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韓国を代表する観光名所、景福宮前に掲げられた「中国人入国禁止」の垂れ幕

2020-03-09 11:36:29 | 日記
文政権揺らす「嫌中ウイルス」 新型肺炎対応正念場に

ソウル支局長 鈴木壮太郎

朝鮮半島ファイル 2020/2/7 0:00日本経済新聞 電子版

韓国を代表する観光名所、景福宮前に掲げられた「中国人入国禁止」の垂れ幕

新型コロナウイルスの感染拡大防止に追われる韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権が、もうひとつの敵に直面している。

韓国社会で頭をもたげる中国人への嫌悪感情だ。「嫌中ウイルス」のまん延を放置すれば、政権基盤をも揺るがしかねない。


「中国人の密集地域への配達禁止を」――。

韓国で5割のシェアを握る出前アプリ「配達の民族」の配達員でつくる労働組合が1月28日、会社側にこんな要求を突きつけた。

新型肺炎の感染拡大で「多くの人々と接触せざるを得ない配達労働者の不安感と危険度は高まっている」として、配達禁止または危険手当の支給を求めたのだ。

■恐怖感と不信感が連鎖

韓国で暮らす中国人は100万人を超える。その多くが豊かな暮らしを求めて移住してきた朝鮮族(朝鮮系中国人)だ。

ソウルには中国人が寄り添って暮らす地域がある。


韓国を訪れる外国人観光客も中国人が最多で、2019年は約600万人が訪れた。日本人の2倍だ。

新型肺炎厳戒のソウルでは観光地の職員もマスクを着用(ソウル中心部の徳寿宮)

露骨な中国人差別に批判の声が上がると、上部組織の民主労総サービス連盟は同日、「少数者に対する非常に不適切な嫌悪表現があった。

重大な責任を感じ、傷ついた方々に謝罪する」との声明をフェイスブックに掲載した。

会社側も同日、「いま重要なのは個人レベルの衛生管理を支援することだ。配達禁止地域の設定や危険手当の支給は考えていない」と発表した。

韓国での感染者は6日時点で23人。現時点では大流行とはいえない。だが、38人の死者が出た15年の中東呼吸器症候群(MERS=マーズ)流行の記憶は生々しく、感染症への警戒感は日本以上に強い。

中国・武漢発の新型肺炎への恐怖感と、韓国社会にくすぶる中国への不信感が結びついた今の社会の雰囲気を、韓国メディアは「嫌中ウイルス」と命名した。

韓国には米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の韓国配備を受け、中国から「経済報復」を受けた「恨」(ハン)がなお残る。

中国は団体観光客を一斉に引き揚げ、韓国の観光地は閑古鳥が鳴いた。

米軍に土地を提供したロッテは徹底的にいじめ抜かれた。

中国にあるスーパーは消防法違反を理由に営業停止処分が下され、ついには中国撤退に追い込まれた。

■「中国人の入国禁止を」68万人が賛同

「中国は恐怖の殺人肺炎について、全世界が納得する情報を公開せよ!」――。

2月4日。ソウルの繁華街、明洞にある中国大使館前では保守系の市民団体がシュプレヒコールを上げた。

すぐにはがされたが、ソウルのある食堂では一時「中国人立ち入り禁止」の張り紙が掲げられた。

中国大使館前で抗議する市民団体。垂れ幕には「中国は恐怖の殺人武漢肺炎の情報公開を」と書かれている

「北朝鮮でさえ中国人の入国を禁止している。中国人の入国禁止を要請する」――。

大統領府ホームページの「国民請願」では、この意見への賛同者が68万人を超えた

。20万人を超える請願には大統領府が回答する決まりだが、まだ回答はない。

韓国のネットメディア、デイリーアンの世論調査では76.9%が「中国人の入国は全面禁止すべきだ」と回答した。

■野党は政権攻撃材料に

野党は「嫌中ウイルス」を文政権への攻撃材料に使っている。

保守系野党の自由韓国党スポークスマンは5日「中国はいまだにTHAAD報復を解いていない」と、苦い記憶を想起させた上で「政府がよもや国民の命と安全を担保に中国の顔色をうかがっているのではないことを祈る。

断固たる措置を取るべきだ」と、中国人の入国禁止を要求した。

韓国も嫌中一辺倒ではない。中国人が集う観光地、明洞の食堂では「武漢加油」(頑張れ武漢)の立て看板も

文政権は難しいかじ取りを迫られている。

韓国政府は4日から、最近2週間に湖北省を訪問または滞在した外国人の入国を拒否している。

新型肺炎の致死率が武漢市を除けば低く重症化の事例もないことから、現時点ではこれ以上の入国禁止措置の拡大はしない方針だ。

中国人の入国禁止に踏み切れば中国との関係悪化は避けられない。

中国とは習近平(シー・ジンピン)国家主席の上半期の訪韓を調整しており、むやみに中国を刺激したくない事情もある。

韓国は中国への経済依存度が高く、韓中間のヒト・モノの往来が途絶えれば経済への影響も大きい。

■朴前大統領の二の舞いリスク

とはいえ、中国人の入国禁止を求める国民の請願を聞き入れず、仮に韓国内での感染が急増するような事態になれば、政治的には致命傷を負いかねないリスクもある。

国民の生命より中国との関係を優先したとのそしりだ。

韓国の政権にとっては国民の安全は最優先課題だ。304人が死亡した14年の旅客船セウォル号沈没事件で初動を誤った朴槿恵(パク・クネ)大統領は弾劾され、政権与党だったセヌリ党(現・自由韓国党)の支持率も地に落ちた。

「中国の困難は私たちの困難につながる。中国と力を合わせて緊急事態を共に克服する」。文氏は3日の会議でこう強調した。

文氏は連日、黄色い防災服を着て登場し現場も視察する。それは今回の対応を誤れば朴前大統領の二の舞いになりかねないという強い危機感にほかならない。

鈴木壮太郎(すずき・そうたろう)
1993年日本経済新聞社入社。産業記者として機械、自動車、鉄鋼、情報技術(IT)などの分野を担当。2005年から4年間、ソウルに駐在し韓国経済と産業界を取材した。国際アジア部次長を経て、2018年からソウル支局長。


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