2018.8.1
韓国経済失速、裏目に出た文政権の低所得者層優先政策
高所得者層には増税と規制強化 低所得者層には賃金引き上げと雇用増大
韓国の文在寅大統領は、朴槿恵前大統領がスキャンダルに巻き込まれて失脚した後、市民の生活向上や所得分配の公平化を訴えて大統領に当選した。
そんな文大統領は昨年、高額所得者と大企業を対象とした増税と、投機目的の不動産取引を阻止する規制強化策を相次いで発表した。
こうした「金持ち」にターゲットを絞った政策には、2017年7月下旬時点の世論調査で85%の国民が「賛成」と答えている。
他方、低所得者層向けの対策としては、最低賃金の引き上げと正規雇用の増大策を実施。
これらによって、貧富の格差を解消する政策を推進してきた。
こうした政策は、金東兗(キム・ドンヨン)副首相兼企画財政部長官が唱える、韓国独特の経済成長論をベースにしており、一般国民の所得を高めれば、消費が増大し、経済も活性化するという「所得主導成長政策」の考え方だ。
過去の輸出主導型の経済成長では、貧富の格差が増大し、経済の2極化が拡大してしまうとの認識が背景にある。
確かに、文政権成立後の韓国経済は比較的好調に推移してきた。
しかし、今年1~3月期の実績では、高所得者層の所得だけが増え、低所得者層の所得はむしろ急減している。
ソン・テユン延世大学経済学部教授は、「最低賃金の引き上げなど労働コストを高める政策が、意図とは違って低所得層にマイナスに作用したようだ」と分析している。
最低賃金の引き上げによって、雇用が失われてしまったことが原因だというわけだ。
こうした結果を受けて、低所得者層の所得の引き上げや、経済を活性化させるといった政策の失敗が取り沙汰されるようになった。
例えば、経済の好況は必ずしも所得主導政策の効果ではなく、むしろ世界経済の好調によって半導体輸出が好調だったのではないかといった批判が出ている。
つまり、昨年、経済が好調だったのは、「運が良かった」と言われているのだ。
さらに4~6月期の経済成長率が、対前期比で0.7%増(前期は1.0%増)と落ち込んだことから、韓国経済の先行きに対する警戒感が急速に広がっている。
しかもその内容は数字以上に悪い。
設備投資がマイナス6.6%と大幅に下落しているほか、建設投資もマイナス1.3%とマイナスに転じている。
詳しくは後述するが、いわゆる「米中貿易戦争」によって、韓国経済が不利益を被っている状況で、反企業的政策を一挙に展開したため、投資家心理が冷え込んでしまったことも大きい。
企業は、未来に投資する代わりに、配当と自社株消却で外国人株主の心をつかむことに力を注いでいるのが現状だ。
こうした結果、民間消費は0.3%増と2016年10~12月期以降の最低値であった。輸出も0.8%増にとどまり、1~3月期(4.4%増)と比べ大幅に失速した。
経済減速が文政権の 支持率低下に反映し始めた
こうした中、文大統領の支持率は、6週連続で下落した。韓国ギャラップが7月27日に発表した大統領支持率は、先週より5ポイント低い62%で、これは先月第2週と比べ17ポイントも低く、これまでの最低値だ。
支持しない理由は、「経済政策、庶民政策での問題」が37%と最も高く、続いて「最低賃金引き上げ」が12%となっており、まさに文大統領が公約として掲げた分野が支持されていない形だ。
逆に支持する理由としては、「外交・安全保障政策」が13%、「北朝鮮との対話再開」が12%となっている。
経済界は、文政権が次々に打ち出す政策が、企業経営にとって大きな重しとなっていると考えている。
とはいえ、大統領に面と向かって歯向かうことはなかった。
というのも、大統領の支持率が高い間に大統領批判を行えば、報復されることが過去にもままあったからだ。
ただ、これまでのケースでいえば、支持率が低くなれば、企業と大統領の関係にも変化が見えてくる。代々の大統領は、その末路、スキャンダルに見舞われてきた。
