鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

ファンタジーロボット小説『アルフェリオン』第51話まとめ版をアップしました

連載小説『アルフェリオン』第51話「時の止まった村」のまとめ版をアップしました。細かく分割して連載されていたお話を、その名の通り一気にまとめて読めます。

 第51話まとめ版 前編 後編

すでに第51話をご覧になっている方も、まもなく連載の始まる第52話「師と真実」に向けて、あらためてご一読いただけましたら嬉しいです。

最近、おかげさまで『アルフェリオン』が妙な盛り上がりを見せています
(^^;)。
ワールトーア編になってから、アクセス数がじわじわと増えて参りました。

今まで『アルフェリオン』をお読みくださった読者様のうち、正直、この作者(=鏡海)は本当に「大風呂敷」をたたむ気があるのかと思っていた方も一人や二人ではないと思われるのですが(^^;)。それが、物語がワールトーア編に入って以降、ひょっとして鏡海は伏線をきちんと回収するかも!?という感触が、読者様の中に少しでも生まれているとしたら、非常な喜びです。

自分で言うのもなんですが――これだけ複雑で巨大な物語を、素人(アマチュア)がまとめきれるのか、そんな作品につきあっても時間の無駄にならないか、と不安に思われる方もおられることでしょう。

しかし、どうか気長に、生暖かい目で(^^;)見守ってくださいませ。

鏡海
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『アルフェリオン』まとめ読み!―第51話・後編


【再掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


4 時の止まった村、ルキアンたちが神殿で見たものは…


 廃屋の扉には鍵が掛かっていなかった。本降りに近づきつつある霧雨の中、雨をしのげそうな場所を見つけ、ルキアンとブレンネルはほっとした様子で顔を見合わせる。
 木製の扉は、かつては鮮やかな朱色であったのだろうが、今ではすっかり色褪せている。腕が一本入るくらいの隙間を作ったまま、扉は中途半端に開いたままで止まっていた。
「おや? けっこう固いな。立て付けが悪いのか、ちょうつがいが錆びてでもいるのか」
 ブレンネルが軽く押してみたところ、扉は簡単には動かなかった。次いで彼は、身体ごと前に倒れるように体重をかけ、両手で押し開けた。
 霧と雨という天候のせいもあり、家の中は外に比べて薄暗く、部屋の隅の方に至っては様子がよく見えないほどだった。枯れ草や落ち葉のような匂いと、湿った土の匂いとが入り交じった空気が漂う。
「思ったより……まともというか、10数年も放っておかれた割には、そんなにひどくはないですね」
 そう言った矢先、ルキアンの額に蜘蛛の巣がかかった。もっとも、家の中は蜘蛛の巣まみれかもしれないと想像していたことからすれば、これくらいは大したものではない。が、油断したルキアンは、足元の段差につまづいて転びそうになる。
 後ろから見ていたブレンネルは、苦笑しながら言った。
「何か灯りでもあるといいんだが。確かに足元がいまいちよく見えないな」
「そう、ですね……」
 ルキアンは軽くため息をつくと、目を閉じて、静かに、深く、呼吸を行った。
 耳慣れない言語で、ルキアンが一言、二言、つぶやくのを、ブレンネルは聞いた。
「ど、ど、どうした。いま何を」
 ブレンネルの目の前、差し出されたルキアンの手のひらの上に青白い光の玉が浮かぶ。その輝きに周囲が照らされ、狭い部屋の中は真昼のように明るくなった。
「ルキアン君? キミって、魔道士か」
 口を開けたまま、感心して見つめているブレンネルに、ルキアンは恥ずかしそうに黙って頷いた。

 ◇

 魔法の光のもと、ルキアンとブレンネルの目の前に、木目のきれいな、塗装も飾り気もない質素な食卓がひとつ置かれている。入り口から入ったばかりの玄関が、慎ましい食事の場と台所も兼ねているようだ。
 同じく木製の四つの椅子が、特に乱れた様子もなく、食卓の四つの辺にそれぞれひとつずつ、テーブルを囲むように整然と並んでいる。ルキアンがふと視線を向けたとき、コオロギに似た小さな虫が卓上で何度か跳ね、最後にぴょんと下に飛び降りていった。よく見ると他にも、大きめの山アリが数匹、あるいはハエトリグモのような蜘蛛が1匹、2匹、食卓に置かれた皿やカップの上を我が物顔で歩き回っている。
「虫は沢山いるし、汚れてもいますけど…… このテーブルの上の様子、食器の感じとか、つい少し前に食事の準備を始めていたように見えませんか」
 たしかに、ささやかな食事をいつでも始められそうな形で、木をくりぬいた皿や素焼きのポットが置かれている。
「そうだな。ほら、あそこも見てみ。何というか、まるで……ここのおかみさんが、料理を作っている途中で席を外したみたいじゃないか」
 ブレンネルが目線で示した方を、ルキアンも眺めてみた。台所のまな板の上に、錆びた大きな包丁が転がっている。多分、包丁はずっと前からここに置かれていて、そのまま月日を経て錆びていったのだろう、と彼は思った。まな板のある場所から斜め下の方に視線を動かしていくと、何の飾り気もない、土のかまどが有るのが分かった。いや、それだけではない。かまどの上には鍋がかけられており、いかにも、これから火が炊かれ湯を沸かすことになるのを待っているかのようでもあった。
 ルキアンは顎から唇にかけてを左手で押さえ、何か言いたげに考え込んでいる。ほどなく、彼は不可解そうに口を開いた。
「パウリさん。この村の人が誰も居なくなって、そんな途方もない事件があったのに、この地域の役人たちは現場の検分をしたりしなかったんでしょうか。変ですね。この様子だと、後から調べた形跡がないみたいに思えるんですけど……」
「だろ? 実は俺も妙だと思っていたんだ。十三年前、事件の調査が行われなかったどころか、事件が起こってから今になってやっと、俺たちが最初にここに入ったみたいな感じさえする。まさかな」
 ルキアンは、何か良くない類いの胸騒ぎを覚えながら、相づちをうつ。
「えぇ。その、本当に……事件が起こったときから、この村は今まで人間たちの時間からは忘れられていたような。無理のあるたとえですけど、まるで《時の止まった村》です」
 ブレンネルは、ルキアンの言葉に大げさに頷き、それから顎ひげをゆっくり撫でさすりつつ、やがて微笑を浮かべた。
「《時の止まった村》か。がぜんやる気が出てきたな。雨宿りは中止して、俺たちの調査を続行だ」
「僕たちの……ですか?」
 あきれ顔で笑ったルキアン。だが、彼自身も乗り気であることは、その表情から明らかだ。ルキアン自身もこの村のことが本能的に気になるのは確かである。ただ、それ以上に、ナッソス城の戦いで自分がしてしまったことに絶えられず、今はひとまずそれを忘れたいという意識が、その自覚のないまま、ルキアンを謎解きに向かわせているのかもしれなかったが。

