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プロジェクションマッピングの意味するもの(藤原新也さん・Cat Walkより転載)

2024年07月06日 00時10分00秒 | 藤原新也
明日、7月7日に投票日を迎える東京都知事選挙に際し、藤原新也さんの会員制サイト「Cat Walk」より、下記文章の拡散許可が出ておりますので転載させていただきます。
文中の「船長」は藤原新也さんのことです。

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プロジェクションマッピングとはつまりプロジェクション(投影)マッピング(貼り付ける)と言う極めて単純な造語だ。
プロジェクションマッピングと聞くと何か大変な事業(インスタレーション)やってると言うような感覚が一般人にはあるのだが、これは単純に言うと「幻燈」なのである。
 
要するに、私たちの年代のものが雑誌などの付録についていた簡易な幻燈機で遊んだことがあるが、その延長線上にスライド上映などで使うプロジェクターなるものがあるわけだ。
 
プロの写真家が使うプロジェクターは大体4〜5 0万円程度で、明るさはルーメン(Lm)で表し、一般家庭で使うものは100から1000ルーメンくらいだがプロが使うものは3000ルーメン以上、最大クラスで6000ルーメンくらい(船長も所有)。
 
それでは屋外の大きな建物などに投影するプロジェクションマッピングのプロジェクターのルーメン数はどれくらいかと言うと、2万から4万ルーメン、プロジェクターの価格は、一気に跳ね上がって1千万円から2千万円だが、構造的には幻燈機と変わらないわけだからいくらシェア率が低いといっても高級車と値段が変わらないこの価格は高すぎると思っている。
 
 
 ◉
 
 
要するにプロジェクションマッピングと言うのは、これは単純に平面のスクリーンに映すものを立体物に映したと言うことに過ぎず、別に大それたことをやっているわけではない。
 
このプロジェクションマッピングのはじまりは、遠く1960年代に遡り、ディズニーランドでミッキーマウスの顔などに何らかの映像を投影したのがはじまりだと言われている。
同じ頃、ビートルズのミュージックビデオでもジョージ・ハリスンの顔に映像を投影するシーンがあったりしたが、70年代にはライトショーやアートの分野でプロジェクションが使われはじめた。
だがその頃にはまだ「プロジェクションマッピング」と言う造語はなく、この造語が生まれたのはビジネスへ応用されはじめる2010年代以降のことである。
 
 
ビジネスとしての費用は 人体や小物などの投影で40万から100万、屋内やレストラン、結婚式場の会場などで150万から300万、駅やビルなどの大規模なもので300万から1千万円程度である。
 
このことになぜ私が詳しいかと言うと2011年に旧練成中学校を活用したアーツ千代田3331(2023年閉鎖)で大規模な「書行無常展」(11月7日〜27日)を開催したおり、学校の正面全体に プロジェクションマッピングで書の動画が出来ないものかと算段したことがあるからだ。
このおりは2万ルーメン、三台のプロジェクターを使い、一日の上映1時間、20日間上映で値切って値切って300万という試算が出たが、 予算の都合上そこまで贅沢なことはできないと言うことで断念した経緯がある。
 
 
 
ここまでの話を聞き、勘のよいクルーならすでに沸々とした怒りが燃え上がっているはずである。
そう例の都庁舎のプロジェクションマッピング費用48億円!!!!!!!。
私はその報道を聞いたとき、まぁ多く見積もって4千8百万円の間違いではないかと思い、調べたところこれが48億円に間違いないことを知り、まずなぜこのような詐欺行為が白昼堂々とまかり通るのかむしろそのことに頭が行った。
 
ひとつにはマスコミの想像力と調査報道の欠如。
もうひとつは一般市民の無知(これは特殊世界なので仕方がない)。
それから同業他社もひっくり返るほど驚いているはずだが、声を上げないのは多分お上を恐れての忖度と、都庁のイベントによって上映価格が底上げされ高値水準が生じることは今後の仕事のやり易さと儲けに繋がるという思惑があるからだろう。
多分しめしめと思っている業者もいるのではないか。
 
このいかにも小池が好みそうな横文字の『TOKYO Night & Light』というネーミングのプロジェクションマッピング。
期限を区切らない上映らしいが、映写時間は19時半から9時半まで10分間上映を5回。
 
 
 
 
というわけで、百聞は一見にしかず、昨日木曜日の夜、7時半の開演を目指して、都庁舎に馳せ参じた。
所用もあり現場に着いたのが開演15分前の7時15分。
これでは観覧する都庁前広場は、混雑で良い場所が取れないのではないかと案じて現場に着いたわけだが、あれ、誰もいない!!
 
