寂静阿弥陀経説法趾
畠中光享画伯の はたなかこうきょう
祇園精舎の
版画です
祇園精舎は
お釈迦さまが
阿弥陀経を
説かれた
ところともいわれます
2500年前
絵に描かれている
基壇の上に
お釈迦さまは
静に
結跏趺坐され
「諸行は無常なり。 すべては移り変わるのです。」
と
法を説かれました
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
行仏威儀 ぎょうぶついいぎ
今朝の
札幌は
冷たい雨です
よく
威儀を正す (禅宗ではいいぎと読みます)
などと使われますが
行くこと
とどまること
坐すこと
ふせること
これを
行住坐臥の ぎょうじゅうざが
四威儀といいます しいいぎ
一切の行いが
正しい
立ち居ふるまい
という意味です
道元さまは
諸仏は必ず仏としての威儀を
日常の行為の上に実現する
それが行仏である (行仏=行ずる仏)
といわれます
春夏秋冬
三角山の
自然の
すがたは
まさに
行仏威儀の
現れです
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
法要準備
今月18日の
当山
両祖・御開山忌
法要に備え
窓の清掃を
お願いしています
中国に
玄沙師備 げんしゃしび
というお坊さんがいました
師備は
「尽十方界、是一顆明珠」 じんじっぽうかいは、これいっかのみょうじゅ
(この世は一粒の明るい玉)
といわれました
道元さまは
十方界は
自己の光明の内にある
もし
悟りにより
まぶたが開くと
自分が
光明のなかにあることも
分かるのである
これを
自他一如
というのである
といわれます
見るものと
見られるものの
差別がなくなると
この世は
まあるい
お月さまの
世界となるのでしょう
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ | 次ページ » |