源は、それぞれの男根の生命力そのものにある、と考えてはいけないだろうか?9/30

「国民皆保険」すら法律に出来ず、観光名所も閉鎖し、「銃規制」も出来ないくせに腹が立つとすぐに外国に戦争を仕掛けるなんて、マメリカもずいぶん民度の低い国だなあ。9/30

クリスチャンでもないのに、なんで十字架のネックレスをするのか。こういう無神経な連中がヤクザの象徴である刺青をおのれの身体に擦りこむのだ。

他国の利害に引きずりまわされて否応なく戦争への道を歩むことになる「集団的自衛権」を推進する「積極的戦争主義者」が、「積極的平和主義」を標榜するとは笑止千万だ。

モザールの最初の変ホ長調の交響曲のような短い詩を書きたいな。彼の最後のハ長調の交響曲とおなじ3つの和音が出てくる詩だ。9/26

鳥も虫も犬も猫も、独りで生まれて独りで黙って死んでいく。自分の落とし前は自分でつける彼らはじつに立派だ。最後まで人様に迷惑をかけっぱなしで未練たっぷりに死んでいくのは人間だけだ。9/26

世界の果てまで行って敵と戦うための集団的自衛権を我がものにしたいのなら、その前に垂れ流している1日300トンの汚染水を、世界の果てまで回収しに行きなさい。13/9/26

震災で市民を援助したと称される山口組、台湾を占領したが善政を施したとも唱えられている旧日本帝国、医療に貢献しながら衆院選で選挙違反を犯した徳洲会等々。どんな組織も善悪二つの側面を内部に秘めているのだろうか。9/23

太平洋戦争の遠因が日中戦争で、その遠因が第1次大戦で、その遠因が日露戦争で、その遠因が日清戦争だったとすると日清、日露のいずれかをやめておけば無駄な血と汗と涙を流すことなく平和を享受できたことになる。9/22

これまで私は概念を詩に置き換えようとあがいていたのだが、あるとき眼前の事物(それが1輪のタンポポであれ1羽の蝶であれ)を1行の文章に置き換えようとしたとき、その連続が詩になりうるという確信をつかんだのだった。9/21

仕合わせな人々の慎ましさは、幸運が彼らの気質に与える穏やかさからくる。ラ・ロシュフコー(二宮フサ訳)
9/21

最上の演奏を知らないひとは、次善の、次善の演奏を知らない人は、普通の、普通の演奏すら知らない人は最低の演奏に熱狂的な快哉を叫ぶ。この「演奏」を政治や経済や文化に置き換えてみることもできるだろう。9/21

坂本龍一がスタインウエイではなくヤマハを弾いているのを知って、ちょっと嬉しく思う程度には私も愛国主義者だ。9/16

空は、疲れない。ル・クレジオ

結局はおのれが招来する獰猛なリヴァイアサンの嚢中に飲み込まれてしまうことが分かりきっているのに、おのれが愛する国家とおのれの幸福はついに同致できないことは明明白白であるにもかかわらず、秘密保護法案などに血道を上げる迷妄。9/18

人間は夢と同じもので織られている。果敢ない一生の仕上げをするのも夢なのだ。シェークスピア「テンペスト」

「マッチ擦るつかの間海に霧深し身を捨つるほどの祖国ありや」と寺山修司はカッコよく歌ったが、もちろんそんな祖国なんて世界中探したってどこにもない。先の大戦から私たちが学んだのは、「どんな国のためにせよ、やすやすと身を捨てるべきではない」という一事であった。9/15

表現を精選することはしない。心が自由に脱線して果てしなく主題を吹き流しながら思考の海の中に入っていくのを追いかけ、リズムだけをもっぱら気にかけてレトリックの息づかいや曲げられた文意であふれる言葉の海のなかを泳いでいくことだ。ケルアック「即興的文章の要点」

君のその愛国主義と排外主義が、君が熱愛する国を滅ぼすことだろう。9/13

詩集に栞が付いていないのは、いっきに最後まで読んでしまうか、それとも気が向いたときにどこかの頁を「えいやっ」と開くのが、詩を読むときの掟というか暗黙のならわしだからということを知っていたかい。9/12

死のれ 死のれ マザー マザー (中上健次「紀伊物語」より)

