新渡戸稲造記念 さっぽろがん哲学外来

さっぽろがん哲学外来の活動予定や活動の様子などを
皆さんにお伝えします。皆さんの参加をお待ちしています。

新聞投稿記事の紹介です (0012)

2013年10月15日 | 外来待合室
2013年 10月11日(金)北海道新聞(札幌圏)・夕刊『プラネタリウム』欄に以下の記事が掲載されましたので紹介いたします。

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哲学は「愛」であった!

 「がん哲学外来」という団体が8月、札幌に誕生した。がんについて患者や家族らと語り合い、相談に乗ろうというもので、提唱者の樋野興夫順天堂大学教授(病理・腫瘍学)は、札幌と縁の深い新渡戸稲造の研究家でもある。新渡戸つながりで知り合った団塊世代の男たちが、全国で30番目、北海道初の事務局を発足させた。
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事務局担当者らもまた、がん経験者だったり、伴侶を亡くした者、兄弟が闘病中の者がいたりとひとごとではない。目指すは、がんを抱えても、人生を生き切ることのできる社会環境整備への小さな場づくりである。がん・哲学・外来の三つの言葉が何を表し、何を目指すのか。発足に合わせ、仲間の一人である札幌の丸山淳士産婦人科医に講演をお願いした。
先生の話は、話術というより話芸の域に達し、参加者約20人は爆笑するばかり。がん細胞の特徴や遺伝子解析、現代医学の位置づけについても分かりやすく解説しながらも、笑いによって、難解な「がん哲学外来」を噛み砕き、病がもたらす心理的ダメージを緩和させた。参加者の一人は「言葉による『丸山ワクチン』を作り出しているみたい」と感想を漏らした。
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先生は、「哲学」を「愛」だという。愛とは話を聞く相手に呼吸を合わせることで、2頭立ての馬車が、馬同士の気が合えば2馬力以上の力を発揮し、反対の時は力が出ないのと人間も同じ。味方になり、同調することで愛が哲学として発展する、という話が印象に残った。
<投稿者は大沼芳徳氏(札幌・月刊誌「しゃりばり」編集)です>




がん哲学外来について

患者さんが抱える悩みは病人としての悩みではない。人間としての悩みです。 がんという大病を得たとき、それを背負って人間としてどう生きるかという深い悩みです。それは「心のケア」というレベルではなく、自分という存在そのものを問う領域なのだと思います。ですから、「がん哲学外来」では、来られた方を「病人」の側面だけではなく、ひとりの人間としての悩みに焦点を合わせます。同じ人間として、対等の目線に立って、人間を学ぶ「人間学の場」でありたいと考えるのです …(提唱者であり当会の顧問である順天堂大教授・樋野興夫先生の著書より)

札幌の「がん哲学外来」(開設趣旨)

私達は樋野興夫先生の志に賛同し、車座になって意見交換をする運営をめざします。講演会スタイルではありません。参加者全員が同じ立場、同じ目線で耳を傾け、縁のあった方々に寄り添うことを願っています。