ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

赤毛のダニー、サルコジを語る。

2010-09-02 20:37:09 | 政治
ダニエル・コーン=ベンディット(Daniel Cohn-Bendit)、人呼んで「赤毛のダニー」。懐かしい名前ですよね。42年前。そう、1968年の五月革命のリーダーの一人でした。今でも、政治の舞台で活躍しています。欧州緑の党・欧州自由同盟の共同議長で、欧州議会議員。選挙区は、パリ周辺のイル・ド・フランス地方。

ということで、一瞬、フランス人かと思ってしまいますが、ご存知のように、実はドイツ人。父はユダヤ系ドイツ人、母はユダヤ系フランス人。ドイツで暮らしていましたが、1933年、ナチスの迫害を恐れ、フランスへ。ダニエルは、1945年、ピレネーに近いモントバーン(Montauban)の町で生まれました。戦中・戦後の混乱もあり、ダニエルは14歳まで無国籍。その後、ドイツ国籍を取得していますが、当時、フランスには徴兵制があったため、ドイツ国籍を選んだとか。根っからの反戦家・・・

先にドイツに戻り、弁護士として祖国の再建に貢献していた父のもとへ。しかし、パリ・西郊にあるナンテ―ル大学に入学するため、再びフランスへ(ナンテ―ル大学、サルコジ大統領の母校でもあります)。1966年にストラスブール大学で大学の民主化を求める学生運動が起き、その運動はパリへも飛び火。ベトナム反戦運動も影響し、1968年には学生の自治や大学の民主化を求める運動がソルボンヌを中心に勃発。その運動の中心にいた一人が、ダニエル・コーン=ベンディットだったわけですね。

大学の自治の確立や教授の権威の縮小、学生の主体性の承認などを勝ち取ったこの五月革命は、世界の学生たちに大きな影響を与え、ドイツ、イタリアでの学生運動、そして日本の全共闘にも影響を与えたと言われています。

ダニエルの政治との関わりは、無政府主義から始まり、その後、“communisime libertaire”(自由共産主義)など非共産主義的左翼の活動へ。五月革命の最中、ドイツ国籍のため、国外追放となり、10年間の入国禁止処分が科される。従って、その後の活躍の主な舞台は、ドイツに。1984年には、緑の党に入党。86年には革命を正式に断念する著作(“Nous l'avons tant aimée, la Révolution”)を公表。89年にはフランクフルト市の副市長に。1994年には、欧州議会選挙にドイツ緑の党から立候補し見事当選。99年には、フランス緑の党から、2004年には再びドイツから、そして09年にはフランスから立候補し当選。

独仏間の戦争を二度と起こさず、欧州を一つのまとまった一大勢力に、と創設された欧州石炭鉄鋼共同体、そしてそこから始まったEUの歴史。その流れを象徴している人物の一人がダニエル・コーン=ベンディットだと言えるのではないでしょうか。なにしろ、ドイツ・フランスの歴史・価値観を背負い、それぞれの国から欧州議員として選ばれているのですから。

さて、前置きがとても長くなってしまいましたが、そのダニエル・コーン=ベンディットの目に、大学(ナンテ―ル大学、今日のパリ第十大学)の後輩でもあるサルコジ大統領はどう映っているのでしょうか。8月16日のル・モンド(電子版)が伝えています。

治安維持をお題目に、ロマなどの少数民族や不法滞在の外国人を国外追放しているが、これはサルコジ大統領の政治的無力さを隠すためのものだ! この政策にも見られるように、愚かさと憎悪の念こそ、サルコジ政治の中心にあるものではないか。まるでフランス人を馬鹿扱いしているように見える。治安、移民、ロマ、麻薬・・・その時その時の話題のテーマに強硬手段で国民の喝采を浴びようとしているだけだ。その過激な言動に、国民は一瞬、目くらましにあった感じがしてしまうが、その人気とりに惑わされず、しっかりと批判すべきは批判すべきだ。

確かに、世論調査などによると、スケープ・ゴートである移民や非定住者に対する拒否、非難、追放は多くの国民の支持を得ているように見えるが、その実態を明確にするためにも、しっかりとした議論が必要だ。欧州緑の党は、オルトフー内相と対決できるだけの意見・提案を持ち合わせている。また、ロマの人々をルーマニアやブルガリアへ送還することは人道上許されることなのかどうか、人道活動に長年携わってきたクシュネール外相とも討論をしてみたい。

ユダヤ系、移民の家系、若くして政治活動に携わる、何かと目立つ存在、しかも同じ大学に学んだ青春時代・・・共通項は多いのですが、ニコラ・サルコジとダニエル・コーン=ベンディット、目指すべき道は異なっているようです。

最後に蛇足を一つ。ダニエル・コーン=ベンディットの政治経歴、日本では、「変節」の誹りを受けかねないかもしれないですね。日本では、一つの主義主張に人生を賭けなければならない。途中で日和ったり、転向してはいけない。筋を通すべし! でも、人間、いろいろ考えながら長い人生を歩んでいるわけで、考えの変わることもある。変わった理由が説明できれば、変わってもいいのではないでしょうか。人生を自ら窮屈に撓めてしまっては、残念! よく言いますよね、無限の可能性がある。それは、何も若者だけに限ったことではないのではないでしょうか。人間、常に青雲の志。しかも、その雲は、時として形を変えたり、色を変えたり・・・それで、人生。人生十色、人生いろいろ。それでこそ、人生もより楽しくなるのではないでしょうか。人生、七転び八起き。敗者復活戦もあれば、リセットもある。そんな社会のほうが、人生、楽しいように思えますが・・・
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