続・黍生山の村夫子(きびゅうやまのそんぷうし)

黍生山の村夫子が「蜂を追いかけた」とか「山が笑った」とか言ってます。

奥宮

2024年10月26日 04時18分28秒 | 日記

昨日の続きで10月10日(木)佐渡島の東南にある風島神社の裏手の岩山に登って居ます

 

ダイブ登ってきました それにしてもどうしてこんな所に道を 

何か見えるのだろうか

 

略登りきったようです

 

此処まで振り返って撮った写真ばかりです 

生家の辺りではネズミサシと呼ばれて居る木

 

実が生っていました

 

足下の日本海

 

西方向 この道を走ってきました

 

南は弥彦と米山でしょうか

 

道が狭く平らになって来ました

 

するとお宮さん

 

此処は風島弁天の奥宮だったんです

 

来た道を戻ります

 

佐渡の四十雀

 

四十雀が居た松 四十雀以外にも何か居たのですが判りませんでした

 

下りて来ました

 

右の柵は防波堤の柵で参道ではありません

 

道が北東から北に変ると立派な展望櫓がありました

 

展望櫓からの眺めです

 

展望櫓を下りるとヒキヨモギ

 

上手く表現出来ない静かな漁村

 

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風島弁天

2024年10月25日 04時18分28秒 | 日記

10月10日(木)の朝は佐渡赤泊のサンライズ城が浜でした

 

朝食です 焼魚はカマスのような感じでした

 

このテーブルはカミと2人だけなのにご飯は1升くらい有りそうでした

 

食堂から海を

 

部屋は北向きでした 部屋が取れたのが嬉しくて舞い上がり海側なのか

何てことは考えが及びませんでした

チェックアウト時空室状況を確認すると

ツアー会社の予約枠を意図的に小さくしているみたいでした

赤泊農林漁業体験宿泊施設なので自分の所の枠を大きく残しているみたいです

なので1泊2食付で10,850円/人でした

 

8:00 出発 昨日とは逆に佐渡一周線を反時計回りに東に進みました

 

すると次第に道幅が狭くなり 

 

集落の中の道はすれ違うことが出来ないほどの狭さに

 

集落を過ぎると道幅が拡がりセンターラインもあってホッ

 

通り掛りに常夜灯でも無さそうだし何だろうと止まってみる

 

「青年連中」と書かれていました 往事の青年団が寄付したんでしょうね

でも何なのか解りませんでした

 

佐渡最東端の5km程手前に「城が鼻灯台」があります

そこのトンネル入り口右の壁に「春駒伝承の地」と

春駒(はりごま)の説明を始めるとややこしくなるので各自お調べください

 

左の壁には「城が白藤」

 

佐渡島略最東端と思しき辺りに岩山 しかも頂上付近に道と思しきものが有ります

 

これは見ねばと車を止める

 

風島弁天という神社がありました

 

日本最後のトキはこの辺りに居たようです

 

岩山の中腹よりやや上に右上がりの道が見えます

 

ズームしました 矢っ張り道です でも何の道だろう

上に上がるとトキが見えたりして

 

するとトキ な訳無いですよね

 

石碑には「維昭和七年十月上浣」

    「国幣中社弥彦神社宮司正六位田村晴胤謹書」

左面には「風島神社」

 

岩山に登り始めました

 

海岸に見事な枯れ木

 

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サンライズ城が浜

2024年10月24日 04時18分28秒 | 日記

昨日の続きで10月9日(水)佐渡島の外周を廻る佐渡一周線を時計回りに走っています

佐渡島の多分一番西の端にある沢崎鼻灯台を見たいと思ったのですが灯台まで行く道は

閉ざされていました

 

灯台を過ぎると素晴らしく見晴らしの良いところに出ました

 

下りてみるとコンクリートの大きな床 まるで工場跡地のよう

十六島みたいに岩のりを採るんだろうか

 

途轍もなく広いので思わず千畳敷ならぬ「万畳敷だ」と感嘆

するとその先に本当にナビに万畳敷が出て来ました

 

佐渡一周線が工事中で迂回路を通っていると「佐渡太鼓体験交流館」がありました

そう言えば「この近くに鼓童があるはず」 行っても太鼓が上手に叩ける訳でも無いので…

 

