保津川下りの船頭さん

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歩いてこそ‘道’。私の歩いてきた「空手の道」とは。

2010-09-28 23:53:47 | 空手・格闘技
私の火曜日と水曜日の夜は空手の稽古日。

これはもう11年間変わらない週間スケジュールです。

保津川遊船に転職して以来、夜の時間がプライベートタイムになったことで
私は再び空手を修業する機会を手に入れたのです。
しかも空手との再会は、子どもたちとの出会いを運んで来てくれました。

最初は大人中心で始めた道場でしたが、次第に子どもの入門者が増え出して
気が付けば子どもが主の道場へと移行していったという感じです。
今でこそ空手を習う子ども達は多くなりましたが、10年数年前はまだ、
大人が技を磨き、大会を目指すという雰囲気の道場が主流だった時代です。

子ども達を主に預かる道場になることは、当時所属していた空手組織内で統一している
運営や指導方法等とは異なってくることから、私は所属する空手組織を離れる決心をし、
独立して自分の道場を持つことになったです。

それは師との別れでもありました。
当時若干33歳。空手家としてはまだまだ未熟なことは自分自身が一番わかっていましたが、
自分の理想とする‘強さ’を、今度は子ども達と一緒に作っていきたいとの
思いが私に一大決心をさせたのです。

それまでの様に、自分自身だけの強さにこだわり、修業するのではなく、
今度は道場に通う生徒たちと共に、本当に大切な‘生きる強さ’を追い求めたい!
そして将来、この国を、そして世界を担っていく様な立派な人材を育てていこう!
という理想とロマンを掲げ、この道場に賭けてみたくなったのです。

私の空手の師はいつも私達門弟に
「いつかは私を追い抜いて行け!いつまでも私の下でぬくぬくと道を歩くのではない!」
「お前達が私の授けた技術と精神を正しく伝承し、その技と心をさらに進歩させることで
次世代の者に伝えていってほしい。それこそが私への恩返しで、親孝行なんだよ」
話されていました。

私は素晴らしい師匠にめぐり合うことができ、幸せ者だと思っています。

これぞ武道の世界でいう「守 破 離」の教えなのです。

師の教えを素直に学び、身に付け、さらに師の教えを越えて、自らがひとり立ちし、自立していく。

長い歴史のなかで、洗礼された武の世界において、伝統は未来永劫、受け継がれ生き残っていく。
これぞまさに‘道’なのです。

道は人が歩いてこそ道。続いてこそ‘道’。
先人が歩んだ道を後輩が歩き、さらにその先の未来へ向かって‘道’を新たにつなげていくことが
私の武道の道を歩む者の使命であると考えています。

私の歩いているこの‘道’を、今、たくさんの弟子たちが歩いてくれています。


いつか彼らも、私がつけた道を越えて行く日が来て、自分がつける道をつなげていってくれるでしょう。

そうして、いつの時代も伝統の実践者たちの歩みによって‘道’はつながり、
伝統と文化は未来へと受け継がれていきます。

そこに空手‘道’の素晴らしさがあり、私の人生の中で空手の道は光りを放つのです。

伝統と文化の伝承者として、これからの人生も空手と共にありたいと思っているのです。