ハイブリッド車はいつから「悪役」になったのか
東洋経済 onlain より 220208 江田 健二:RAUL代表取締役
⚫︎「正義の味方」とみられているEVをめぐる2つの大きな誤解とは
今、世界をゆるがす「脱炭素」の流れで、2030年代にガソリン車・ディーゼル車等の販売禁止を宣言する国が増えています。
いったいなぜ、そんなにも早く禁止するのでしょうか。しかも、ガソリン車・ディーゼル車に加えて、ハイブリッド車までもが販売禁止の対象になりつつあります。これはハイブリッド車によって大躍進した日本にとっては大打撃です。
なぜこんなことになっているのか。本稿では江田健二氏の新著『2025年「脱炭素」のリアルチャンス すべての業界を襲う大変化に乗り遅れるな!』より一部抜粋して紹介します。
EVを、どうしても普及させたい勢力
なぜ、ハイブリッド車の販売禁止が検討されているのでしょうか。かつては、エコカーの代名詞だったハイブリッド車がいつから悪役になってしまったのでしょうか。
1997年、世界初の量産ハイブリッド乗用車「トヨタ・プリウス」が発表されました。「21世紀に間に合いました」がキャッチコピーです。ハイブリッド技術が自動車業界の「ゲームチェンジ」となり、日本車をさらに躍進させました。
実は、ハイブリッド車はこれまでも1億トン以上、温室効果ガス削減に貢献しています。燃費の悪いガソリン車から転換することで、温室効果ガスの削減に寄与してきたのです。温室効果ガス削減に貢献してきたハイブリッド車の販売禁止が検討されているのはなぜなのでしょう。ハイブリッド車が悪いわけではないのです。
ここには、ヨーロッパ自動車メーカーが仕掛ける「したたかなゲームチェンジ」があるのです。地球のため、環境のためという主義主張に、ヨーロッパのメーカーが「自動車産業で、世界市場に返り咲くため」という狙いが入っています。
EVへの急速なシフトの背景には、2015年の「ディーゼルゲート事件」があります。ヨーロッパは、ハイブリッド車に対抗するために、ディーゼルエンジン車の開発に力をいれていました。
しかし、2015年、アメリカの環境保護局(EPA)が、世界的自動車メーカーであるドイツのフォルクスワーゲン(VW)が排ガス検査時に不正を行っていたと発表します。自動車業界は大混乱となり、VWのCEOは発表から数日で辞任に追い込まれます。ディーゼルエンジンに対する消費者からの信頼は失墜してしまいます。
VWやヨーロッパの自動車メーカーは、ディーゼルエンジンを諦めます。そこで目をつけたのが成長著しいEVです。EVへの急激なシフトを進める決断をし、自動車メーカーを支援したヨーロッパの各国政府も、税控除などを活用してEVの支援に力をいれます。
VWは、EVを推進すると共に電力子会社のElliを設立します。ここでは、自動車とエネルギーを融合したサービスを企画しています。具体的には、EVの購入者に対して、再生可能エネルギーの販売、家庭へのEVの充電設備、街中での充電スポットサービス、余った電気の電力網への電力販売のサポートなどを計画しています。
これらのヨーロッパの動きから見えてくるものは、何でしょうか?
