ハナママゴンの雑記帳

ひとり上手で面倒臭がりで出不精だけれど旅行は好きな兼業主婦が、書きたいことを気ままに書かせていただいております。

『大草原のビッチの告白』 ⑤ 親友との別れ

2019-09-08 22:13:01 | ひと

《  からのつづき 》

 

TV版『大草原の小さな家』がシーズンを重ねるにつれ、登場人物たちも成長します。

ローラ、メアリー、ネリーはお年頃のヤング・レディーになり、結婚相手を探してやらねばならなくなり、

マイケル・ランドンの創造力が思う存分発揮されることになりました。

 メリッサ・スーは当初はジョン・Jr.を演じたレイダムス・ペラ(?Radames Pera)と結婚する予定でしたが、

彼女がレイダムスを嫌いキスシーンも拒否したため、哀れレイダムスは番組から降ろされることに。

         

一方アリソンは、ゴージャスなレイダムスにメロメロで、キスシーンの代役に立候補したかったくらい。

メリッサ・スーがなぜ彼を嫌うのか、まったく理解に苦しんだそうです。

ジョン・Jr.が去ったため、メリッサ・スー演じるメアリーは原作通りに盲目になり、やがてリンウッド・ブーマー演じるアダムと結婚しました。

 

ネリー・オルソンの結婚については、アリソン自身を含む誰もが、あのネリーと結婚する男などまずいない。と信じていました。

ところが第6シーズンの終わり。メーク室にいたアリソンのところに、跳ねるようにマイケル・ランドンがやって来て言いました。

「君は結婚するんだよ!すごいことになるぞ!」 それだけ言って、部屋を駆け出していくマイケル。

いったいどんな悪党があのネリーと結婚するというの?マイケルは今度こそ正気を失くしたに違いないわ。

戻ってきたマイケルに、アリソンは言いました。「ネリー・オルソンは結婚できませんよ。ヒトラーはまだ生まれていませんから。」

するとマイケルは、勝ち誇ったように言いました。

「素晴らしいことになるよ。小柄な男だが、どんなナンセンスも受けつけない。そのうえ彼はユダヤ人だ!」

でも、どうやって?誰が?ちょっと待って、私はまだ17歳よ。

でもここは大草原。メアリーはすでにアダムと結婚していたし、ローラも、結婚はまだながらもアルマンゾと出会っていました。

 

 

 

TVドラマの結婚というのは、結婚相手を周囲に用意されてしまう田舎暮らしのようなものでした。

自分のために選ばれた夫について、自分には何を言う権利もなし。誰といつ結婚するのかを告げられ、その通りにするだけ。

相手はかなり年上かもしれません(TV上の夫を演じた俳優たちは、メリッサ・ギルバートのもメリッサ・スーのもアリソンのも、

彼女たちより少なくとも9歳年上でした)。そして結婚式(のシーンを演じる)まで、相手に会う機会すらないかもしれなくて・・・

これは現実じゃない。単なる演技。まったく見知らぬ相手と、本当に結婚するわけじゃない。

アリソンは自分に言い聞かせました。

でも私は彼とキスし、ハグし、ベッドで一緒に横になり、どんなに彼を愛しているか告げることになる・・・その先の数年間、おそらく毎日・・・

契約が死を迎えるか、番組が私たちを別つまで。

これはかなり現実に近い状況だと、アリソンは思いました。

 

メリッサ・ギルバートは、(アルマンゾを演じた)ディーン・バトラーと『結婚』しなければならないことに意気消沈し不満たらたらでした。

彼はブロンドでしたが、メリッサはブロンドも“百姓”タイプも嫌い。ダークでミステリアスな男性に憧れていたのです。

彼女は実生活ではファースト・キスもまだでした。それにもかかわらず、実の家族を含む何百万の視聴者の前で、

20ン歳の男性と唇を合わせなければならなかったわけで・・・当然のことながら、それを嫌悪しました。

アリソン自身はキスの経験は多少積んでいたので、キスに対する怖れはありませんでした。

が、いったいどんな相手と唇を合わせることになるのかを知りたい思いで一杯でした。

ネリーの夫パーシヴァルを演じる俳優が決まり、撮影セットに到着する――

そう聞いたとメリッサとアリソンは、スタジオ入りしてくる男性をモニターし始めました。全員が“容疑者”です。彼かしら?それとも彼?

