hakuunの未来ノート

将来のため、人生やビジネスに関して、考えたこと、感じたことを綴ります。

人を動かす その10 議論を避ける

2012-06-22 | スキルアップ
本日は、
D・カーネギー著
『人を動かす(創元社)、
Part3 人を説得する十二原則 
10 議論をさける』から引用する。

●議論に負ける方法とは?

『私は、あらゆる場面におこなわれる議論を傾聴し、みずからも加わってその効果を見守ってきた。その結果、議論に勝つ最善の方法は、この世にただ一つしかないという結論に達した。
その方法は、議論を避けることだった。毒蛇や地震を避けるように議論を避けるのだ。
議論は、ほとんど例外なく、双方に、自説をますます正しいと確信させて終わるものだ。
議論に勝つことは不可能だ。もし負ければ負けたのだし、たとえ勝ったにしても、やはり負けているのだ。なぜかといえば、仮に相手を徹底的にやっつけたとして、その結果はどうなるか?
やっつけたほうは大いに気をよくするだろうが、やっつけられたほうは劣等感を持ち、自尊心を傷つけられ、憤慨するだろう。
「議論に負けても、その人の意見は変わらない」』

さらに、ベンジャミン・フランクリンの言葉を引用している。
『議論したり、反駁したりしているうちには、相手に勝つようなこともあるだろう。
しかし、それはむなしい勝利だ。相手の好意は絶対に得られないのだから。
だから、ここでよく考えていただきたい。理論闘争のはなはだしい勝利を得るのがよいのか、それとも相手の好意を勝ち得るのがいいのか、この二つはめったに両立しないのである。』

私も議論好きであった。もしかしたら今も好きかも知れない。
であるから、この教えには、真摯に受け止めなければならない。
その昔、社外のある勉強会に属していた。
そこでは、毎回、様々な課題に対して検討し、グループで意見をまとめ、発表するのである。
自分の勉強になるので、グループ内では積極的に発言し、自分のグループの発表する際には、率先して手をあげて発表したのは言うまでもない。
この時、他のグループといかに違いをだすか、を常に考えていた。
このようなことを繰り返していたため、論理的に考える習慣がつき、それなりに思考力が高まった。

さらに、他グループの発表に関しては、必ず質問をするようにした。
質問をするためには、相手の話を良くきかなければならない。
深く思考することで、相手の論理の疑問点や検討不足が見えてくる場合が多々あった。
相手の不十分な面に焦点をあて、自分の考えをいうことに快感を覚えていた、と言ったら言い過ぎかもしれないが、数多くの意見を発し、議論に持ち込んだ。
その結果、8割以上の確率で、議論に勝ち、自己満足していたことを覚えている。

その研究会では、自己研鑽を高めることが目的であった。
そのため、徹底的に検討会を行い、論理的思考力も高まり、自己研鑽できたと思っている。

だが、ある時、一人の友達に言われたことがある。
「貴方の言っていることは、正しいので反論ができない。しかし、相手の気持ちを考えていますか?」
このことを言われた時には、正直ビックリするとともに、「こんな見方があるのか!」と思ったことを覚えている。
人間関係の基礎について、質問されたわけである。

グループで検討することが目的であるので、仲間で検討することは、問題はないと思う。ただ、相手の立場を理解し、言い方はあったと思う。
考え方は、人それぞれで様々である。であるならば、相手の考え方を尊重し、認めることが大人の会話であろう。
さらに、相手の矛盾点を確認する場合でも、相手の考え方や意見をいったんは認める。
認めたうえで、「このようにも考えられるが、どう思われますか?」と質問すれば、相手の自尊心を傷つけずに、質問にも応えてくれたのだと思う。
まだまだ、未熟者であった、と思う次第である。
その意見を言ってくれた彼には、今でも本当に感謝している。


●家庭円満の秘訣とは?

