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文在寅の「特使」がやってきた

2020-11-16 13:45:00 | 日記

武藤 正敏(元駐韓国特命全権大使)

文在寅の「特使」がやってきた

現代ビジネス

11月8日、朴智元(パク・チウォン)国家情報院長が訪日した。

今回の朴氏の訪日は行き詰っている日韓関係の突破口を作ることが任務で、事実上の文在寅大統領の特使という扱いである。

菅義偉総理との面談を求め、文在寅大統領の意見を口頭で伝えたという。

朴氏は菅総理及び二階幹事長との会談で、小渕総理と金大中大統領(いずれも当時)が発表した「日韓共同宣言…21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」に続く新たな首脳同士の政治宣言で日韓関係を解決して行こうと提案した由である。

これまで韓国側からは、徴用工問題解決のため、様々な形の財団設立案などが提案されてきたが、いずれも日本側として受け入れられる案ではなかった。  

今回韓国側から提案され政治宣言案に関し、与党民主党の尹建永(ユン・ゴンョン)議員はMBCのラジオインタビューで「実現の可能性があるかは別として」「文・菅宣言は一度首脳間においてビッグディール方式でやってみようというもので十分に検討のできる案」と述べた。

尹議員は4月15日の総選挙で初当選した議員であるが、それまで青瓦台の国政状況企画室長をしていた文在寅氏の腹心であり、この案は文在寅氏の了承を得たものと考えていいだろう。

徴用工問題が両国で直ちに解決することは難しいことから、まず指導者が大きな枠組みで未来志向的に進んでいこうという約束、すなわち政治宣言をすることで関係改善の転換点とみなすことができるようにしようという趣旨だと韓国側は説明している。

これに対し、毎日新聞は、日本政府は「非現実的」という立場を表した、と伝えている。

朝日新聞も「徴用工問題がある中で現実的ではない」と報じている。

また、時事通信によれば、徴用工の問題について菅総理は「非常に厳しい状況にある日韓関係を健全に戻していくきっかけを韓国側が作ってほしい」と応じたという

徴用工問題で日韓請求権協定に違反する状況を韓国側から作っておきながら、それを棚上げして、日韓関係を未来志向的に進めていこうという考えに日本側が同意できないのは当然である。

いずれにせよ、この提案によって日韓関係改善のため前進したとは言えないだろう。

韓日議員連盟も動き出す

韓国からは11月12日、韓日議員連盟の金振杓(キム・ジンピョウ)会長ほか7人の議員も日本を訪問、成田空港で会長は「韓日間の懸案に対し両国首脳が会って政治的決断をする時期になった。

議員連盟が中心となって友好的な環境になるよう努力したい」と述べた。

議員団は同日日本側と合同幹事会を開催。同会長は冒頭、「政界がすべきことはこのように韓日の懸案が難しい時こそ発想を少し変えること」と訴えた。

韓国の報道によれば、日本側の額賀会長は「日韓共同宣言」に触れたうえで、「大局的見地で新たな日韓関係が作れるよう互いに努力できればうれしい」と応じた由である。

韓国が日韓修復を急ぐわけ

菅政権はどう応じるか 

韓国側の言う発想の転換が「政治宣言」のことか。徴用工という日韓間の懸案を避けて関係を改善する方策として、どのような意味があるのか。

韓国側が「政治宣言」で問題を解決しようというならば、徴用工問題に対する文在寅氏の認識が変わらなければならない。

これまで私の長い外交官生活の中で、日韓関係が膠着した時に、日韓の議連には問題解決の根回し、環境整備の面で大変お世話になった。

しかし、議員連盟が日韓間の間で調整に入るのであれば、より具体的かつ率直な議論を経る必要があり、それに耐える人間関係が必要である。

現在の文政権に近い韓国側の議連幹部とそのような人間関係を築くのは難しいであろうし、文在寅氏に対する影響力もないだろう。

日韓の議連の努力には敬意を表するが、本当に関係改善に成果を上げるのであれば、お互い儀礼的な発言を繰り返すのではなく、率直で厳しいやり取りがあってもいいのではないか。