いや、誰もいないわけではなく、広大な半円系の広場によく見ると人影ちらほらで、一瞬誰もいないと見誤ったわけだ。
7時半の上映時間ギリギリで数えてみると、全客数で212名と1分程度で数えることが出来た。
客層は家族れやカップル、そしてインバウンド観光客が3分の1。
都庁前広場に賑わいを取り戻すと言う触れ込みには程遠くただの閑古鳥なのである。
 
 

 
大体こういうイベントと言うものは、先般私が行った世田谷美術館における展覧会のように、口コミで評判が評判を及び人が増えていくものだが、既に半年間を上映し、この観客数と言うのは、評判が評判を呼ばず、右肩下がりということであり、この先、数人の観客しかいないという恐ろしい光景も出現しかねない。
というわけで、あまりにも寂しい。都庁前広場にポツンと孤独感を漂わせながら、都庁舎を見上げる。
 
 
 
定刻の7時半になるや、女性の業務的アナウンス録音と陳腐な音楽(音響がまたちゃち)ともに映写が開始されたのだが映像を扱うものの目から見たら「ダッセー!」のひとこと。
10分間を5つのパートに区切り、外国のラボを含め競わせる形になっているが、CATWALK表紙にアップした最終の映写がそこそこと言う感じで、カウントダウンの鳴り物入りではじまった。トップの映写に至っては終盤のあたりで花火模様が映し出されるなど素人そのものなのである。
 
それ以上にこういった投影画像と言うものは写真や動画で撮ると派手目に映るものであり、それなりの雰囲気を醸すのだが、リアルな現場で、これを見ると、都庁の物量感と窓の灯りが邪魔をし、その表面に薄ーい画像が存在感もなく、ちらほらすると言う感動と程遠い儚い画像なのである。
 
これでは現場で見たものが、口コミで人に行ってみるよう勧める事は当然ないだろう。
と言うより10分間と言うのはあっという間の出来事で、皆あれ、これで終わり?と私の後ろの親子連れなど会話もなく、そそくさと広場を後にする後ろ姿が虚しい。
 
 
 
 
ところで、私が怒りを覚えるのは48億円もかけていながら、たった10分の映像ソフトを作っただけと言うこのひどいコストパフォーマンスである。
 
要するに、パソコンで動画のソフトを作るわけだから、私でもこの程度のソフトは1週間もあれば数人の助手とともにひとりで作れるだろう。
 
この48億円と言うお金は巨大なセットや様々な有名俳優の出演する2時間ものスペクタクル映画が制作できる予算であり、一介の映像作家や写真家がデスク作業で作り込むソフトとは程遠い金額なのである。
まぁそのようなわけで、これは薄っぺらい映像による『TOKYO Night & Light』は「詐欺行為」以外の何ものでもない、と言う判断を下したわけだ。
 
問題は、この莫大な金の流れがどのような形で誰の懐に入ったかと言うことであり、今後メディアはこの点をしっかり追求しなければならないだろう(いや今の眠り呆けているマスコミではダメかも知れぬ)。当然発案者であり、このパフォーマンスを遂行した小池都知事の財布を開けてみる必要もあるだろう。
 
 
 
私は本来選挙に際しては候補に関する評価は謹んできたが、今回その掟を破ったのは小池ブームが起きた時からそう言っているように小池というのはとんでもない悪行人であり、成り行きで今回の都知事選にあっても彼女の当選は固いだろうが独走当選は阻止しなければならないと思っているからだ。
 
庶民と言うものは、本来保守的で、変化を嫌うという意味において、今回の都知事選に関しては、現職の強みというものは動かし難く、さら組織票と相まって、小池有利の構図は動かないと思うが、小池の都政私物化は目に余る。
 
まず彼女がやった事は定例の知事、記者会見の場から自分の意にそぐわないメディアを追い出したことである。
コロナ前まではフリーの記者を含め、様々なメディアを会見の場に呼んだが、ここで自分の意にそぐわない質問などが飛び出したために、一計を案じコロナを利用して意にそぐわない記者たちをパソコン画面の向こうのリモートの場に追い出し、実際に会見の場に出てくるのは、小池の飼い犬ばかりと言う状況を作り出したわけだ。
 
