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台湾が官民挙げて安倍氏追悼 野党国民党本部も半旗

2022-07-18 16:57:28 | 日記
台湾が官民挙げて安倍氏追悼 野党国民党本部も半旗

井上雄介 (ジャーナリスト)
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 安倍晋三元首相が7月8日、参議院議員選挙の選挙演説中、銃撃され死去する事件が起きた後、台湾の蔡英文政権の動きは早かった。

 台湾メディアの風伝媒によると、蔡政権は8日の事件発生直後に国家安全会議を開き、「元首相に対し、台湾人民の最高の敬意を示す」との基本方針を確認。

わずか3日後の10日、台湾代表として、頼清徳副総統を葬儀に出席させることを決め、翌11日にはもう派遣した。

頼清徳副総統(右)が安倍元首相の私邸に駆け付け、葬儀にも参加した(ロイター/アフロ)

 スピーディーだが、拙速ではない。

8日に基本方針を確認後、代表派遣に伴って起こり得る数通りの事態を、情報機関がシミュレーションした。

政府が外交ルートで日本側へ連絡する一方、頼副総統は、かねて親交がある安倍家と接触して、葬儀出席の可能性を探った。

頼氏は、事件翌日の9日に早くも、12日に葬儀が行われることを告げられ、出席を許されたという。

 蔡政権は、日本側の立場に配慮し、国際社会の摩擦を避けるため、頼副総統を私人の身分で派遣することを決めた。

台湾側が先導し、日本側が同意する形で迅速に進んだ。

蔡政権の事務方の有能さに加えて、頼氏と安倍家の長年の関係、台湾の「駐日大使」(台北中日経済文化代表処)謝長廷・元行政院長(首相)の尽力が物を言っった。

頼副総統と安倍元首相との特別な関係

 頼副総統は11日に到着後、まっすぐに東京・渋谷の安倍氏の私邸に向かった。

同日、東京・増上寺で行われた通夜では、「親友」として並ばずに焼香した。1

2日午後、斎場に向かう前に営まれた、ごく私的な「家族葬」にも「身内」として臨んだ。

台湾の各メディアは、焼香の列に並んだ中国大使との対比を、やや誇らしげに伝えた。

 安倍氏の事件が与えた衝撃は、一般国民にも大きかった。

安倍氏は、親台派の日本の大物政治家として誰もが知る。

筆者に「安倍さんの笑顔が浮かんで、眠れなかった」と訴える知人もいた。

一方で、頼副総統に対する安倍家の特別待遇は、双方の深いきずな感じさせ、台湾の人々に別の驚きを与えた。

 頼副総統と日本の関係は長い。頼氏は1999年の立法委員(議員)時代から日本との交流が始まった。

2010年末以降の台南市長時代に、日本との友好に力を入れ、11年の東日本大震災直後、日本の観光業再建に協力しようと代表団を率いて訪日した。

 安倍首相も、16年の台南大地震では現地に深い関心を寄せ、頼氏との関係が深まった。

頼氏の安倍氏との交流は家族ぐるみで、訪日のたび、安倍氏の弟の岸信夫防衛相とも会っているそうだ。

安倍元首相の母親の洋子氏とも懇意だという。

 頼氏は、次期総統の最有力候補の一人で、早くも「9割当確」と見る市民もいる。

「次期政権」は、蔡政権以上に日本重視の外交スタンスを取る可能性がある。

総統、首相、閣僚らが相次ぎ弔問

 頼氏が日本で奔走する中、台湾各地で追悼の活動が一斉に始まった。

台湾紙・聯合報によれば、蔡英文総統は11日、窓口機関の台湾日本交流協会台北事務所を訪れ、自ら献花した上、「台湾の永遠の良き友人」と記帳した。

蔡総統は11日、政府機関と公立学校に対し、安倍氏を追悼して半旗の掲揚を命じた。

 なお、台湾で半旗の掲揚は、総統が「世界平和や人類の進歩に偉大な貢献があった」と認めた時、行われる。

行政機関などに求める行政規則で、一般国民への強制力はない。

 蘇貞昌行政院長(首相)も11日、総統府秘書長の李大維氏、呉釗燮外交部長(外相)、陳時中・衛生福利相を伴って同事務所を訪問。

蘇院長は「台湾が中国の圧力を受けている時、安倍氏は『台湾有事は日本の有事』と語り続けた。

台湾が新型コロナウイルスで困難に直面した時、ワクチンを贈ってくれた」などと述べ、安倍氏の死を悼んだ。

 ちなみに陳時中氏は、衛生福利の中央感染症指揮センター(CECC)トップとして、新型コロナ対策の指揮を続けた「時の人」。