ハイブリッドがいつの間にか悪役になったのは、ライバルが仕掛けてきた「ゲームチェンジ」によるものだということです。ハイブリッド車の性能が悪くなってしまったというわけではありません。ここにも各国の思惑が渦巻いているのです。
⚫︎正義の味方、EVに関する2つの誤解
「恋は盲目(Love is blind)」。シェイクスピアの作品のセリフです。世界中で高まるEVへの期待。多くの投資家がEVに恋し、EV企業の株価は上がる一方です。脱炭素の切り札として登場した正義の味方、EV。私もEVの将来性、可能性に大きな期待を抱いていますが、あえて2つの誤解についてご紹介します。
ー誤解1 すべてのガソリン車がEVになる
EVはどのように普及していくのでしょうか? 私は、EVは「定・短・軽」から普及していくと考えています。「定期ルート、短距離、軽い車」です。
理由は、充電インフラです。ルートが決まっている車であれば、充電インフラの整備は比較的容易です。短距離の移動や軽い車であれば、そもそも充電の心配が減ります。EVは、走行距離が事前にある程度予測でき、短い距離を軽い荷物を載せて運ぶ移動に最適です。
そういった理由から、EVは街中のバスや宅配用の車、ゴミ収集車などに向いています。長い距離を走らない都市部の乗用車も向いています。中国では、バスやタクシーからEV化が進んでいますが、このような理由が背景にあります。逆にルートがまちまちで、長距離を走る可能性もあり、重い荷物を積む車はEVには不向きです。別の輸送手段、移動手段が生まれてくるでしょう。
ー誤解2 EV化で脱炭素が実現する
EVになることで、脱炭素が実現する。正しい部分もありますが、「今一歩」の部分もあります。EVに利用する発電が化石燃料では、EV化しても脱炭素には寄与しません。EV普及による脱炭素は、再生可能エネルギー等のクリーンエネルギーとセットで進めていく必要があります。
あくまでも仮の話ですが、日本の車をすべてEV化した場合、電力消費量は1〜2割増加するとの試算があります。現在、日本は発電の70%強を化石燃料に頼っています。EV化しても温室効果ガスの削減には、残念ながらあまり寄与しません。
EVの製造時に排出されるCO2も見逃せません。特にEVに搭載するバッテリーは製造時に多くの温室効果ガスを排出します。EVに搭載されるバッテリーはハイブリッド車の50倍以上です。走行時ではなく、製造工程も含めると、ハイブリッド車のほうがEVよりもCO2排出量が少ないとの指摘もあります。
その点をふまえると今後は、バッテリーの再利用がカギになります。バッテリー製造時のCO2排出やバッテリー材料が不足する懸念も指摘されているため、日本はリユースバッテリーの分野でチャンスをつくっていけるのではないでしょうか。
EVに関する2つの誤解を紹介しました。EVは、その特性が発揮できる「定・短・軽」の領域から普及していくでしょう。ただし、再生可能エネルギーやバッテリーのリユースについてもセットで考えていくことが大切です。
⚫︎自動運転がさらなるゲームチェンジに
2000年代、ハイブリッド車がゲームチェンジとなり、日本車が世界で躍進しました。今、海外勢が脱炭素を背景にEVでゲームチェンジを狙っています。さらにここに「自動運転」の社会が到来すると、さらなるゲームチェンジが起きます。
自動運転は燃料の問題ではなく、自動運転という車の「機能の変化」が私たちと車の関係性を変えていきます。日本でも2025年度までに全国40カ所以上で「レベル4」の自動運転を目指しています。完全な自動運転である「レベル5」の車が普及するのは、早くても2030年以降でしょう。しかし、ニーズが高いという理由から着実に自動運転の社会実装は進むでしょう。
自動運転が進むと交通渋滞が緩和され、自動車から排出される温室効果ガスの削減が期待できます。どうしてかというと、交通渋滞が起きて走行速度が低下すると、排出される温室効果ガスが増大するからです。
加えて、自動運転は、私たちのライフスタイルにも影響を与えます。一部の愛好家は別として、多くの人にとって、自動車は所有するモノから利用するモノになっていきます。移動に対して自転車・バス・電車・徒歩などを組み合わせて「スムーズで一本化された」サービスを望むようになります。
将来的には、「マイカー」という考え方がなくなるかもしれません。特に都心部では自動車を所有するコストが高く、費用対効果が合わなくなってきています。