自分の夫役は、ローラとメアリーの夫役のようにハンサムで素敵ではないだろう――アリソンは自覚していました。

ネリーは番組にコミカル・タッチを加える存在なのだから、ネリーの夫役は“主役用”俳優ではなく、“キャラクター”俳優から選ばれるだろうと。

そして“キャラクター”俳優は、通常ブサイクです。彼がひどい口臭をしたあまりにもひどい醜男ではありませんように――アリソンは祈りました。

 パーシヴァルは背が低いことがわかっていたので、二人はスタジオにやってくる背の低い男性に注目しました。

モニターを始めて一時間を過ぎた頃には、アリソンは緊張に耐えかねて、両手の指の隙間から入口を見守っていました。

そして、スティーヴ・トレイシーが入ってきました。

彼はたしかに背が低く、眼鏡をかけていました。でもブサイクとは程遠く、豊かにカールした髪と、きらめく瞳と、そばかすがあり――キュートでした。

(ああどうかどうか、彼が彼でありますように・・・!)

組まれたアリソンの指は、あまりにも強く組まれたため痛んだほどでした。

 

 

スティーヴ・トレイシーは自己紹介しました。彼がパーシヴァルを演じる俳優でした。メリッサは早速彼を尋問し始めました。

好きな食べ物は?好きな映画は?音楽は?

彼はピザが好きで、映画の好みは二人と重なるものがあり、“エコー&ザ・バニーメン”などクールな音楽を好みました。

ガールフレンドについて尋ねられると、彼の答えはひどく曖昧になりました。彼がゲイであることに気づくまで、1~2週間を要しました。

ユーモアのセンスがあり、メリッサ・ギルバートの尋問にもたじろがず、すぐに使えるよう口臭スプレーを胸ポケットに忍ばせている彼に、

アリソンは心から安堵しました。開始から6年も経っている人気番組に途中から加わった彼は、最初から勇敢でしたが、それはラッキーなことでした。

何せ彼はネリーと結婚するだけでなく、あのオルソン夫人と対決しなければならなかったからです。

そして彼は難なくそれをこなし、笑いを誘うシーンのタイミングは申し分なく、アリソンとの相性もばっちりでした。

エピソードのタイトルは “He Loves Me, He Loves Me Not"。オルソン夫人はネリーに、卒業プレゼントとしてホテル兼レストランを

買ってやります。しかしネリーはトーストを焦がし、客をおびえて逃げ出させ、万事休す。絶望したオルソン夫人は、ネリーに料理の仕方と

客商売の基本を教えるため、パーシヴァル・ダルトンを雇います。

スティーヴは、視聴者に温かく迎えられました。それどころか、オルソン夫人に “Be quiet!” と命じたため、一瞬にして

国民的英雄になりました。

 

 

   

 

そして、キスシーン。外の路上で愛を告白したネリーに、パーシヴァルは求婚し、二人は唇を合わせました。

唇をやや開いたフル・キスで、見守っていたメリッサ・ギルバートが「気持ち悪いからあんなにしっかりキスしないで!」と

後から文句を言ったので、二人はその後もメリッサに見せつけるため、機会があるたびわざとフル・キスをしてみせたそうです。

両耳にピアスしていたスティーヴがゲイであると気づくのに、長くはかかりませんでした。

ときは1980年。ゲイの俳優、とくに『大草原』のような番組に出演しているゲイの俳優がカミングアウトすることなど、まだ考えられない頃でした。

ゲイの俳優は多くが、ステディーな関係にある異性の恋人がいる風を装って、ゲイであることを隠していました。

でもスティーヴは、そんなことをする必要はありませんでした。 アリソンとの息はぴったりで、カメラが回っていない時も自然に仲良しだったため、

周囲の誰もが、アリソンとスティーヴは親密な恋人関係にあると思い込みました。

そして二人は、周囲の誤解を敢えて解きませんでした。その方がスティーヴにとって好都合だったからです。

 