不幸な結末を迎えてきたのは、大統領の権力がいかに絶大であるかということと、それを失ったときの“反作用”が非常に大きいことを示しているといえる。
文大統領の支持率は、落ちたとはいえ依然として高い。
しかし、支持率の低下傾向は懸念材料だ。
文大統領は今、まさに経済成長と所得分配の効率化を実現し、国民の支持率を維持していけるかどうかの正念場に差し掛かっている。
国民の支持を失えば、大統領と経済界の関係に変化が芽生え、文大統領の低所得者層向け政策の行方も困難なものとする。そればかりでなく、文大統領が進めようとする北朝鮮との融和政策にも大きな影響を及ぼしかねない。
文大統領は、この困難を乗り切れるのであろうか。
文政権の経済政策に逆風 悲観的な見方が広がる
そうした中、文大統領の経済政策に逆風が吹き始めている。
これまでの韓国経済は、年3%前後の成長を見せてきた。
これは内需が2.5%、輸出が0.5%ほど寄与してきた。
しかし、18年4~6月期は、消費と投資が同時に冷え込む“内需不振”に見舞われた。
中でも民間消費は、昨年、四半期ごとに0.5~1.0%前後の増加傾向を維持したが、18年4~6月期は増加率が0.3%に落ち込んだ。
青年層の就職難は深刻で、5月の青年失業率は10.5%に達した。
工場の作業員や配達といった単純労働に従事する青年の割合が、統計作成以来、過去最高となっているのに対し、製造業などの「質のいい雇用」は減少している。
その上、急激な最低賃金の引き上げによってサービス業などの雇用が減ったことも、単純労働に従事する青年の数を増やしている。
従業員300人未満の中小企業は、勤労者全体の87%に相当する1300万人を雇用しており、雇用創出の“主役”だ。
しかし、中小企業の置かれた企業環境はますます悪化しており、雇用環境の改善は見込まれない。
韓国政府でさえ、今年の就業者増加数見通しを、これまでの32万人から18万人に大きく引き下げている。これでは、青年層の雇用増大や所得向上は見込めない。
高齢者の事情はさらに深刻だ。
所得下位20%の世帯主の平均年齢は62.6歳だ。
韓国の場合、60歳以上の高齢者の人口構成比が20年前と比べて倍増し、60歳以上の消費は大幅に減少、消費を減らす時期も60代から50代へと10年早まった。
家計の負債の対GDP比は昨年段階で94.4%と、日本の84%より10ポイントも高く、その資産も不動産が中心で現金保有高は少ない。
韓国銀行が25日に発表した7月の消費者心理指数は101.0で、前月より4.5ポイントも下落した。あらゆる側面から見て、韓国の消費拡大路線は八方ふさがりなのだ。
こうした消費の冷え込み以上に深刻なのが、前述した設備投資や建設投資の落ち込みだ。
背景として考えられるのは、米中の貿易戦争と、文政権の所得分配を重視した政策だ。
米中貿易戦争の影響を 当事者より受ける韓国
米中貿易戦争は、1300余りの品目を対象とするだけに、両国ともに致命傷が避けられない。
だが、問題は両国だけにとどまらない。年間1兆ドルに上るなど、貿易依存度が高い韓国の経済的被害も甚大だ。
特に韓国は、最大の輸出市場である中国に対する中間財輸出比率が79%に上る。
米国への輸出のために、中国に素材・部品生産工場を置いている企業も多い。
OECDの分析によると、中国の輸入が10%減少すれば、韓国の成長率は1.6%低下するといわれる。
米国のウォールストリートジャーナルは、「全世界貿易紛争で最大の被害者は『ビッグプレーヤー』ではなく、韓国など間に挟まれた小規模開放経済国家になるだろう」と報じている。
にもかかわらず、韓国の受け止め方は依然深刻さを欠いている。
韓国政府は、米中貿易戦争に備えて点検会議を開いたが、
「短期的に韓国の輸出に及ぼす影響は限定的だろう」(産業通商資源部)、
「貿易対立が深化・拡散すれば不安要因になり得るだろうが、まだ韓国の輸出は良好な流れだ」(企画財政部)との見通しを示しているほどだ。
確かに、政府として悲観的な見通しを示せば、投資家心理を冷やしかねないという警戒感もあったのだろう。
