隊員NO.6ちーろで~す(^_^)v
10月23日(火)の課題研究の時間に橋立町の「加佐ノ岬倶楽部」にお伺いし、オーナーの宮本昭夫さんに
併設するギャラリーをご案内いただきました。宮本さん、ありがとうございました。
宮本さんは、1974(昭和49)年春に、大聖寺で硲(はざま)伊之助画伯の作品に出会い衝撃を覚えたそうです。
それは、まるで魂と五感を揺さぶられるような奇跡的な出会いだったそうです。そして、その年の10月に、
和歌山県立美術館での特別展『硲伊之助展』を展観し、1983(昭和58)年5月には加賀市立美術館の
春季特別展『硲伊之助展』(回顧展)を見られたのです。その時、宮本さんの心に火がつきました。
「このまま硲芸術を埋もれさせたくない。社会からもっと評価されて良いはずだ。」
宮本さんはその情熱で、いろんな方々に協力していただきながら、1986(昭和61)年4月にこの加佐ノ岬に
「硲伊之助美術館」を開かれたそうです。
現在、「硲伊之助美術館」は、画伯が九谷焼を作陶された吸坂町に移転されています。
宮本さんは、「もっと硲伊之助に触れたければ、美術館に行くといいよ!」とアドバイスして下さいました。
硲伊之助画伯とは
1895(明治28)年11月14日 東京生まれ
1921(大正10)年 26歳で渡欧。パリを中心に活動。
1928(昭和3)年 フランス人ロゾラン・アデリア・エルビラと結婚。
1933(昭和8)年 世界的画家マチスに師事する。
1936(昭和11)年 一水会創立に参加。
1944(昭和19)年から1950(昭和25)年 東京美術学校(現東京芸大)助教授となる。
マチス展・ゴッホ展など開催。
1977(昭和52)年8月16日 加賀市吸坂町で永眠。
という経歴の洋画家・陶芸家で、加賀市ととても深い関係がある方です。
また『ゴッホの手紙』の翻訳者としても有名です。
わたしたちは、宮本さんに硲伊之助画伯の作品をたくさん見せていただきました。
芸術のことはあまりよく分からないのですが、絵画や九谷焼の作品の数々は、とっても美しいものでした。
宮本さん、貴重なコレクションをご紹介いただき、本当にありがとうございました。