リンカーンの言葉を引用する。
『こちらに五分の理しかない場合には、どんなに重大なことでも、相手にゆずるべきだ。百パーセントこちらが正しいと思われる場合でも、小さいことならゆずったほうがいい。細道で犬に出会ったら、権利を主張してかみつかれるよりも、犬に道をゆずったほうが賢明だ。たとえ犬を殺したとしても、かまれた傷はなおらない。』

家族の場合を考えてみよう。
都会では、田舎暮らしとは異なり、マンション住まいの家庭が多い。
交通の便は良いかもしれないが、マンションの空間は限られている。
ある日、そこに、生活環境、考え方さらに価値観の異なる男女が一緒に住むことになる。

当初は、「あばたもえくぼ」というように、なんでもよく見える。
そこで、相手のわがままでも、理不尽なことでも、なんでも聞いてあげる。

しかし、時が過ぎるにつれて、違和感が生じてくる。
お互いに目が覚めたのかもしれない。
「あばたは、やはりあばた」に見えてくる。
狭いマンション住まいでは、より近くに「あばた」が見えてくる。

その時、どのような行動をとるかである。
お互いに、「あばた」に愛想をつかし、自分の意見を主張したらどうなるだろうか?
そうすれば、お互いの心の中は、「血の海」にかすだろう。、

しかし、一方が大人であれば、その対応は異なる。
「あばたはあばた」であるが、自分にもあばたがある。
そこで、一方が大人になり、相手の「あばた」を受け止めることができれば、静かな海に戻ることができる。
このような大人の対応ができるか否かで、その家庭の運命が決まると言っても過言ではない。


●口論を生じないようにする方法とは?

1“意見の不一致を歓迎せよ“
2“最初に頭をもたげる自己防衛本能に押し流されてはいけない“
3“腹をたててはいけない”
4“まず、相手のことばに耳をかたむけよ”
5“意見が一致する点をさがせ“
6“率直であれ”
7“相手の意見をよく考えてみる約束をし、その約束を実行せよ”
8“相手が反対するのは関心があるからで、大いに感謝すべきだ”
9“早まった行動を避け、双方がじっくり考え直す時間を置け”

カーネギー氏によると、「片々録」という本からの引用である。
インターネットで、この本を探してみたが、該当する本を見つけることができなかった。
どれも、納得する「ことば」ばかりである。
意見の不一致から口論が生じないようにする方法として、名言ばかりである。


会議をやっていると、往々にして、意見が異なる場合がある。
若い社員でも、上司に対して堂々と反対意見をいう場合がある。
その時、部下の反対意見に対して、上司はどのように振る舞うかである。
この意見の不一致をどう扱うかが、上司の度量である。

部下が反対意見を言うということは、自分なりの判断基準で一生懸命に考えて意見を述べている。
しかし、上司が煙たい存在として、むげにあつかえば、どうなるだろうか?
その若い社員は、きっとへそを曲げてしまい、「この上司にはついていけない」という理由で会社を辞めてしまうだろう。

もし、そうなれば会社にとっては、大きな損失である。
上司がもう少し高所に立って広い視野で対応することができれば、その若い社員の意見も踏まえて、第三の提案ができたのに残念である。


●上司のとる対応方法とは?

反対意見が出た場合、まずは相手の意見や考え方を良く聴くことである。
今のような多様性の時代、「若い世代の方が正しい」と思うことで、謙虚になり聴くことができる。そこで、次のような自問をしてみたらどうであろうか?
この質問は、残念ながら私が考えたのではなく、D・カーネギー氏の引用である。

・相手の方が正しいのではないか?
・少なくとも正しい部分があるのではないか?
・相手の主張に正当性、長所はないか?
・私の反論は、問題の解決に役立つか?それともただ溜飲を下げるものか?
・私の反論は、相手を遠ざけることになるか?それとも引き寄せることになるか?
・私の反論は、善意の人々から評価が得られるか?
・私は勝てるか?それとも負けるか?
・勝てるとしたら、その代償に何を失うのか?
・私が反論しなかったら、この論争はおさまるのか?
・この難関は、むしろ好機ではないのか?

これらの質問を手帳に書き留め、会議の前に見るようにしたい。


●結論

『人を説得する原則1』

『議論に勝つ唯一の方法として、議論を避ける』




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