次にやった事は、都庁内で自らにものを言う有能な職員の追い出しだ。
このマスコミ対策、そして内部にイエスマンのみをはびこらせることによって、まさに女帝の名の通り独断で様々な事業を進行することとなる。
 
 
その最も大きな事業は、築地の再開発やオリンピック選手村の後の再開発、神宮外苑の再開発。
築地の世間知らずの卸業者たちは小池の甘言に騙され、言いなりに土地を明け渡した結果、寝首を掻かれるように追い出され、ここに巨大な再開発の青写真が敷かれる。
神宮外苑の再開発もまた然り、選手村後再開発も然りだ。
その再開発の主導権を握るのがいずれも三井不動産。
つまり、ここに小池がその独裁によって三井不動産に土地を差し出す構図が見て取れるわけだ。
都知事選の4候補記者会見の中で、蓮舫が外苑前開発の業者から献金を受け取ってないかと言う問いに、小池は法に則って適切に処理をしていると言う定番の受け答えをしたわけだが、要するに、これは体の良い「ワイロ」であり政治献金は序の口で水面下ではかなりの金が小池の懐に流れている可能性は否定できないだろう。
三井不動産が小池を飼い馴らしたのか、小池が三井不動産を飼い馴らしたのか、それは預かり知らないところだが、この小池の悪行ぶりと言うものは、ここのところずっと問題になってきた自民党議員のパーティー献金などかわいいものである。
 
 
おそらく今回の都知事選において小池の有利は動かないだろうが、問題は2番手につけているはずの蓮舫の捨て身が伝わらないことだ。
今ネットで評判になっている3番手と言われる前広島県安芸高田市長の石丸伸二が1日に8回から10回なりふり構わない必死の街頭演説が目立つが、街頭に立たない批判を受けて立ち始めた小池が午前一回街頭に立つに比して、蓮舫も1日に1回、多くて2回と、本来なら声を枯らして捨て身で走り回らねばならない二番手の蓮舫が小池と同じパフォーマンスをやっているようではこれはもうだめだ。
 
というわけで今回は船長本音トークだが、これはあくまで個人的見解と断っておく。

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統一教会とオウム真理教。

2022年11月27日 15時21分21秒 | 藤原新也
すでにご存じの方もいるのかもしれませんが、僕は知らなかったので少々頭が混乱しました。

藤原新也さんのポッドキャスト。
参考程度でも良いので聴いてみてください。

途中出てきている、藤原新也さんが麻原彰晃(本名・松本智津夫)の兄・松本満弘氏のもとを訪問されている話は2006年に刊行されている「黄泉の犬」にも書かれています。
 
それにしても、このようなかたちで統一教会とオウム真理教が結びつくとは思いもしませんでした。
統一教会の問題はもちろん、オウム真理教の問題も、まだまだ根が深く終わってはいないんだな、と思いました。
そして、ポッドキャストの最後にも藤原さんが仰られていますが、オウム真理教の問題も今一度掘り起こして統一教会の問題も合わせて、正面から向き合って解決していかないとこの国は本当にとんでもないことになる可能性があると僕も強く感じるのです。

関連リンク。========

※お知らせ:先日より当ブログでは、旧「世界基督教統一神霊協会」、現「世界平和統一家庭連合」をその旧称に基づいて「統一会」ではなく「統一会」としてきましたが、有田芳生さんの著書「統一教会とは何か」にもありますように「統一教会」との表記が一般化しておりますので、今後、旧「世界基督教統一神霊協会」、現「世界平和統一家庭連合」の表記を「統一教会」と統一します。また同時に「旧」の表記を省きます。
ご理解、ご了承のほど、よろしくお願い申し上げます。
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NHK日曜美術館「死を想(おも)え、生を想(おも)え。 写真家・藤原新也の旅」

2022年10月16日 16時50分00秒 | 藤原新也
観ました。
やはり、圧巻でした。

長らくリスペクトしている人でありながら、
これまでに何度も見たこと聞いたことのある話も含まれているのに、
なぜか、どれも新鮮に感じられ新しい話を聞いている想いでした。

いったい、この世界はどこまで続くのか?どこまで奥が深いのか?

いや、もしかするとこの30年ほどの間、読者でありながらその世界のこれっぽちも理解していないのではないか?