「そこで思考停止してしまうから、その思想は駄目だ」などと鬼の首でも取ったように言う人がいるが、ではその後その人の思考は何センチ進んだのか?「下手な考え休むに似たり」で、下らない思案に明け暮れしているより昼寝でもしているほうが遥かにましなことも多いのである。 9/11

♪ラララ汚染水は将来も絶対安心なんだって。未来永劫覚えておこう、実態を直視しないこの男の舌先三寸。9/9

オリンピックをやりたい人はどんどんやってください。私はテレビで見てますから。9/8

病気でもないのにブクブク肥った人間は醜い。あれはおのれの欲望に負けて豚のように大喰らいした結果なのだろう。最近そういう手合いが、芸能界だけでなくN響やベルリンフィルにも増殖してきたようで嫌な感じだ。9/8

「超短詩型文学」とは俳句、短歌を中心とする短詩型文学よりも少ない音素(文字数)で構成された文学をさす。俳句が「5+7+5=17」の音素で成り立っているのに対して、超短詩型文学はそれより少ないゼロから16の音素で構成される。13/9/7

「しらべ」を武器とする短詩型文学に対して、超短詩型文学は音素に内在する「ことだま」および無調ないし無調的音律に依拠して、前者におけるいささかの不毛、倦怠、停滞の状況をいさましく切り開こうとするのである。 

仕合わせな人びとの慎ましさは、幸運が彼らの気質に与える穏やかさからくる。ラ・ロシュフコー(二宮フサ訳)

平和は手の中の卵です。力を籠めなくても、熱狂の中で自然に潰れます。小川国夫「ヨレハ記」より9/6

一人で笑うのが、本当に笑うってことだ。小川国夫「ヨレハ記」より

戦争には勝ち負けよりも肝要なことがある。そいつが終わって幸せになれるかどうかってことだ。小川国夫「ヨレハ記」より

私はエジプトでは前大統領派を、シリアにおいては反政府軍を支持しているが、だからと言って国際義勇軍に参加する根性もない。地球は私の意思とは裏腹に回転していることを寂しく認めよう。13/9/3

フルトヴェングラー、トスカニーニの名演奏を実際に耳にした人がクライバー、バーンスタイーン、カラヤン、チェリビダッケを第2流の演奏也とレッテルを貼り、悔しがる彼らが最近のチンピラ指揮者の演奏を酷評している。さて真実はいかに?9/2

10年前にありもしない大量破壊兵器を口実にイラクに攻め込んだアメリカが、いま化学兵器を使用したシリア政府への正義の鉄鎚を躊躇う。「世界の騎兵隊」の落陽は釣瓶落としだ。13/9/1


なにゆえに右肩上がりを夢に見る息の上がった老大国よ 蝶人



夢は第2の人生である 第4回

2014-02-01 09:32:49 | Weblog


西暦2013年卯月蝶人酔生夢死幾百夜


112)私は岡井隆ゼミに出ている学生なのだが、前回は風邪で欠席したので今日の内容が全然わからない。先生がもう一人の女子学生に動詞の活用や終止形について親切に教えている姿を、私は妬ましく見詰めていた。

113)私が生まれて初めて撮った映画「福島原爆」は、青空に放り投げられた無数の魚たちの骨がレントゲン写真のように透けるシーンから始まる。1945年3月11日、米軍のB29特別爆撃機は、東京に投下するはずの原爆を誤ってこの地に投下したのだった。

114)当然現地ではその後の広島・長崎と同様の凄まじい惨禍をもたらしたが、幸か不幸かそこは無人の海岸だったので、当事者である米軍と日本軍、近くに住む一握りの人々を除いて広く知られるところにはならなかった。

115)それは恐らく日米両政府の陰謀によるもので、彼らはこの大事件を知る者がいないことを利用して長い年月に亘って秘密を隠ぺいしていたが、はからずもこのたびの震災による放射能流失で恐るべき実態が明るみに出されたのだった。

116)大学1年生の私が文学部へ行こうとすると、法学部の2人の学生が「そっちじゃない、こっちだ」と無理矢理別の路へ連れてゆこうとする。しばらく成り行きにまかせていた私だったが腹に据えかねてそのうちの強引な一人を押し倒し、ボコボコにしてやるとそいつは動かなくなってしまった。

117)私たちはさまざまな外界の現実音を採録してから、このスタジオに集まった。お互いにその音をダビングしあって新しい電子音楽を創造しようと試みているのだが、A子だけはなかなかその複写を許そうとしなかった。

