樋野先生からのおたよりです。(2014.5.3配信)
第57回「がん哲学学校」
「全国がん哲学外来カルタ大会」開催の夢~『暇げな風貌』の心得~
広島での講演会『「がん哲学外来」~「人間的な責任」で手を差しのべる~』(メルパルク広島)の模様が大きく新聞に報道されたようである(“生きるための言葉 患者へ”中国新聞2014年4月30日付け)。早速コメントが届いた。『改めて「暇げな風貌」の境地に達していない自分を認識しました。どうも役人は、虚勢の「忙しげな風貌」を売りにしているような気がします。暇げな風貌の境地に達することができるよう、努力したいと思います。』、「記事を大変興味深く読ませて頂きました。中でも「患者や家族の悩みに耳をすます。その時に心掛けているのは『暇げな風貌』」とのこと。―――掲載されていたお写真を見ると、半分白い 眉毛が 八の字 (はちのじ) に 開き、見るからに、飄々とした、おおらかそうな感じの先生。マイクの持ち方も、人差し指と中指と親指の三本で、優しくそっと持たれていて、身体全体から、 優しさが溢れている様な方でした。―――「最高の医療を受けてもそれだけでは患者さんの心は晴れない。同じ人間として同じ目線で対話する場が必要」という 事を先生から提案して下さって、こんなに有り難い事はありません。是非 広島でも「がん哲学外来メディカルカフェ」が開かれる事を願っています。」などなど、本当に、涙なくして語れない。
「まちなかメディカルカフェ in 宇都宮」1周年記念講演『がん哲学外来の理念「わたしの目には、あなたは高価で尊い」』の新聞記事(下野新聞 2104年4月28日付け)も送られてきた。2008年1月 順天堂大学で試作的に始めた「がん哲学外来の理念= 広い心をもって、心優しく」が、徐々に浸透してきていることを肌で感ずる。まさに「がん哲学外来」は、「威厳のある怖い番犬」でなく「心優しい可愛いチャウチャウ犬」としてイメージされよう。そのうちに、「チャウチャウ犬をモデル」にした「がん哲学外来」のバッジが出現する予感がする。
先 週の〈昭和の日〉、「がん哲学外来・カフェ」開設記念講演「がん哲学外来~「人間的な責任」で、手をさしのべる~」〈札幌〉に赴いた。札幌では、「新渡戸 稲造カルタ」の作成が、進められているとのことである。いつの日か「がん哲学外来カルタ」も作成され、大々的な「カルタ大会」開催を夢見るものである。今日からゴールデンウィークである。筆者は、父の一周忌で、今から帰郷する。
第57回「がん哲学学校」
「全国がん哲学外来カルタ大会」開催の夢~『暇げな風貌』の心得~
広島での講演会『「がん哲学外来」~「人間的な責任」で手を差しのべる~』(メルパルク広島)の模様が大きく新聞に報道されたようである(“生きるための言葉 患者へ”中国新聞2014年4月30日付け)。早速コメントが届いた。『改めて「暇げな風貌」の境地に達していない自分を認識しました。どうも役人は、虚勢の「忙しげな風貌」を売りにしているような気がします。暇げな風貌の境地に達することができるよう、努力したいと思います。』、「記事を大変興味深く読ませて頂きました。中でも「患者や家族の悩みに耳をすます。その時に心掛けているのは『暇げな風貌』」とのこと。―――掲載されていたお写真を見ると、半分白い 眉毛が 八の字 (はちのじ) に 開き、見るからに、飄々とした、おおらかそうな感じの先生。マイクの持ち方も、人差し指と中指と親指の三本で、優しくそっと持たれていて、身体全体から、 優しさが溢れている様な方でした。―――「最高の医療を受けてもそれだけでは患者さんの心は晴れない。同じ人間として同じ目線で対話する場が必要」という 事を先生から提案して下さって、こんなに有り難い事はありません。是非 広島でも「がん哲学外来メディカルカフェ」が開かれる事を願っています。」などなど、本当に、涙なくして語れない。
「まちなかメディカルカフェ in 宇都宮」1周年記念講演『がん哲学外来の理念「わたしの目には、あなたは高価で尊い」』の新聞記事(下野新聞 2104年4月28日付け)も送られてきた。2008年1月 順天堂大学で試作的に始めた「がん哲学外来の理念= 広い心をもって、心優しく」が、徐々に浸透してきていることを肌で感ずる。まさに「がん哲学外来」は、「威厳のある怖い番犬」でなく「心優しい可愛いチャウチャウ犬」としてイメージされよう。そのうちに、「チャウチャウ犬をモデル」にした「がん哲学外来」のバッジが出現する予感がする。
先 週の〈昭和の日〉、「がん哲学外来・カフェ」開設記念講演「がん哲学外来~「人間的な責任」で、手をさしのべる~」〈札幌〉に赴いた。札幌では、「新渡戸 稲造カルタ」の作成が、進められているとのことである。いつの日か「がん哲学外来カルタ」も作成され、大々的な「カルタ大会」開催を夢見るものである。今日からゴールデンウィークである。筆者は、父の一周忌で、今から帰郷する。