 ◇

 ほんの10数分もあれば端から端まで行けそうな小さな廃村を、二人は夢中で歩き回り、何軒かの廃屋をのぞいた後、村の北側にある広場にやってきた。
「神殿か。これは、何かありそうだな」
 ブレンネルは満足げにつぶやき、目の前に建つ石造りの尖塔を見上げた。
 霧雨にすっかり濡れ、額に張り付いた髪の毛を手で払いながら、ルキアンも頷く。
 広場に面し、小規模ながらも村人たちにとって大切な信仰の場であったであろう神殿が建っていた。本殿の他、その背後に先ほどの尖塔、さらには裏庭があるようだった。
 神殿の扉は固く閉ざされていた。村の家々の多くが、十数年という時間の経過と相応に痛んでいるのに対し、この神殿は、あまり汚れの目立たない小ぎれいなたたずまいであった。建物の正面、神殿のファサードにツタが絡みつき、縦横に茎を伸ばして茂っているにせよ、それとて乱雑な感じはしない。
「まさかとは思いますが、誰かが手入れしたり、してるんでしょうか」
 神殿の入口のところも、それなりに草が伸び放題ではあるにせよ、他の家の場合のように庭が藪に埋もれているような様子ではなかった。納得いかない調子で周囲を見回し始めたルキアン。その隣でブレンネルが声を上げた。
「そんなわけ……いや、あるかもな。ほら、あれ。あんなところに花が!」
 花? 別に花くらいは咲いているだろうと思ったルキアンだったが、ブレンネルが示す方を実際に見てみると、自分自身も驚きを隠せなかった。
 神殿の脇から続く裏庭、少し先に石版のようなものが埋まっており、その上に紫色の花が横たえられている。明らかに人の手によって供えられたものだ。しかも、花は少しも枯れておらず、みずみずしく新しい。
 周りの様子を確認しながら、ひとまず神殿の中には入らず、裏庭へと進んでいく二人。
「お墓、ですね」
 ルキアンは足元を見ていった。人の名前らしき物や数字などが刻まれた墓碑が二つ、地面に埋め込まれて並んでいる。特に地方の農村の場合、神殿の庭に共同墓地があることは珍しくない。ただし、これが共同墓地であれば、もっと多くの墓があってよさそうなものだ。
 遠慮がちに近づいたルキアン。灰色の墓石に刻まれた言葉が彼の目に映る。


  アリーオ・ロッタ
   新陽暦285-290年

  エメレーア・ロッタ
   新陽暦279-290年

  幼くして天に愛されすぎた子ら


 無言で手を合わせ、しばし黙祷してからルキアンが言った。
「二人とも子供だったようですね。可哀想に。アリーオという男の子は5歳で亡くなっている。女の子の方、エメレーアは11歳で。どちらの姓もロッタですし、お姉さんと弟でしょうか。新陽暦290年、って……」
 ふと何かに気づいたように指折り数え始めたルキアンは、血相を変えて振り返った。
「パウリさん、今からちょうど13年前じゃないですか。ワールトーアの人々が消えた事件の!」
 口を開けてうなずいたまま、一瞬、ブレンネルは答えに躊躇する。

 そのとき彼らの後ろで、何者かが庭の砂利を踏みしめる音が聞こえた。


5 警告と問い、真実の痛みと訪れる破滅…


 言葉よりも先に、ブレンネルの眼差しが、ルキアンに気をつけろと告げていた。今まで呑気におどけていたブレンネルの表情は、別人のように険しい。
 ――おいおい、何かヤバいんじゃないか? 大体、さっきの供え物の《花》といい、こんなところに人がいるなんて普通じゃねぇだろ。《神隠し》とか《幽霊》とか、ごめんだぜ。
 ルキアンも、緊迫感が胸の奥からこみ上げ、背中や首筋に熱く上っていく感覚を覚える。だが、次の行動を考える前に、すでに彼は無防備に振り返ってしまっていた。緊張によって集中力が妙に研ぎ澄まされた視線の先、かつ、自身の真正面のみへと狭窄した視角の中、全身を黒に包んだ金髪の男が立っているのが見えた。
 ルキアンは若干だが安堵する。少なくとも、目の前にいる相手は人間の格好をしている。なおかつ、風体からすれば神官の類だろう。裾が足首まである黒衣、背面に頭巾が付いており、襟元から膝くらいまで濃紺色のボタンが縦に並んでいる。ちなみにイリュシオーネの神官は、一般には青と白を基調とする色合いの装束をまとっていることが多い。
 背筋を伸ばし、微動すらしない男の姿。広い額、太めの眉、濃く残る髭の剃り跡。体つきは若々しく強健だが、その風貌からすると、実際の年齢は四十代半ばには達しているだろう。
 相対するルキアンは、顔からつま先までこわばらせて動かない。いや、動けない。この相手には、落ち着き払いながらも、こちらを呑み込むような威圧感がある。普通の聖職者というよりも、戦士、いや、敢えてたとえれば、深山に籠もって修行に打ち込む修行僧あるいは武闘家を思わせる雰囲気を、黒衣の男は漂わせる。
 ――何て言ったかな、あの黒ずくめの……。そうだ、前にカルバ先生と都に行ったとき、見たことがあった。たしか《連続派》とかいう隠修士の会の神官たちが、いつもあんな黒い僧衣を。

 と、そのとき、男の手のあたりで何かが風に揺らめいた。
 ユリに似た紫色の花。手折ったばかりのそれを二本、彼は携えている。見覚えがあった。
 ――子供たちのお墓に供えられていた花と同じ?
 言うことを聞かない自身の唇と舌を無理に動かし、ルキアンはようやく何か喋ろうとすることができた。しかし、間の悪い調子で、先にブレンネルが男に話しかけた。
「あ、どうもどうも。勝手にお邪魔してすいませんねぇ。怪しい者では……」
 頭をかきながら、ブレンネルはわざとらしく作り笑顔を浮かべている。
 黒衣の男は微かに苦笑いし、首を少し斜め気味にしてうなずいた。無言で。

