山陽道(西国)第42回目(本郷中学校~長谷)
2014.10.28(火曜日)晴れ
私たちが計画している山陽道は下関から西宮までで、江戸時代の宿場は50宿場ある。今日歩く本郷宿は25番目の宿場で半分と思っていたが、数え直してみると25番目の宿場は海田宿であった。(広島県の半分は四日市宿の西条)ぼちぼち歩き始めて今月でちょうど3年になる。ようやく半分を越えたが、あと何年で歩き終われるか?
本郷駅前からタクシーに乗り、今日の出発地点の本郷中学校に11時35分到着。本郷中学校の横に「よこみ寺跡 右は高木山城址」の道標がある。横見廃寺跡は昭和46年から3度発掘調査がされ、国指定史跡となった白鳳期から奈良時代の寺院跡である。そこから少し行くと、左手に立派な石垣が現れる。これは心光寺の石垣で、江戸初期の「穴太積み」といわれている。石垣の端、門前の石段横に地蔵尊があった。
出発地点 道標 心光寺の石垣と門前の地蔵尊
そのすぐ先、左側に専教寺がある。見事な屋根のお寺だ。(住居?の屋根にはしっかり太陽光発電のパネル?)専教寺の近くに牛神様の祠がある。5分程度行くと右側に大きな常夜燈があり、左側に甑(こしき)天満宮がある。150段以上もある長くて、幅の狭い急な階段を上がっていくと、本郷の郊外が一望出来る。
専教寺 牛神様の祠 常夜燈
甑天満宮の鳥居・境内から本郷の郊外
天満宮の拝殿には沢山の戦絵の額が 掛けてある。舞殿と兼ねているような大きな拝殿がこの辺りの神社の特徴といわれている。「天神さまの井戸」が境内にあると思って探したが見つからない。仕方がないので下り、街道に戻り歩き始める。と、すぐ左を少し入ったところに荒神社が見えた。その手前左には「天神さまの井戸」がある。案内板によると「菅原道真が大宰府に左遷される途中、この地に上陸したところ、人々は水不足で困っていた。見かねた道真が自ら井戸を掘ったところ、こんこんときれいな水が湧き出し人々を救った。人々は感謝の気持ちを込めて、干し飯を甑(こしき)で蒸して差し出した。その後、このご恩を忘れないようにと、甑を祀って社を建てたので、甑天満宮と呼ばれている。」とある。
甑天満宮の拝殿と戦絵の額 菅公手掘井戸 荒神社
荒神社から街道に戻り少し行くと、県道33号と合流する。ここにも本郷町観光協会の「歩いて見よう歴史の散歩道」の案内板。同じものが二本松古墳・本郷中学校辺りにもあった。県道を10分程度歩くと沼田川に架かる本郷橋の袂に着く。橋の手前左に地蔵堂がある。橋上から左手川上に2つの古城山が見える。川の右側が古高山城、土肥から新しい姓・小早川を名乗った小早川実平の孫によって築城されたといわれている。左手の新高山城は、養子として古高山城に入った17代目・小早川隆景(毛利元就の3男)が竹原小早川家と沼田小早川家の両家を統一、家中の紛争を鎮め、人心の一新を狙って天文21(1552)年に築いた城といわれている。「新高山城や三原城の名前は、NHKの大河ドラマ軍師官兵衛に出て来たね…」と話す。
県道との合流点 本郷橋袂の地蔵堂 左新高山城跡 右古高山城跡
沼田川を渡ると右側向うに、お地蔵さんと安政四年(1857)の大きな常夜灯があり、その向こうには小さな形のよいお堂がある。橋を渡ると本郷宿の道が分からない。交差点付近の階段を下り、地方道の高架下をくぐって本郷図書館の近くまで行ったが、どうも山陽道のルートから外れている。
女性たちが「さっき右手にお寺が見えると言ったけど、あそこが山陽道では?」と言うので、193号を横切り右に移動する。路地を入ると山陽道らしき道に出た。地元の人に聞いてみると「ここが旧道ですよ。その先に恵比須神社があり、鯛の形をした手水鉢があります。」と詳しい。本郷宿の通りを歩く。造酒屋、醤油屋など、当時の繁栄が窺える。何よりも、今まで歩いた宿場町は寂れている町も多かったが、ここは活気を感じる。
川を渡ると小さなお堂… 間違えて本郷図書館へ 醤油醸造元
右手に寂静寺がある。「静寂をひっくり返した名前なので、騒がしいお寺かな?」と言いながら歩いて行くと、左に地元の方が言われた恵比須神社がある。天保十年(1839)の鳥居の扁額に二匹の石造り鯛がある。境内には先ほど地元の人がいわれた鯛の形をした手水鉢があった。どうして鯛なのかは分からない。恵比須様だからか?その先、左右に耳たぶのような独特の形をした「うだつ」のある家を発見する。
寂静寺 鯛を掲げた鳥居と手水鉢 耳たぶのうだつ
恵比須神社の前を進むと、T字路の角に「稲荷道」「佛通寺道」と刻まれた道標がある。佛通寺から三次に抜ける道らしい。佛通寺は臨済宗佛通寺派の大本山で、かつて全国に末寺が3000近くあったらしい。少し行くと、左に本郷随一のお寺「西念寺」がある。門も本堂の屋根も堂々として立派なお寺だ。その斜め前に大きなお地蔵さんがある。「本郷のお地蔵さんは、よそよりふた回りくらい大きいね。」と話す。
佛通寺道の道しるべ 西念寺 西念寺前の地蔵さん
その先、5分ばかりで県道との交差点に着いたのが13時過ぎ。今日、昼食を摂る予定だった本郷のレストランは、街道を離れ往復1Kmの距離。 県道を北上して、山陽本線の線路沿いの店に入る。
佛通寺に通じる道 水路沿いの道を歩く 昼食をしたお店
再び山陽道に戻ったのが14時30分。途中、無人の野菜が値段表と置いてある。レタス50円‥安い。この辺りの山陽道は、新しい道路で途切れている。工事中の道から旧道へ入る。10分程行くと左手に吉国神社があり、その先に3体のお地蔵さんがある。ここのお地蔵さん、以前はお堂があったようだが今は無くなっている。
再び山陽道へ 山 陽道に戻る 吉国神社 3体のお地蔵さん
そこから少し行くと国道2号線にぶつかる。側道から2号線に入る。納所橋(のうそばし)北詰信号機の横に「川向 米山寺道」の道標がある。米山寺は、小早川家の初代から戦国時代の武将小早川隆景までの墓がある立派なお寺だそうだが、往復4㎞あるので止める事にした。ひたすら沼田川沿いの国道2号線を歩く。国道だけあって車が多い。昔三菱重機工があったという所に着いたのが15時15分。電車の時間もあるので今日は終了にする。
国道2号と合流 米山寺道の道しるべ 沼田川沿いの国道を行く
タクシーを呼び、本郷駅を16時9分の電車で帰宅。
今日のコースは5.3Km (広島県の計110.7Km 総計275.8Km)
参加者 S夫婦とM夫婦の4人