人工光合成ではない「P2C」でCO2からCOを生成、東芝が工業化にめど
MONO ist より 210322 朴尚洙
東芝は「高い質の利益」目指す、再エネ中心のインフラサービスで売上高4兆円へ
東芝は2021年3月22日、CO2(二酸化炭素)を燃料や化学品の原料となるCO(一酸化炭素)に電気化学変換する「Power to Chemicals(P2C)」を大規模に行う技術を開発したと発表した。
一般的な清掃工場が排出する年間約7万トンのCO2をCOに変換でき、CO2排出量が清掃工場の数十倍になる石炭火力発電所にも適用可能だという。2025年の市場投入を目指して開発を進めるとともに、政府が推進するカーボンニュートラルによる需要拡大に合わせて2030年ごろから本格的に事業化していきたい考えだ。
今回開発したのは、電力を使ってCO2からCOを生成するP2Cの電解セルの大面積化と、電解セルを複数積層するスタック化の技術である。
『P2C電解セルの処理性能向上には、大面積化、スタック化、高電力密度化の3つの要素がある』
東芝は2019年3月、CO2を気相で直接反応させられる独自開発の還元触媒電極を用いた電解セルにより、液相で反応する従来型の電解セルと比べて約466倍となる電流密度700mA/cm2、ファラデー効率(全電流に対する生成物に寄与した部分電流の割合)92%を達成していた。
この性能は、CO2を効率的に触媒と反応させる三相界面制御技術と、多孔質構造で触媒活性面積を増大させる構造制御技術によって実現した。触媒の材料については詳細を明かしていないものの「燃料電池などで用いられている一般的な金属材料」(東芝 研究開発本部 研究開発センター トランスデューサ技術ラボラトリー 上席研究員の北川良太氏)としている。
『東芝が2019年3月に発表した独自開発の還元触媒電極を用いた電解セルの技術。三相界面制御技術と構造制御技術によって実現した』
しかしこの時点では、電解セルの面積は1cm2にすぎず、P2C電解セルを工業的に利用可能にする上ではCO2の処理能力を大幅に増やすための大規模化の技術が必要だった。
そこで東芝は、電解セルの大面積化とスタック化に向けた開発に着手。今回の発表では、面積を従来比100倍となる100cm2に広げて4層にスタックした電解セルを開発した。
電流密度200mA/cm2で動作させた際のファラデー効率は94%を達成している。2019年3月発表時の電解セルを用いると1m2当たりのCO2処理能力は年間約4トンにすぎないが、新たに開発した電解セルを用いれば1m2当たり年間約35トンのCO2を処理できる。
『開発したP2C電解セルスタックの処理性能。P2C電解セルは、東芝は2014年ごろに開発していた人工光合成セルと比べて1700倍近い処理性能の向上を果たしていたが、今回の大面積化とスタック化によりさらに処理性能が向上した』
一般的な清掃工場は、敷地面積が5万m2に対してCO2の年間排出量は約7万3000トンになる。
この清掃工場に近接した約2000m2の空きスペースに、新開発のP2C電解セルを用いた電解装置を設置すれば、排出されるCO2をほぼ全てCOに変換できることになる。
なお、約2000m2の広さは、バスケットコート5つ分(2100m2)、50mプール2つ分(2500m2)に当たる。また、CO2をCOなどの有価物に変換する他技術と比較した場合、光触媒を用いる人工光合成では195ha(1haは1万m2)、藻類培養で723haの敷地が必要になるという。
⚫︎電解セルの大面積化とスタック化の課題はどのように解決したのか
ただし、大面積化とスタック化を実現する上ではCO2還元反応の効率が低下するという課題を解決する必要があった。
例えば、面積16cm2の電解セルのファラデー効率が93%であるのに対して、面積100cm2の電解セルを4層重ねた4セルスタックでは81%に低下してしまう。これは、電解反応時の損失が熱として電解セル内に発生し、目的の反応であるCOの生成ではなく副反応である水素の生成比率が増加してしまうためだ。
この課題解決のために開発したのが、セル間に冷却流路を設けた独自のCO2セルスタック構造だ。大面積化とスタック化で発生する熱を、セル間の冷却流路を使って逃がすことにより効率的な冷却を実現した。先述した面積100cm2の4セルスタックにおいて、冷却流路がない場合にセルスタック中央端部の温度は50℃に上昇するが、セル間に冷却流路を設けることで25℃に下げることができた。ファラデー効率も81%から94%に向上できたという。
『セル間に冷却流路を設けて課題を解決した』
北川氏は「発熱量に応じた冷却流路の設計により、さらなる大面積化、スタック化も可能になる」と説明する。
大面積化については400cm2、スタック化は200層、そして電流密度は2019年3月の発表と同じ700mA/cm2まで可能と想定している。これら全てを最大値で適用すれば、1m2当たり年間約2500トンのCO2処理能力が求められる石炭火力発電所への対応も視野に入る。
スケールアップのための技術開発で重要になるのは、触媒電極を均一に形成できる塗布プロセスだが、東芝がこれまで開発を進めてきた燃料電池の製造技術を応用することで実現できるとしている。
なお、これらの技術開発は、2018~2022年度の5カ年で環境省の委託事業として進められている「二酸化炭素の資源化を通じた炭素循環社会モデル構築促進事業」に基づく成果だ。今回の成果で、独自触媒電極を使った電解セルの大面積化とスタック化に道筋が付いたことから、2021年度以降は1m2当たり年間約35トンのCO2を処理できる実証機を用いたシステム実証を進めていく方針だ。
⚫︎生成した一酸化炭素は化学品や燃料の原料に
東芝が開発を進めているP2C電解セルによってCO2から生成されるCOは、水素を混合した「合成ガス(シンガス)」とすることで、さまざまな化学品や燃料を製造できることが知られている。
例えば、触媒反応であるフィッシャートロプシュ法を適用すれば、ガソリンや軽油、ジェット燃料を製造できる。この他にも合成ガスからは、酢酸やジメチルエーテルの原料となるメタノール、ブタン、アルデヒド、エタノールなどが製造できる。
東芝と東芝エネルギーシステム、東洋エンジニアリング、出光興産、全日本空輸、日本CCS調査の6社は2020年12月、P2Cにより排ガスなどから得られるCO2をSAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能なジェット燃料)として再利用する、カーボンリサイクルのビジネスモデル検討を開始することで合意している。
東芝 研究開発本部 研究開発センター トランスデューサ技術ラボラトリー 室長の水口浩司氏は「現在、新型コロナウイルス感染症の影響で航空業界は厳しい状況にあるが、2024年ごろには需要が回復すると予測されている。そのタイミングに併せて、CO2排出削減に貢献するSAFの航空機での利用を始められるようにしたい」と強調する。
なお、P2Cプロセスでは、CO2からCOを生成するのに電力が必要になる。この電力源として太陽光発電を用いる場合は人工光合成ともいえるが、電力源は風力発電などでよいこともあり、東芝はPower to Chemicalsと呼んでいる。
実際に、P2C電極セルを用いたCO2処理システムの2030年以降の本格化的な事業化は、カーボンニュートラルの実現に向けた火力発電から再生可能エネルギーへの移行が背景にある。
「火力発電は稼働率100%が前提になっているのに対し、安定的な発電が難しい再生可能エネルギーの稼働率は20~30%が想定されている。この場合、ピーク時の余剰電力を捨てなければならなくなるが、それらの電力を無駄にしないためにはP2Cプロセスで化学品や燃料の製造に用いるという需要が出てくるはずだ」(水口氏)としている。
『P2Cによる化学合成と従来技術の比較 出典:東芝』