 ◇

 ――これは!?
 ルキアンは、異様な空気を、いや、迸る魔力の渦が周囲を取り巻くのを、肌で感じ取った。
 ブレンネルに何か伝える間もない。
 辺りの景色が灰色に塗りつぶされ、時間が止まったのかと思われる感覚。
 その中で彼ら二人だけが時の戒めから解放されているかのごとく、ルキアンと黒衣の男が対峙する。その他のすべては、いわば「背景」として描かれた絵のように、生気を失い凍り付いているようにみえた。

  《ようこそ、ワールトーアへ》。

 反応する余裕を与えないまま、男は言った。いや、声が心に直接響いてくる。
ルキアンは、思わず手を強く握りしめ、警戒のあまり全身をこわばらせた。戸惑う彼のことなどお構いなしに、男の言葉は淡々と低い響きで紡がれ、ルキアンの脳裏にさらに流れ込む。

  ようこそ、我らが《鍵の器》よ。
  いや、《石版》に記された《真の闇の御子》と呼んでおこうか。

 彼の言葉が終わるやいなや、澄んだ金属音が鳴り響いた。いつの間にか、黒衣の神官は銀色の細長い錫杖を手にしている。杖の上部には同じく銀の輪がいくつか付いており、それらが触れ合って透き通った音色を響かせるのだ。

  この村を訪れるべき資格が、君にはあった。
  否、訪れるべき《義務》というべきであろうか。
  いずれにせよ、今は何も知らないまま、ここへ本能的に導かれたのだろう。

  だが、人間世界の理(ことわり)のおよぶ範囲でいえば、
  君とワールトーアをつなぐ《糸》など存在しない。
  たとえ、この村の《記憶》が君の中にあるように思えようとも、
  それは、本当は……。

  いずれにせよ、
  君がここに《帰って》きたというのだから、恐ろしいものだな。
  だが、そうでなくてはならん。


「あ、あ、あの」
 ルキアンはようやく若干の落ち着きを取り戻し、口を開くことができた。
「あなたは一体……。何をおっしゃっているんですか。それに、なぜ《御子》のことを知っているんです」
 黒衣の男はルキアンの問いかけに応じる素振りもなく、威厳のある目で彼を見つめると、それとは裏腹に何かに迷った表情を一瞬浮かべ、思念の言葉ではなく現実の音を伴う言葉でつぶやいた。

  《闇の御子》よ、私は君の敵ではない。
  だが君が真実を知れば、おそらく私は、君の味方たり得なくなるだろう。
  そのとき君は、
  私に《人の子》の味方になる資格があるとも、もはや認めないだろう。
  だが我々は
  《人の子》のために、《あれ》と戦うために、敢えてその道を選んだ。

 そこで男は、ふと、外を見回すような仕草をすると、やれやれといった調子で首を振った。
 ――邪魔が入ったか。この気配はヌーラス01(ゼロワン)、02(ゼロツー)の感知領域の……。
 彼はルキアンの方に歩み出て、最後にこう告げるのだった。

  心せよ、《闇の御子》。
  いずれ君が《真実》を知ることになれば、
  それは間違いなく君の破滅を意味する。
  乗り越えようなどとは、ゆめゆめ思わない方がいい。
  言っておく、君がいかに強くなろうとも不可能だ。

  だが君は真実に引き寄せられ、破滅への扉を開くだろう。
  そのときのために、敢えて問うておく。

  《君は何だ》。《ルキアン》。

  いや、その問いは、圧倒的な真実の力の前には無意味だ。
  だから問い直す。

  《君は何でありたい》。

  どうして、こんなことを君に伝える気になったのか。
  今後は二度とそう思うまい。

 ◇

「あ、その、ちょっと待ってください! 何なんです? これって、あの……」
 ルキアンが彼を再び見据えたときには、周囲の景色は元に戻っていた。隣にブレンネルも居る。
 黒衣の男は二人に近づき、にこやかに目を細め、手を差し出す。その光景は、ルキアンからすれば時間が巻き戻ったかのようだ。
「珍しいですね、来訪者とは。私はスウェール、この神殿の管理を時々行っています」
「どうぞよろしく。俺は、いや、私はブレンネル。まぁ、しがない物書きです」
 スウェールと名乗った男は、ブレンネルと握手してから、その傍らに立つルキアンの方を見た。
 何も無かったかのように――いや、ルキアン自身にも、先ほどのことは夢か幻ではなかったかと思われてならないが――スウェールは握手を求め、一礼した。
 なんと言って対応すべきか思いつかず、ぶっきらぼうに頭を下げ、黙って手を出すルキアン。

 ◇

 ――ふふふ。スウェールだってさ。 う・そ・つ・き! あなたの名前はスヴァンでしょ。
 遙か天の高みでそうつぶやく者があった。
 暮れ時の近い陽の日差しを雲上で浴び、あたかも気まぐれな空の移ろいを鏡に映したように、刻々と様子を変え、魔法金属の装甲が七色に輝く。巨大な何者かが翼をはためかせ、とても目には見えないほど小さい地上の様子を虎視眈々と見つめる。
 ――見て、01(ゼロワン)。ほら、あそこ。面白い人が来てるね。《僧院》を率いる《ザングノ》の一人ともあろうお方が、率先してルール違反ってどうなのさ。
 可愛らしくも背筋が凍るような怜悧さを漂わせてそう言ったのは、性別も年齢も不詳な、件の《美しき悪意の子》こと、《ヌーラス02(ゼロツー)》だ。もしかすると、ナッソス城での戦いの後もルキアンの動きをずっと監視し続けていたのかもしれない。
 ――《支配結界》に隠れて少年と内緒話だなんて。でも、僕、そういうのは嫌いじゃないよ。面白いから、むしろ好きかも。だから……。
 相変わらず言葉少なげに聞き役に徹する《ヌーラス01(ゼロワン)》に対し、ゼロツーの思念の声はいっそう甲高くなり、ふと沈黙したかと思うと、狂気じみた笑いと共に言い放つ。

