鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み!―第41話・後編

【再々掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
11 闇の地下聖堂に眠る大地の巨人
ダンがまだ語り終えないうちに、ラファールは呟いた。あまり抑揚のない物静かな声だが、その響きには、聞く者の身体を凍り付かせるような得体の知れぬ迫力がある。
「それは、俺たちが考えるべきことではない」
間髪入れずに否定され、ダンは、文字通り、豆鉄砲を喰らった鳩のようにきょとんとしている。そんな彼に一歩近づくと、ラファールはダンの肩に右手をぽんと置いた。動作や気配をまるで感じさせないような、不思議な身のこなしだった。
「い、いきなり何だよ?」
人の肩に親しげに手を置くなどと、日頃は人間的な匂いを感じさせないラファールのキャラクターからは、考えにくい。ダンは正直驚いている。
「これが俺の手ではなく剣だったなら、お前の首は今ごろ飛んでいたぞ……。長生きしたければもう少し言葉を選んで話すがいい、ダン・シュテュルマー。今のは聞かなかったことにしておく」
一瞬、ラファールの口元が、微かに、本当に微かに緩んだように見えた。目の錯覚だろうかと、ダンは慌ててラファールの方を見直している。
そのときには、ラファールはすでに背を向け、要塞の内部へと戻りつつあった。
「パラス騎士団は王家の剣だ。《剣》が感情に流される必要はない。剣をどう使うかは、それを手にする持ち主が考えること」
春の月光が、黄金の鎧に降り注ぐ。同性のダンであっても、思わず息を呑むほどの美しさ――去りゆくラファールの姿は、まるで金色の蝶が暗闇に舞っているかのように、神秘的な輝きに彩られていた。何か言いたげな表情をしながらも、ダンは黙って見送るのだった。
同じ頃、月明かりに照らされた地上とは対照的に、夜の外界よりもさらに暗い闇に塗りつぶされた、ケールシュテン要塞の地下。一切の光を拒否するかのごとき、その闇のもつ暗さには、何か邪悪な意思の力のようなものが感じられる。地下に掘り抜かれた広大なドーム、漆喰塗の壁には、魔方陣を連想させる奇妙な記号や文字がびっしりと描かれている。
不意に、暗黒の地下大聖堂に、ぼんやりと浮かぶ青白い光があった。続いて別の場所に同様の光がひとつ、そしてまたひとつ……。次々と明滅している。それらの気味の悪い光を放っているのは、透明な物質でできた高さ数メートルの柱であった。底知れぬ闇の空間に、角錐状の水晶柱が無数に立ち並ぶ。
発光を繰り返す水晶柱に囲まれている空間の中心部には、どうやら巨大な穴が開いているようであった。地の底深くに口を開けた、地獄へと続く通廊さながらに。目をこらすと、穴の縁から中心の方に向かって、一本の橋を思わせる構造物が突き出しているのが見えた。それは穴の真ん中に当たる場所まで伸び、そこで途絶えている。その先端部は少し広くなっており、10人近い人間が集まれるほどの円形の舞台のような形状になっている。底なしの穴の真上、仮にここから落ちたらひとたまりもないだろう。
だが、先ほどからその先端部で座禅と同様に足を組み、瞑想を続けている者がいた。濃紺色の簡素なローブをまとい、ターバンに似たものを頭に巻いている。パラスナイツの一人にして大魔道士として名高い、アゾート・ディ・ニコデイモンである。
しばらくすると、彼の背後で、穴の中心部へと橋を渡ってくる者があった。振り向きもせず、アゾートは気配だけですべてを理解したようだ。
「その様子だと、旧世界の少女を連れてくることができたようですね」
「もちろん、手はず通りさ。あの子たち姉妹も感動の再会……というわけ。しかし相変わらず怖い人だねぇ。《神の目・神の耳》の境地に目覚めた魔道士様には、こちらが何も言わなくてもすべて分かってしまうんだから」
そう言って皮肉っぽく笑ったのは、エーマだった。
「しかし、不思議なもんだね。この《大地の巨人》が動いているところは、いまだに想像できないよ」
足元に広がる別世界のような大空洞を、彼女は訝しげにのぞき込んだ。
12 大地の巨人の正体が、ついに明らかに!