だからといって、自動車メーカーが顧客の車を有効活用する方法を提案してくれるわけでもありません。いわば「車を売ったら終わり」のビジネスになっていて、顧客の「移動の最適化」を支援するという話はあまり聞こえてきません。
⚫︎自動運転が実現した社会に起きる変化
今の消費者は、さまざまな分野で、日々新たなビジネスモデルに触れています。自動車メーカーや販売店の変わらない営業スタイルに対して、潜在的に不満や疑問をもつ消費者が増えていくのではないでしょうか。
自動運転が実現した社会では車に求められる性能も変わります。例えば、充電スピードの優先順位は下がります。なぜなら、車を所有する場合、充電時間はとても気になりますが、シェアするのであれば、利用者は、すでに充電された車を利用すればよいので、充電自体に時間がかかっても関係ないからです。
EVを、どうしても普及させたい勢力
なぜ、ハイブリッド車の販売禁止が検討されているのでしょうか。かつては、エコカーの代名詞だったハイブリッド車がいつから悪役になってしまったのでしょうか。
1997年、世界初の量産ハイブリッド乗用車「トヨタ・プリウス」が発表されました。「21世紀に間に合いました」がキャッチコピーです。ハイブリッド技術が自動車業界の「ゲームチェンジ」となり、日本車をさらに躍進させました。
実は、ハイブリッド車はこれまでも1億トン以上、温室効果ガス削減に貢献しています。燃費の悪いガソリン車から転換することで、温室効果ガスの削減に寄与してきたのです。温室効果ガス削減に貢献してきたハイブリッド車の販売禁止が検討されているのはなぜなのでしょう。ハイブリッド車が悪いわけではないのです。
ここには、ヨーロッパ自動車メーカーが仕掛ける「したたかなゲームチェンジ」があるのです。地球のため、環境のためという主義主張に、ヨーロッパのメーカーが「自動車産業で、世界市場に返り咲くため」という狙いが入っています。
EVへの急速なシフトの背景には、2015年の「ディーゼルゲート事件」があります。ヨーロッパは、ハイブリッド車に対抗するために、ディーゼルエンジン車の開発に力をいれていました。
しかし、2015年、アメリカの環境保護局(EPA)が、世界的自動車メーカーであるドイツのフォルクスワーゲン(VW)が排ガス検査時に不正を行っていたと発表します。自動車業界は大混乱となり、VWのCEOは発表から数日で辞任に追い込まれます。ディーゼルエンジンに対する消費者からの信頼は失墜してしまいます。
VWやヨーロッパの自動車メーカーは、ディーゼルエンジンを諦めます。そこで目をつけたのが成長著しいEVです。EVへの急激なシフトを進める決断をし、自動車メーカーを支援したヨーロッパの各国政府も、税控除などを活用してEVの支援に力をいれます。
VWは、EVを推進すると共に電力子会社のElliを設立します。ここでは、自動車とエネルギーを融合したサービスを企画しています。具体的には、EVの購入者に対して、再生可能エネルギーの販売、家庭へのEVの充電設備、街中での充電スポットサービス、余った電気の電力網への電力販売のサポートなどを計画しています。
これらのヨーロッパの動きから見えてくるものは、何でしょうか?
ハイブリッドがいつの間にか悪役になったのは、ライバルが仕掛けてきた「ゲームチェンジ」によるものだということです。ハイブリッド車の性能が悪くなってしまったというわけではありません。ここにも各国の思惑が渦巻いているのです。
⚫︎正義の味方、EVに関する2つの誤解
「恋は盲目(Love is blind)」。シェイクスピアの作品のセリフです。世界中で高まるEVへの期待。多くの投資家がEVに恋し、EV企業の株価は上がる一方です。脱炭素の切り札として登場した正義の味方、EV。私もEVの将来性、可能性に大きな期待を抱いていますが、あえて2つの誤解についてご紹介します。
ー誤解1 すべてのガソリン車がEVになる
EVはどのように普及していくのでしょうか? 私は、EVは「定・短・軽」から普及していくと考えています。「定期ルート、短距離、軽い車」です。
理由は、充電インフラです。ルートが決まっている車であれば、充電インフラの整備は比較的容易です。短距離の移動や軽い車であれば、そもそも充電の心配が減ります。EVは、走行距離が事前にある程度予測でき、短い距離を軽い荷物を載せて運ぶ移動に最適です。
そういった理由から、EVは街中のバスや宅配用の車、ゴミ収集車などに向いています。長い距離を走らない都市部の乗用車も向いています。中国では、バスやタクシーからEV化が進んでいますが、このような理由が背景にあります。逆にルートがまちまちで、長距離を走る可能性もあり、重い荷物を積む車はEVには不向きです。別の輸送手段、移動手段が生まれてくるでしょう。