そんな風にも想いました。

再放送は、10月23日日曜日午後8時から。

関連リンク。========
「祈り・藤原新也」展

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藤原新也 「祈り」

2022年08月12日 21時07分07秒 | 藤原新也
 
先月25日発売になった藤原新也さんの単行本、「祈り」
この単行本について、藤原さん自身が毎週更新されているPodCast「新東京漂流」で語られています。
僕の手元にも先週届き拝見しました。
一見、これまでの回顧的内容に受け取れつつも文章は全文書下ろしであり読者に新しい理解を与えるもので、これは「新作」と言えます。

A5判サイズとはいえ300ページに及ぶこの作品は内容の濃さも伴いズシリとした重さを感じます。
藤原新也さんを知らない人でも現在進行形とこれまでの藤原さんをよく知ることができるのではないでしょうか。

藤原さんが撮影された、山口百恵さん、大島優子さん、指原莉乃さん、瀬戸内寂聴さんなどのほか、社会的に話題になった人を撮影された奥行きの深い写真も拝見することができます。
新たに書き下ろされた文章も読み応えがあり没頭してしまいます。
かなりおすすめです。

関連リンク。========
今回の「祈り」に伴って開催される写真展。
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藤原新也「メメント・モリ」を読み返す。

2022年07月17日 21時18分08秒 | 藤原新也
また宗教が取りざたされる世の中になっています。
不穏な雰囲気を感じないわけではないですし、今後この流れがどのような方向に向かうのか?私たち庶民には伺い知れません。

いずれにしても、この先の世の中に私たちは生き続けなければなりません。
そのためにも、あらためて頭の中を整理するためにも立ち向かうためにも、そもそも宗教というものがどういうものだったかを確認する必要がありそうです。

そのように考えたとき、藤原新也さんのベストセラー「メメント・モリ」の一節を思い出し読み返しています。

今から40年ほど前に出た初版の中の一節、

動物は自然を真似る。
自然を真似るということは、自然の中にある道徳(モラル)を真似るということです。自然は生存のための道徳(モラル)の構造を備えている。それを写実して行くのが原初の宗教です。

この一節が思い出されました。

ちょうど奈良は日本の原初の宗教を垣間見ることのできる場所であったりします。
例えば、奈良・桜井市の大神神社(おおみわじんじゃ)が拝しているのは三輪山という自然だったりします。

原初からの人間という生き物が、どのように生きようとしていたのか?
このように自然に対していだいてきた畏怖・畏敬の念というものをどのように活かそうとしていたのか?
当時の人間の生活を思い浮かべながら、今の人間の生活と対比しながら考えていくのも、ひとつの方法なのかもしれません。

稚拙ですが…。
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「写真を撮る者にとって決して聞き逃してはならない」

2020年12月09日 00時55分19秒 | 藤原新也

「なるほど!」と唸り納得すること、数回。

今年4月から始まっている藤原新也さんのポッドキャスト「新東京漂流
今回は脳科学者・茂木健一郎さんとの対談の最終回。
藤原新也さんが主に人物写真を撮るときのお話をされています。
また、インスタグラムについても触れておられます。

「10万の『いいね』より、ひとつの『Hug』」

人見知りのある僕には正直耳の痛い部分もありましたが、写真を通じて非常に深くて大切なお話をされています。
そのため、ブログにも取り上げてみました。

藤原さんもご自身のブログで仰られています。

「今回は写真を撮る者にとって決して聞き逃してはならない回である。 」
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「竹中と高橋をつまみ出せ」

2020年12月05日 03時03分06秒 | 藤原新也
以前からモヤモヤしていた想いが、少し晴れました。

昨日夜に更新された藤原新也さんのサイト。
スカっとしました。
このお2人には、いち早く政治から手を引いていただきたい。
竹中など、いつまで首を突っ込んでいらっしゃるのか?
まるで「日本の不幸製造装置」
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藤原新也「大鮃(おひょう)」を読み終えて。

2017年03月08日 15時40分32秒 | 藤原新也
僕は、本を読むのが小さい頃からあまり好きではなく、読んだとしても非常に遅く時間や日にちがかかります。
また「作り物(フィクション)」に興味が皆無で、どちらかというとエッセイやドキュメンタリーを好みます。

そんな僕ですが、藤原さんの書く文章はなぜしら読みやすく集中して読めるのです。
また今回は「小説」であり、興味を持てるのかどうかわかりませんでしたが、実際読み始めてみると面白く予想以上に興味が持てました。