あまりの巨体のため、すぐには全体の形を把握あるいは想像することのかなわぬ何かが、この闇の底にいる。暗黒の空間にうっすらと浮かぶのは、白の色?――白く塗られた城塞が眼下に存在している、そういう錯覚にとらわれそうだった。
大地の《巨人》と呼ばれるだけあって、一見、その白き機体は人間に似た姿をしているように思われる。ぼんやりと確認できる上半身の輪郭は、その巨大さをのぞけば、姿自体の点では人間に似ている。影の形状から察するに、人と同様の頭部があり、おそらくは腕も二本であろう。
だが、予想される《巨人》全体の大きさとの兼ね合いから言えば、この上半身は釣り合いを欠いている。かなり小さすぎるのだ。人の似姿をもつ上体の遥か下に、何か巨大なものが――もしかすると《本体》が――明らかに存在しているのである。
心地よく響く声で、アゾートが語り始めた。
「ダイディオス・ルウム教授。狂気の天才科学者と恐れられ、天上界から地上界へと追放された男。彼がパルサス・オメガの生みの親です。開発者が異常であればこそ、この機体の前提にある……そうですね、旧世界の言葉で言えば《設計思想》というのでしょうか、それも明らかに狂っています」
「ほんと。この趣味の悪さじゃ、狂っていると言われても仕方がないわね」
エーマは大魔道士の言葉に肯き、真っ赤な髪をかき上げた。
「《大地の巨人》という名前は、この機体の当初の姿に対して付けられたものです。かつて天空人が《滅びの人馬》と恐れた姿に。伝説のケンタウロスを思わせる、逞しい荒馬の体と、人型の上半身。地を駆ける無敵の覇者というに、確かに相応しい勇姿であったことでしょう」
彼の言葉が信じられないとでも言いたげに、エーマは肩をすくめ、声を立てて笑う。
「本当? それが今や、この始末。似ても似つかない化け物、もう何の生き物をまねたのか分からない、醜悪な魔物になってしまった」
立ち去ろうとするエーマに、アゾートは語り続ける。
「そこが《異常》なのです。《アルマ・マキーナ》を作り出したとき、旧世界の人間たちは忘れるべきではなかった。自分たちよりも遥かに強い力をもつ人形、あるいは機械の下僕たちが、創造者である人間の手綱から離れてしまったときの恐ろしさを。この機体は自ら考え、自ら進化する……。もはやそれは独立した意思、ひとつの主体。そこが、この機体のもつ《異常さ》に他なりません」
黒革の衣装が、わずかな明かりのもとで妖美な艶を見せる。すらりとした長身のエーマの姿が次第に遠ざかってゆく。彼女はふと歩みを止めた。
「たしかに異常ね。しかし、状況自体が異常な今の世界では、まともなものに頼っていては生き延びられない。たとえ神に祈るのであろうと悪魔に魂を売るのであろうと、肝心なのは、それが役に立ってくれるかどうか。化け物頼みも、この際、まぁ仕方が無いんじゃない?」
毒々しい含み笑いを浮かべ、エーマは姿を消した。
13 自己進化機能の秘密? イリスの動揺
◇
《パルサス・オメガ》の眠る巨大な縦穴。その縁から中心へと、空中を一本の通廊が伸びる。先端部分は、宙にぽっかりと浮いた円形の舞台のようになっている。《大地の巨人》の覚醒を見届けるための特等席というところであろう。
そこでは魔道士アゾートが瞑想を続けていた。肌を突き刺すような、神々しくも鬼気迫るオーラ。外貌までにも現れ出た、充ち満ちた金剛の如き不壊の精神。アゾートの様子を見ていると、もはや生身の人間ではなく、魂を持った神像が言葉を発しているのではないかという錯覚にとらわれる。周囲の空気をすべて己に従えているかのような、近寄り難いほどの威厳を身にまとっている。
橋を渡り、二人の女性が近づいてくる。すらりとした長身の方はエーマだ。彼女に背中を押され、追い立てられているのはイリス。エーマと比べると子供のように小柄に見える。
