三重を中心に徹底訪城 検索「山城遺産」「セルフコラボレーション」 ペン画で歴史を伝承 時々徒然に

中世の城を主に訪城しています。三重県が多いです。百名城は96/100。総数で600城。新発見が4城です。

奥野城

2020-10-03 11:49:05 | 古城巡り

👆 定本三重県の城

👆 定本三重県の城(巻末に「字小広」で記載あり)

👆 松阪市史別巻(古地図で「字小廣」を検出)

👆 昭和22年航空写真(該当地の鋭角で変則的な様子)

👆 4図で位置の検出

👆 西野町現地付近

👆 字小廣の尾根を攻めるが何もない

👆 山すそに削平地はある

👆 これだけでは判断しがたい

 

城名
 奥野城
読み
 おくのじょう
別名
 奥の屋敷
住所
 松阪市西野町字小廣(広)
形式
 居館
遺構
 不明
規模
 不明
城主
 不明
標高 132m 比高 30m(無量寺前より)
経緯
 定本三重県の城にてNo,104として奥野城が記されている。巻末の記事には「丘陵地を削平して三方を防塁とした単郭構造の城で、郭内より出土した備前焼の大甕が現存する」とある。
書籍
 定本三重県の城
環境
 西野町集落より南西の方向で、棚田の最高点から山林にかけての範囲を、旧称でいう字小廣(広)である。
現地
 棚田自体も圃場整備が行われている。該当地も大きく改変された様子で遺構を見出すことは困難である。

 周辺の尾根を歩いてみたが、遺構らしきものは見出せなかった。複数の箇所では人為的な造作らしきところもあるが決定的ではない。

考察
 出土したという大甕を追跡して情報を得るのが早道の気がする。
感想
 地元城館研究者の一部で”西野城”を取り上げているが、その史料や遺構が不明確なため、またこの奥野城の史料や遺構も不明確なため、一般的には混同しやすい状況となっているので注意が必要である。
 西野町と奥野城の西と奥が混同されている可能性が残っているが、奥野城の奥は別名奥屋敷と小字名の別称があるように、れっきとした奥の方の屋敷という意味があるようだ。
地図

 


コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 梁瀬兵庫頭城跡 | トップ | 樋ノ谷遺跡 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

古城巡り」カテゴリの最新記事