ソウル市江西区(カンソグ)に住むキム・ウンジョンさん(47)は最近、理不尽な経験をした。
「土曜日の午後に子どもたちと食事をしていたら、突然区役所の職員が訪ねてきました。私の家に人がたくさん集まっているという通報が入ったそうです。職員たちは家族しかいないことを確認すると帰っていきました」
韓国政府は昨年12月23日からコロナ防疫の一環として「5人以上の集合禁止」を実施している。
室内で5人以上の私的な集まりを禁止する防疫措置だが、これには食堂など不特定多数が集まる公共の場所だけではなく、個人の家も含まれる。
住所が同一の家族でない場合、4人までは集まることは許されているが、5人以上は個人宅であっても集まることが禁止されるのだ。
「コパラッチ」による隣人監視
韓国政府は当初、この措置を徹底するため、補償金を与えながら市民の通報を勧告していた(マスコミから批判の声が上がり、今年に入って報償金は廃止)。
ウンジョンさんの場合も、いわゆる「コパラッチ」(コロナ+パパラッチ)の届出が寄せられ、区役所職員が出動したのだ。
「その日、デリバリーサービスがたくさん来たので誤解を招いたようです。私たちは共働きなので、週末には1週間分の食料品を一度に注文するのですが、それを見た誰かがお客さんが来て、出前をたくさん頼んでいると思ったようです。いくらコロナが深刻だとはいえ、北朝鮮でもあるまいし、隣人同士で監視し合うようにさせるのが、果たして正しいでしょうか。子どもたちはどう思うのでしょうか」
取り締まり班が出動した当時、仮にウンジョンさん宅に5人以上の客が集まっていたら、1人当たり10万ウォンの罰金を払わなければならない。
これは家族であっても違う場所に住んでいれば同様の措置を取られる。
もしも、5人以上が集まってコロナ患者が発生した場合、1人当たり最大500万ウォンを「治療費」という名目で政府から請求される。
韓国政府はこの「5人以上の集合禁止」を旧正月連休の2月13日まで延長すると明らかにした。
これにより、韓国最大の名節である旧正月連休にも韓国人は実家を訪ねて家族と過ごすことができなくなったのだ。
急増した「零細自営業者」
韓国政府はコロナの拡散が激しくなるたびに、こうした「集合禁止措置」を通じて積極的に対応している。
しかし、公権力を動員した強力な防疫が1年以上繰り返され、韓国の自営業者らは崖っぷちに追い込まれている。
韓国統計庁によると、昨年1年間の平均自営業者数は553万1000人で、前年に比べて7万5000人が減り、例年の2倍以上の減少幅を見せた。
さらに深刻なのは、個人経営の自営業者はむしろ9万人増えたが、従業員を持つ自営業者は16万5000人も減少したという点だ。
つまり、売り上げ不振などの影響で、従業員をリストラして一人で店を運営するか、あるいは就職できないために一人で店をオープンするしかないといった「零細自営業者」が大幅に増加したことを意味する。
自営業者の没落で、韓国の代表的な商圏は空室率が急上昇している。
韓国不動産院が発表した2020年第4四半期(10月-12月)の統計を見ると、ソウルの歓楽街・明洞の中大型商店街の空室率は22.3%、梨泰院は26.7%、光化門は15.3%などであり、全国の中大型商店街の空室率は12.7%を記録した。
これ以上耐えられず廃業したい
コロナの第三波が始まった昨年11月中旬、韓国政府は「3段階(=シャットダウン)より強力な2.5段階の防疫を実施する」と謳い、「ピンセット防疫」と称して、一部営業場に対する集合禁止(営業縮小あるいは中断)の行政命令を発動させた。
まるでピンセットで突き刺すように、患者の発生しやすい場所や時間を選別し、コロナの拡大を積極的に阻止するという防疫対策だ。
しかし、このピンセット防疫は、集合禁止の適用基準があいまいであり、随時変更されることから、「ゴムひも防疫」、つまり緩み切った対策だと非難されている。
例えば、同じ飲食業でも食堂は売り場で食事が可能だが、カフェは売り場を利用することができず、テイクアウトのみ可能だ。
利用者がマスクをして運動するスポーツジムのような室内体育施設は閉鎖する一方で、マスクができない銭湯は営業することができる。
室内のスクリーンゴルフ場は営業可能だが、カラオケボックスは営業場を閉鎖させた。ネットカフェは営業可能だが、塾は閉めなければならない。ゴルフ場は営業できるが、スキー場は営業できない……。
原則も基準も曖昧な政府の「ゴムひも防疫」は公平性についての議論を引き起こし、自営業者から批判を受けている。
ソウル市陽川区(ヤンチョング)でカラオケボックスを経営するハンさん(63)は最近、廃業手続きについて調べている。
カラオケボックスは、文在寅政権の「ピンセット防疫」のせいで、最も大きな被害を被った業種の一つだ。
昨年4月に実施された2週間の営業停止に続き、5月に50日間、8月に1カ月間、さらに12月7日から1月18日までの1カ月以上にわたり営業停止を余儀なくされた。