座禅を組み、背を向けたまま、アゾートは旧世界の少女に言った。
「今さら、君たち姉妹に対する我々の非礼を詫びたところで、誠意など感じてもらえるわけもなかろうが……。私個人としては、ともかく詫びておきたい」
世人が魔道士に対して抱きがちな虚弱なイメージとは異なり、大柄で逞しい体格。年齢不詳ながらも、とうに中年の域には達しているのであろうが、引き締まった背中と、真っ直ぐに伸びた姿勢。床に置かれた一体の像のごとく、彼は座したまま微動だにしない。
「この期に及んで弁解などすまい。だが、これだけは伝えたい……。この世界すべてを支配しようとするエスカリア帝国によって、現在、オーリウムは存亡の危機に瀕している。どうしても君たち姉妹の力が必要なのだ。たとえ遠き時代の見も知らぬ世界の出来事であろうと、何の罪もない民たちが戦火の犠牲になるのは、君も望まないだろう?」
圧倒的な存在感をもって迫ってくるアゾートの言葉。にもかかわらず、イリスは上の空で聞いていた。何か別のことに気を取られている様子である。足元をふと見やった途端、彼女は、自分たちの下に居る巨大な何かから目を離せなくなったのだ。これまでずっと、心を持たない人形さながらに無表情を貫いていたイリス。だが、彼女の表情に微かな動揺が浮かぶ。
――こ、こんなことが?
《それ》が何であるかは確実に理解できる。けれども、イリスの瞳に映るものは、彼女の知っていた頃の《それ》の姿とは全く違っていた。
「旧世界の少女よ。自分の見ている《巨人》の姿が、悪い夢だとでも言いたげだな……。意外なことだ。パルサス・オメガの《自己進化機能》について知っている君なら、この機体がいずれこのような異形の姿に成り果てるということも、多かれ少なかれ理解できていたはずであろう。……違うのだな。すべてを知っていたわけではないのか」
イリスの心を完全に読み取っているかのような、アゾートの言葉であった。たとえ背を向けていても、イリスの霊気の揺らめきや、体温の変化、もしかすると心音や脈動のひとつひとつさえも、この大魔道士は把握しているのかもしれない。
沈黙するイリスに、いや、もともと言葉を口に出すことのできないイリスに、アゾートは語り続ける。
「これは、人の持つ歪んだ思いが、かたちを取って現れたもの。己の内なる醜さと向き合っているのだと本当は気づいているからこそ、人は、この《巨人》の醜悪さを余計に忌み嫌うのであろう」
アゾートの言葉をイリスは否定も肯定もしない。だが、人の次元を超えて宇宙と合一するかのごとき、悟りの境地に至った魔道士にとっては、心を閉ざした娘の意識の内奥すらも、手に取るように明らかだった。
「分かっている。君の驚きの最大の理由は、もっと別のところにあるのだと。つまり、《大地の巨人》は休眠状態にあったはずなのに、なぜ自己進化機能が作動していたのか……。自然界の神秘の根源に関わる《第五元素誘導》(*1)の魔法技術と、旧世界の科学の産物である《マキーナ・パルティクス》とを組み合わせた、自己進化システム(*2)。誠に怖ろしいものだ」
【注】
(*1) イリュシオーネの現在の魔法学によれば、自然界のあらゆるものは、火・水・風・土の四つの元素から構成されると考えられている。いわゆる「四大元素」である。だが旧世界の魔法学では、四大元素の他にもうひとつの元素が存在すると考えられていた。すなわち、火・水・風・土のいずれの属性も有さない未分化の元素である。旧世界の魔法学者は、これを「第五元素」と呼んでいた(五番目での元素であるというよりも、より根源的な元素であるということになるが)。第五元素は、特定の霊的操作を加えることにより、火・水・風・土のいずれの元素にも変化する。
