株式投資と邪馬台国女王、卑弥呼

"卑弥呼"と"株"。株は49年,古事記は30余年で、邪馬台国=北四国の独自見解です。

修正>宇摩説の「大人の古事記講座」28 弥生の基礎知識 古事記の現代解釈が誕生

2014-01-31 21:42:21 | 保守・愛国運動

   

  「大人の古事記講座」28

   

  はじめに 宇摩説の基本知識

   

 11,1日から、「大人の古事記講座」(1)を書き始めた。今日で、28日になる。来年から予定の「大人の古事記講座」の基礎知識は、大筋で書けたと思う。

   

 一応、今回の28で、”はじめに”を終わる予定だが、見直して、もう一度、まとめを書く事になるかもしれない。

   

 宇摩説は、ウマシアシカビヒコヂの宇摩と宇摩郡の関係を知りたくて、調査・研究を始めたのであり、高天原や邪馬台国の所在を研究・調査したのではない。

   

 史学の解説が、まったく、役立たないために、必然的に古代の全体を独自に調査研究を始めたのである。そして、この全体調査を神話・弥生時代の全体を10年ほど続けると、高天原や邪馬台国の所在がおぼろげに見えてきたのである。

   

  宇摩説の基本認識

   

1、神話は鏡・剣・矛・首飾りを使用する。これらは、弥生時代の遺品・遺物に共通する。つまり、神話は弥生伝承であると、宇摩説では推定した。

   

2、卑弥呼も弥生後期の存在であり、天照大神の道具も鏡や剣であり、「トツカ剣」は、青銅器発展の最終段階で時代的にほぼ一致する。つまり、天照大神と卑弥呼は後期の青銅器時代である。

   

3、弥生時代の青銅文化圏は、大きく、4地域に分かれて、九州の銅矛・北四国の銅剣・近畿の銅鐸文化が明確。山陰北陸は、九州・近畿の矛と銅鐸文化が混在する。

   

4、史学では、古事記解明を江戸時代の本居宣長を継承して、神秘的・空想的解釈である。突き詰めると皇室は天上の宇宙人の子孫になる。これが、現在の古事記解釈である。しかも、戦後史学は、「古事記は創作」と結論着した。

 

5、今の日本人の弥生時代や卑弥呼の所在などは、史学による空想的解釈であり、現実的解釈がまったくない。だから、遺跡・イブ地は全て謎なのだ。

   

6、宇摩説はウマシアシカビヒコヂと現実の宇摩郡地名の関係調査・研究だったから、必然的に古事記の科学的・現実的・合歴史的史的解釈を進めた。

   

7、宇摩郡という神名に共通する地域に居るという恵まれた状況が、古事記の現実・歴史解釈が生まれた元である。そして、宇摩てょ宇野地名、伝承、行事によって、古事記の事実が裏打ちされ、整合して、宇摩説の誕生となった。

   

8、古事記を専門に説明してきた史学者が、全ての考古学の発掘も全て謎という現状だが、宇摩説では全体的に整合した解明で、ほとんどの謎が解けている。

   

9、宇摩説を弥生・神話時代の日本と見れば、日本古代も古事記も説ける上に、日本の現在の謎も解けるのである。これは、日本のスタート地点が明確になった証拠であろう。

   

 以上が、27回の”はじめに”で書いた、宇摩説の骨子である。

   

  

  従来の古代論

   

 邪馬台国や高天原の所在論は、極端に多く出ているが、最初に仮定・仮説した場所に固執して、それらしい証拠をかき集めた論であり、弥生時代の全体や、文化圏から説明できるものがない。

   

 弥生時代という青銅器時代に、神話で高天原、倭人伝で邪馬台国が存在して、支配していた。つまり、配下の西日本は似た文化圏であり、何処でも邪馬台国と比定出来る。

   

 そして、どれも、全体像、支配体制などが抜けた所在論であり、まったく歴史学としての価値が無い古代論が氾濫している。日本の出発点、神話・弥生時代の解明は非常に大事な地域である。

   

<2011,12,28「大人の古事記講座」28>

  

* 次回から、古事記の原文も紹介しながら、「大人の古事記講座」を始める予定である。

 

 


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