第7シーズンが終わり、アリソンのエージェントがNBCとの出演交渉に入りました。が、NBCのオファーは不公平なものでした。

パーシヴァルに矯正されてごく普通の大草原の主婦になってしまったネリーには、もう面白味がなくなったということかもしれません。

12歳のときに『大草原』入りしたアリソン自身も19歳になっていて、そろそろ別のことにチャレンジしたい気分でした。

なのでNBCのオファーは断り、第8シーズンには戻らないことになり、ネリーとパーシヴァルは『パーシヴァルの父親が亡くなり、

彼が営んでいた店を継ぐため、双子を含むネリーの一家4人は、ニューヨークに引越して行った』ことにされました。

ご丁寧にも、ネリーを懐かしむファンのためには、ネリーに代わる新しいビッチが用意されて。

第8シーズンの第1話は、“The Reincarnation of Nellie” (ネリーの生まれ変わり)。

オルソン夫妻が孤児院から引き取り養女にしたナンシー・オルソンは、縦巻きカールから何から、すべてネリーのミニ版でした。

メリッサ・スー・アンダーソンも第8シーズンには戻らないことを決めたため、ネリーと同様メアリーもまた、『夫アダムが父親の経営する

法律事務所で働くことになり、ニューヨークに引越した』ことにされました。

 ネリーが『大草原』に戻らないということは、パーシヴァルも戻らないということになります。スティーヴと会ったアリソンは、出演交渉のいきさつと

破綻を詳しく説明したうえで、彼に謝りました。スティーヴは辛抱強く聞いたうえで、「僕も同じことをしたと思うよ」と言ってくれました。

メリッサ・ギルバートも、アリソンの退場を残念がりつつも理解してくれました。

 

 新しいチャレンジに胸をふくらませていたアリソンでしたが、すぐに現実に突き当たりました。当時のハリウッドは、ファラー・フォーセット・タイプの

セクシーでグラマーな女優の最盛期で、『大草原』出身の女優のイメージはその対極に位置していたからです。活路を開くため若い娼婦の役にも

挑んでみましたが、結果は芳しくありませんでした。やがてアリソンのエージェントは、アリソンのマネージャーであるアリソンの父親に打診してきます。

「出演オファーがもっと来るよう、アリソンは美容整形手術を受けたらいいと思う。」

ショービジネス界で生計を立ててきたアリソンの両親も、女優として時流に乗り遅れないよう、アリソンに整形を薦めました。

鼻を小さくし、胸を豊かにするようにと。費用はかかるが、仕事が入るようになれば、すぐに元はとれると。

両親は女優としての自分の将来を案じてくれているとわかってはいたものの、実の親に整形を薦められたことはショックでした。

 

    

 

両親に時間をもらって、アリソンはじっくり考えます。

整形をして女優として成功すれば、有名になり金持ちにもなれるかもしれない。

でも本来の自分でなくなった自分の顔と体とは、今後一生付き合わなければならないし、成功は自分の演技によるものか、

それとも整形のおかげなのか、自分は確信を持てないだろう。

それに整形をしても女優として成功せず、有名にも金持ちにもならないかもしれない。

それでも本来の自分でなくなった自分の顔と体とは、今後一生付き合わなければならず、さらには手術にかかった費用の分だけ預金残高が減る。

整形をせず仕事が入らなかったら?飢え死にするかもしれない?――そうなればなったでいいわ!

 アリソンは決意し、清清しい思いで両親にそう告げるのでした。

 

『大草原』のおかげで経済的には潤っていたため、両親の家を出て独立したアリソンは、友人を招いて自由な日々を楽しみます。

でも『大草原』からの突然の退場は、ずっと心残りになっていました。オルソン夫人がニューヨークにいるネリーから届いた手紙を

手にかざして見せ、それで終わり。7年間に流した汗と涙と血は、報われていない。ネリーの話は未完だと、アリソンは感じていました。

一年後、アリソンのエージェントが嬉しいニュースを伝えてきました。

『大草原』の製作陣が、ネリーを一時的に『大草原』に呼び戻したいというのです。オルソン夫妻の養女ナンシーとネリーが

対面するというエピソードを、マイケル・ランドンが思いついたためでした。

 

(ナンシーのワルぶりを見たネリーが「私あんなにひどくなかったわよね?」と言って周囲を静まり返らせるシーンがありましたよね?

