田舎暮らし山裾の日々

信州に移り住み16年 山裾になじむ今日この頃 ECOな生活“循環型社会”を志し 昔と今の田舎の生き方を愉しむ

万難を排しての月末水曜日 医者通いもそれなりに

2011年09月28日 | 日記

9月28日(水) 晴れ  涼しくなった気候 日ごとに増す秋の気配

月末の水曜日は医者に通う日と決めてある。注射は毎月末だが、内科の採血・血液検査とそれに基づく診察、そして、眼科の検査と診察に通っている。

予約は10時30分となっているので、10時過ぎには病院に着くように車を走らせる。水曜日は特に患者が集中するのか駐車場が満杯で不満を聞くことが多いが、俺は神様のお恵みかほとんど探さずに駐車することができている。

内科は予約時間は精神修養の時間駒も含まれていると理解しているが、予約時間を90分から120分超過する。

今日も120分待ちに近くなった頃、偶然にも夢酔氏と出会うことができた。町の人と会っても会釈程度であまり話し込むことはなかったが、夢酔氏とは町内のいろいろなグループで活動している仲間でもあり、ブログ仲間でもある。彼も元気に年間100回を越すGolfaholicと云うほどの人だったが、今年になって大きな手術を受け、今は通院加療中である。親しく話ができたので俺の名が呼ばれるまで待たずにすんだ。

内科の診察室のドアには沢山の張り紙があり、待たされてカッカとしている人が読むとしばし考えさせられるモノがあった。

遠い佐久病院に来なくても、待たずに見て貰える地元の医者に通院してみませんか?と云うやんわりと、来なくっていよ!!って聞こえるようなポスターが貼ってあた。俺も8月の診察は他の予定を3時に入れてしまい、診察時間が2時を越すような状況で診察をキャンセルしたことがあった。あのときも看護婦さんはいろいろ苦労して、次の予約のために家にまで電話をくれたりしたことを思いだし、深く反省させられた。

内科が終わり次には午後2時30分から眼科の視野検査を受けた。以前受けと時と違う新しい機械が入っていた。下の写真のようなもので、丸く凹んだところに顔を着けて中に光が点灯するので、それを見たときに手元のスイッチを押す仕掛けになっている。検査中は部屋の照明は全て消され真っ暗の中での検査となる。

眼科の検査は俺の見たことを言葉やボタンを押すことで伝えるのだが、見ると云うことが感覚的なことで、誰でも目の検査で「下」とか「右」と云う表現をしたことがあると思う。それはハッキリと見えればキッパリと答えられるが右・左が「ニ」に見える場合は“に”とは云わずにミギ「かな」などと曖昧な表現を付け加える。これと同じように視野検査は光の点が現れないないのに見えることがある。また、数秒間「間」が開くことに不安感が起こると、益々ボタンを押すようになる。

検査が終わると暫く待たされて、診察室へ呼ばれる。医者には先ほどの検査結果が伝えられているのは当然のことだが、それが俺には苦痛だ。検査技師は「評価」などの項目には『曖昧模糊、優柔不断、いい加減な性格 ・ ・ ・ 』などと書かれているかもしれない。

しかし、先生の言葉は眼圧8と11です。11がいけませんネ。一桁にしましょう ・ ・ ・ と云い、

今日のところは薬が一種類増えた

5時近くに終了、一日中病院にいたことになる

次回の検査までには、誠実と感じられる言葉を見つけよう 

コメント
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