子猫がウロウロしているので止まりました

 

辺りにはガマズミ 民家はありません

 

20m程進むと兄弟みたいなのが この猫は動きませんでした

 

フヨウかと思ったけどカミがローゼルでは無いかと

この実でジャムを作るのだと そう言えばカミが誰かから貰ってきたような…

 

走っていると街路樹に比較的大きな実が生っていました

 

止まってみるとツバキの実でした 驚くほど沢山生っていました

 

15:26 今日の宿「サンライズ城が浜」に到着です

 

満室の筈なのに随分静まりかえっています

 

山小屋さんのブログにも載っていた海水浴場

 

公園のプランターにイヌサフラン

 

特徴的なキノコなので直ぐに判るだろうと思ったのですが…

 

夕食です 左に天麩羅

右に手前からお造り 現地でアカウオと呼ぶ魚の唐揚げ ズワイガニ

中央奥に茶碗蒸しと鍋 魚の唐揚げが美味しかったです

味は兎も角その量に驚きました

 

満室の筈が食堂には3組だけ

 

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千石船展示館

2024年10月23日 04時18分28秒 | 日記

昨日の続きで10月9日(水)宿根木の集落を散策しています

 

雪囲いでしょうか  風でしたね

 

下りて来た露地を戻ります

 

こんな所にホオズキが

 

これも山小屋さんに教えて頂いた千石船が展示してある博物館に来ました

 

言葉だけで知っていた千石船 思いの外小さかったです

 

秋祭りで幟を立てたばかりだったので帆柱の立て方に興味津々

 

帆柱!って思ったら舵でした

 

右上に見えているのが帆柱です

 

千石船の後 併設されて居る博物館も覗いて見ました

ワラズト、子供の頃これに赤飯を入れてお稲荷様にお供えした記憶があります

 

右側の2本の竹は「ソリ」とありましたが私たちは「スキー」と呼んでいました

 

生家の辺りではこの1斗瓶は単に「斗瓶」と呼び「葡萄酒」を入れて居ました

 

生家で使っていたのは当にこの製麺機 バカが時々整備をしていました

捏ねたうどん粉やそば粉を3cm程の厚さに切り 上の平ローラーで板状に伸ばす

それを下の段差ローラーで麺に切りました 判りました 判らないかな

 

生家の戸棚は作り付けでしたが従弟の家の戸棚はコレでした

 

庭にこんな碑があったので句碑を探しました

 

やがてこの句碑を見付けました

 

辺りにはコバノギボウシ

 

昼食のため再び宿根木に来ました 新日本紀行 懐かしいです

 

船大工 家も作ったんだ 昼食は良い感じの店って思ったのですが

 

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宿根木

2024年10月22日 04時18分28秒 | 日記

昨日の続きで佐渡島の矢島・経島に居ます

 

タマスダレでしょうか

 

矢島・経島のある集落ですがこんな板壁が多いです

 

次ぎに移動中「海潮寺」 三界萬霊の大きな石碑が懐かしかったです

生家の寒沢と呼ばれる所にも三界萬霊の大きな石碑がありました

 

宿根木の駐車場から集落に向かう途中センニンソウの花後

 

山小屋さんが此処の散策を薦めて下さいました

 

残念ながら木羽に石を載せた屋根は随分減っていましたが手間暇を考えれば仕方ないでしょうね

石州瓦はキレイな赤瓦でしたが此処は黒瓦 これはこれで圧巻でした

 

左下の階段を下りてこの集落の露地を散策します

住民の方にはさぞ迷惑だろうなと思いながら肩をすくめて散策です

 

如何にも「島の露地」って言う感じです

 

一寸懐かしい看板でした

 

殆どが板壁です

 

良い感じの建物でした

 

キレイに敷き詰められた石畳

 

こんな所に住んだことはありませんがどことなく懐かしい風景でした

 

この建物はマスコミにも何度も登場しているらしいです

右に見える方達もJTBのツアーの方々でした

 

この方々とはアチコチで鉢合わせでした

 

ツアーの端っこの方で説明を少し

 

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