エゾリス
北海道には
エゾリス
シマリス
が生息しています
エゾリスの
子どもかもしれません
シャッターを
少し空けているのですが
居心地がいいのか
なかなか
帰りません
チャリティー写真展「花すがた」
岡本和行さんの
チャリティー
写真展で
ハスの写真を
数枚購入しました
道新プラザDO-BOXにて
本日
10時から6時まで
開催しています
十方 じっぽう
動物園に
ドングリを
拾いにきました
今年は
実のなりがよくありません
お釈迦さまは
いわれました
「十方仏土の中には、ただ一乗の法のみ有り」 (一乗=仏になる道)
道元さまは
にぎりこぶし一つ
これが
十方である
赤心 せきしん (ありのままの心=まごころ)
これが
十方である
といわれます
十方とは
すべての世界のこと
仏土とは
仏さまの世界のこと
十方は
仏土であり
この世は
すべてが
仏さまということです
行持 その3
数日前から
車庫に
エゾリスが
住み着いております
くるみが
好物らしい
むかし
中国の
馬祖道一 ばそどういつ
という禅師に
弟子の
法常が ほうじょう
問うていった
「いかなるか これ仏」
馬祖はいった
「即心是仏」 そくしんぜぶつ (今の心のままが仏)
法常は
このことばを聞いて
すぐに
大悟した たいご (悟りを開いた)
それから
大梅山にのぼり
草庵に
一人住み
松の実を食べ
ハスの葉を袈裟にして
30年
坐禅をした
天童山の
如浄禅師は
この
大梅山法常禅師の
話を
雲水に説き
多くの僧が
涙を流しました
道元さまは
そのときの様子を
18年後に
回想し
正法眼蔵
「諸法実相」の巻きで
説かれています
そして
仏祖の大道には
必ず
とぎれることのない
行持がある
行持が
実現することを
今
というのである
といわれます
行持 その2
ニセコのカボチャ
いただきました
むかし
中国に
趙州従諗 じょうしゅうじゅうしん
という
お坊さんがいました
年齢が
60才になり
求道心をおこし
出家しました
80才になり
観音院に
住職となりました
あるとき
衆に説いていいました
なんじ一生
叢林をはなれず そうりん(修行道場)
15年
不語であるならば ふご(沈黙)
仏さまも
その修行を
認めるであろう
道元さまはいわれます
語らないとは
叢林をはなれない
ということである
それが
行持であり
世界のすべてが
叢林であり
ことばを越えて
語り尽くされている
ということである
すべては
沈黙から生まれ
沈黙へ帰るのでしよう
黙して
行ずる
これが
行持です
人は
すぐに
説明したくなってしまいますが
不語
が
大切であるということでしょう
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