発売以前に藤原さんの会員制サイトで、上梓される前の文章が公開されていて読んでいたのですが、
上梓された今回の文章は非常にすっきりまとめられていて読みやすかった印象です。

内容は、オンラインゲーム依存症だった主人公が幼い頃に亡くした父の故郷(スコットランド・オークニー諸島)を訪ね、ガイドを頼んだ老人らとの交流の中で心開いていく姿を描いています。
ストーリー展開が次々とあり、読者をヒマにさせない。たぶん読書好きの人なら一日で読み切ってしまう作品なのでしょう。

読み終えて、ゲームこそしないものの、主人公と同じような身の上において、身につまされる内容でした。
詳しく書こうとすると、もうこの文章が迷走してしまう可能性が高いので書きませんが、ひとつ明確に思ったのは、

この本を読んで感じた内容を自分の生活に活かし、何かを成し遂げられた時に、初めて本当の意味において、この「大鮃」という小説を読了したことになるのではないか。

そう思いました。
この先、何か生活の場面で、幾度かこの小説の何かの場面がふと頭に思い浮かぶことがあるんだろうと思います。

大鮃(おひょう)
藤原新也
三五館
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【藤原新也サイトCatwalkより転載】報道の自由度世界72位面目躍如の小池会見の周辺。

2016年09月01日 21時57分08秒 | 藤原新也
今回も藤原さんの文章を転載させていただきます。

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築地の移転問題に関してこれは大きな問題を孕んでいることでもあり、昨日じっくりと小池百合子都知事の記者会見を見ようと久しぶりにテレビを見たのだが、これが会見ライブをやっているのは民放TBSの「ひるおび」という番組のみでそれも途中まで。

NHKに至ってはのんびりとタレントインタビューなどをやっており、この国のメディアは一体どうなっているのかとの思いを抱かざるを得ない。

そこで最近出来たニュースサイト(これはスマホのアプリにもある)THE PAGEはYouTubeを通してこの種のライブを完全録画して公開しているのでこれを見た。

築地市場移転問題で小池都知事が会見(2016年8月31日)




これを見ると小池は築地移転の問題に関し①食の安全性②費用の増大③情報公開不足の三つの問題点を上げている。

だが小池の目指す本丸は②の費用の増大であり、小池がかねてよりブラックボックスと名指ししていた件は内田茂都連幹事長支配のもとによる不透明な金の流れである。

この不透明な金の流れは森喜朗の元に行われている東京オリンピックにおける費用の増大と同一の構造を持った、ある意味で平成の大贈収賄事件ともなりうる大問題なわけだが、会見の模様を見ると、都付きの記者連中も腑抜けの集まりで自民党都議と同じように内田茂というドンに暗黙のうちに支配されて来た習性から抜けきれないのか、この本丸への切り込み質問はまったくなく、あさっての質問ばかりであっけなく幕を閉じた。

築地移転と東京オリンピックにおける費用の天文学的高騰(オリンピックに関しては2013年は3000億程度が今は1兆8000億このうち仮設会場の整備費や既存施設の改修費に限っても、招致時点の723億が3000千億。築地移転に関しては建設費が3倍も膨らんでいる)思うにこの黒い金がプンプンと臭うわけだ。


思うにこういった焦臭い伏魔殿に関してはこれが20年前以前であれば大新聞などがそれを嗅ぎつけ、身を粉にして切り込んだ取材を行い、特ダネ記事として発表して来たわけだが、逆に知事がその問題を取り上げるというのも本末転倒だが、各紙の記者その後追い質問もないというのは今の世の中の大メディアの若い記者がすでに記者ではなくなっており、マニュアル遵守のロボットと化していることはマニュアル質問ばかりで興を削いだリオオリンピックにおける若い記者連中の選手に対する質問と同様である。

その夜は引き続き各テレビ局がこの問題をどのように報道しているかを検証したが、まったく音なし。

就中かつて反権力で名を馳せたテレビ朝日の報道ステーションでは安倍の寿司友と名高いコメンテーターの後藤謙次が(贈収賄マターにまったく触れることなく)何の怨念があるのか、あるいは自分も何かの負い目があるのか色を成して小池会見に対する否定コメントを発していた。

昨今こういったお抱えジャーナリストが一見良識人風の顔をしてメディアに跋扈しているから日本は国連報告によって報道の自由度世界で72位というありがたいお墨付きをいただいているわけだ。