118)夢の中でやっと会えたというのに、A子ときたら昔とおんなじことをいうのだ。ダメダメ、でも奥さんと別れる気があるなら私に触れてもいいわ。

119)広報課長と部下の女性が、その企業の重要な記者発表をどちらが行うのかで微妙な駆け引きを演じていた。実力と自信のある女性は自分ですべてを担当したいのだが、無能な管理職がそれを阻止しようと、しきりにいやがらせをするのだ。

120)ラスカルという名のロシア男は、自分は音楽と体操のたいそうな名人であると吹聴しながら、私を小馬鹿にするように見詰めた。

121)知り合いの女性が企画したダンテの「神曲」の煉獄観光ツアーが好評だというので、私も参加させてもらった。原作を(もちろん翻訳で)読んだ時にはじつに退屈な脅迫による宣教本に過ぎないと思って馬鹿にしたものだが、実際に現地を訪れると大迫力で興奮した。

122)流行の最先端をゆくこのデザイン事務所であろうことかシラミが大繁殖。あれやこれやの方法で駆除しようと試みたがどうしても出来なかったので、スタッフ全員が地下の暗渠に投げ込まれ、東京湾の藻屑と消えた。

123)その囚人が不敬な言葉を吐きだす度に、その巨人は自分の目や耳にガムテープを張って見ざる聞かざるを決め込むのだが、それは怒りに駆られた彼が、囚人をひねり殺してしまわないためだった。

124)我ながらいい短歌が出来たと思ったので、毎日新聞に投稿しようと思った。けれども私は毎日は取っていない。急いで近くのミニストップに行ってみると、ほとんどがスポーツ新聞で、私の大嫌いな産経と読売はあったが毎日も東京もなかった。

125)私の狭い家の中にはなぜだか広告代理店の人間がいっぱい押しかけてくるので、いつも牛ぎゅう詰めになっている。その大半が私の知らない顔だが、電通の長谷川という男は良く知っていて、いつでも挨拶を交わす仲なのだが、その長谷川がときどき白い犬に変身してしまうので困る。

126)東北から北海道を制覇するんだということになり、おじに率いられてわたしも新幹線に乗り込んだのだが、途中で検札に引っかかった。切符をおじに預けていた私は途中の駅でつまみだされ全員集合に間に合わなかったのだが、それはおじの陰謀だったのかもしれない。

127)ようやく青森につくと私はおじの運転するロールスロイスに乗せられた。おじは大通りで車を止めると交差点の向こうにそびえる教会堂に向かって巨大な鏑矢を射るとそれはひゅるひゅると音を立てながら飛んでいき、鐘楼に突き刺さった。

128)砂漠の族長が私たちに与えたのは、真っ白い包帯でグルグル巻きにされた2つの物体だった。その包帯を時間をかけて解いていくとひとつからは人間の姿かたちをしたきらめく黄金、もうひとつからはいままで映画の中でも見たことが無いようなイスラム風の絶世の美女が姿を現した。

129)演奏会の度に「私たちを警察にもしかして殺人犯ではないかと報知してほしい。そうすれば3人とも無罪であることが明明白白になるから」と聴衆に告げているのだが、誰もそうしようとはあいないので、私たちの心は晴れないのだった。

130)おととい髪も髭もぼうぼうぼうできたない乞食のような中年男がヴェネチアの運河のほとりをほっつき歩いていた。ところがまさにその男が、今朝のミラノでのMTGにトム・フォードのスーツを一着におよんでにこやかに私の右手を握ったので驚いた。

131)広場には大勢の人たちが集まっていたが彼らの表情には不安の色が浮かんでいた。そこで一計を案じた私は仲間のドイツ人たちと一緒に広場に乗りこんで彼らを落ち着かせようとした。身軽なドイツ人の若者は音楽に合わせてマイケル・ジャクソンを凌駕する完璧な幽体移動の必殺技を繰りだすと次第に暗欝な雰囲気が崩れて笑顔が戻って来た。

132)そこではいままさにアジア、いな世界最大の万博が開催されており、広大な会場には自然館と商品館の2つの球形のパビリオンが並んでいた。自然館はそのまま地球の7つの大陸がそっくり内蔵されており、商品間で買い物をした大勢の客たちはレジを終えるまでに数時間も待たされていた。