《第五元素誘導》とは、未分化の第五元素に働きかけ、四大元素を思いのままの状態で生じさせる技術をいう。これによって、すべてのもの、自然科学上のあらゆる元素を生み出すことが理論上は可能なはずである。だが実際には、この技術が十分に発展しないうちに旧世界が滅亡したため、特定の元素を作ることしか実現されずに終わった。アルマ・マキーナ(=ロボット)の素材に必要な元素のうち、例えば、水素、酸素、炭素、ケイ素、鉄、銅、チタン、マンガン、モリブデン等々は作り出すことが可能であったという。生成し得ない元素は、霊的に特殊な構造を有する元素、代表的には金や銀である(現在のイリュシオーネにおいても、銀製の武器がバンパイア等の不死の魔物に対して特別な威力を発揮することは、銀に固有の霊的構造と関係があると考えられている)。そのため、高度な魔法と科学を兼ね備えた旧世界においてすら、やはり錬金術(金を創り出すという意味での、狭義の錬金術)は不可能であると主張されていた。
(*2) パルサス・オメガの自己進化および自己再生機能は、第五元素誘導によって生み出された原子・分子をマキーナ・パルティクス(=ナノマシン)で配置することによって行われる。ゆえに、必要な元素が周辺に存在しない場合であっても、それが第五元素誘導により生成しうる種類の元素であれば、再生や進化は可能である。同様の技術は旧世界の一部のアルマ・ヴィオにも転用されている。おそらくアルフェリオンの再生や変形も、その一例であろう。
14 機械の仮面、狂気の科学者ルウム教授
自分の考えをアゾートに確実に言い当てられていることに、さすがのイリスも当惑する。そんなイリスの様子を見るのが、エーマには楽しくてたまらないようだ。
「残念。悔しいかい? 気の遠くなるような長い時間、こんな化け物を守るために眠り続けていたなんて。いや、悔やむ余裕もないか。頭の中が真っ白になってしまったかねぇ」
エーマの口調に異様な高ぶりが加わる。歪んだ喜びをたたえた目。
「これが現実というものさ! 受け入れるか受け入れないか、あんたの気持ちなんて関係なく、目の前の事実は今ここに存在しているんだよ!!」
異様な興奮を浮かべつつ、彼女はイリスの美しい金髪をいきなり鷲づかみにし、絡め取るように指で弄んでいる。
本来は伝説の雄々しき人馬の姿であったパルサス・オメガが、今や得体の知れない化け物に、ただ敵を破壊し尽くすことだけに特化した奇怪な《兵器》に変わり果ててしまったことに、イリスは目まいすら覚えた。
そして、少しずつ事態を把握するにつれ、イリスの脳裏に浮かんだのは――忘れもしない狂気の天才科学者、ダイディオス・ルウム教授のことであった。
◆ ◇ ◆
機械の仮面を思わせる異様なものを、ルウム教授は常に身に付けていた。頭部の左半分から、左目、左頬の部分までを覆う正体不明の装置である。機械の《半面》とでも表現すればよいのだろうか。
「初めまして、お嬢さん」
そう告げた四十代ほどの科学者、彼の声や口調は礼儀正しいものだった。謎の装置に隠れていない部分の顔つきは、やや神経質そうな雰囲気を漂わせているとはいえ、とても理知的・紳士的である。すっきりと整った鼻、切れ長の目、緩やかに波を描きながら首の辺りまで伸びた黄金色の髪。白衣も似合っている。
「あなたには何か特別な力があるようですね」
教授がそう言ってイリスに顔を近づけたとき。《半面》に備えられた大小複数のレンズが、機械音を立て、せわしく回転した。すべてのレンズが、自分を――顔や身体の隅々だけでなく心の中までも――凝視しているようだと感じ、思わずイリスは背筋が冷たくなった。
一瞬、教授の口元に微かな笑みが浮かぶ。
隣にいたチエルの背後に、おずおずと引き下がろうとするイリス。だが姉は、苦笑しながら妹を押し戻した。
「こら、あなたもご挨拶なさい」
教授のことは、イリスも話には聞いていた。天上界との戦争が始まった当初、地上界には勝つ望みなど全くあり得なかった。ところが、一人の天才科学者の協力をきっかけに、地上軍は次第に反撃に転じるようになった。しかもその科学者は、元々は天空人だというではないか。