「昨年1年間、政府命令で閉鎖を繰り返し、営業日より休んだ日が多かったほどです。店の賃貸料や電気代などの維持費として1カ月に400万ウォンもかかるから、これ以上耐えられず廃業したい。でも、廃業するにしても、インテリア撤去費で数千万ウォンかかるそうです。機器処理費用も頭が痛い。高価なカラオケ機器を中古品として売ろうとしても、廃業するカラオケ店があまりにも多く、売り渡すどころか、むしろ運搬費を払わなければ処理できないと言われました」
格差拡大が深刻化
文政権の防疫対策によって廃業の危機に追い込まれた業種の従事者らは、集団行動に出た。
スポーツジム連合会、カフェ連合会などの自営業者団体は街頭に出て抗議の声を上げ、政府指針を破って営業場をオープンした。政府を相手にする集団損害賠償訴訟も開始した。
また、「補償のない防疫措置は基本権侵害だ」として、憲法訴訟も提起された。
自営業者の反発が大きくなると、政府は特定業種に対する防疫措置を緩和する方法で鎮火に乗り出した。いわゆる「ピンセット緩和」だ。
カフェでも1時間以内であれば売場を使えるようにし、ジムやカラオケ、塾などの営業を許可した。
政府の強制営業停止命令により損害を被った自営業者を支援する「損失補償法案」の立法化も進めている。
財源調達のため、「利益共有制法」(コロナで実績が上がった企業がコロナによって損害を被った業界や階層に利益を分ける法律)や「社会連帯基金法」(社会的弱者を助けるために民間企業が自発的に基金を創設する法律)を、損失補償法とともに2月の国会で処理する方針を決めた。
しかし、月に24兆ウォン以上の財政が必要とされる損失補償法の財源調達は容易ではない。
与党では、このほかにも、消費税を上げる案や、政府が国債を発行して韓国銀行が買い入れる案なども積極的に検討されている。
将来世代を搾取する文在寅政権
文在寅政権は発足以来、「所得主導成長」という経済基調を維持している。所得が増えれば経済が成長するという論理だが、所得を増やす方策として、最低賃金の急激な上昇、非正規職の正規職化による良質の雇用提供、各種福祉の拡充などを提示した。
最低賃金については、文政権の3年間で32.8%も引き上げており、コロナ禍で企業が最低賃金凍結を訴えたにもかかわらず1.5%の引上げを断行した。
さらに労組の権利を強化する各種法案を国会で可決し、ただでさえ事業所のストが深刻な強硬労組を後押しした。
良質の雇用提供のためには、公務員の増員や公共雇用創出などで80兆ウォンをつぎ込んだ。
一方、現金バラマキを福祉政策の基調路線としたことで、毎年、政府予算は急激に拡大していき、3年間で国家負債が180兆ウォン増えた。
文政権が終わる2022年までに440兆ウォンの負債が増え、韓国の国家負債は1100兆ウォンを超える見通しだ。
しかし、文政権の3年間、韓国の経済成長は世界の平均値を大きく下回っており、朴槿恵政権で維持されてきた「3%台の経済成長」は、一度も達成できなかった。
80兆ウォンの財政をつぎ込んでもまともな働き口作りに失敗し、老人のバイトを増やしただけだった。
所得格差はむしろ拡大して、いまや「K字型両極化」という言葉が広がっている。
そんな中、コロナが韓国経済を襲った2020年、韓国の経済成長率はマイナス1%を記録した。
文在寅政権は「他の先進国に比べれば結構な善戦」などと広報しているが、前年度の経済成長率が2.0%と例年と比べて低かったことや、4度の補正予算を強行して財政を拡大したことが功を奏しただけだ。
詳しく内容を見れば、民間消費は5%も低下し、1998年のアジア危機以降最低を記録した。
韓国経済を支えている輸出も2.5%減少し、リーマンショックが起こった2009年以降、初めてマイナスを記録。
家計負債は100兆ウォン以上増加し、計1940兆ウォンあまりと、史上最高を記録するとともに、韓国GDPの100%を超えてしまった。
家計や公共機関、国家負債を全て合計すれば、国内全体の負債額は5000兆ウォンを超え、韓国GDPの3倍に迫る。
2022年の大統領選挙の前哨戦となるソウル市長選挙や釜山市長選挙を4月に控えて、文在寅政権は再び現金バラマキのための負債の拡大に積極的に乗り出している。
票のために将来世代の資源を前借りしようという考えだ。
全世界で最も早いスピードで高齢社会に進入しており、北朝鮮リスクまで背負った韓国の状況で、文在寅政権による国家負債の急増は韓国経済の命取りになるだけでなく、将来世代に対する搾取になっていくだろう。
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「文藝春秋」2月号及び「文藝春秋digital」に掲載した金敬哲氏の論考「 『コロナ』と『賃上げ』で経済は死んだ 」では、
ソウル最大の繁華街・明洞を現地ルポして自営業者たちの苦しみの声を伝えているほか、発足から3年が経ち、急速にレームダック化が進む文在寅政権の失政について詳述している。
(金 敬哲/文藝春秋 2021年2月号)
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