戯曲 老子夫人② 学校にて
十八歳の順平が放課後の教室で机をはさんで担任の白崎(54歳)と向き合っている。白崎の手には上質紙で作られた順平の「進路希望調査書」が握られており、そこには第一希望の欄に鉛筆でプータローと大きく書かれて以下何も記載されていない。
白崎:(怒った様子)プータローとは何か。
順平:プラプラするからプータローというのですが。
白崎:(かなりの怒りで手が震える。大声で)お前そんなことで世間が通ると思ってるのか。お前ぐらいの成績のやつはちゃんと大学行ってちゃんとした仕事につかなあかんのや。
順平:(面倒くさそうに)プータローも一応アルバイトはしますが。
白崎:(大声で、口からはたばこのやにで黄色くなった歯が見える。)馬鹿もん。そんなことでは野垂れ死にするぞ。(急に考えを変えて穏やかに)新しい用紙を渡すから書き直してこい。親ともよく相談するんやぞ。いい大学に行けば就職先を選べていいところへ行ける。いい給料を貰えて安楽に暮らせる。
順平用紙を受け取り退出する。
その帰り道友人の黒田にあってしばらく話し込む。
順平:プータローて書いたらあいつえらいお怒りやったで。
黒田:そんなけんか売るようなこと書くとなー怒るの当たり前やろ。こういう時は、適当にどっか受けといてそれで不合格にしておいて静かにフェイドアウトするのが大人の知恵やで。受験料勿体ないけどな。そんで、知ってるかあいつな今年が最後の教頭昇格試験やねん。もう何年も前から受けてるねんけど今年も落ちることになってるねん。
順平:なんでそんなこと知ってるねん。
黒田:(やや得意げに)おれのおじさん県庁の知事部局のえらいさんやねん。おれそこから聞いてるからなんでも知ってるで。あいつな三年ほど前から受けてんねんけど何回受けても落ちることになってるねん。はじめから決まってるねん。だれが合格するかは、事前にコネとか能力とかの査定がすんでるからもう決まってるちゅう話やで。
順平:ほんなら受験の手間とか勿体ないだけやんか。
黒田:(かなり得意げに)ここもまた大人の知恵やで。受験の間本人仕事に気はいるやろ。給料上げないで仕事に気入れてもら思うたらこうするのが一番や。
順平:それでか。今日はえらい剣幕やったわ。
黒田:(さらに得意そうに)そらそうだ。ええ大学に生徒をどんだけ送り込んだかが自分の人事査定のデーターになるとあいつ思い込んどるんやから。でも来年からはあいつ仕事する気のない普通の先生になるはずやで。(ここでかなりの間の沈黙があって)けどな県教育委員会にも智慧のあるやつがおってな、教頭昇格試験の受験年齢制限を撤廃する案も出てるらしい。こうなったらあいつ定年の年まで気入れて働かされるで。
順平:迷惑な。
黒田:まあどうしようもないことやな。
この日を境に順平は一切登校しくなった。高校は中退した。母親ははじめ涙を浮かべて順平に何かを言っていたがそのうちなにも言わなくなった。父親はなにかもぞもぞ言っていたがそのうち家に寄り付かなくなった。