 ――コズマスには告げ口しないであげる。僕らの師父、ネリウス・スヴァン。


6 失われた、ふたり ― ロッタ姉弟の謎


 ルキアン、ブレンネル、そしてスウェールの三人は、幼きロッタ姉弟の眠る墓に祈りを捧げた。黒い僧衣のスウェール、同じく黒に近い暗緑色のコートを羽織ったブレンネル。二人の出で立ちを前にすると、瑠璃色のフロックを着たルキアンの後ろ姿が妙に鮮やかに感じられた。大柄で肩幅の広いスウェールと、ひょろりとしているが背の高いブレンネルの後ろに、華奢でやや小柄なルキアンが子供のように付き従っている。
 神官スウェールは、手にしていた花をアリーオの墓とエメレーアの墓に一輪ずつ供えた。何という名の花であったかは思い出せないにしても、その植物が特段に珍しい種ではなく、人家に近い山や森でもよく見かけられるものであることは、ルキアンも知っていた。ひょっとすると、先ほど彼も訪れた村外れの丘の草原に生えていたのかもしれない。
 ルキアンは、斜め後ろから、目の端でスウェールの横顔をちらりと見た。いかにも無骨で男臭くみえるスウェールが、一人で野を歩み、花を摘んでいる様子を、ルキアンは想像してみた。
 花が置かれた後、改めて黙祷するブレンネル。スウェールは無言のまま足元を見つめた。
 地面に埋め込まれた二つの墓石(ぼせき)の上、野の花は寂しげに横たわる。

 ◆ ◇ ◆

 細長い花弁をもつ、薄紫色の可憐な花が、
 一輪、あちらにも一輪、そしてまた一輪、心地よさげに揺れている。
 時の向こう、短くも輝かしい季節の中、その日も花は咲いていた。

 丘の上から吹き降りてくる風に、
 花々は首をかしげ、身体を揺すり、さざめきを作り、
 いつしか紫の波となって草原を駆け抜ける。
 風と波の向かう先、野と空の先には、
 淡い緑に覆われた山並みがなだらかに続いている。

 声が聞こえた。
 うたを歌い、無邪気にはしゃぐ男の子の声が。
 彼の名を呼びながら、近づいてくる女の子の声が。

 流れゆく白い雲に、青の色濃さをいっそう引き立てられ、
 天を突き抜けて清々たる晴空の下、
 笑い声は風に巻かれ、次第に高く舞い上がって消えていく。

 小さな手にしっかりとにぎられた花。
 振り返った男の子。
 汚れ無き瞳。陽光にきらめく銀色の髪。
 つまづきそうになりながらも、駆け寄ってくる少女。
 銀の髪を風になびかせ、一瞬かつ永遠の光の中で。

 ◆ ◇ ◆

「まだ、いろんな意味で人生は長いということさえ、十分には理解していないほど幼かったろうに。二人は……。あぁ、ところでスウェールさん。このアリーオとエメレーアは、新陽暦290年に亡くなっていますよね」
 頭をかきながら、話題の深刻さとの関係からすれば不謹慎なほど、にこやかに告げたブレンネル。だが次の言葉を口にするや否や、彼の目が、獲物を狙う猛禽あるいは事件に迫る文筆家のそれに変わった。この変化には、隣で見ていたルキアンも少し驚くほどであった。
「単刀直入にお尋ねします。新陽暦290年といえば、ここワールトーアの全住人が謎の失踪を遂げた年です。それについては、まさかご存じないはずなど……。で、この幼い姉弟の死は、問題の失踪事件と関係があるんですか。二人は、この村の子供ですよね?」
 ブレンネルの話を聞いているのか、聞いていないのか、飄々とした素振りで空を見上げているスウェール。彼からの返答が帰ってくるまでの間は、実際にはほんの一瞬であったのだろうが、ルキアンとブレンネルにとってはやたらに長く感じられた。
「もちろん、この子たちはワールトーアで生まれ育った者たちです。それ以上のことは……。ワールトーアの事件とやらについても、世間で言われている以上のことは知りません。色々と調べておられるようですし、あなたの方がお詳しいでしょう。あくまで私は、時々、ここを手入れしに来る程度のことしかしていません」
 余計な感情を加えず、スウェールは淡々と言い切り、再び空を見た。
 ブレンネルは何か言いたげであったものの、今の問いに関する限り、さらなる答えをスウェールから聞き出すことは難しいと、相手の様子や口ぶり等から判断したようだ。彼は質問を変える。
「私のような余所者がいきなり訪ねてきて、不作法にあれこれ詮索をと、お怒りになるかもしれませんが、いや、どうも不自然なのです。少なくとも、290年にワールトーアの住民すべては……つまりアリーオとエメレーアも含め……行方知れずになり、今もまだ見つかっていない。それなのに、なぜロッタ姉弟の《墓》が、彼らの墓《だけ》が、ここにあるんですか」
 今まで黙って聞いていたルキアンも、不躾だとは思いつつ、問いを重ねる。
「あ、あの。割り込んですいません。でも、僕も同じことを思ってました。アリーオとエメレーアについてだけ、なぜ《死んだ》ということが分かっているんですか。他の村人は生死不明のままで、お墓も無いのに……。あ、そ、その、すいません」
 思わず興奮して一気に口走ってしまった後、ルキアンは申し訳なさそうに頭を下げた。
 スウェールは呆れたようにため息をつくと、首をゆっくり振った。
「《墓》があるということは、こういうことでしょう。つまり《アリーオ・ロッタとエメレーア・ロッタは天に召された》と。それは《本当》なのです。それでよいではありませんか。祈ってください。この子らのために」
 穏やかに、かつ、反論を許さない威厳と威圧とを伴う響きでもって、スウェールは言った。何かを思い起こしながら。