姉に何度も促され、イリスは恐る恐る手を伸ばす。
握手した教授の手は、不思議と温かく、人間的に感じられた。だが、それと同時に、彼の暖かい体温の裏側に何か冷たい影が潜んでいるように、イリスは直感したのである。
15 イリスの力、そして…
◆ ◇ ◆
遠い過去の記憶を呼び覚まされたイリス。今になって思えば、あのときの不吉な直感は確かであったのかもしれない。
不意に、遠くで耳障りな金属音が響いた。鎖の鳴る音だ。その方向を見た途端、イリスは息を呑む。
近衛隊の兵士たちに腕をとられ、橋の向こうから姿を現したのはチエルだった。焦点の定まらない虚ろな瞳、半開きの口。魂の抜け殻のようなチエルは、兵士に手を引かれるまま、ふらふらとおぼつかない足取りでこちらにやってくる。利発で気丈な元の彼女の姿は、そこには無かった。
橋上で姉妹の視線がぶつかる。
「……イ、リ、ス?」
ぼんやりとした言葉。すべてに絶望したと言わんばかりに、チエルはそれまで以上に脱力し、崩れ落ちるようにしゃがみ込んでしまう。肩から床へと垂れ下がる黒髪も、本来の見事なツヤを失っている。
他方、イリスの様子も明らかに変化する。怒り。初めて見せた感情の奔流だ。身体を震わせ、唇を歪め、彼女はうつむいた。
「そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃないか……。チエルは、あたしが大事に可愛がってあげただけだよ。でも、あんたも人間だったんだ。そういう表情も可愛いねぇ」
喉の奥から絞り出すように小声で笑い、エーマは、なおもイリスの頭髪をなで続けていた。
――お姉ちゃんに、何をした!?
周囲の暗がりに火花が走る。いや、そのように感じられた。
重力を無視し、イリスのしなやかな髪が、花開くようにふわりと宙に浮かぶ。
――許せない。
淡い空色であった彼女の瞳が、濃さと輝きを瞬時に増し、青白く燃える炎の色に煌めいた。この変化に呼応し、爆発的な霊気の迸りが付近を覆い尽くす。
その場にいた兵士たちは次々と意識を失って倒れてゆく。
「何という凄まじい魔力の解放、それに伴って荒れ狂う思念波。やはり普通の人間ではなかったか」
泰然と座していたアゾートは、そのまま長衣の袖を翻した。輝く霧状の結界らしきものが彼の身体を包む。
「だが、この力こそ、パルサス・オメガの覚醒に必要なもの」
イリスは絶叫した表情のまま、立ちすくんでいる。なおも解き放たれる力。自分の意思では制御できないらしい。
エーマは両手で中空をかきむしるように、苦しげな声でうめいていた。さすがにパラス騎士団の一員だけあって、普通の兵士よりも卓越した精神力や魔法に対する抵抗力を、彼女も持っているようだ。だが魔道士でもない彼女には、イリスの放つ強力な思念波から直接に身を守るすべは無かった。
「あ、頭が、割れそうだ!」
エーマは立っていることすらできず、床に片膝をついた。間もなく両掌も。そして遂に耐えきれず、白目を剥いて前のめりに倒れかけた、そのとき……。
◇
気を失ったはずのエーマの目が大きく見開かれ、身体の動きが止まった。ふらりと立ち上がり、彼女はイリスの方をじっと見つめる。依然としてイリスの魔力は暴走状態にあるが、先程までとは異なり、エーマは全く影響を受けていないように見える。
何らかの異変に気づき、アゾートが嘆息混じりにつぶやく。
「なるほど。何故このような、さしたる力も持たぬ者がパラスナイトであるのかと不思議に思っていたら。そういうことであったか」
【第42話に続く】

※2008年1月~2月に鏡海庵にて初公開
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