11月下旬に2泊3日の一人旅をしました(オジサンなので絵になるか疑問?)。東福寺、泉湧寺、三条大橋、三輪山周辺から桜井、談山神社、新薬師寺、春日大社(含む、万葉植物園)、興福寺です。ほんの一部ですがお楽しみください!
先日の二泊三日の奈良・京都の旅では、紅葉の美しさを堪能した。超有名な東福寺、談山神社の紅葉。知る人ぞ知る、泉湧寺の御座所庭園。そして、それらを見た後で絶句した春日大社の万葉植物園の紅葉。
それらの紅葉は、実力のある庭師によって端正に≪世話≫されてこそ、維持され育成されてきた美なのであろう。
さて、≪世話≫とは何だろうか?大人になってくると、その成熟に合わせて、他者を育てる喜びを味わうようになる。その対象が配偶者であったり、子供や仕事の仲間であったり、時には紅葉のような人間以外が対象になることもあるかもしれない。
≪世話≫はエリクソン流に考えると、≪愛≫、≪忠誠心≫、≪技能≫、≪目的志向性≫、≪意志力≫、≪希望≫のそれぞれの段階を踏まえて初めて達成できる側面もあるので、結構難しい。
≪技能≫をもっていない庭師が≪世話≫を味わうのは結構大変だろう。自分の人生でも、家でも何もしていないで、しかもボランティア等の経験もなく福祉・介護の世界に入ったころは、≪世話≫の喜びを知るには程遠かった。
≪愛≫の深い意味を知らないで、浅い人間関係で≪世話≫をしても、何か条件付きのような世俗的レベルで、他者の世話も自分の世話もうまくできていなかったようだ。ある経験をきっかけに、自分の哲学・宗教を深め、自分の感情生活をより理解してこそ、≪世話≫も深まってきたようだ。
今回、美しい紅葉を見つつ、何か不安を感じていることが多かった。楽しい知人との語らいの中に、東日本大震災の話題がでたり、巡った寺社仏閣でも募金箱が置いてあったりすると、心が疼く。
先日も、活動をされている方から福島の被災地の話をお聴きした。セシウム汚染の関係で、除染活動の一環として、美しい杉などが伐採されていたとのこと。美しい自然も紅葉も、考えてみれば考えてみれば、たくさんの偶然が重なった恩寵のようなもの。今の世界の現実は厳しい。
私にとっての≪世話≫。欲張りだが、≪愛≫、≪忠誠心≫、≪技能≫、≪目的志向性≫、≪意志力≫、≪希望≫をフル装備し、しかも身の丈にあった活動によって達成したいものである。これはどういう活動何だろうか?
何処か自分の中にある停滞感。倦怠感、マンネリ感、無力感、自己満足への嫌悪感・・・。停滞感の反対は何だろうか?生殖性、創出感、緊張感、有能感、満足感・・・基本的には停滞感は、こうしたポジティブな感情の反対だと理論は教えてくれる。感情の羅針盤を使いつつ、≪世話≫を目指していけば、停滞感を乗り越えることができよう。
愛は訓練といわれるが、世話も訓練なのだろう。
(写真は万葉自然園でのもの)
中年の危機と世話 2/10