 ◆ ◆

 広大な地下室のような空間、天井の法外な高さや反対側の壁がよく見えないほどの奥行きからして、むしろ地下聖堂とでも表現した方がよいだろうか。その中心部に数本の燭台が置かれ、蝋燭のおぼろげな灯りによって、一人の男の影が浮かび上がっている。
 幾何学的な図形や不可思議な記号、見知らぬ文字で書かれた言葉をびっしりと伴い、円陣が幾重にも床に描かれていた。その真ん中に男は立っており、手にした儀式用の短剣で足元に何かを刻んでいる。
 そのとき、慌ただしい足音とともに、部屋の端にある階段から数名の神官が駆け下りてきた。
「ネリウス、正気か!? そんなことをすれば、お前は」
 黒い僧衣をまとった《連続派》の神官たちが、ネリウス・スヴァンに駆け寄り、これから彼が行おうとする何事かを必死に押しとどめようとする。
 スヴァンは、魔法陣の文字を刻み終え、短剣を自らの手のひらに向けつつ、仲間たちの方を振り返った。彼の顔つきは、今よりもいくらか若くみえる。
「止めるな、兄弟たちよ。《人でいられなくなる振る舞い》をするくらいなら、代わりに私が《人のまま》で命を賭し、この骸(むくろ)を我々《人の子》の未来に捧げる方が、どれだけましなことか!」
 そう叫ぶとスヴァンは掌に短剣で傷を付けた。流れ落ちる血が床に触れた瞬間、魔方陣の周囲に赤紫色の結界が生じ、円陣内を周囲の世界から断絶させた。結界は、音を立てて火花を散らし、小さな稲光状の電光をあちこちに帯びて、触れる者をあくまでも拒もうしているかのようだ。
「早まるな、ここで命を捨てても成功するとは限らない。お前が必要なんだ、ネリウス!」
 そう絶叫する仲間の言葉を、スヴァンは、地下空間に響き渡る大声で否定した。
「必要? そうだ、コズマス。私のものでも、誰のものでも、必要でない命など無い。だから我々は、《人類と世界のためには犠牲もやむを得ない》などと、他人の命を秤にかけるようなことを……しては、ならない!!」
 一転、スヴァンは、すべてを悟ったような笑顔を浮かべ、盟友に別れを告げる。
「だから、せめて私自身の命でもって……。後は頼んだ、コズマス」
 呪文を思わせる短い詠唱をスヴァンが行った後、天から大地を貫く巨大な閃光が走った。地下聖堂も光に包まれ、肌が焼け付くような焦熱の空間と化し、そして再び静まりかえる。

 どのくらい時が経ったのであろうか。
 床に燃え残る炎の中から、男の影がふらふらと立ち上がる。
 彼は――ネリウス・スヴァンは――薄ら笑いとともに、力なく、狂気じみた声でつぶやいた。

  《ロード》は、失敗だ。


【第52話に続く】



 ※2013年6月~8月に、本ブログにて初公開。
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『アルフェリオン』まとめ読み!―第51話・前編


【再掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


 《闇の御子》の真の秘密に君は気づかなかった。
 《ノクティルカ・コード》と《ロード》のことに。
 いずれにせよ、私たちの世界が
 《ノクティルカの鍵》に到達することはかなわなかった。
 そう、すべては終わりだ……。

 (旧世界・旧陽暦時代 天上界の科学道士 イプシュスマ)


 ここで命が消えても、私たちの想いはいつかお前たちを滅ぼす。
 たとえどんなことをしてでも、どんな姿になってでも……
 私は、やがて運命の《御子》が現れるいずれかの世界で、
 《鍵(ノクティルカ・コード)》を必ず《彼》に伝える。

 (現世界・前新陽暦時代 某代の白の巫女 スプリュトのレア)


 《鍵の石版》を解読して《ロード》のための実験を開始したときから、
 我々は人としての資格を捨てて悪魔となったのだ。
 何の咎もない者たちを次々と犠牲にし、この身に永劫の罪を背負い、
 《あれ》と戦うために闇に堕ちた。

 (現世界・新陽暦時代 月闇の僧院長 コズマス)

◇ 第5話 ◇


1 第51話「時の止まった村」の連載開始 物語の核心にかかわる伏線が!?

 夕刻の近づく薄水色の空、ルキアンの目の前を、淡いガスのような靄が流れていく。
 千切れては広がりを繰り返していた水蒸気のヴェールは、徐々に濃さを増し、気がつけば、ルキアンの立つ丘は雲海の中に浮かぶ島も同然となっていた。
「なんだか、少し肌寒いな」
 先ほどまでの心地良い春風とはうって変わって、湿り気とともに、時おり肌を刺すような冷たさをも帯びた空気が、森の奥の方からひたひたと押し寄せてくる。
 ルキアンは背中をちぢこめる。そして、ふんわりと首に巻いていたクラヴァットをいったん解き、いくぶん固めに巻き直すのだった。
 特に行くあてもないにせよ、彼の足はとりあえず集落跡の方に向かっていた。
 緩やかに丘を下り、例の廃村へと続く道の先は、霧のためにもう見通せない。霞をまとい、左右に広がる木立の影の色が濃くなったように思われる。
 視界の悪い中で道なりに進むと、煉瓦を積み上げて作られた構造物がすぐに現れた。村の入り口に立つ門柱だ。苔やシダに覆われ、ところどころ欠けたりひびが入ったりしているものの、往時の姿を留めているようである。ただし、門扉は完全に失われていた。
 門をくぐる前に、ルキアンは道の傍らに立つ石碑に気づいた。先ほどは気づかなかった道標である。彼は体をかがめ、碑に彫り込まれた文字に顔を近づける。眼鏡のレンズが微細な水滴で少し曇っている。
「ワール……トーア……」
 今ではもう人々の口から語られることもほとんどなくなったであろう、この名前を、ルキアンは繰り返した。

 《ワールトーア》

 音のひとつひとつが発せられ、それらが連なり、意味のあるひとつの言葉を形づくった。
 わずかな発声過程を通じ、ルキアンは胸の奥で何かが沸き立つような印象を覚えずにはいられなかった。たとえば美しいとか、興味深いとか、切ないとか――そういう特定の感情とは結びつけられない、しかしとても強い心の揺れが彼をとらえる。
 在りし日の村、森の人々の暮らし、少年の心は瞬く間に無数のイメージに埋め尽くされる。ルキアンお得意の《白日夢》あるいは《妄想》が始まろうとしていた。そのとき。