ー誤解2 EV化で脱炭素が実現する
EVになることで、脱炭素が実現する。正しい部分もありますが、「今一歩」の部分もあります。EVに利用する発電が化石燃料では、EV化しても脱炭素には寄与しません。EV普及による脱炭素は、再生可能エネルギー等のクリーンエネルギーとセットで進めていく必要があります。
あくまでも仮の話ですが、日本の車をすべてEV化した場合、電力消費量は1〜2割増加するとの試算があります。現在、日本は発電の70%強を化石燃料に頼っています。EV化しても温室効果ガスの削減には、残念ながらあまり寄与しません。
EVの製造時に排出されるCO2も見逃せません。特にEVに搭載するバッテリーは製造時に多くの温室効果ガスを排出します。EVに搭載されるバッテリーはハイブリッド車の50倍以上です。走行時ではなく、製造工程も含めると、ハイブリッド車のほうがEVよりもCO2排出量が少ないとの指摘もあります。
その点をふまえると今後は、バッテリーの再利用がカギになります。バッテリー製造時のCO2排出やバッテリー材料が不足する懸念も指摘されているため、日本はリユースバッテリーの分野でチャンスをつくっていけるのではないでしょうか。
EVに関する2つの誤解を紹介しました。EVは、その特性が発揮できる「定・短・軽」の領域から普及していくでしょう。ただし、再生可能エネルギーやバッテリーのリユースについてもセットで考えていくことが大切です。
⚫︎自動運転がさらなるゲームチェンジに
2000年代、ハイブリッド車がゲームチェンジとなり、日本車が世界で躍進しました。今、海外勢が脱炭素を背景にEVでゲームチェンジを狙っています。さらにここに「自動運転」の社会が到来すると、さらなるゲームチェンジが起きます。
自動運転は燃料の問題ではなく、自動運転という車の「機能の変化」が私たちと車の関係性を変えていきます。日本でも2025年度までに全国40カ所以上で「レベル4」の自動運転を目指しています。完全な自動運転である「レベル5」の車が普及するのは、早くても2030年以降でしょう。しかし、ニーズが高いという理由から着実に自動運転の社会実装は進むでしょう。
自動運転が進むと交通渋滞が緩和され、自動車から排出される温室効果ガスの削減が期待できます。どうしてかというと、交通渋滞が起きて走行速度が低下すると、排出される温室効果ガスが増大するからです。
加えて、自動運転は、私たちのライフスタイルにも影響を与えます。一部の愛好家は別として、多くの人にとって、自動車は所有するモノから利用するモノになっていきます。移動に対して自転車・バス・電車・徒歩などを組み合わせて「スムーズで一本化された」サービスを望むようになります。
将来的には、「マイカー」という考え方がなくなるかもしれません。特に都心部では自動車を所有するコストが高く、費用対効果が合わなくなってきています。
だからといって、自動車メーカーが顧客の車を有効活用する方法を提案してくれるわけでもありません。いわば「車を売ったら終わり」のビジネスになっていて、顧客の「移動の最適化」を支援するという話はあまり聞こえてきません。
⚫︎自動運転が実現した社会に起きる変化
今の消費者は、さまざまな分野で、日々新たなビジネスモデルに触れています。自動車メーカーや販売店の変わらない営業スタイルに対して、潜在的に不満や疑問をもつ消費者が増えていくのではないでしょうか。
自動運転が実現した社会では車に求められる性能も変わります。例えば、充電スピードの優先順位は下がります。なぜなら、車を所有する場合、充電時間はとても気になりますが、シェアするのであれば、利用者は、すでに充電された車を利用すればよいので、充電自体に時間がかかっても関係ないからです。
街中のレンタサイクルを利用している人で、自転車の充電時間を気にする利用者がいないのと同じ理屈です。
自動運転が普及した未来では、今と違う尺度で車や蓄電池の性能を考えなくてはいけません。ガソリン車が消え、ハイブリッド車、EV、FCV(燃料電池車)に移行していく。そこに自動運転も加わります。
自動車産業自体を大きな流れでとらえていくことが大切です。
自動運転が普及した未来では、今と違う尺度で車や蓄電池の性能を考えなくてはいけません。ガソリン車が消え、ハイブリッド車、EV、FCV(燃料電池車)に移行していく。そこに自動運転も加わります。
自動車産業自体を大きな流れでとらえていくことが大切です。