明治時代に最初の列車が走った、新橋(今の汐留)から横浜(今の桜木町)までで、新橋から品川までの区間は、海を埋め立てて、列車を走らせた。
また、現在の横浜駅の辺りは海だったので、神奈川(今は現存しない)から横浜までの区間も、埋め立てて、列車を走らせた。
埋め立てていたのを現した絵
http://www.water.sannet.ne.jp/kazuya-ai/18/mousai.html
絵の右側に眼をやると、新橋から品川まで、海を埋め立てているのがわかるかと思います。
絵の一番左側が横浜駅(今の桜木町)で、左から2番目の駅(神奈川駅)の間は、盛り土で海を埋め立てていることが、わかるかと思います。
この当時の神奈川駅は、今のJRの横浜駅より少し東京よりの青木橋あたりです。
従って、京急では、青木橋のところに神奈川駅があります。
当然、東海道五十三次の宿場町もこの辺りでした。
その盛り土の奥に、入り江が見えますが、今の横浜駅西口付近です。
相鉄の駅名で、平沼駅があったり、地名も平沼となっています。
その場所の昔の感じがでています。
横浜駅の周りに運河が多いのも、付近が昔、海だった名残です。
話は変わって、
現在の横浜駅は、実は、三代目というのは、ご存知でしたか?
初代の横浜駅は、今の桜木町駅です。
二代目の横浜駅は、今はなくなりましたが、高島町駅(旧東横線)付近でした。
横浜駅の詳細は、ここを参照:
http://www.ejcs.co.jp/library/tenji/nenpyou/nenpyou.html
先ほどの絵を良く見ると、海の中に、お台場が描かれております。
小学生の社会科見学では、芝の『日の出埠頭』より船で、お台場に上陸し、砲台跡を見学しておりました。
写真は、日比谷近くのビルの夜景です。