文在寅氏は、バイデン氏が大統領に就任すれば日韓の関係修復を求めてくると予測している。

しかし、政府間では先般の外務省局長レベルの会合が平行線に終わり、日中韓首脳会談のソウル開催の道筋もつかないことから、政治家レベル、議員外交を通じて糸口を模索しているのであろう。

韓国とすれば、バイデン政権に一番期待していることは北朝鮮との対話、関係改善、北朝鮮への制裁緩和である。

これの障害となる状況は少しでも取り除いておきたいのであろう。そのためには、日韓関係の改善は不可欠である。

日韓関係を改善したいのであれば、単に窓口を変えるのではなく、徴用工問題の抜本的な解決に向けて韓国政府の実質をともなう大胆な決断が必要である。

小渕・金大中宣言の「認識」

大きな決断をした金大中 

日韓友好を政治宣言で確立しようという韓国側の考え方が非現実的なのは、その環境が整っていないということである。

小渕・金大中両首脳でまとめられた98年の共同宣言は、

小渕総理が「日本が韓国に」という具体的な国名を入れて、「過去の植民地支配に対する日本の反省とお詫び」を文書化する一方、

金大中氏は「(小渕総理の」歴史認識の表明を真摯に受け止め、これを評価する」「両国が過去の不幸な歴史を乗り越えていこう」と宣言したものである。

この宣言の起草に関わった崔相龍(元駐日大使)によれば、金大中氏が「過去を乗り越える」というには大きな決断が必要だったが、それができたのは金大中氏が

「日本は第2次大戦後変わった」「日本国民は汗と涙を捧げて平和民主主義の発展」に尽力してきたことを認めたからだという。

 日本人の感覚から見れば、「日本が民主主義国である」というのは当たり前のことであるが、韓国では「日本が右傾化・保守化している、軍国主義が復活しないか心配」という見方が一般的である、というより政治家やマスコミがそのように煽っていると見た方がいいだろう。

それを否定し、日本が民主主義国になったというのは勇気のいることであるという。それをできたのは、金大中氏が民主主義の旗頭だったからだろう。

金大中氏は、言葉だけで日韓関係改善を言ったのではない。金大中氏の日韓関係に果たした大きな業績の一つが、日本文化を韓国で広めることを認めたことである。それは日本にとって好ましいことであった。同時に韓国の大衆文化が急速に発展し、「韓流ブーム」を引き起こす土台となった。金大中氏が行ったことは日韓にとってウィン・ウィンだったのである。

文在寅の歴史認識は「金大中とは真逆」

文在寅政権下で反日運動は過熱した 

しかるに文在寅氏はどうか。

日本は「歴史問題で謙虚であるべき」「日本は歴史問題を政治利用している」と歴代政権の中で最も過去の日本にこだわっている大統領である。

日本の自衛隊機に韓国軍レーザー照射をしながら、自衛隊機が低空飛行してきたからだと偽りの言い訳をしており、自衛艦が旭日旗を掲揚して韓国に来ることを拒否している人である。

日本が民主主義国だと認めていればこのようなことは起きないだろう。要するに金大中氏とは日本に対する認識が180度違うのである。

徴用工の問題を解決しようというのであれば、文在寅氏の歴史認識から改めてもらう必要がある。

しかし、文在寅氏は国内でも「漢江の奇跡」の否定、「光州事件の歴史」の修正など、一方的な歴史認識を韓国国民に求めている人である。  このように歴史の事実を自分の都合のいいように変える人とどのような政治宣言ができるのだろうか。

文政権になって以降の「政治宣言」

韓国元老知識人67人(市民団体「東アジア平和会議」座長李洪九)は2019年8月12日、日韓関係の平和的解決方法を求める声明を発表した。

声明は「日本政府は韓国人に与えた苦痛と悲劇に対する深い理解と謝罪の姿勢を、韓国政府は日本人の戦後の経済発展と東アジアへの平和寄与を認めて和解の心を持つことが重要」と述べている。

