同時代の村上春樹氏の小説、1Q84を昨日購入し、少しずつ読みはじめている。
村上春樹氏の小説を読むことは、初めてである。ただ、ほぼ同世代であり、またフランツ・カフカが好きだ(私の場合は好きだった)ということも共通点で急速に親近感を覚え初めている。
カフカを良く読んだのは、大学生(2,3年のころ)である。13歳から22歳はエリクソンの人格形成理論から考えると、忠誠心の時代で、アイデンティティや自己混乱感の時代と言われている。何故、興味を持ったのか。読んで、何を得たのか。結構昔の話なので、今となってはぼんやりしている。
ただ、高校紛争や大学紛争、公害問題などの混乱する変化の時代にあって、一般にアイデンティティ形成が難しい時代だったのかもしれない。そんな中で、愛読した作家カフカ。
私の場合は幼児洗礼(青年期には、キリスト教から離れる)であり、カフカの本にキリスト教のイメージが本の中に時々出てくるので、惹かれたのかもしれない。「変身」の毒虫となったザムザが事故で亡くなったあと、幸せそうに日曜の教会に行く家族。「城」の中に出てくる、十字架のイメージ。大学を卒業して就職するとき、外資系企業を選んだのも、「アメリカ」の解放的なイメージがこころの深層を流れていた為かもしれない。昔読んだ本なので、記憶があいまいで間違っているか後で調べなければ・・・
今、U先生から「生き甲斐の心理学」を学んでいるが、<信じて見える世界、信じないで見える世界>という、比較宗教学的基盤での心のダイナミズムの研究があり、私もとても興味があるテーマでもある。
今回、日本人としてのアイデンティティを考え初めているが、生き甲斐の心理学の学徒として、自らのアイデンティティの分析と統合を中心に考えるべきだと思うようになった。哲学や倫理道徳とは丁度反対側の、もっと変化に富んだナイーブなものがテーマである。
写真は、大雨の中、諏訪大社上社前宮近くで撮った槿(むくげ)。雨粒が今にも落ちそう。
<日本人 2/8>
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