人間が身体、心、魂から成り立つと仮定して、感動するときの意識をこの3つの分野で識別を試みると、意外な発見があるようだ。
昨晩、何年かぶりで「サウンドオブミュージック」の映画を観た。中学校の時に、文部省推薦だったためか、クラス全体で見にいった記憶がある。その後何回か見たが、今回は、いくつか新鮮な発見があった。
修道女志願者マリアが修道会から、家庭教師として大佐に出会い、様々なハプニングの中で暮らしていくのだが、ある晩、オーストラリアのフォークダンスを大佐と二人で踊る。その時のシーンは感動的であるが、マリアは初めての不思議な知覚と意識に驚き、大佐の家を置手紙を残して出て行って、修道会に戻る。
この時の不思議な意識を、マリアはネガティブに解釈するのだが、修道会の院長は男女の愛、神の愛は矛盾しないと解き、マリアはトラップ大佐のところに戻る。このあたりの話は、人間が身体、心、魂から成り立つと仮定し、それぞれの愛を想定すると繋がってくるように思う。
この映画を見て、ふと自分は何で結婚したのかと思う。やはり理屈ではない、感情の流れと意識があったように思う。皆さんは如何でしょうか?
<感動について2/4>
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