 

一年前の苦々しい出演料交渉を覚えていたアリソンのエージェントは、製作陣に絶対に通らないような、膨大な出演料をふっかけました。

しかしプロデューサーからの返事は、驚いたことに、“イエス”。

マイケル・ランドンがネリーが必要だと思ったら、ネリーは絶対に獲得されねばならず、費用は問題ではなかったのです。

そうして奇跡的に1エピソードだけ『大草原』に戻れたアリソンは、10代の年月の大部分を一緒に過ごした懐かしい友人たちと再会。

アリソンが心から驚いたことに、メリッサ・ギルバートのみならずキャサリン・マグレガー(オルソン夫人)、リチャード・ブル(オルソン氏)、

そしてジョナサン・ギルバート(弟ウィリー)までもが、感激のあまり喉を詰まらせながら彼女を迎えてくれました。

帰還したネリーを演じる間も、演じているのではなくまるで現実のようでした。ネリーが出演者のほぼ全員と一緒にホテルにいる

シーンでは、皆がどれほどネリーがいなくなって寂しかったかを口にしましたが、誰も演技をしていませんでした。

誰もがアリソンを恋しく思い、アリソンも皆を恋しく思っていたのです。

“The Return of Nellie” (ネリーの帰還)は、帰郷と再会のエピソードでした。

アリソンはようやく「さよなら」をちゃんと言い、涙とハグでいっぱいの、ネリーに相応しいエンディングをもって『大草原』を退場することができました。

エピソードの終わり、ニューヨークに戻るネリーが馬車で去るシーンでは、演技で偽りの涙を流す人は誰もいませんでした――アリソン自身を含めて。

 

 スティーヴ・トレイシーとは本当に気が合いましたが、彼はゲイだったから、彼と結婚はできませんでした。

でもアリソンは、彼を通じて最初の夫と出会いました。スティーヴの姉(か妹)の友人のドナルド・スペンサーに初めて会ったのは、1984年12月のことでした。

ドナルドもアリソンも、ともに22歳。大酒を飲まず、煙草を吸わず、麻薬をやらず、複数の親密な女友達を同時に持たず、料理も裁縫もできるドナルドは、

結婚相手として合格と思えました。難しい子供時代を過ごしたというドナルドは結婚に積極的で、3度目のデートのときにプロポーズしてきました。

ドナルドを待たせ続けたアリソンでしたが、二人は1989年の春に結婚。アリソン27歳のときでした。

 

  

 

アリソンはスティーヴのことを、“私のもうひとりの夫” と呼んでいました。『大草原』後もふたりは固い友情で結ばれ、ジョークを言い合い、

脚本がなくとも相手が言い出した文章を完結できました。まるでネリーとパーシヴァルの関係が、そのまま続いているかのように。

スティーヴはアリソンの友人で、先生で、困ったときに何でも打ち明けて相談できる相手で、指導者で、保護者。アリソンには彼が必要でした。

1986年のある日、アリソンが帰宅すると、留守電にスティーヴからのメッセージが入っていました。

「えっと・・・ハイ、スティーヴだ。・・・電話をくれ。」

アリソンの首筋の毛が逆立ちました。彼が言ったことにではなく、その言い方にです。まるで頭に銃口を突きつけられた人質のような言い方でした。

あちこちに電話をかけまくってようやくスティーヴをつかまえたアリソンに、潜めるように落とした声で、彼は言いました。

「今は話せないんだ。」 「わかったわ。じゃ、質問するから、イエスかノーで答えて。いい?」 「わかった。」

「あなた、大丈夫?(Are you OK?)」 「ノー。」 アリソンの心臓は、胸を突き破って飛び出しそうでした。

「人質にとられているの?」 「ノー。」

「なにか困ったことになっている?(Are you in some kind of troublle?)」 「イエス。」

「身体的に、経済的に、それとも法的に?」 (これはイエス/ノーの質問ではありませんでしたが、アリソンには待てませんでした。)

