保津川下りの船頭さん

うわさの船頭「はっちん」が保津川下りの最新情報や、京都・亀岡の観光案内など、とっておきの情報をお届けします。

文化財保護法制定の記念日に考える保津川の遺産

2017-08-29 12:24:05 | 保津川下りものがたり
今日8月29日は『文化財保護法』が施行された日です。

文化財の保存・活用と国民の文化的向を目的として昭和25年に法整備されました。

日本の歴史が生んだ宝であり、国民の財産である文化財はまさに国家のアイデンティティーをあらわすもので、
大切に守り、未来永劫継承していく必要があるでしょう。

私たち保津川下りも今年、411年継承している操船技術が無形民俗文化財に指定されました。

しかし、平安の時代から水運通行の為に川の中に作られた「水寄せ」や「石積み」、
また、江戸時代の舟運通行の為に角倉了以が作った「綱道」は崩壊の一途をたどっています。

同時期に宇治川に作られた伏見の「太閤堤」は発見され、僅かに2年で国の史跡指定を受けたのに比べ、
今も現役で機能している保津川の「水寄せ」などはその歴史的文化的価値を見出されることなく、
崩壊の時を待っています。

この評価の差はどこにあるのでしょう?

私たちも水寄せの部分的補強を続けていますが、大自然の威力を前に、あまりにも微力です。

綱道に至っては、もう使用する目的がないことから、風化するにまかせています。

文化財を守るとはどういうことか?その価値基準は一体なのなのか?文化財保護委員としてまた研究者として、
そしてなにより実践者として思考し行動していきたいと強く感じる「文化財保護法」記念日なのです。

TWILIGHT EXPRESS 瑞風の車窓から

2017-08-23 15:59:23 | 亀岡・保津川を歩く
走るホテル」といわれる「TWILIGHT EXPRESS 瑞風}(JR西日本)は、
「ここだけはゆっくり見て貰いたい」という沿線風景に
「瑞風 始点」という看板を立てて案内しています。

その「瑞風 始点」に保津川流域に広がる田園風景も選ばれていたのです!

氾濫を繰り返す保津川の自然環境が生んだ、肥沃な土地と豊かな生態系ある風景を
「車窓から見える景勝地」として紹介していただいています。

毎日、何気なく見ている風景の中に、地域の自然と歴史が詰まった」価値ある風景」があることに、
あらためて気づかされました。

本当の宝物は足元にある。ただ、当たり前すぎて気づかないだけ。なのかも知れませんね

近世の京都繁栄を支えた`伏見港’

2017-08-21 12:21:29 | シリーズ・京都を歩く
角倉了以・素庵親子ゆかりの地・伏見港に立ち寄りました。

宇治川の派流が合流し本流へ注ぐ河口に位置する伏見港は、
豊臣秀吉が伏見城を築城する際の建築資材を運ぶために整備した内陸の河川港です。

江戸時代に入ると、三十石船が伏見から大阪までの間を淀川を使い行き来し、
旅客や酒・米などを運び込みました。
また、京都洛中からは高瀬舟が往来するなど、京阪間を結ぶ物流の要衝として大いに栄えた舟運の港です。

江戸初期には了以親子による高瀬川工事、
また幕末には坂本龍馬や桂小五郎なども度々利用した
歴史ロマンを感じさせるこの港は、昭和38年にその役目を終え、
市民憩いの公園としてその姿を今に残しています。

保津川・思い出の場所「山本浜」

2017-08-08 12:44:38 | 保津川下りものがたり
嵯峨野トロッコ列車の亀岡駅前に広がるリバービューは江戸時代から舟運の湊で栄えた場所。
今でも当時と同じく「山本浜」と呼ばれています。

まだ、船頭修行中の頃、この浜の前を一所懸命に竿を差しながら下っていくと、
その山本浜から手を振る親子がいました。

まだ、3歳くらいの子供を連れた若いお母さん。

浜から「お父さん~」という子供の声が。

そう、この親子連れは、私の妻と息子でした。

当時はこの浜の近くに住んでいて、よく舟が下っていくのを見に来ていたようです。
その息子も今では20歳を超えた成人。

月日は流れは急流のように早いものです。

でも、この浜の姿は変わらず、あの頃へと引き戻してくれます。