「不況になったらクビ」はもう限界?米国企業で“雇用の日本化”が進む理由
ダイヤモンド onlain より 220926 白川 司
⚫︎コロナ禍における 日米の雇用対策の違い
総務省の発表では、日本の失業率は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)前の2019年が2.4%、パンデミックに入った2020年と2021年が2.8%とさほど上がっておらず、2022年7月は2.6%とパンデミック前の水準に戻りつつある。
厳しい行動制限でサービス・接客業や観光業などが大きく停滞していたのにもかかわらず、失業率はわずか0.6%しか上がらなかったことは驚異的だ。「企業支援で雇用を守り、国民の生活を守る」という日本流のシステムが、いまだに健全に機能していることがわかる。
それに対して、米労働省労働統計局によるアメリカの民間失業率は、パンデミック直前の2019年2月の失業率が3.5%であったのに対して、2020年8月には14%まで跳ね上がっている。2022年に入ってからは3%台を維持しているが、今度は労働者が戻ってこない状態に陥っている。
パンデミックにおいて、このように日米で国民の生活の守り方は大きく分かれた。日本は仕事がなくても雇用を守る企業を支援することで、失業者が増えないようにするというやり方が中心だが、アメリカは大量解雇が起こる前提で失業者に直接給付をするというやり方である。
日本式のやり方は、これまで生産性の低い企業を温存して効率を下げる悪いやり方として、批判にさらされてきた。では、本当にアメリカ式が正しいのだろうか。
2021年10月15日の『ウォールストリート・ジャーナル』(「米労働者430万人、仕事に復帰しないのはなぜ」)によると、特に不足している職には「大卒資格が要らない職」「女性」「サービス業」という特徴があるという。
ちなみに、この記事が掲載された2021年10月のアメリカの失業率は4.6%だった。
これまでは移民労働者に依存してきた低賃金労働を、コロナ禍で国境を閉ざしたことでまかなえなくなったことが、人手不足の一つの理由として挙げられるだろう。
また、女性労働者が戻ってこない理由として、託児所や保育園・幼稚園などで労働者不足に陥っていて子どもを受け入れられないとか、保育料が高くて子供を預けてパートで働くと割に合わないなどが考えられる。
ただし、そういった個別の理由だけではなく、私はいまアメリカ経済に根本的な変化が起こっていると考えている。それは人々の価値観に大きな変化が起きたのではないかというものだ。
⚫︎アメリカで始まった グレート・レジグネーション
そのきっかけとなったのが新型コロナウイルスのパンデミックだ。自宅にいることを強いられて、人と会うことを制限されて、家族とできるだけ長い時間一緒にいることの大切さに気づいた者がかなりいたと考えられる。
ただし、そういった個別の理由だけではなく、私はいまアメリカ経済に根本的な変化が起こっていると考えている。それは人々の価値観に大きな変化が起きたのではないかというものだ。
⚫︎アメリカで始まった グレート・レジグネーション
そのきっかけとなったのが新型コロナウイルスのパンデミックだ。自宅にいることを強いられて、人と会うことを制限されて、家族とできるだけ長い時間一緒にいることの大切さに気づいた者がかなりいたと考えられる。
実際、パンデミック中(2020年)のアメリカ人の総労働時間は、パンデミック直前(2019年1~3月)より9.2%減っている(日本人はマイナス5.4%)。
パンデミック前は子供を預けて共働きしてできるだけ世帯年収を上げることを当然だと考えてきた人たちの中にも、年収アップより家族との時間を優先する人々が増えたと考えられる。
それと軌を一にして、アメリカで興味深い現象が起きた。2021年の春頃に起きた「グレート・レジグネーション(大量離職)」である。
なお、レジグネーションの基本語義は「辞任」だが、この場合は勤めている会社を辞めることである。経済が戻り始めたのに、失業者が減るどころか、それまで勤めてきた会社を退職する人が増えたのである。
特に退職者が多かったのがレストランやホテルなどの接客業だが、それは、コロナ禍で打撃を受けた上に、コロナ禍が収束しても賃金上昇の幅が他業種より小さかったことが大きな理由だろう。
