赤桶城
住所:松阪市飯高町赤桶
築城時期:室町時代
城主:閼伽桶善四郎
形状:山城 標高242m 比高40m 庄司谷川、東又川、櫛田川が三方を塞いでいる
遺構:40m×45m 郭、二条堀切、帯郭
経緯:
天正5年、織田信雄軍との川俣の戦い |
北畠具教が三瀬館で謀殺されると、翌天正5年具教の弟具親が北畠再興を計って、南都をを出立し伊賀に入った。 |
三瀬谷、多芸、小倭の諸侍と共に川俣の諸侍が具親を助けた。 |
織田信雄軍の日置大膳・治大夫兄弟と閼伽桶善四郎が激しい攻防戦を経たが閼伽桶城は落された。この時九十九曲城も同時期に落された。 |
感想:
見どころはプリン型郭と二条堀切。単郭の郭は15m四方で切岸がよく保たれている。又高さも十分あり見応えはある。二条堀切はかなり埋もれてきているが櫛田川沿いの山城の中では珍重である。 |
現在、郭には直下にあるお寺からワイヤーが引き込まれ鐘がつけるような仕組みが設置されている。訪城中に突然鐘が鳴ったら驚くことになるだろう。 |
地図: 付帯情報 |
又訪城の途上には廃屋がある平たい部分を通る。お城とは関係がないのだろうがこれはこれで別の視点で見応えがある。住人が離れてから何年たったのだろうか。形あるものが崩れていく虚しさなどが感じられる。 |
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