愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
1.「神の王国の良いたより」、聖書教育
2.花々、風景写真
3.俳句、他

あなたは、憤り(怒り)を宿すことがありますか?

2017-10-30 23:14:31 | 神の言葉・聖書

 今は、「終わりの日の対処しにくい危機の時代」ですから、あなたも、きっと憤(怒り)りを感じることを度々見聞きすることがあるかも知れません(テモテ第二3:1~5)。私たちは男性も女性も「神の像(かたち)」に創造されていますので(創世記1:26,27)、愛や公正(義)に反する諸悪見聞きしたり、諸悪に遭遇すると義憤に燃え、憤り(怒り)を感じるのは当然であり、正当なことなのです。聖書は、「邪悪なことは憎悪」するように命じているからです(ローマ12:9)。

 しかし、憤り(怒り)を宿すことは避けなければなりません。聖書は次のように教えています。

 「憤っても、罪を犯してはなりませんあなた方が怒り立ったまま日の沈むことがないようにしなさい悪魔(サタン)に隙を与えてはなりません」(エフェソス4:26,27)。

 前書きに書きました通り、私たちは憤り(怒り)を感じることがあるのは当然なのです。しかし、上の聖句に示されている通り、その憤りを感じたとしても、冷静に対応し、罪を犯してはならないのです。そのため、上の聖句では怒りたったまま日の沈むことがないようにしなさい」と命じている通り、憤り(怒り)を宿してはならないのです。なぜでしょうか、憤り(怒り)を宿す悪魔サタンに隙を与えることになるからです。憤り(怒り)が仲間の人の間で生じたのであれば、特に、和睦のための正しい段階を踏むように、あるいは神エホバの定められた方法で解決しなければなりません(レビ記19:17,18.マタイ5:23,24;18:15.ルカ17:3,4)。さらに、憤り(怒り)やすい人や激怒する人の友となって自分の魂(命)をわなに掛けることがないように注意しなければなりません(箴言22:24,25)。

 憤り(怒り)を宿し続けると、霊的に不利な影響(ガラテア5:19~21)が生じるだけではなく、身体的に深刻な影響が及びます。例えば、血圧の上昇、動脈系の変調、呼吸器の障害、肝臓の不調、胆汁分泌の異常、すい臓への影響が見られます。強い感情である怒りや激怒は、喘息、目の病気、皮膚病、蕁麻疹、潰瘍、歯や消化器の障害などを助長したり、悪化させたり、時にはそれらを引き起こしたりするものとして、医師たちは指摘しています。ですから憤り(怒り)を宿すことは避けなければならないのです。

 憤り(怒り)を宿さないようにするために神エホバから出る教えの実・霊の実の愛、喜び、平和、辛抱強さ、親切、善良、信仰(信仰とは明白な証拠、論証に基づき、抱く期待・希望が保証されていることです)、温和、自制を培い、日常生活に適用することです(ガラテア5:22,23)。あなたも、常に霊の実を表わす方であれば幸いです。

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          晩秋や 猫陽だまりに 丸くなる 今日の一句

                                   北海道の姉妹から頂いた「直径10cmの大きなリンゴ」

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秋の真っ赤なバラと越後のブナ黄葉

2017-10-30 01:50:05 | 四季折々の花々

 ワンちゃんとの散歩の道辺に秋の真っ赤なバラが咲いています。

 特に手入れはされていないバラのようですが、

 特に、鮮やかな真っ赤な色が印象に残ります。

 花期は5月~6月、9月~10月です。

 用途は切り花、鉢植え、庭植えです。

 花言葉は「深い愛情」と紹介されています。

 今日は秋の真っ赤なバラと越後のブナ黄葉を紹介致します。

                                                        道辺に咲いている「真っ赤なバラ」

                                                        新潟県柏崎市の写真家の提供「ブナ黄葉」

 

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イエス・キリストは他の人の小さなあやまち、落ち度を指摘する前に何を行なうことを勧めましたか?

2017-10-30 00:22:32 | 神の言葉・聖書

 私たちは他の人の小さなあやまち、落ち度目につきやすく、直ぐに指摘してしまうことがあるかも知れません。一方、自分自身の行う大きなあやまち、落ち度には気付くことがない場合もあります。

 イエス・キリストは、他の人の小さなあやまち、落ち度を目の中のわら」に例え、自分自身の大きな過ち、落ち度は目の中の垂木」に例えて、次のように教えられました。

 「では、なぜ、兄弟の目の中にあるわらを見ながら自分の目の中にある垂木に注意しないのですか。あなた自身が自分のその目の中の垂木を見ていないのにどうして兄弟に、「兄弟、あたの目の中にあるわらを抜き取らせてください」と言えるのですか。偽善者よ!まず自分の目から垂木を抜き取りなさい。そうすれば、兄弟の目の中にあるわらをどうしたら抜けるかがはっきり分るでしょう」(ルカ6:41,42)。

 上の聖句に記されている通り、私たちは、他の人の小さな「わら」、つまり、小さなあやまち、落ち度はすぐに気付きますが、自分自身の大きな「垂木」、つまり、大きなあやまち、落ち度には気付かないものです。イエスは、まず自分自身の大きなあやまち、落ち度を直してから兄弟の「目の中にあるわらをどうしたら抜けるかがはっきり分かる」と、教えられました。私たちは、せん越な行動を直ぐに行わないように、イエスの教えに留意し、まず自分自身が、自分の大きなあやまち、落ち度に注意し、直してから、兄弟への援助を表したいものです。そうしないなら、イエスに「偽善者!」と、呼ばれることになります。

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        台風過 虫の鳴き声 戻りたる 今日の一句

                     柿畑の「シュロウの木」

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