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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

縄文時代の人たちとの接し方 (5/10 縄文時代をどう解釈するか)

2024-03-05 | 第二章「五感と体感」

文章も残されていない先史時代の縄文時代をどのように学んだ行くかは大きな課題である。考古学にたずさわる先輩等のお陰で考古資料もきちんと残され、また記紀、万葉集、昔話など神話や伝承も7-8世紀以降ではあるがきちっと残されている。民俗学の知見も役に立つ。日本は島国ということもあったのだろう、同調意識やアイデンティティの強い社会であったこともあり、縄文時代を研究することは決して無謀でもなく、行き詰まった現代文明を照らす成果は期待できると思う。そして、縄文文化の理解のカギは、そのアイデンティティである宗教の解明ではないかと思う。

しかし、こうした手がかりだけで理解を深めることができるだろうか。比較宗教学のある研究者の方は自分の信じている宗教以外を研究する場合は、その宗教を信じている信者と信頼関係を結び、インタビューしたり検証してもらったりするという。文献だけだとすでに時間が経ち陳腐化していたり、間違いだったりすることがあるように私は感じる。

また、宗教は身体性(五感体感)と深く関係していると言われる。ある宗教を知りたいと思えば、神社仏閣・教会などに出向き、実際に宗教者や信徒から案内してもらったりすることが大事かもしれない。邪眼と慈眼という言葉があるが、邪眼では一般に相手も戸惑うし自分でもフィルターにより不健全な思考しかできないものだ。

縄文時代の宗教を学ぶことにも、何かこうした他宗教の研究方法が応用できるように思う。まずは邪眼を捨て慈眼で接することだ。特に今私が研究している縄文中期(5000年くらい前)の中部高地と関東西南部は、死者と環状の村の中で共存するような形態をとり、その魂観も弥生以降の怨霊などの思想とは異なるという学説もある。さらに地母神信仰は慈悲にあふれているようで邪眼になりにくいので助かる。そして、今では昔の面影はなくなっているかもしれないが遺跡に出向き、土器や土偶などの遺物に接したりするのは大事だ。特に土器などは博物館によっては触らしてくれるし、縄文の村のような当時の植生を意識した場所が併設されていて五感で味わえることができる。

さらに、遺跡の遺物の整理作業などに従事できれば、実際の土器片などに嫌というほど扱わせていただける。このような接し方の延長にプロの仕事があるわけであるが、私の場合は残念ながら年をとりすぎた。

ただ、残念がるのも考え物で、死んであの世で実際の作者にあったり、当時の宗教家にあったりできるかもしれない。・・それは冗談としても、五感体感を深めて縄文時代と接することで、当時の人々が見えていたものが見えてくる可能性が高まると思うが、皆さまはどう思いますか。

5/10 縄文時代をどう解釈するか

WebマガジンAMOR「縄文時代の愛と魂」にも縄文に関する関連記事があります是非ご覧ください。こちら

この記事は「生き甲斐の心理学」ーCULLカリタスカウンセリングの理論 ユースフルライフ研究所主宰 植村高雄著 監修2008年第3版 を参考にしています。

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       森裕行

 



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