イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

富士山!

2009-09-15 | 第十章「今ここでの恩寵」

 先日の日曜日、中央高速で諏訪湖(温泉にも入り)から東京に帰宅する途中、富士山がしばらく見えていた。

 関西で暮らすメリットも沢山あるが、関東で暮らすメリットもある。富士山に近いというのはその一つかもしれない。

 温暖化のせいか、最近は頂きの万年雪も消えてしまったようで、ちょっと心配になったりするが、やはり、うきうきする。

 富士山は、幼い頃から何回も見ているが、最初に見たのは何時だろうか?新幹線もツバメも走っていなかった時代に、家族で亡父の実家(広島県)に戻る汽車の窓から見たものだったのだろうか。

 父や母の、ウキウキ感を感じながら、眺めていたようにも思うが、はっきりしない。愛の原型の一つに連なるのかもしれない。

 富士山の思い出は様々である。羽田飛行場を飛び立ってすぐ、下方に見える富士山。山中湖の温泉に入りながら見る富士山。正月に御殿場の露天風呂から見た日の出の富士山。新幹線の中から見る富士山。・・・

 さて、富士山のことを思索すると、これまた楽しくなる。記紀では、不思議なほど語られない富士山(恐らく、政治的にいろいろあったのだろう)。その反対に、万葉集では沢山語られる。不思議なことである。

 昔、富士山は噴火していた。そのころ祖先達は、どのような感情を持って富士山を見ていたのだろうか。

 最初に富士山を見た現世人類である祖先は、どのような想いで富士山をみたのだろうか。どのようなハプロタイプの祖先が一番乗りだったのだろうか。どうも、今読んでいる本の影響で、すぐDNA的に考えてしまう・・・

 纏まるかどうか不明であるが、これから、しばらく自分の日本人としてのアイデンティティについて思索したい。

<日本人 1/8>

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