ぼちぼち歩く旧山陽道

旧山陽道を歩いて制覇する記録です。

山陽道(西国)第71回目(新長田~大石)

2020-03-31 | 日記

                                        山陽道(西国)第71回目(新長田~大石)                                                                                            2019.12.13(金曜日)晴

9時、ホテルを出発。5分程歩くと、巨大なロボット鉄人28号に出会う。15分程歩いて昨日の終点

西代通1丁目交差点に行く。

           

鉄人28号       昨日の終点

歩き始めて10分程すると山陽電車西代駅を過ぎ、蓮の池跡に着く。この「蓮の池跡」は、奈良時代に周辺の田に農業用水を供給するため池として作られたもので 僧行基が作ったという言い伝えがある。完成した時に極楽浄土の池のようにと願って 行基が一株の蓮の花を投げ入れたと言われている。

               

歩き始め    山陽電車西代駅    蓮の池跡   

数分歩くと左手に「長田神社」の鳥居と平成7年1月17日午前5時46分兵庫県南部地震により倒壊したものを平成10年12月に復興を祈念し存置したとある「狛犬」を見て新湊川橋に出る。川を渡るとすぐ左手に西国街道に面してあった源平勇士の碑を敵味方の隔てなく合わせ弔ったと言われている「源平合戦勇士の碑」がある。

    

 長田神社の鳥居     狛犬        新湊川橋    源平合戦勇士の碑


二番町2丁目を通り、二番町1丁目交差点を左に見てJR兵庫駅に向う。

             

二番町2丁目    二番町1丁目     JR兵庫駅       

 柳原交差点を右折し少し行くと「柳原惣門跡」、「蛭子神社」、境内に平清盛公遺愛の「時雨の松」の石碑のある「福海寺」がある。

     

 柳原惣門跡     蛭子神社        福海寺    時雨の松の石碑

10時40分、門口町交差点で2号線阪神高速の下を抜ける。左手に「神明神社」がある。5分程行くと「札場の辻跡」の説明版がある。ここを左折し、2号線に向かって歩くと、左手に「岡方惣会所跡」の石碑がある。「七宮神社」を過ぎて2号線を渡り「済鱗寺」を見て、西国往還に設けた兵庫の出入口の惣門である「湊口惣門跡」に着く。

     

阪神高速の下      神明神社    岡方惣会所跡   湊口惣門跡  

「みなと八幡神社」を過ぎて「JR神戸線」の下をくぐり、新開地を通り「西国街道」の石標を見て

11時50分「JR神戸駅」に着く。

     

みなと八幡神社     JR神戸線        石標       JR神戸駅      

10分程国道を歩き側道に行く。元町商店街に入り「明治維新開港当時開門跡」「走水(はしうど)神社」を見て商店街を行く。この関門跡の碑は明治維新時の兵庫港開港に先立って、慶応3年(1867)に外国人居留地を設けた時、密貿易を防ぐ目的で置いた14の番所の1つで、西国街道(現在元町通)にあった関門跡に建てられたものとの説明がある。

     

 元町商店街  明治維新開港当時開門跡         走水神社    

25分程歩き「三宮神社」に着く。慶応4年(1868)1月この三宮神社に差し掛かった備前藩兵の隊列をフランス水兵が横切ったことに端を発し、藩兵と水兵とが軍事衝突した神戸事件が起きた。明治新政府政権となって初めての外交事件で、滝善三郎の犠牲によって危機が回避された。文化の違いによって起きた痛ましい事件で、他国の文化を知ることの大切さを教えられる現在にも通じる出来事だと思いました。12時50分、旧居留地59番街ビル内で昼食をとる。

                

三宮神社        59番街ビル                                  

休憩後「生田宮」の前を通り、荷物を預けるため今日の宿泊ホテルへ向かう。13時45分荷物を預け再び出発、山陽道に戻るため北上する。20分程歩くと、旧西国街道の説明版と石標がある。

             

生田宮      宿泊ホテル     石標    

雲井橋を渡り数分行くと、大安亭市場とその向いに、旧西国街道の説明版と石標がある。15分程行くと左手に「子安地蔵」がある。

             

雲井橋         石標        子安地蔵

脇浜公園側を通り10分程行くと「常夜燈」が街角にあった。25分程街中を歩くと「JR摩耶駅」を左手に見る。どうやら道を一筋まちがえたようだ。数分歩いて右折する。5分程歩くと「厄除東向八幡宮」の石碑がある。少し行き15時20分「阪神電車 大石駅」に着く。電車で「神戸三宮」まで戻り、荷物を預けたホテルへ向う。