富裕層向け経済誌『フォーブス』は、グレート・レジグネーションについて、サービス業を避ける労働者が増えたからだと主張をしている。たしかにレストラン、ホテル、小売り、倉庫、ヘルスケアなどの業種は他業種より給料が低く、そのわりには客のクレームや暴力などに遭いやすい面があり、ほかに良い職があれば避けたいと思うのは当然だろう。
グレート・レジグネーションの進行が指摘された2021年の離職者数は4800万人で、2022年に入ってからも離職者数は月400万人以上というペースである。
パンデミック前は子供を預けて共働きしてできるだけ世帯年収を上げることを当然だと考えてきた人たちの中にも、年収アップより家族との時間を優先する人々が増えたと考えられる。
それと軌を一にして、アメリカで興味深い現象が起きた。2021年の春頃に起きた「グレート・レジグネーション(大量離職)」である。
なお、レジグネーションの基本語義は「辞任」だが、この場合は勤めている会社を辞めることである。経済が戻り始めたのに、失業者が減るどころか、それまで勤めてきた会社を退職する人が増えたのである。
特に退職者が多かったのがレストランやホテルなどの接客業だが、それは、コロナ禍で打撃を受けた上に、コロナ禍が収束しても賃金上昇の幅が他業種より小さかったことが大きな理由だろう。
富裕層向け経済誌『フォーブス』は、グレート・レジグネーションについて、サービス業を避ける労働者が増えたからだと主張をしている。たしかにレストラン、ホテル、小売り、倉庫、ヘルスケアなどの業種は他業種より給料が低く、そのわりには客のクレームや暴力などに遭いやすい面があり、ほかに良い職があれば避けたいと思うのは当然だろう。
グレート・レジグネーションの進行が指摘された2021年の離職者数は4800万人で、2022年に入ってからも離職者数は月400万人以上というペースである。
投資会社モントレー・フールによると、離職者の多い年齢層はミレニアル世代で、特に収入の高い専門職の辞職率が高いという。
ちなみに、ミレニアル世代とは1980年から1995年の間に生まれた人たちのことで、現在は20代後半から40代の働き盛りにあたる。
グレート・レジグネーションが起きた背景には、パンデミックの収束を機にキャリアアップのための転職を目指した者が増えたことが一つある。
グレート・レジグネーションが起きた背景には、パンデミックの収束を機にキャリアアップのための転職を目指した者が増えたことが一つある。
もう一つは、テレワークで柔軟に時間を使えるようになったことで、同じようなスタイルで続けられるように新たな職に就こうとした者が増えたためだと考えられる。
たとえば、昼間にパートナーや子供と散歩する、スポーツジムで鍛えたあとに自宅で働くといった働き方を経験したことで、働く時間を自分の都合に合わせられる職が人気になっている。
コロナ禍で自宅中心のライフスタイルに慣れた人たちが、行動制限を解除されても、転職して同じようなスタイルで続けようとしていることも、退職増加の背景にあると考えられる。
グレート・レジグネーションにおいて、もう一つ興味深い現象は、55歳以上で退職した者がまだ労働市場に十分戻ってきていないことだ。そのまま引退するつもりか一時的なのかはわからないが、この年齢層でも慌てて働く必要はないと考える人が増えているのは確かだ。
⚫︎株主優先主義から 従業員優先主義へ
2000年代以降のアメリカ経済は,中国経済の成長を取り込むことで大きく成長してきた。
たとえば、昼間にパートナーや子供と散歩する、スポーツジムで鍛えたあとに自宅で働くといった働き方を経験したことで、働く時間を自分の都合に合わせられる職が人気になっている。
コロナ禍で自宅中心のライフスタイルに慣れた人たちが、行動制限を解除されても、転職して同じようなスタイルで続けようとしていることも、退職増加の背景にあると考えられる。
グレート・レジグネーションにおいて、もう一つ興味深い現象は、55歳以上で退職した者がまだ労働市場に十分戻ってきていないことだ。そのまま引退するつもりか一時的なのかはわからないが、この年齢層でも慌てて働く必要はないと考える人が増えているのは確かだ。
