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修正>宇摩説の「大人の古事記講座」27 古代の基礎知識 最後は日本家屋、中国・朝鮮は土間家屋

2014-01-30 21:46:15 | 日本人として知っておきたい事

   

ほぼ、入門編の”はじめに”が終わったので、アホ左翼の教授が「日本は何もかも中国に習った」と、欠陥知識を晒している事に、嘘吐き民族の中国・朝鮮とまったく違う家屋を書いておこう。

 

中国・朝鮮(韓国)は室内が土間であり、日本のように床のある家屋ではない。史学者は何を見て、日本が習ったなどと嘘が言えるのか?また、何故日本が高床なのか?答えて欲しいものだ。

 

 

 

  大人の古事記講座」(27) 家屋に見る日本と中国・朝鮮

   

  はじめに 日本家屋と南方アジアの類似

   

 前回は、伊勢神宮・太鼓台・弥生の穀倉が、「二階建て末広屋根」のデザインで共通することを書いた。この二階建て末広屋根は、実は南方アジアに今も存在する。

   

 これは、日本の基層文化が、これらの地域と共通していることを示すものであり、中国・朝鮮とは基本的に別文化を持っていたし、これお守り発展させてきたのである。

  

   

  高床式家屋、日本の神社が高床本殿で継承

   

 隣近所にある神社の床は今も高い。日本は世界のほとんどの国々と違って、高床式の家屋を作った。西洋も中国・朝鮮も床は土間であり、周辺では日本だけが違った家屋を作る。

   

 高床式の家屋は、南方アジア、ベトナム・カンボジア・インドネシアなどの家屋に共通で、この地域も棟持ち柱がある。弥生時代の穀倉に非常に似ている家屋を作るのである。

   

 日本は中国・朝鮮との交流が増えても、中国・朝鮮の土間生活を受け入れなかった。つまり、日本の独自文化は家屋によっても、継続維持してきたことが判る。

  

 南方アジアの家屋は、弥生時代の建物に色濃く残るが、日本はその後の改良が進み、独自の家屋形態を作ってきたが、床下を作る建築は変わらなかった。

   

   

  日本と中国・朝鮮の家屋

   

 日本の基層文化に大きく影響しているのは、史学の言う中国朝鮮では無い。これは、中国・朝鮮の家屋と根本的に違うことでも明確であり、史学の言う「何もかも教わった」は汚染売国奴の嘘である。

   

 先に触れたように、中国・朝鮮より、日本文化の方が、土器一つ取っても数千年も古く、発展している。1万年を越える石器なども、同様に遥かに中国・朝鮮を越えるのだ。

  

 宇摩説では、人類の日本への渡来は、最初に南方から訪れた海人族であり、次に北方からのアイヌ系民族、最後に中国や朝鮮系の民族が来たとする。

   

 基層になった海洋民族が持つ豊富な日本近海の魚類による食糧供給は、人々の心も豊かにしたのである。これは礼節の国、もてなしの社会を作る条件でもあろう。

   

 とにかく、日本は神話・弥生時代に、人類の普遍的価値を持つ理想郷を築いていた。そして、今の日本社会が辛うじて、この偉大な文明を継承しているのである。

   

 動物と人との違いは、人を思いやる思考の軽重・強弱によって、その社会の人間的発展の程度が測れるのであり、嘘と贋物、パクリ社会は野獣社会の最低思考である。付き合える国ではない。

   

<2011,12,27 「大人の古事記講座」27>

   

 

宇摩説では、アフリカで発生した人類が、丸太などで海に出た民族が、海洋民族となり、数十万年~100万年前に日本にやってきたとしている。

 

つまり、日本列島に着いた最初の民族は”アマ族”であり、長い時を経て、北回りの民族、アイヌが到着、最後が日本から中韓に渡り、周辺民族の影響を受けた中韓の渡来である。

 

島国だった日本は文化の蓄積が進み、弥生(=神話)時代には人々が平和に暮らす独自の平和(理想)社会・文化を構築していたのである。

 

以上で、宇摩説の「大人の古事記講座」の前置き、”はじめに”を終わる。次回から、先に書いた「古事記講座」を利用して、本文が始まる事になる。

 

 


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