     
常夜燈    JR摩耶駅      石碑     大石駅

ひと休みしたあと、ルミナリエが開催中なのを知り、行ってみることにした。後で認識の甘さを知らされることになる。最終の土曜日だったこともあり、人人人…人。疲れた身体を引きずって行った私達には過酷でしたが、それでも行って良かったと思える綺麗さでした。 2001年のルミナリエにも行った私には、風化していく震災時の記憶と想いをよみがえらせてくれる電飾の通りでした。4人とも、あまりにも疲れ果てていたため、旧山陽道歩き最後の夜というのに祝杯を挙げることもなく、コンビニ弁当で済ませ、明日の最終日のため早々に床に就きました。

             

今日のコース  11km  (兵庫県の計 113.7km、総計 536.8km)
  参加者  M夫婦、S夫婦の4人


山陽道(西国)第70回目(舞子~新長田)

2020-03-17 | 日記

山陽道(西国)第70回目(舞子~新長田)

                                                                   2019.12.12(木曜日)晴

 

   2011.11.21下関の亀山八幡宮を歩き始め8年。今回の2泊3日の歩きで、いよいよ最終目的地に着きそうです。 わくわくします。そして少し寂しくもあります。 10:45 前回の終点 舞子駅から歩き始める。明石海峡大橋の真下を抜け、舞子公園内の「移情閣(孫文記念館)」、「旧武藤山治邸(旧鐘紡舞子倶楽部)」を右手に見て、2号線を45分程歩き、11:30 JR垂水駅に着く。

                 

舞子駅      明石海峡大橋      舞子公園

       

                               2号線を歩く               JR垂水駅

5分程行くと右手に赤い鳥居が、左手に「海神社」がある。少し行くと「玉林禅寺」がある。5分程行き「福田橋」を渡る。

                                                     

                                              赤い鳥居             海神社

                             

                                                                    玉林禅寺            福田橋

2号線を歩いて行くと左手に「地蔵尊」が見える。「垂水海浜センター」沿いを歩き 左上に山陽「滝の茶屋駅」を見て 昼食をとったうどん茶房に着く。小一時間程休憩し 13:00に出発する。

                 

地蔵尊         垂水海浜センター      うどん茶房

左手民家の奥に祠を見て、5分程行くと左手に「JR塩屋駅」がある。海沿いを15分程行くと摂津から須磨区へ入る。

       

      祠          塩屋駅          海沿い       摂津から須磨へ

須磨区へ入って15分程歩くと須磨浦公園に着く。公園内手前には「史跡 敦盛塚」や「石標」がある。この付近は源平一ノ谷合戦場として知られ、寿永3年(1184)2月7日に当時16歳の平敦盛が熊谷次郎直実によって首を討たれ、それを供養するために この塔を建立したという伝承から「敦盛塚」と呼ばれるようになった。また、鎌倉幕府の執権 北条貞時が平家一門の冥福を祈って、弘安年間(1278~1288)に造立したなどの諸説がある塚である。

                 

 須磨浦公園       敦盛塚石造五輪塔     旧西国街道の石標

10分程行くと「みどりの塔」がある。1995年1月17日午前5時46分、阪神地域を襲った直下型地震の際、この直径1.2m、重さ2.4tの「地球儀」が落下したそうです。「薫風」像本体には幸い被害がなかったそうですが、自然の猛威には謙虚に立ち向かわなければいけないと思いました。「源平史跡 戦の濱」石碑、「長田神社須磨御旅所」を見て20分程歩くと南北に「山陽須磨駅」「JR須磨駅」がある。

      

みどりの塔       戦の濱        長田神社須磨御旅所                   

5分程行くと「村上帝社」がある。千守で2号線から外れ左に入り、10分程行くと左手に「旧西国街道」の石標と、901(延 喜元)年、菅原道真が九州太宰府に流される途中、風波を避けて須磨に一時上陸した際、旧家である前田家の人が水をくんで差し上げたと言われている井戸「菅の井」がある。

                 

村上帝社            左へ          石標と菅の井

「行幸町4丁目」を通り、「厄除八幡神社」、「月見山妙興寺参道」、「月見山浄徳寺」を過ぎて「三の井橋」に出る。

       