「ちよっとこの数字については我々実感があまりないんですけどね」

は、てめえが作り出した数字であり、我々ではなく私という言葉を使え。



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2016年9月1日付

注1:「THE PAGE」のYouTube動画はリンクでしたが、こちらで埋め込みとさせていただきました。
注2:画像が2点掲載されていましたが、1点は「THE PAGE」のYouTube動画のキャプチャー画像のため割愛。もう1点はサイズを合わせて掲載しました。
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【藤原新也サイトCatwalkより転載】オリンピック宴たけなわ、これでは戦争は無理地図作成。

2016年08月19日 01時06分52秒 | 藤原新也
写真家・藤原新也さんが自サイト内で以下の文章を公開された。
警告の意味を兼ねて今回の内容を転載可とされたため、僕自身もその内容に危機感を感じ藤原さんのご意思に同調したいと考えたので、以下に転載いたします。
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オリンピック宴たけなわ、レスリングでは同時に三つの金を取って日本国中が浮かれているさなか、ここ数日、船長(=藤原さん)はひとつの地図作りに余念がなかった。


ご承知のように今月3日午前7時53分ごろ、北朝鮮は南西部の黄海南道付近から弾道ミサイルを日本海に向けて発射し、この中距離弾道ミサイル「ノドン」と推定されるミサイルは約1千キロ飛行し、秋田県男鹿半島沖の西約250キロメートルの日本の排他的経済水域内に落下した。


このきわめて大がかりな中距離弾道ミサイルの発射を自衛隊が確認追尾出来なかったという事実は大変ショック(なぜこの事の重大さをマスコミは取り上げないのか不思議)な出来事だったが、それよりも私の頭に???マークが充満したのは各マスコミ、そして識者のコメントも”秋田沖に着弾”という風に着弾地点のもっとも近い”秋田”の連呼ばかりだったからである。

いまだにネットなどを検索しても私の知る限りこの観測は変わらない。


だが私個人はこのミサイルの弾道と着弾の地図を見たとき、とっさにこのミサイルはアメリカ軍が核を配備しているとの噂がある三沢基地に照準を当てたものと直感した。

というより直感なぞと大げさな言いまわしをするまでもなく、件の弾道を見ればその先に三沢基地があることなど明々白々なわけだが、???マークが踊るのは本当に薄らボンヤリして気づいていないのか、あるいは口を閉ざしているのかなぜか誰の口からも三沢の言葉が出てこないからである。


だが事態はここに止まっているわけではない。


三沢基地のすぐ北には全世界の核施設でもっとも危険とされる「六カ所村核再処理工場」があるのだ。


ご承知のようにこの六カ所村核再処理工場になんらかの事故が起これば福島第一原発の事故なぞひよっこみたいなもので日本国全体に死の灰が降ると言われている(であるがゆえに軍事機が頻繁に飛び交う三沢基地の航空機事故が懸念されてもいる)。


青森県の危険性はそれに止まらない。

六カ所村核再処理工場の北には東通原発が控え、さらにその北のむつ市には核燃料中間貯蔵施設があり、さらにその東にはあの有名な大間原発が控える。


つまり要するにこのノドンとおぼしきミサイルの射程内の青森は日本でもっとも核災害の危険に曝されている核の一大倉庫なのである。


というわけでみなさんがオリンピックで浮かれている最中船長はまったく机上の空論でもない将来の放射能危機を念頭にシコシコと今回のミサイル地図を描いていたわけだ。


クリックで拡大。


この地図を見れば北朝鮮がなぜあらぬ方向に向けてミサイルを放ったのか一目瞭然である。


自衛隊も補足追尾出来ない。

どこに向かって飛んで行ってるかもわからない。

こんな簡単な想像力もないマスメディア(あるいは自主的に箝口令を引いているのか)およびノーテンキな世論を見るに日本は戦争をしても必ずや負けるだろう。


私はかつて25年前に読売新聞に「平和ボケ」という言葉を書いてそれは今や日本人の代名詞となっているが、とりあえずオリンピックボケはなるべく早く解消して正気に戻っていただきたい。


日本は広島長崎の原爆に続き、福島第一原発の事故に曝された世界でも希有な核被爆国である。


これを宿命とは言いたくないが、今回のミサイルの件、オリンピックに浮かれるのも悪いとは言わないが、私たちは世情に浮かれるあまり福島第一原発の事故の教訓と放射能に対する備えを忘れてはならないという警告と受けとめたい。

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2016年8月18日付
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