花岡町七ツ館地区は、大館市役所の北約7km、大館市役所花岡出張所の直ぐ北西側です
大館市役所花岡出張所の前の道を北西へ花岡川の土手道を進みます
約300mで次の橋に所に東向き参道で信正寺があります
秋田第三十三満願霊場 信正寺です
境内では大型トラックが入って作業中でしたので、入口脇に車を止めさせて頂きました
境内へ入ると左手に目的のイチョウが頑丈そうな支柱に支えられています
「ふるさと探訪並木名園名木保存事業」の標柱です
北東側から、目通り幹囲6.2mの巨木です
本堂前境内中央から見ました
本堂です
東側の大枝です
西側の大枝です
説明版です
信正寺由来
当寺はもと岩本の男神女神の麓にあって、真言宗に属し「森昌寺」と号していた。
天正の頃、七ツ館のの現在地に移転したと言われている。天正2年(1574)12月、花岡城浅利定頼公が、秋田実季と戦い戦死し、その後、子息の定友公が当寺を再建し、定頼公を開基とする。
徳川初期には、今の「曹洞宗」に属していたようであるが、その後承応元年(1862)3月25日、大館宗福寺8世快厳存鷹大和尚を請して開山第1世とし、明確に「曹洞宗」として宗福寺の末寺となった。
本尊は「千手観音菩薩」であり、秋田観音33番の札所である。
尚「信正寺」の名称は、秋田家の家士、川田治郎信正の名によると言われているが、年代等不詳である。
この境内のイチョウの老木は樹齢約650年である。
アブが集まります、エンジンを止めて下さいですって、この辺りのアブの出現は7月下旬からでしょうか
では、次へ行きましょう
大館市役所花岡出張所の前の道を北西へ花岡川の土手道を進みます
約300mで次の橋に所に東向き参道で信正寺があります
秋田第三十三満願霊場 信正寺です
境内では大型トラックが入って作業中でしたので、入口脇に車を止めさせて頂きました
境内へ入ると左手に目的のイチョウが頑丈そうな支柱に支えられています
「ふるさと探訪並木名園名木保存事業」の標柱です
北東側から、目通り幹囲6.2mの巨木です
本堂前境内中央から見ました
本堂です
東側の大枝です
西側の大枝です
説明版です
信正寺由来
当寺はもと岩本の男神女神の麓にあって、真言宗に属し「森昌寺」と号していた。
天正の頃、七ツ館のの現在地に移転したと言われている。天正2年(1574)12月、花岡城浅利定頼公が、秋田実季と戦い戦死し、その後、子息の定友公が当寺を再建し、定頼公を開基とする。
徳川初期には、今の「曹洞宗」に属していたようであるが、その後承応元年(1862)3月25日、大館宗福寺8世快厳存鷹大和尚を請して開山第1世とし、明確に「曹洞宗」として宗福寺の末寺となった。
本尊は「千手観音菩薩」であり、秋田観音33番の札所である。
尚「信正寺」の名称は、秋田家の家士、川田治郎信正の名によると言われているが、年代等不詳である。
この境内のイチョウの老木は樹齢約650年である。
アブが集まります、エンジンを止めて下さいですって、この辺りのアブの出現は7月下旬からでしょうか
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