厄除八幡神社     月見山妙興寺参道     月見山浄徳寺     三の井橋      

道なりに15分程歩いて行くと、大田町交差点に「旧西国街道」の石柱がある。西代通3丁目を通り、左手に「楠大神(稲荷)」を見て、今日の終点 西代通1丁目交差点に着く。宿泊のため25分程南下して「JR新長田駅」近くのホテルへ。16:40 到着。

                 

旧西国街道 石標          楠大神          西代通1丁目交差点 

                 

                             JR長田駅          ホテル


今日のコース  12.0km  (兵庫県の計 102.7km、総計 525.8km)

参加者  M夫婦、S夫婦の4人


山陽道(西国)第69回目(大久保~舞子)

2020-03-16 | 日記

山陽道(西国)第69回目(大久保~舞子)

2019.11.30(土曜日)晴れ

今日の出発地点「大久保駅北」交差点を9時30分にスタート。途中、地元の高校生達が清掃ボランティアをしていた。道なりに5分程度歩くと右手に古びた洋館があり、門前に「明治天皇大久保御小休所建物」と書かれた石碑がある。東川を渡ると右手に「西」と書かれた屋台蔵。これはその先にある、住吉神社の10月の祭りに使う屋台を収める蔵で、東西二基あるという。その すぐ先の谷八木川を渡ると、左手に長い塀がある。これが「本陣 安藤家」だ。

                

古びた洋館と天皇碑    「西」屋台蔵     本陣 安藤家  

本陣・安藤家の先、左手に常徳寺があり、その道路を挟んで向かいの民家の前に小さな地蔵尊が安置されている。すぐ先に「東」と書かれた屋台蔵がある。

                  

                          常徳寺と反対側にある地蔵尊       「東」の屋台蔵       

「本陣 安藤家」から10分ちょっと歩くと左側に住吉神社がある。街道は住吉神社を過ぎると、国道とその向う側にある雲楽池の土手に沿って歩き、池の終り辺りで国道を斜めに横切る。旧道に入るとすぐ右手に小公園があり、公園の西に地蔵尊が安置されている。そこに沢地小学校六年生が書いた西国街道についての案内板がある。

                  

            住吉神社      雲楽池の土手にある記念碑     地蔵尊と西国街道の案内板 


街道はその先の交差点で右折し、「中谷東」の信号で国道と合流する。国道を200m弱歩き右手の「サバービアシティ21」マンションの方へ右折する。マンションの前を歩いて行くと三叉路にぶつかる。その左手下に栽松寺と三井神社参道入口がある。街道はここで一旦途絶える。三叉路を右折し新幹線高架下のガードを通ってJR西明石駅前に出る。

                 

         マンション群            三井神社         JR西明石駅     

西明石駅前からの旧道を東に行く。「松の内」信号の所で国道に合流するが、次の信号「西明石町5」で、また左の旧道に入る。100mちょっと歩くと左側に「春の歳時記園」という公園がある。その先三叉路になっている。街道は右に行くのだが左に行ってしまった。和坂(わさか)小学校の校門の前で気づき、小学校の側を通り街道に戻る。街道に戻って15分位行くと、左手に「かにがさかのお大師さん」こと坂上寺がある。

                 

   和坂(かにがさか)          坂上寺       門前の大師と石標 

坂上寺から2~3分、和坂1の信号で国道175を横切る。広い道を10数分東進すると左手に十輪寺がある。この寺は歴代明石城主の信仰が篤かったらしい。寺に入ってすぐ左に「太閤さん縁(ゆかり)の木」という焼けた杉の幹がある。街道は十輪寺を出た所の信号を右折し西新町駅(山陽電鉄)の方に行くのだが、明石城址に向いたいので直進し、明石川を嘉永橋で渡る。渡ってすぐの信号を右折し、川沿いに行く。土手下の河川敷に歌碑(?)が何個かあった。

                 

十輪寺の「太閤さん縁の木」       明石川を嘉永橋で渡る     河川敷の歌碑?  