「珍しいな。まさか同業の人?」
 そう言って、不意にルキアンの背中をぽんと叩いた者がいる。
「な、わけないか」
 再び同じ声。
 不気味なほどに静まり人の気配すらなかったこの場所に、よもや誰かがいるとは思わず、ルキアンは飛び退くように振り向いた。
「お? わ、若いな。すまん、頼むから腰の物は抜かないでくれ。俺は山賊でも魔物でもない。真っ当な、いや、ちょっと胡散臭いネタも書くが、一応の物書きだ」
 茶色がかった短い金髪と尖ったあごひげが特徴的な、三、四十代くらいの男が、両手を上に挙げたまま、力の抜けた笑みを浮かべている。ルキアンが腰に銃と剣を帯びているのに気づいたのだろう。
 とはいえ、無言で怪訝そうに見つめる華奢な眼鏡の少年に、男はおそよ危険性や有害性を感じ取れなかったのだろう。彼はわざとらしく安堵の息を吐いた。一見すると黒色に見えるような濃い深緑色のコートをまとい、やたらに細長い足の先に、ラクダ色の大きな革ブーツ。かなりの長旅をしてきたからなのか、それとも着古しすぎたものなのか、彼の衣装は上から下までくたびれた感じであった。
「キミ、誰? 身なりからして、もしかして貴族とか……」
 そこで男の口調が変わった。
「それはともかく、エクターなんだな」
 エクターという言葉を聞いた途端、ルキアンの表情も変わる。
 にやけながらも、時折、油断ならない鋭い眼光を浮かべるこの男は、誰なのだろうか。
 なぜ分かったのか、と遠慮がちに問い詰めようとしかけたルキアンだったが、ふと、男の目を見ると、その視線が自分の上半身に向けられているのが分かった。何分にも着慣れないものだから、ルキアン自身、エクター・ケープを羽織っていることを忘れていたのである。このことに気づいたルキアンは、小さく頷きつつ、ため息をついた。
「いや、すまん。俺はパウリ。パウリ・ブレンネル。ノルスハファーンのカフェの主人、いや、そっちは妻に任せっぱなしで、まぁよくある三文文士ってやつさ」
「僕は……」
 《ギルドの飛空艦クレドールの》という言葉を途中で飲み込み、彼はぶっきらぼうに言葉をつないだ。
「僕は、ルキアン・ディ・シーマ-です。それで、ブレンネルさんは、どうしてこんな山奥に」
 ブレンネルが耳に鉛筆らしきものを挟んでいる様子は、なにやら御用聞きを思わせる。彼はルキアンの言葉を不可解そうに聞き直した。
「ここといえばアレだろ。キミも興味津々で来たんじゃないのか」
「あれ、って?」
「おいおい、地図から消えた廃村《ワールトーア》といえば」
 ルキアンには話がまったく見えてこない。
 心底、不思議そうな顔をしながらも、どことなく緊迫した面持ちで、何かの答えを期待しあるいは恐れつつ自分の話を聞いている少年に、ブレンネルは苦笑する。
「その様子じゃ本当に知らないんだな。そのわりには何かありそうだが、まあいい。こういう噂話さ。ミルファーン国境にほど近い山中に、ワールトーアという廃村があるらしいのだと。で、そこに迷い込んだ者が神隠しに遭ったとか、幽霊を見て命からがら逃げ出してきたとか、そういう噂が絶えない。《ワールトーアの帰らずの森》と言ってだな……」
 最初は真剣なまなざしを向けていたルキアンだったが、次第にがっかりした気持ちになってきた。コルダ-ユの港町でも、船乗りたちがその手の《伝説》をよく自慢げに語っていたものだ。幽霊船を見たとか、海の大怪獣クラーケンに襲われただとか、そういう話に次第に尾ひれが付いて、まことしやかに巷の伝説となってゆくのであった。
 そんなルキアンをよそに、ブレンネルは妙に饒舌になって話し続ける。
「それで俺もな、噂の真相を突き止めてやろうと、わざわざノルスハファーンからここまで出向いてきた。やぁ、幽霊なんて居ようが居なかろうが、実のところそんなのはどうでもいい。こうして現にワールトーア村は存在したわけだし、この村の現状だとか何かそれらしいネタを集めて、新聞屋に記事でもどうだと掛け合って、ちょっくら小遣いでも……」
 ここ、《イリュシオーネ》の世界では、《新聞》や《雑誌》というものが市民の間に広まるようになったのは、ほんの二、三十年ほど前のことにすぎない。記者や作家という職業も、まだそれで生計が立てられる職としては確立されておらず、ブレンネルのように何かの副業の傍ら、細々とそういう仕事を続ける者が多い。
 と、次にブレンネルが口にした言葉は、今まで話半分で聞いていたルキアンの顔色を一瞬で変化させた。

「たとえばアレだ、13年前に起こった《ワールトーアの呪い》だとか」
「え、あ、あの、ちょっと、待ってください。それは何です」

 《13年前に、このワールトーアで何が起こったんですか?》

「なんだ突然。まぁ落ち着けって。キミは、ワールトーアのことは知らなかったんじゃないのか」
「知りません。知らないから教えてほしいんです」
 急に飛びかからんばかりに話に食い付いてきた少年に、ブレンネルは唖然とする。この様子は、ただ事ではない。彼はルキアンをなだめつつ、息を整え、再び口を開いた。

「そう、あれは新陽暦290年、たしかに今から13年前のこと。《あの事件》そのものは、実際にあった出来事だ。そもそも、今になってもワールトーアには幽霊が出るだの神隠しに遭うだのという噂が絶えないのは、もとを辿れば全部あの事件のせいかもしれない」


2 「呪い」と「伝説」――ワールトーアの村をめぐる謎が深まり始める

 ◆ ◆

 灰の世界に降り続く雪。
 緩慢な調子で宙に漂う綿雪は、天で死した無数の鳥たちの羽根が舞い落ちてくるかのようで、じっと見つめ続けていると、理由もなく沈鬱な気分にさせられる。
 鉛色の空のもと、それらは音も無く積もり、家々は静まりかえり、立ち並ぶ木々は色を失い、広がる世界は、一面、墨絵のようだ。
 夜の闇はすべてを黒く塗りつぶす。そして対極にあるはずの白き色も、こうしてすべてから彩りを奪う。

 単色と単調さの中で同じ時間が繰り返され続けるような、凍りついた冬。
 その静寂を破り、雪原に刻まれる沢山の足音が響いてくる。
 冷え切った風に運ばれ、遠くの方から獣の唸り声も耳に届く。

