筒井康隆著「敵」を読んで
照る日曇る日 第2187回
1997年に執筆しされ翌年の新潮社の「純文学書下ろし特別作品」であるが、ちょうどこのころが、我が国の所謂「純文学」とこの多才な作家の黄金時代ではなかったか。
いまや世代と社会の中心軸となった「老年」をテーマにした、これまでのSFや実験小説の「成果」を取り込んだ「なうい」メタフィクションであるが、今となっては古典的な風格さえ帯びているようだ。
中味としては作家本人を思わせる主人公が、亡き妻への恋情を訴えたり、若い娘への欲望に駆られたり、華やかなりし大学教授時代の思い出に耽ったり、老後の貯えが尽きる前には自殺したいが、どんな死に方がよかろうかと考えたり、アリストテレスの「神」の省察に思いを致したりしながら、初老から死までの階梯をだんだん進んでいく、全部で43編の短編のコラージュとなっている。
さりながら、時折北からやって来た「敵」軍が、向こう三軒両隣を侵攻して死人も出る、というシュールでショッキングな断章もインサートされ、これが荷風の「断腸亭日乗」の日和下駄の世界ではないということを、思い知らせてくれるのである。
気がつけば歓喜仏なるこの私見たこともない相方抱く 蝶人