「最初のだ。」 「病気なの?」 「イエス。」 「とてもひどい?」 「イエス。」

「癌にかかった?」 「似たようなもの。(Sort of.)」 「何ですって?似たような癌ってどういうこと?」

「今はこれ以上は話せない。」 ・・・

スティーヴはとてつもなく悪い状況にある。アリソンにはわかりました。彼はアリソンにいたずらに心労をかけるような人ではない。彼からの電話を待ちましたが、

電話はかかって来ませんでした。彼は自分で問題に対処しようとしていると判断し、拷問のように感じつつも、彼が連絡して来るのを待ちました。

数日後に彼から電話がありました。彼は「癌にかかり、それを受け入れるのに時間を要した」と説明しました。

彼はアリソンに、治療を受けているからすべて良くなると信じて欲しがっていました――自分自身もそう信じられるように。

なのでアリソンは、彼にそれ以上は質問せず、彼の言うことをそのまま受け入れるにとどめました。彼が笑顔で放射線治療の効果が表れてきたと言えば、

笑顔で「良かった、そうこなくちゃね!」と答えました。でも心の底では、それが真実ではないとわかっていました。

 

一年が過ぎたころ、スティーヴが真実を告げました。彼はエイズにかかっていて、朝のニュース番組 AM Los Angeles でそのことを

公表することにしたからです。「君には直接聞いて欲しかったんだ、ニュース番組からでなく。嘘をついてごめんね。」

当時エイズは治療方法もない、死を免れない新しい病気と考えられていました。

ゲイ・コミュニティーで新しい奇病のことが知られ始めたときから、スティーヴはあれこれリサーチし、エイズについてそこらの医者よりも

ずっと多くの知識をもっていました。彼はまた勇敢で、どんな新薬も治療法も、すすんで実験台になりました。自分には間に合わなくても、

将来別の人間の命を救うのに役立つかもしれないからと。アリソンは、泣きに泣きました。

彼女はその前年に、『大草原』の撮影現場で保護者として自分を心身共に支えてくれたマリオン伯母さんを亡くしていました。

肝臓癌にかかったマリオン伯母さんは、終末期に施設に移る際もきちんと身支度を整え、個室は断って大部屋に入りました。

亡くなった日も、朝にベテランの看護師が到着するのを待っていました。見上げてベテランの看護師を確認すると、

「よかった、あなたね。」と言い、目を閉じ、息を引きとりました。まだ若い見習い看護師の前で死ぬのは不公平だと感じたかのように。

覚悟はしていたものの、マリオン伯母さんの死はアリソンにこたえました。その傷がまだ癒えぬうちに、今度はスティーヴが・・・

エイズと診断されたとき、彼はまだ32歳でした。人が、ましてや自分の大切な友人が、32歳で死ぬことなど考えられなかったアリソンは、毎日泣きました。

スティーブには泣くなと言われていたけれども。そしてスティーヴ自身は、絶対に泣かなかったけれども。少なくともアリソンの前では。

 

スティーヴは、アリソンにエイズに関する知識をあれこれ教えてくれました。アリソンが風邪をひいてスティーヴに会うことを躊躇したときは、

くしゃみや咳やキスではエイズには感染しないと教えてくれました。

病状が悪化しても、スティーヴは独立心を失わず、可能な限り他人を頼らず、できることは自分でしました。

アリソンが彼に、何か自分にできることがあるかを尋ねると、彼は言いました。

「エイズ・プロジェクト・ロサンゼルスのボランティアが医者のアポとかあれこれに付き添ってくれるし、掃除人も来てくれる。

食料品も配達してもらってるし、洗濯もしてもらってる。だから君は、僕のグッドタイム・ガールになってくれればいいよ。」

スティーブの体の調子がいいときに外食や映画に付き合い、人生を楽しむのを手伝う役目です。アリソンは快諾しました。

 

 National Enquirer が、アリソンにコンタクトしてきました。スティーヴ・トレイシーがエイズに罹っているって本当ですか?余命はあとどれくらい?

どうして感染したんですか?貴女はどうなんですか?(=感染していますか?)