 黒い毛に覆われた四つ足の獣たち。盛んに聞こえる荒い息は、犬のそれにも似ている。狼、いや、狼の姿を持ちながらもそれより一回り、二回り近く大きな野獣が群れをなして続く。
 彼らの前方を、おぼつかない足取りで体をふらつかせながら、一人の人間が駆けてゆく。茶色のローブをまとい、フードを被った男だ。ときおり息を切らせつつ、彼は呪文のような歌を詠唱し続けている。男の行く手には凍った湖が見える。彼は脇目も振らず、湖をめざして一心に進んでいた。
 それに続く、熊のように大柄な恐狼たち。あるいはその姿は地獄の番犬か。不思議なことに、狼たちは男の《歌》に引き寄せられ、魅入られているように思われた。

 ◆ ◆

「そう、あれは《呪い》だと。そういう話もある……」
 ブレンネルは、わざとらしく遠い目をして語り始めた。その言葉を一言たりとも聞き漏らすまいと、彼の前ではルキアンが眼鏡の奥で目を丸くして聞き入っている。
「俺は呪いなんぞは信じたくないが、そうとでも言わない限り、13年前のあの出来事は説明がつかない。あまりに奇妙だったから、何か人知を超えた力が働いたのではないかとさえいわれている」
 ルキアンの顔をのぞき込むようにして、ブレンネルは、急にゆっくりとした口調になってつぶやいた。
「そこで人々は思い出さずにはいられなかったのさ。《ワールトーアの狼狩り》の伝説を。この森の周囲にある村々で俺が聞いて回ったところ、《狼狩りの男》の伝説は、どうやら今から300年ほど前、あるいはもっと昔から伝わっているらしい」
 ブレンネルがそこまで言いかけたとき、ルキアンは思わず口走る。
「え、300年以上も前といったら、もしかすると《新陽暦》の始まりよりも前、《イノツェントゥスの誓い》(*1)よりも昔のこと? 前新陽暦時代のことかも……」
「だから真偽のほどはまったく分からない。大体、あれは、キミ……シーマー君……」
「あ、あの、ルキアンと呼んでください」
「おぉ、ルキアン君。俺のこともパウリでいい。そうだよ、そもそも《前新陽暦時代》自体、どこまで現実の話なんだか。ま、それはともかく《狼狩りの男》の伝説でも持ち出さないと、説明がつかんということだろうな。何せ、このワールトーア村の住人が、一夜にしてすべて居なくなったのだから」
 先ほどからブレンネルが繰り返し使っている《狼狩り》の伝説という言葉に、ルキアンは関心を抱いた。ブレンネルに促され、二人は、廃村の入り口に立つ門をくぐり、再び集落跡に足を踏み入れた。
「それでな、《狼狩りの男》の話というのは……」
 濃い霧の向こうを見据えるような仕草を何度も行ったかと思うと、ブレンネルは古の物語を伝え始める。


【注】

(*1) 《イノツェントゥスの誓い》というのは、イリュシオーネの《現世界》における中心的な宗教団体である《神殿》が成立し、同時に《新陽暦》が導入されるきっかけとなった出来事である。《神殿》の初代の《教主》であるイノツェントゥスが、当時のイリュシオーネの退廃しきった現実を変えようと、誓いを立てたという故事に由来する。この《イノツェントゥスの誓い》が行われた年が、新陽暦の元年に当たる。また、その時点から《旧世界》滅亡までの間を《前新陽暦時代》という。


3 「狼狩りの男」の伝説?――悲運の音魂使いと、消えた住民たち


「400年前だか300年前だか分からないが、かつてのワールトーアは、この廃村よりもずっと大きな町だったそうだ。森の中にあるとはいえ、ここらは、オーリウムからミルファーンに抜ける街道沿いに当たる。宿場町としてそれなりに栄えていたのかもしれない」
 ブレンネルはルキアンのすぐ近くでそう言った。だが、ほんの数歩先にいるブレンネルの姿さえもかすんでしまうほど、霧深い森の中。今は住む者もないワールトーアの家々が、あちらこちらに影となって浮かび上がる。風に流れる靄の向こう、石を積み上げた灰色の壁や、苔むした煉瓦屋根が見え隠れした。
「その頃、ワールトーアの人々を悩ませていた問題があった。少なくとも新陽暦が始まった頃までは、こういう奥深い森には《奴ら》が居たらしい。今では絶滅したと言われるが」
 下草を踏み分ける足音ともに、ルキアンとブレンネルがゆっくり歩いてくる。
「奴らって、誰ですか?」
「誰? 人じゃない。《狼》……。いや、狼だったら、まだマシだったろう。狼の姿をした魔物、《恐狼(ダイアウルフ)》さ」
 ブレンネルは両手を左右いっぱいまで広げ、さらに手のひらを外側に向ける仕草をした。恐狼の大きさが馬ほどもあったことを、身振りで表現しようとしたらしい。
「恐狼って、おとぎ話や伝説でしか聞いたことはないですけど、少なくとも前新陽暦時代には実在したそうですね。普通の狼より頭も良く、人間を騙すくらいの知恵が働いたとか。赤い頭巾を被った女の子が恐狼に食べられてしまう話だとか。そんな昔話を、そういえばシャリオさんからも聞いたような……」
 無意識にシャリオの名前を口にし、そこでルキアンは言葉を呑み込んだ。彼の歩みが止まる。濃霧に閉ざされた視界の向こう、ブレンネルの足音だけが聞こえ、そのまま離れていく。一瞬、少年の意識は、霞の中ならぬ白日夢の中にとらわれた。海辺に置かれ、潮風にめくられる手帳のごとく、クレドールで過ごした日々の記憶の1ページ、1ページが次々とルキアンの心に浮かび上がった。

 ◆

 シャリオは毅然とした調子で頷いて、椅子から立ち上がった。
 ――この子は……。
 彼女は力一杯ルキアンを抱きしめ、しばらくして彼の動きが止まると、その頭を優しくなでた。
「そういうときは、思いっきり泣きなさい……何も考えずに」
 彼女は一言ずつ、諭すようにつぶやく。
「辛かったのですね……今までずっと、あなたはそうやって他人に感情をぶつけることがなかったのでしょう? たった独りで……」
 シャリオの胸に顔を埋めて、ルキアンは嗚咽した。
「本当はね、ほんとはね、僕……」
「いいえ。今は何も言わなくていい。あなたの心は、決まっているのでしょ? それで良いって、誰かに言ってほしいのでしょ?」
 シャリオはルキアンの耳元でささやいた。
 彼は無言でうなずく。