だが、韓国政府が依然として好調だとする輸出の鈍化も予想以上に速い。4~6月期の輸出0.8%増という数字は、1~3月期の4.4%増と比べて大幅な減少だ。
さらに輸入も鈍化しており、それだけ国内生産や投資活動が鈍化していることの表れともいえる。
低所得者層向け政策が 企業の足を引っ張る
最低賃金の急激な上昇や労働時間の短縮は、ただでさえ不景気に苦しむ中小企業の負担を増大させている。深夜の産業用電気料金も値上げされるという。
過去1年間に海外に工場を建設したり、設備拡張を行ったりした韓国企業は1884社で、5年前より約700社増え、海外投資額も3倍に膨らんでいる。
一方で、その間、韓国の国内投資は3分の1以上減少した。
これは、世界市場戦略に基づくというよりも、人件費の負担と企業にとって困難な環境を避けるため、海外に活路を見出して脱出しているのだ。
企業現場では、中小製造業の国内大脱出が来年から始まるとの見方が多い。
中小企業の反対にもかかわらず、政府が来年も引き続き最低賃金を2桁台で引き上げるとしているからだ。
中小企業は、こうした政策を「韓国から出ていけというサインだ」と受け止めている。
ちなみに韓国の最低賃金は、実質ですでに日本以上だという。
こうした状況下で、韓国企業は苦しい経営を余儀なくされており、倒産が増加している。
今年6月までに全国の裁判所に寄せられた倒産申請件数は836件で、過去最多を記録した。
専門家らは、企業倒産件数が増えた理由として「不況のドミノ」を挙げる。
自動車、鉄鋼、造船などの大企業が揺らぎ、売り上げの大部分をこれらの企業に依存する協力会社まで経営難に陥っているという分析だ。
現代自動車が7月26日に発表した1~6月期の連結決算によると、
世界の販売台数は224万台で4.5%増加したものの、ウォン高や工場稼働率の低下が響き、本業のもうけを示す営業利益は1兆6321億ウォン(約1600億円)で、前年同期比37.1%減少した。
これに呼応するように、現代・起亜の1次、2次下請けなどが倒産に追い込まれている。
文政権は政策変更に 取り組むのか
文政権は、規制緩和を加速して、企業業績の底上げにも目を配る政策を打ち出した。
7月19日、文大統領はソウル郊外の大学病院を訪問して、「医療機器を未来の新産業に育成する」と宣言、「規制の壁を大幅に低め、市場参入への手続きにかかる期間を画期的に短縮させる」と述べた。
さらに、事業会社は銀行株を10%以上持てないという規制を、ネット銀行に限り緩和することも検討している。
こうした規制緩和の動きは、基本的には前進である。
しかし、その一方で来年も最低賃金を2桁引き上げる。それでは中小企業の悪化した経営環境は改善できない。
韓国経済研究院によると、昨年末、韓国の13大輸出主力業種の限界企業数(危険水域にある企業)は464社で前年比65社増えた。これは、前年の増加数の2倍であり、これら企業のうち、相当数が倒産危機群に分類されるそうだ。
専門家は、この傾向が続けば下半期も成長率が0%台にとどまり、今年の目標だった2.9%には届かないのではないかと見られている。
来年はさらに、韓国企業の海外逃避が見込まれており、さらに低下する可能性も高い。
文大統領は5月末に「マクロ指標を見ると、国内の経済は良くなっている」と述べているが、
現代経済研究院は、「景気下方リスクの拡大」という報告書の中で、「現在の国内経済状況は、景気後退から沈滞局面に突入する過程にあると判断される」と指摘する。
文政権は、こうした経済の実態を無視し、北朝鮮との融和や低所得者向け分配の拡大に奔走してきた。
このままでは韓国経済が沈滞化し、頼りにしてきた国民からも見放される危険がある。
文大統領は、政治姿勢を抜本的に見直すことが必要な時期にきているのではないか。
(元・在韓国特命全権大使 武藤正敏)
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