⚫︎株主優先主義から 従業員優先主義へ
2000年代以降のアメリカ経済は,中国経済の成長を取り込むことで大きく成長してきた。
ただし、中国側も外資を呼び込むために投資環境を整えており、アメリカからの莫大な投資がウォール街から流れ込み、中国企業の成長を吸い上げる形でアメリカは金融大国化した。その過程で国内の工場は次々と中国に移転して製造業が衰退した。
その結果、「投資家とエリート社員」と「その他の労働者」の格差が拡大して、ITを中心に成功した投資家が利益を総取りする極端な格差社会を形成している。
これはカール・マルクスが描いたような資本家と労働者が対立する社会に似ている。
その結果、「投資家とエリート社員」と「その他の労働者」の格差が拡大して、ITを中心に成功した投資家が利益を総取りする極端な格差社会を形成している。
これはカール・マルクスが描いたような資本家と労働者が対立する社会に似ている。
トランプ政権でBLM(ブラック・ライブズ・マター)やアンティファ(アンチ・ファシスト)などの社会主義運動に酷似した人権運動が拡大した背景にも、アメリカが金融大国化して投資家が利益を独占する一方で、中国などに製造業の拠点を移したことでサービス業化が進み、長期間にわたって中間層の所得が伸び悩んだことが原因だと考えられる。
また、パンデミックではトランプ政権は国民救済のために大型予算を組み、バイデン政権もそれを引き継いでいる。
また、パンデミックではトランプ政権は国民救済のために大型予算を組み、バイデン政権もそれを引き継いでいる。
さらにバイデン政権はケインジアン的な財政支出で大型予算を組み、学生ローンの一部を免除するなど、リベラル政策を広げ、「疑似ベーシックインカム」制度のような様相を呈している。
このことによって、失業した者も低賃金労働に飛びつくことなくじっくりと就職活動を進めることができるようになり、コロナ収束で需要が伸びても企業側は労働者確保に苦心することになった。
このことによって、失業した者も低賃金労働に飛びつくことなくじっくりと就職活動を進めることができるようになり、コロナ収束で需要が伸びても企業側は労働者確保に苦心することになった。
そのため、賃金が急激に上昇しており、エネルギー高騰をきっかけに起こった高インフレに拍車を掛けることになった。
これはいわば労働組合を介さず、国家レベルでストライキが起こっているようなものである。企業側はそれに対応するために「株主優先」から「従業員優先」にシフトせざるをえなくなっているのである。
それとは対照的に、仕事が減ってもレイオフせずに給料を支払い続けて雇用を維持した企業は、労働者不足に強く悩まされることなくコロナ収束後のスタートを順調に切ることができたが、こういった企業は、もともと賃金が高い優良企業か信頼度の高い安定した大企業の一部に限られる。
実際、2021年9月には求人が1000万件以上もあり、需要はあるのに人手不足で店が開けられないとか、客室乗務員(CA)などの職員が足りずに飛行機が飛ばせないなどの報道が相次いでいる。
アメリカでもすでに「人件費はコスト」の効率主義を脱して、「人材を生かす」の方向にかじを切り始めている。
これはいわば労働組合を介さず、国家レベルでストライキが起こっているようなものである。企業側はそれに対応するために「株主優先」から「従業員優先」にシフトせざるをえなくなっているのである。
それとは対照的に、仕事が減ってもレイオフせずに給料を支払い続けて雇用を維持した企業は、労働者不足に強く悩まされることなくコロナ収束後のスタートを順調に切ることができたが、こういった企業は、もともと賃金が高い優良企業か信頼度の高い安定した大企業の一部に限られる。
実際、2021年9月には求人が1000万件以上もあり、需要はあるのに人手不足で店が開けられないとか、客室乗務員(CA)などの職員が足りずに飛行機が飛ばせないなどの報道が相次いでいる。
アメリカでもすでに「人件費はコスト」の効率主義を脱して、「人材を生かす」の方向にかじを切り始めている。
それを起こすきっかけとなったのが、グレート・レジグネーションだ。今後は人を大事にする企業にさらに良い人材が集まり、そうではない企業との二極化が生じることになると予想される。
⚫︎中国とのデカップリングで進む アメリカ経済の「日本化」