 ◆

「エインザール博士だって、本当は優しい人が優しいままでいられる世界を作りたかっただけなんだと思います。でも憎しみに心を奪われて……」
 苦悩の表情を必死に拭い去ろうとするように、ルキアンは顔を歪め、引きつらせ、それでも渾身の笑みを浮かべた。
「そうですか。エインザール博士がどんな思いで天空人と戦ったのか、私には分からないにせよ、あなたの信じていることが本当であるよう願いたいものですね。いいえ、結局のところ全てはあなた次第かもしれません、ルキアン君」
 大切なものを慈しむように、シャリオは少年の肩に優しく手を置いた。
「たとえどれほど邪悪なものと戦うためであろうと、憎しみの心で剣を振るえば、その刃は沢山の罪無き人々を巻き込み、最後には自分自身をも傷つけるでしょう。だからルキアン君、決して憎悪に負けないで――そう、自分に負けないでください……」

 ◆

 厳かな古典語とオーリウム語で、シャリオはルキアンに告げた。
「新しき繰士ルキアン・ディ・シーマー、汝の崇敬する、月と魔法の女神セラスに誓いを立てよ」
 ひざまずいたままのルキアンは黙って頷く。
「小さき者たちの盾となり、あるいは優しき者たちを護る剣となり、その力を正しい道のために用いんことを」
 続けてシャリオは、ささやくように言葉を付け足した。彼女はルキアンに視線を合わせ、本当に小さな笑みを目に浮かべた。
「誓ってください。《優しい人が優しいままで笑っていられる世界》のために……」
 静かに息を吸い込んだルキアンは、普段より大きな声で答える。
「はい。私は、貴族の誇りと、この一命をかけて、セラス女神に誓います」
 その言葉に頷いたシャリオは、手にした剣の峰の部分をルキアンの肩に当て、そのまま、祝福の祈祷を手短に行った。

 ◆

「僕は誓いを貫くことができませんでした。優しさどころか憎悪にまかせて、ステリアの魔力に支配され、自分自身を失い、沢山の人の命を奪い、仲間まで殺そうとし……」
 どういう気持ちによるものなのか、ルキアンは投げやりな微笑を、自嘲的な笑みを唇に浮かべてつぶやいた。
「僕は。僕なんて……」
 なおも唇を振るわせて突っ立っている彼のところに、ブレンネルが駆け寄った。
「急に居なくなったと思ったら、何だよ、ぼんやり立ち止まって」
「すいません」
「おいおい、驚かさないでくれ、な。それこそ神隠しに遭ったのかと思った」
「はい。どうも……」
 焦点の曖昧な目つきをして、ブレンネルの後に着いて歩き出すルキアン。
 彼の気持ちなど知ることもなく、気楽な口ぶりでブレンネルが話を元に戻した。
「恐狼は、おとぎ話の悪役どころか、昔はワールトーアの近辺にも実際に棲んでいたらしい。一匹だけでも厄介な恐狼が、いつの頃からか大きな群れをなして旅人や家畜を襲うようになり、それがワールトーアの住民にとって悩みの種だったという。それで、どうしたと思う」
 ルキアンに顔を寄せるブレンネル。妙に間合いの近い人だなと、ルキアンは苦笑した。
「たまたま、一人の流れ者の楽師が村に、いや、当時の規模でいえば《町》にやってきた。実は、彼はただの音楽家ではなかった。魔法使いみたいなもんだ。何というか、歌によって不思議な力を……」
「おそらく《音魂使い》ですね」
「そうなのか。その、音魂……。って、ルキアン君、変なことに詳しいんだな」
「ま、まぁ、その」
 《一応、僕も魔道士の見習いですから》とは敢えて言わずに、彼は言葉を濁した。
「行き倒れに近い状態で村に流れてきた音魂ナントカ、まぁ、旅の楽師は、荒廃した故郷を救うために各国を回って募金を集めていたのだという。そんな彼にワールトーアの住人たちは頼んだ。普通の人間の手には負えない恐狼の群れを、魔法の歌で何とか片付けてもらえないか、成功したら礼金は十分にはずむ、と」
 ブレンネルは目を閉じて何度も調子よくうなずくと、さも実際に見てきたかのような顔をして語り続ける。
「楽師は長旅がたたって、病で胸を患っていたのだが、この申し出を受け入れた。厳しい冬のさなか、彼は呪歌の魔力によって恐狼たちを意のままに操り、村の郊外にある凍った湖の中心部まで連れ出し、冷たい湖に群れごと突き落として溺死させた。《狼狩りの男》と呼ばれるわけだ。ところが、病気の身で命を削ってまで恐狼退治を成し遂げた楽師に対し、ワールトーアの人々は、報酬を払う約束などした覚えはないと言い張り、一銭も払おうとしなかったのだ。結局、楽師は失意のままに町を去った」
 ルキアンの表情が曇ったのを見て、ブレンネルは首を左右に振った。
「ひどい話だと思うだろ。でも、物語はそこで終わらなかった。楽師が去ってほどなく、ワールトーアに異常な事態が起こった。ある日を境に、何の前ぶれもなく町の住人全員が姿を消したというんだ。近くの別の村に伝わる話では、ワールトーアに再び現れた楽師の歌に操られるまま、住人たちは恐狼の群れと同様に次々と湖に身を投じ、全員が恍惚の表情を浮かべて溺死したという。別の伝説によれば、同じく魔法の歌で町から連れ出された住人たちは、人買いに売られたとか、戦場に送られたとか……。おや、雨か?」
 漂う霧がさらに湿り気を帯び、いつの間にか霧雨の様相を呈していた。身体が濡れると、体温が急に下がってゆくように感じられ、心細くもなってくる。
「いずれにせよ、かつてワールトーアという町がすべての住民を失い、一度は無くなったという伝説がある。その後、このような小さなワールトーア村として人々の暮らしの場に戻っていったのだが……ところが13年前、村人たちが忽然と消え失せた。今度は伝説じゃない、紛れもない《現実》だ。いかんな、思ったより雨らしくなってきた。あそこで雨宿りでもしようか」
 ブレンネルは、手近な廃屋のひとつを指さした。


【第51話 後編 に続く】



 ※2013年6月~8月に、本ブログにて初公開。
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