『大草原』でスティーヴとキスしたアリソンも感染を疑われたわけでした。ちょうど『ダイナスティー』でロック・ハドソンとキスしたリンダ・エヴァンスが、

ハドソンの死亡をうけてエイズ感染を疑われたように。 当時の大衆はエイズに関して無知だったうえ、誤情報がはびこっていたためです。

 エイズは血液感染する病気なので、性行為や注射器の複数回使用を通じてしか感染しないのに。

怖れと誤情報により、エイズ患者はライ病患者のように、のけ者扱いされていました。

この点に関して、自分にできることはないだろうか? アリソンは考えました。例えば私が、正しい、命を救う可能性を秘める情報を発信したら?

エイズ・プロジェクト・ロサンゼルスにコンタクトしたアリソンは、ホットラインのトレーニングを受けることにしました。

何週間も受講し、宿題をこなし、5ページから成る最終試験を受けました。学校は嫌いでしたが、これは、理由があってする勉強です。

最高点を獲得して試験にパスしたアリソンは、ホットラインのみならず、食料供給センターやホスピスで手伝い、

ロサンゼルス各地に飛ばされて学校、オフィス、刑務所などでエイズに関して講演するようになりました。こういった場所は、

以前はエイズ関連の講演者は受け入れませんでした。(見知らぬ他人をエイズ講演者として受け入れたら、エイズを持ち込まれる)とさえ

考えているようでした。でも彼らは、アリソンのことは知っていました。彼らの茶の間にいた彼女は、彼らにとって脅威ではなくTVスターでした。

アリソンはサインをし、ネリーの真似をしました。エイズに関する話を聞き知識を蓄えてもらうためなら、お易い御用でした。

 

 

 

スティーヴは徐々に悪化していき、顔色はすぐれず、頬はこけ、強風が吹けば吹き飛ばされそうに見えました。

 でも彼の死については、二人は話しませんでした。グッドタイム・ガールの業務内容に、それは含まれていなかったからです。

1986年11月のある夜。スティーヴが電話してきました。アリソンがここ数ヶ月もずっと怖れていたことを、彼は口にしました。

僕にはもうほとんど時間が残されていない。母さんと姉さん(妹さんかも)が、僕をフロリダの実家に連れ帰るためもうすぐやって来る。・・・

アリソンは、スティーブのところに飛んで行って彼を自宅に連れ帰りたい衝動に駆られました。彼を自分から離さずにいれば、

死を止められるかもしれない・・・

「心配しないで。これが終わりじゃない。関係が変わるだけだよ。」

その後一週間も経たない感謝祭の日に、スティーヴは亡くなりました。スティーヴの家族から連絡を受けたのは数日後でしたが、

アリソンには彼が逝ったことがわかっていました。感謝祭の日、ドンとともに両親の家にディナーに出掛けた帰り道。

それほど夜遅かったわけでもなく、危険な地域にいたわけでもなかったのに、ガソリンを入れるためスタンドに寄ったとき、

アリソンは突然、異常な危険な感覚に包まれたのです。車に戻ったドンにそれを話すと、彼もそれを感じていたのか否定せず、

その後ふたりは無言のまま帰宅しました。

 

エイズ患者は当時、家族から見放されることも珍しくありませんでした。でもスティーヴの家族はスティーヴを支え励ましつづけました。

スティーヴの母親と姉にとって、彼の死は大きなショックでした。

スティーヴの実家のあるフロリダ州タンパの葬儀屋は、スティーヴの遺体を引き受けようとはしませんでした。2軒目も、3軒目も。

これはロサンゼルスでもよくあることでした。葬儀屋が、エイズ感染を怖れて遺体に火葬のための準備を施したがらないのです。

アリソンが働くロサンゼルスのホットラインでは、エイズによる死者を受け入れる葬儀屋リストを作成するほどでした。

スティーヴの母親がようやく見つけた、スティーヴの火葬を引き受けてくれる葬儀屋は、町で唯一の、アフリカ系アメリカ人がオーナーの葬儀屋でした。

ようやく火葬してもらえたスティーヴの遺灰は、彼の母親と姉によってロサンゼルスに運ばれ、彼の最後の願いを叶えるべく、

HOLLYWOOD のサインのDの文字の下に撒かれました。

 