朴智元氏が持ってきた構想は、こうした知識人の考えがベースにあるのかもしれない。

この考えは小渕・金大中宣言に近いものであるが、日本にして見れば「なぜまた過去の歴史を反省し謝罪しなければならないのか」との思いがある

金大中氏の時に「過去の歴史を乗り越えた」のではないのか。

韓国側が歴史を持ち出すたびに「反省と謝罪」を述べなければならないのか。

また、「日本が韓国の発展に多大な貢献をした」ことも認めて欲しい。

それは日本に感謝しろという趣旨で言うのではなく、それを認めることにより、いつまでも反省だ、謝罪だ、と言わなくて済むようになるからである。

この声明には、両国が遵守すべき行動要領が示されている。

◇韓日間の葛藤拡大姿勢の自制

◇日本政府の報復姿勢撤回

◇多方面の直接対話を直ちに再開

◇過去の協定及び約束と関連する両政府の持続的な交渉  この行動要領には賛成できるものもあるが、日本側として納得いかないものがある。  

◇「日本の報復姿勢の撤回」というが、戦略物資の個別許可制導入は、韓国側の管理に問題があったためである。

◇「協定及び約束斗関連する両政府の持続的交渉」とあるが、日本としては「交渉」ではなく「遵守」を求めたい。仮にそこに解釈の疑義があるのであれば、それは「仲裁」によって解決すべき事項である。

日本には徴用工の問題でできることはない

バイデン政権で外交情勢は変わる 

この韓国側の声明は、7月25日、日本の和田春樹氏など日本の各界指導者77人から「韓国は敵なのか」というタイトルで出された知識人宣言への回答として出されたものである。

その内容は、日韓間の葛藤中断及び協力再開を求める内容の声明であるという。

日韓の問題は政治宣言を出したからと言って解決できるものではない。

それは韓国側、特に文在寅氏の歴史認識、政治姿勢が変わらないと難しい。

文在寅氏は11月11日、青瓦台で外交安保分野の元老や・特別補佐官らと昼食懇談会をおこなった。

それはバイデン氏との電話会談を控えての意見交換だったという。そこでは北朝鮮の核問題への対応が中心であったが、日韓関係についても話が及んだ。

その中で文在寅氏は「韓日関係の解決は日帝被害者の同意と合意が先決条件で、韓国と日本の立場の隔たりが大きすぎて克服することが容易ではない」と述べた。

出席者によれば「文大統領は韓日関係をどのように解決していくか苦心しているように見えた」という。

 文在寅氏の言うように徴用工問題に関する日韓の隔たりは大きい。

しかし誰が大きくしているかと言えば文在寅氏である。

金大中氏は日韓の歴史問題を乗り越えていこうといった。

文在寅氏は歴史問題を新たに作り上げ、それに執着している。

文在寅氏は被害者中心主義を言うが、日韓の間では個人の請求権の問題は解決している。

問題が残っているとすれば、韓国政府と被害者の関係である。

日本は国交正常化交渉の際、個人補償も打診したが、韓国政府はこれを断り、被害者への手当は韓国側ですると言い切った。

今更日本に何を求めるのか。日韓の隔たりが大きいというのは、その大前提を受け入れていないからである。

文在寅氏の対日姿勢の転換が必要

文在寅氏は日本とは徴用工の問題は対話で解決するといった。

しかし、対話で解決するのであれば、請求権協定に見解の相違があれえば「仲裁」で解決すると規定されている。

なぜ「仲裁」を拒むのか。文在寅氏にとって都合のいい、大法院判決を前提とする対話に固執するからである。

これは日本側にとって話し合いの前提とはならない考え方である。

日本としても、日米韓の連携強化のためには日韓関係改善を進めたい。

特に長年日韓関係に携わってきた人間としてはなおさらである。

しかし、これを妨げているのは文在寅氏その人である。

文在寅氏が日韓関係に対する姿勢を転換するのが最善かつ唯一の方策である。

武藤 正敏(元駐韓国特命全権大使)

 


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