8分ばかり道なりに行くと山陽本線の手前にでる。直進し4分程歩くと右手に「明石市指定文化財 織田家長屋門」がある。案内板には「この辺りは藩の重臣の屋敷が多くあった」と書かれている。道路の左側は「明石公園」で、城跡の堀に白鳥が泳いでいた。ここから東の方向を見ると天文台の塔が見える。

                 

織田家長屋門         お堀の白鳥         明石の天文台

外堀に架かる橋を渡って公園の中に入ると、前方に二つの櫓が見える。ここで、12時を過ぎたので、公園の前にある明石駅で名物の「明石焼き」を食べる。13時過ぎ再スタート。駅の南に出て直進、国道の「明石駅前」の信号を渡り、次の信号で左折し街道に戻る。交差点の左手に「柿本神社」「従是丸山三丁」と書かれた大きな石碑がある。

                 

   明石城回り          名物の明石焼き        「柿本神社」の石碑

交差点から4分、明石区検察庁の壁に東経135度の子午線の標示がある。隣の 裁判所の所から人丸教会が見える。その先、明石らしい「子午線交番」を左折すると慶応元年の道標がある。「右 か古川 ひ免ぢ 道」「左 ひゃうご 大坂 道」と刻む。ここに、明治43年明石郡小学校教員一同が建てた「第日本中央標準時子午線通過地標準」がある。

                 

東経135度の子午線       人丸教会        子午線の記念碑と道標

街道は人丸教会の所で、左折してすぐ右折するいわゆる枡形になっているが、右に行かず北に行くと「左 ただのり道」という小さな道標がある。道標に従って左に行くと「忠度塚」(平家の落武者の?)があるらしいが、先を急ぐので寄らなかった。街道に戻り、枡形の道を右折して5分程度歩くと右手に大蔵院がある。案内板に「嘉吉元年(1441)、赤松円心の孫祐尚(すけなお)が大蔵谷に陣を構えた。居城を三木城に移す時に陣屋のあとを寺院にしたといわれる。墓地に赤松祐尚夫婦の墓もある。・・」とある。その先、左手奥に稲爪神社が見える。秋祭りには異国から黒牛に乗って攻めてきた鉄人をほろぼした故事を伝える「大蔵谷の牛乗り」という民俗芸能が行われるそうだ。

                 

  「左ただのり道」の道標      大蔵院            稲爪神社           

そのすぐ先、左手に大蔵会館がある。その前に「大蔵地域約千年の史跡」と書かれた案内板があり、その東側に受持姫大明神がある。不確実な情報だが、「大蔵会館の所が本陣の場所だ」という地元の人もいるそうだ。また、この附近は「明石宿」か「大蔵谷宿」かが不明らしい。(案内板にも宿場として栄えたとあるが、宿場名は無い)  その先、大きな家の西側に地蔵尊があり、少し行くと右手に西林寺がある。

                 

大蔵会館・本陣跡?      大蔵谷宿?(地蔵尊が・・)    西林寺      

西林寺から3分行くと、左手に八幡神社があり、道を挟んだ向かいに「明石市都市景観形成重要建築物」と書かれた民家がある。旧道が国道と合流する手前の左側に大きな題目石がある。(朝霧川を渡る手前)

                 

八幡神社       「明石市重要建築物」          大きな題目石

旧道は国道2号とぶつかる。右折して国道を歩く。歩くこと約10分、左、道路の向うにJR朝霧駅が見える。その先、「狩口」信号機付近から国道2号の歩道がなくなり、分岐する国道28を斜めに横切るしか方法がない。しばらく行くと右手に明石大橋が見えてくる。14時23分、珈琲でもと「スタバ」で小休止(お客さん多い)。14時55分再出発。山陽電鉄・西舞子駅地下道入口の手前、Y字の右側が旧道だ。そこを5分ほど行くと左手に六つの神様が祀ってある舞子六神社がある。

                 

JR朝霧駅            明石大橋         舞子六神社

旧道はやがて国道と合流する。その分岐点に昭和9年の皇太子誕生を記念した碑がある。合流して2~3分行くと、国道の反対側に「たたき地蔵尊」と呼ばれる大きな「舞子延命地蔵」がある。木槌まで奉納されていて、叩きつつ願掛けすると願いがかなうという話だが、「無責任な俗説なので、叩かないでください」と注意を呼びかける掲示があるそうだ。そこから5分。14時20分今日の終点JR舞子駅に到着。明石大橋がこの舞子駅から始まっているのを知り勉強になりました。

                 

 皇太子誕生の碑        舞子延命地蔵        舞子駅から明石大橋が


今日のコースは   13.5km(兵庫県90.7km  総計513.8km)

参加者    M夫婦  S夫婦 4名