アールグレイ日和

春畑 茜(短歌人+里俳句会)のつれづれ。
降っても晴れても、そこにサッカーはある。

立冬(+ねじまき句会ヒロシ大賞つき)

2005年11月07日 12時36分27秒 | 俳句
記念日俳句、今日は「鍋の日」。

選評には故・永井陽子さんの「鍋屋町商店街」を詠んだ歌も紹介。
その一首は遺歌集『小さなヴァイオリンが欲しくて』におさめられている。


「天」には百花さんのうつくしくて怖い句を選んだ。

・鍋の日の骨を拾うてをりにけり  (百花)



*
今日は立冬。
今年のうちにやっておきたいあれこれを考える。

ちびは今日芋掘りに行った(はず)。
明日は焼き芋大会があるらしい。

とてもたのしそうなのだが、
子供たちに焼かれて食べられてしまう芋はしあわせか、そうでないのか。
芋を焼くために
燃え上がってしまう火の気持ちとか、
一緒に焼かれてしまう木の葉や木の枝の気持ちとか、
そんなもろもろを見下ろしている雲の気持ちとか、
そういう見えなくてもいいところを見詰めてしまうと
自分自身の生命力が弱る気がする。
しかし、私は幼い頃からそういうことを考えてしまう子供だった。

できれば、ちびには焼き芋をこころから楽しんでほしいと思う。


*
さて、10月のねじまき句会(川柳)より、
「10月のヒロシ大賞」はこちらの2作品に進呈。↓

・無重力体験申し込むキリン (宮川尚子)

・そそっかしい鳥を鞄に入れておく (荻原裕幸)


宮川さんの句、ナンセンスな面白さとビジュアル(視覚)的に訴えてくるものがあると思う。一体、キリンの無重力体験とはどんな光景なのだろうか。読み手にあれこれ想像させてくれる楽しさもある。この句はゾウやカバやウサギなど、キリン以外の動物では味がいまひとつ出てこないと思う。それにしても無重力体験後日談があれば、ぜひ「宮川さんのキリン」に聞いてみたい(笑)。

荻原さんの句は鞄に鳥を入れておくという行為そのものが謎めいている。そこで、「鳥」は何かの象徴なのでは?という見方もできるかもしれないが、この句はやはり「鳥」そのものでいいのだと思う。そそっかしい鳥はきっと鞄の中でもバタバタとあわてふためいているに違いない。そんな役に立ちそうもないものを鞄に詰めて、電脳保安官・荻原裕幸はいったい何処へ行くというのだろうか。そんな荻原さんを見かけたら、「もうちょっとマシなもん入れとかなあかんのちゃうん?!」・・・と、すかさずツッコミをいれてあげて下さい(笑)。



・・・失礼しました。

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