エイズ・プロジェクト・ロサンゼルスのメンバーの中には、友人のスティーヴが逝ってしまえばアリソンは活動から退くと思っていた人たちもいました。

が、アリソンは活動を続け、やがては全国の、種々のエイズ患者支援団体と関わるようになりました。アリソンが二番目の夫ボブと出会ったのも、

活動を通してでした。

ドンとの結婚生活は、結婚4年目には取り返しがつかないほど破綻していました。二人は同じことで繰り返し繰り返し言い争い、疲れきっていました。

数ヶ月間カウンセリングにも通いましたが、無駄でした。アリソンと同じ頃に結婚していたメリッサ・ギルバートは、その頃最初の夫と離婚したばかりでした。

アリソンをランチに誘ったメリッサは弁護士を紹介しようとしてくれましたが、アリソンはファクスで離婚できるサービスを見つけていたので、

それを利用し離婚しました。

ボブは、南カリフォルニア・エイズ・ホットラインの責任者で、アリソンが彼と初めて会ったのは、スティーヴがエイズと診断された1986年。

彼女はドンと付き合っていて、その3年後にドンと結婚することになります。

ボブは『大草原』を一度も見たことがなく、アリソンが誰なのかもまったく知らず、周囲に教えられても意に介しませんでした。

初めて会ったとき彼はアリソンにサインを求めましたが、彼が欲しがったのはアリソンではなく彼女の母親のサインでした。

彼は、アリソンの母親ノーマ・マクミランが声優を務めたアニメのファンだったのです。

ボブは変わった人で、人々がまだエイズについてほとんど知らなかったとき、エイズ・プロジェクト・ロサンゼルスにボランティア志願しました。

彼は受け入れられた6人目のボランティアで、最初のストレートな(ゲイでない)男性でした。

アリソンとボブはとても良い友人同士になりましたが、当時アリソンにはドンがいたし、ボブにも恋人がいました。

第一ボブは、アリソンのタイプではありませんでした。聡明だし、礼儀正しいし、きちんと教育を受けていたし、しかも仕事を持っていて、良い人過ぎたからです。

 

時が経ち、アリソンが離婚したのと同じ月に、偶然ボブも恋人と別れました。ボブはアリソンより12歳年上でしたが、アリソンには気になりませんでした。

二人の最初のデートは1993年3月31日で、6月までには一緒に暮らし始め、11月に友人宅の素敵な庭で結婚式を挙げました。

 ボブは最初の結婚だったので、タキシードを着ると言って譲りませんでした。でもアリソンには、これは二度目。ドレスを着る気にはなれません。

するとボブは言いました。「君もタキシードを着たら?黒っぽいスーツは君によく似合うもの。」

というわけで、アリソンも黒のタキシードを着ることになりました。おまけに裸足、足の指には黒のペディキュア。

花婿と花嫁の付添い人――ボブの親友ティミーとアリソンの親友シャロン――もタキシードを着、裸足の足には黒のペディキュアと、同じ姿で統一しました。

 

        

(離婚に終わった最初の夫と出会ったのはスティーヴを通じてでしたが、ようやく見つけたソウルメイトと思われる二度目の夫ボブさんと出会えたのも、

スティーヴがきっかけとなって始めたエイズ啓蒙活動のおかげだったんですね。)

   

 IMDbの略歴によると、アリソンさんとボブさんは今もロサンゼルスのTujunga地域に、性格の悪い猫クラリスと共に暮らしているそうです。)

 

 

《  につづく 》

 

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2 コメント

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Unknown (エコバニ)
2019-09-15 03:37:35
エコーアンドザバニーメン は一つのバンドですね
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な~る! (ハナママゴン)
2019-09-15 04:38:46
エコー&ザ・バニーメンて、ひとつのバンドだったんですね!日本語ウィキにもちゃんとある!!
本文は He listened to cool stuff like Echo and the Bunnymen. だったので、ふたつのバンドと思い込んでいました。
音楽関係には疎いもので、全然聞いたことなくて、失礼しました。本文も訂正しました。
ご指摘ありがとうございました!
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