花咲あさひ の 心神とともに。古神道と和の仕組の復活への道

感謝・反省・謙虚・奉仕・素直・勇気・結び・歓び・怒りあと1つの心柱は?
観世音菩薩は裸足で山を飛び出して行きました。

狙われる私たちの郷土 ~美しきかな水の国~ 2

2018年01月18日 00時00分00秒 | 美しき水の国

狙われる私たちの郷土シリーズ2は過去記事「山の神が示すものから水の神が示すものへ」です。剣を筆に変えて正確にはキーボードですが,わたしたちが暮らす「美しき水の国」の郷土と御水を守らなければなりません。水を穢してはならず,水を穢すことを私たちは畏れなくてはなりません。水ほど恐いものもないのであります。神社や寺院で何故,御水が最も尊ばれ,太古の昔より御神水として崇め奉られて来たのか?を少しでも感じて頂ければと感じております。水は天の神さまと地の神さまからの最高の恵みです。

御水を利権化し,他国の人に譲り渡すと私たちは祭祀が出来なくなります。

つまり,私たちは民族の誇りを失い,天皇の存在すら否定することになります。そして再び,敗戦を迎えます。

中国の老子さんも孫子さんも「御水」に関しては崇敬の念を以ていました。中国の皆さん,何故だと思いますか?

既に起きている水と食料の争奪戦を切り抜けて行くには,日本の食料自給率を上昇させるしかありません。一部の学者,マスコミ等の嘘話に騙されない様にしなければいけません。又,「日本は資源に乏しい国」これは大嘘です。日本は世界でも有数の資源大国であります。 資源に乏しい国と云う固定観念が,食料自給率も押し下げ,他国から大量に食料を輸入した結果が今の世の中です。

 

上の写真は,室生火山帯の中心部です。          上の写真は,丹生川上神社下社です。

こんにちは。今回の参詣は,いつもの参詣とは違い,テーマはどうやら水にまつわることや水に関することであったようです。その音霊が意味するものは何なのか,もう少し時間を置きながら見つめて行きたいと思っております。音霊を直ぐに言霊に変換でき,答えを直ぐに見出すことは今は無理ですが,とても興味深い内容が込められているような気がしています。ここまで,水に関係する参詣を水を意識しないで御水への感謝を意識せざるを得ない参詣をさせられるとは思ってもいませんでした。これまでの参詣は,主に山でした。参詣させて頂く神社や寺院では必ずと言って良い程,後背には御神体である山が存在していました。

そして,私は,山そのものの存在を勉強して行くとそれは,神さまそのものでした。太古の人つまり,縄文人が山を畏れ,崇拝していた理由も理解出来ました。それを御神体であったり,禁足地であったり,鎮守の森と現代の私たちは呼んでいます。

そんなある日,何気なく音霊が言霊に変換された瞬間がありました。それが,このブログのサブタイトルでもあります「山を下りた観世音」でした。「ここに来ても観世音はもういない」「観世音は裸足で山を下りました」「仲間の菩薩も後を追って山を下りた」と言霊に変換された瞬間,世の中が新たな文明を迎えると感じました。新たな文明を迎えるのですから,当然,その前に今の文明は終焉することになります。その終わり方を巡り,様々な社会では混乱をきたしております。その終わり方にも容赦はなく,とても激しく,厳しいものになるから強い者は弱い者の面倒をしっかりと見ること。大きい者は小さい者を助けてあげること。

そのような警告に近いことが次々と現象として表立ってきています。私は,決して他人事ではないと感じていて,以前にも,記事に書かせて頂いたと思いますが,誰においても明日は我が身であると真剣にそう考えています。もっと云わせて頂ければ,もう既に今日は我が身になっているかもしれません。たとえば,経済と云う側面においては「資産を持っている高齢者」と「資産のない若者」ですとか一度,災害が発生すれば「元気で直ぐに自力で避難できる若者」と「他人の助けがなければ自力で避難することの出来ない高齢者」と云う具合に,強者や弱者と云う立場は簡単に環境によって左右されるものである訳です。したがいまして,明日は我が身と云う言葉の前に「環境の変化によっては」と云う言葉を前提にされると分かり易いのではないでしょうか。

きっと,大自然である神さまが私たち人類に繰り返し繰り返し音霊(波動)を送っているのですが,私たち人間の方が,神さまからあまりにも遠ざかってしまい,日々の生活や仕事,学業に追い込まれ神さまからの音霊(波動)を受信できないまでになったのではないでしょうか。中には,そんな話は馬鹿げていると考える方もいるかも知れませんが,人と人が支え合い,互いに尊重し合い,足りないものを互いに補うことにまでは反対しないと私は思っています。縄文文明は正にこれそのものでした。

以前,7月14日に書かせて頂いた記事です。「残された道は ただひとつ。相互扶助への道。」宜しければ読んでみて下さい。

私たちに残された道は和の仕組みと相互扶助が最大のテーマです。

否応にもその道を歩まざる得ないものになると思っています。大袈裟に受け取られるかもしれませんが,人類が生き残れると申しますか,これからもこの地球神の大地で生きて行ける唯一の方法だと感じています。それを私たちひとり一人が気が付けるかどうかの問題でもあるかのような災害・事件・事故がこれでもかと云うくらいに続いてしまいます。ここでもし,私たちが気が付かなければ,気が付くまで事象は繰り返されて行き最後には人類は滅んでしまうかも知れません。私も毎日,自分自身に明日は我が身と云い聞かせ,どうすれば和の仕組みと相互扶助の世界が実現するかどうかを想っています。たった御一人,私たちの先人で和の仕組みの復活を目指し,相互扶助立国を志した方がおりました。それは,世界的な企業を創業された松下幸之助さんと云う御方です。論書では慶応義塾の創設者でもある福沢諭吉さんが有名です。いまの保険制度の元だと云われています。拝


 

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太古の昔から日本人の性質は互いに支え,助け合い,足りないところを補い続けた民族でした。

私たちの祖先は,それを相互扶助とし和の仕組みとしました。

又,人はそれぞれ違いがあり,その違いを認め合い,尊重し合うことを大切にして来ました。

それが祈りの民族と云われる大和の民。大和民族です。

そしてまた日本人の本当の性質を勇気を以て再び伝え広めて行きたいです。

そのことが日本を取り戻し,日本人としての誇りを取り戻す真の意味だと考えます。

観世音菩薩とともに。花咲 あさひ 拝