今年11月の統一地方選挙で、民進党の台北市長候補に決まっており、首都奪還の重責を担うスター政治家だ。

 一方、最大野党の朱立倫主席も、同協会台北事務所を弔問。

朱主席は「安倍元首相は、台湾の永遠の良き友。家族歴代、台湾の良い友だ」と語った。

家族歴代とは、安倍氏の祖父、岸信介元首相が反共の立場から、国民党の蒋介石政権を支持していたことを指している。

国民党主席は安倍氏国葬に出席へ

 国民党は、中台統一志向で、反日的な幹部も少なくない。

しかし、台北市の党本部ビルは11日午後いっぱい、安倍氏を追悼して半旗を掲げた。

ネット上では「国民党もついにまともになった」、

「今回だけは、国民党を支持する」とやゆする言葉が相次いだ。
 ただ、台湾メディアの民視新聞網によると、国民党本部の半旗掲揚に、極端な親中派の洪秀柱元主席が猛然と反発。

「日本は、釣魚台(尖閣諸島の台湾名)や慰安婦問題で謝罪していない。抗戦8年(日中戦争)を指導した中国国民党がこのようでは、我慢ならない」と述べた。

 また、中台統一派の国民党のベテラン政治家で、テレビ・ラジオで政治番組の司会者としても知られる趙少康氏もフェイスブックで「日本は、中国侵略を謝罪しておらず、反省していない。

安倍氏は退任後、靖国神社を参拝し、台湾の慰安婦に謝罪していない」と批判。

「国民党が半旗を掲げるのは、自尊心と自主性に欠ける」などと書き込んだ。趙氏の書き込みには、数万件の「いいね」が寄せられた。

 中台統一派の小野党、「新党」は、国民党本部前で半旗掲揚に反発して、抗議活動を実施。「中華民国への裏切りで、国辱だ」などと叫んだ。

 台湾メディアの新頭穀(ニュートーク)よると、安倍氏追悼をめぐる国民党の内ゲバに、民進党の基隆市議会議員の張之豪氏が参戦。

フェイスブックで、半旗の掲揚に反対する「中台統一派」に対し、安倍氏追悼に反発するのは、故・蒋介石総統を否定することだと指摘。

「それでも国民党支持者か」とからかった。

 張之豪氏によれば、安倍氏の祖父の岸信介氏は、戦後一貫して、蒋介石総統と関係が良好で、国民党政権を支え続けた。

蒋介石氏が中国共産党との戦いに敗れて、台湾に逃れた後、日本は旧軍の有志が、「白団」と呼ばれる高級軍人からなる軍事顧問団を密かに派遣し、防衛を支えた。

張氏によれば、真の国民党支持者なら、安倍氏を否定できようがない。

 ただ、安倍氏の追悼反対の声は、国民はもちろん、国民党でも主流ではない。

台湾メディアの三立新聞網によると、朱主席は、同等の海外部主任の陳以信氏らを随員に、安倍元総理の国葬に出席する考えを明らかにした。

11月の統一地方選挙を念頭に、「親米日」路線を強調して、統一派でも独立派でもない、無党派層の取り込みを図る狙いもありそうだ。

市民1500人、大手企業が弔意

 台湾では一般国民の間でも、安倍氏追悼の動きが広がった。

中央通信社によると、日本台湾交流協会台北事務所では、銃撃事件翌日の9日、各界から花束が続々と届いた。

事務所前の屋外に高さ2メートルの大型の「伝言ボード」が置かれ、市民の多くが中国語と日本語で「台湾の永遠の良い友」などと書き込んだ。

 同事務所が11日、弔問の受付を始めると、夏の陽光が照りつける中、約1500人が訪れた。

「伝言ボード」は、早くも11日午前にはメッセージで一杯となり、午後にさらに1枚が増設された。

中には目を真っ赤にして、泣き腫らす人もいた。

 中央通信社によれば、台湾最大の鉄鋼会社、中国鋼鉄(高雄市)は10~11日、本社ビルの壁面にいっぱいに、レーザーイルミネーションで「謹んで安倍首相を追悼します」の文字を浮かび上がらせた。

同社は、ベトナムで日本製鉄やJFEと合弁事業を行うなど、日本と関係が深い。

「重要なパートナー国で、このような重大事件が起きた。当社も深い哀悼の気持ちを示した」と述べた。

 台湾の官民挙げての追悼ぶりは、英BBC(中国語版)もいぶかるほど。

「安倍氏は、なぜ台湾人に敬愛されるのか」と題する記事を掲載し、国際教養大の陳宥樺助教の「日本の政治家で、反中を語る人は非常に多いのに、『親台』は少ない」などの分析を伝えた。

 安倍氏亡き後、台湾人の心をこれだけつなぎ止められる日本の政治家が何人いるだろうか。岸防衛相らの尽力に是非とも期待したい。

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