133)久しぶりに細君と旅行に出かけたが同じ車両の中に彼女に会わせたくない女性が2人も乗り合わせていることが分かったので、私はもはや旅行気分どころか戦々恐々として目を泳がせているのだった。

134)会社の図書室に配属された私がその狭い部屋に行くと、山口君の姿が見えない。きょろきょろ探していると、彼と事務の女性の2人が狭い部屋に山積みされた雑誌類の上に机を置いて執務していた。「ここは図書室なのだろう。誰か借りに来るのかい」と尋ねたが誰も一度も来ないという。

135)国家教育局に続いて国家映画局の統制がはじまった。どんな映画も1940年代よりもハンパなく検閲されている。本編のみならず予告編や広告の映像やキャッチフレーズについても官憲の気狂いじみたきびしい統制が繰り返されるので、私は映画界から逃走することにした。

136)客の要望に応えてクラシック音楽を流している純喫茶を訪ね、私はフルトヴェングラーが指揮する「トリスタンとイゾルデ」をリクエストするのだが、どの店に行っても第3幕第3場でイゾルデが歌う「愛の死」の箇所のレコードが無い。もうすぐ朝がやってくるので私は焦った。

137)中国本土を侵略中の皇軍兵士を慰安すべく、私たちはサーカスのキャラバンを組んであちこちを巡業していた。そのとき突然敵が来襲し、銃弾が飛んできた。私はとっさに私がひそかに好いている女性のほうを見ると、彼女は巧みな宙返りで敵弾を避けていた。

138)そろそろ死期が近づいてきたことが分かったので、私はそのためにあらかじめ準備していた眺めの良い場所にやってきた。ところが緊急時に使用するための人工臓器が無くなっているので、きょろきょろ周囲を見回すと悪戯そうな若い女と目が合った。

139)電車から降りて無人の改札口を出たところで、前を行く白いチョゴリを着た若い女が幼女と共に道端の渓流に飛び込むのを目撃した。私は一瞬躊躇したがザブリと川に飛び込み、まず少女を救い、次いでぐったりとなった女を胸に抱いて水から引きあげた。

140)蒼白の女は、眉が細く美しい容貌をしていた。私が「しっかりせよ」と声を掛けても目を開かず、一言も発しないので盲目かつ聾であることが分かった。娘とも妹ともおぼしき少女の泣き声だけが白昼の荒野に響いていた。

141)「ほら、ほら、ほら」と言いながらみんなは吉田君からもらった異様に大きな林檎を私に見せつけた。きっと私の分は無いのだろう。悲しい気持ちに沈む私の傍を、思いがけず昔の思い人が通り過ぎていった。なにも言わないで。

142)私の両側には2人の女が横たわっていた。これって前に読んだ村上春樹の小説とおなじシチュエーションだなあと思ったのだがそれ以上なにも起こらず、朝になると誰もいなかった。

143)追い詰められた私たちは階段を登ろうとしたが、その階段は途中で終わっていたので、階段のたもとまで下って階段の左の脇道を進もうとしたのだが、そこでにっちもさっちもいかなくなってしまった。私の顔の前に彼女の顔があったので、金曜日の朝、渡辺派がいよいよ私を粛清しようとしている気配を察知した私は、大聖堂めざして急な坂道を駆けのぼった。

144)無人の大聖堂をいっさんに駆け抜け、私はその裏道を急いだが、どうも誰かが私の跡をつけているようだ。真っ暗な小道をひた走りに走ると、いつのまにか異人街に辿りついた。教会では大柄な人々がクリスマス・キャロルを歌っている。

145)明日は大学試験の初日だというのに僕たちは夜遅くまで夢中になって話しこんでいた。色々な地方からやって来た受験生の中には女性体験の豊富な若者もいて、僕らは目を輝かせていつまでも彼のレポートに耳を傾けたのだった。

146)市役所の広報課長はわけがわからぬ男だった。市に有利な情報だけをマスコミに流そうとして経済、社会、健康、人口、衛生、文化、教育などにかんするありとあらゆるデータのおのれに有利な部分だけを取り出して、それをごった煮にして公表するのだった。4/30



    なにゆえに「おもてなし」でなく「オ・モ・テ・ナ・シ」でにっこり笑って合掌するのか 蝶人