アメリカ企業が「株主優先」から「従業員優先」にシフトしている背景の一つとして、トランプ政権が行った中国とのデカップリング(切り離し)で、これまでのように中国投資ができなくなったことが挙げられる。
近年は中国でも人件費が高騰して以前のような優位性はなくなったものの、依然として中国の投資環境は圧倒的だが、ゼロコロナ政策や水不足(拙稿『「中国の水問題」が危機的状況、世界的な食糧不足や移民増加の可能性も』参照)などで中国リスクが意識されるようになると、有力な投資先としてアメリカ国内が注目されるようになった。
ただ、以前のように好況期に雇用して不況期に大量解雇する「使い捨て」に労働者側から反発が起こるようになり、企業側は人件費を「削減すべきコスト」と見る姿勢から、いかに定着してもらうかに苦心しなければならなくなっている。
⚫︎中国とのデカップリングで進む アメリカ経済の「日本化」
アメリカ企業が「株主優先」から「従業員優先」にシフトしている背景の一つとして、トランプ政権が行った中国とのデカップリング(切り離し)で、これまでのように中国投資ができなくなったことが挙げられる。
近年は中国でも人件費が高騰して以前のような優位性はなくなったものの、依然として中国の投資環境は圧倒的だが、ゼロコロナ政策や水不足(拙稿『「中国の水問題」が危機的状況、世界的な食糧不足や移民増加の可能性も』参照)などで中国リスクが意識されるようになると、有力な投資先としてアメリカ国内が注目されるようになった。
ただ、以前のように好況期に雇用して不況期に大量解雇する「使い捨て」に労働者側から反発が起こるようになり、企業側は人件費を「削減すべきコスト」と見る姿勢から、いかに定着してもらうかに苦心しなければならなくなっている。
これは「アメリカ企業の日本化」と呼んでもいい現象だろう。
それまでのアメリカは、カリフォルニア州北部のシリコンバレーを中心に、世界中に人材を集めてイノベーションを起こし、実際の生産は中国に投資することで金融大国化してきた。だが、AIや5Gで中国に肉薄されることで、これまでのやり方を改めなければならなくなっている。
また、中国のイノベーション力に対する評価も大きく変わっている。「グレートファイアウォール」で情報が遮断された中国は、これまで技術を盗むだけでイノベーションに向かないと考えられてきた。
それまでのアメリカは、カリフォルニア州北部のシリコンバレーを中心に、世界中に人材を集めてイノベーションを起こし、実際の生産は中国に投資することで金融大国化してきた。だが、AIや5Gで中国に肉薄されることで、これまでのやり方を改めなければならなくなっている。
また、中国のイノベーション力に対する評価も大きく変わっている。「グレートファイアウォール」で情報が遮断された中国は、これまで技術を盗むだけでイノベーションに向かないと考えられてきた。
だが、国内に巨大市場を持ち、莫大な政府援助を餌にして多数のスタートアップを集めて熾烈な開発競争をさせる「中国流イノベーション」が驚異的な成果を上げ始めていることを認めざるをえなくなっている。
これまでどおり同盟国との連携は続けるにしても、かつてのシリコンバレーのような爆発的なイノベーションが期待できない今、ワシントンとしても中国と同じようなイノベーションモデルも取り入れざるをえなくなっている。
グレート・レジグネーションは人手不足と高インフレを引き起こした。そのために、アメリカ企業が「日本化」しており、その結果としてアメリカ経済が大きく変質している。人手不足と高インフレは、その過程に起きた一現象にすぎないと考える。
(評論家・翻訳家 白川 司)
これまでどおり同盟国との連携は続けるにしても、かつてのシリコンバレーのような爆発的なイノベーションが期待できない今、ワシントンとしても中国と同じようなイノベーションモデルも取り入れざるをえなくなっている。
グレート・レジグネーションは人手不足と高インフレを引き起こした。そのために、アメリカ企業が「日本化」しており、その結果としてアメリカ経済が大きく変質している。人手不足と高インフレは、その過程に起きた一現象にすぎないと考える。
(評論家・翻訳家 白川 司)
💋人間社会を考えたら,株主より従業員優先があるべき姿かと。